勝又壽良のワールドビュー

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    カテゴリ: ドイツ経済ニュース

    テイカカズラ
       

    ドイツは、自他共に認める環境先進国である。政府は、環境保全促進のためにEV(電気自動車)とHEV(ハイブリッド車)へ補助金をつけてきた。今年1月から廃止したが、売上は途端にがたんと落ちている。改めて、ドイツ社会の環境先進個の真贋が問われている。補助金が、なければEVやHEVも売れないのかと、ドイツへ皮肉を込めた見方を呈している。

     

    『ウォール・ストリート・ジャーナル』(2月10日付)は、「イツ国民、EV購入に二の足」と題する社説を掲載した。

     

    ドイツでは、二酸化炭素(CO2)排出量実質ゼロの目標は、信仰の対象のようなものだ。しかし、その信仰心にも限界があったようだ。政府が負担の大きい補助金を削減・廃止した後の、電気自動車(EV)の販売台数の落ち込みを見ればそれが分かる。

     

    (1)「ドイツ連邦自動車局(KBA)によると、完全電動のEVの今年1月の販売台数は、前年同月比13.2%減少した。ハイブリッド車の販売台数は同6.2%減だった。これに対し、ガソリン車の新車販売台数は3.5%増加し、ディーゼル車の販売台数の減少幅は1.2%と小幅にとどまった。こうした状況をもたらした主因は、ドイツ政府が年初にEV・ハイブリッド車の補助金を削減・廃止したことだ」

     

    今年1月、EVとHEVの販売は補助金打ち切りで前年同月比減少したが、補助金なしのガソリン車は逆に増加になった。補助金なしでは、EV・HEVも販売の勢いを失っている。

     

    (2)「昨年12月までは、メーカー希望の純小売価格が4万ユーロ(約560万円)未満のEVには、消費者分とメーカー分を合わせて最大9000ユーロの補助金が支給されていた。同じ価格帯のハイブリッド車への補助金は6750ユーロだった。政府は今回、ハイブリッド車への補助金を全廃し、4万ユーロ未満のEVへの補助金を4500ユーロに削減した。来年にかけて補助金額と支給対象がさらに絞り込まれる予定だ」

     

    純小売価格4万ユーロのEVが、最大9000ユーロの補助金が支給された。補助金率は実に、22.5%にもなる。これでは、EVやHEVへ需要が流れて当然であろう。EVの魅力ではなく、補助金の魅力と言えよう。

     

    (3)「ドイツ政府は補助金を削減するにあたり、妥当な主張をした。EVとハイブリッド車の大衆化が進んでいることは、消費者がこれらを受け入れていることを示しており、成熟が進んだ市場にもはや納税者による支援は必要ないというものだ。しかし、補助金は依然として大きな影響をもたらしているように見える。1月にEVとハイブリッド車の販売が急減した理由の一つには、昨年末に販売が急増していたことがある。補助金が使えるうちに使おうと、車の購入を急いだ人が多かったためだ」

     

    補助金付きでEVを売らなければならないのは、ガソリン車に比べて価格や性能面で劣ることを示している。

     

    (4)「自動車メーカーは、年内に需要が回復するという楽観的な見方をしていない。ドイツ自動車工業会は、今年のEVとハイブリッド車の販売総数が2022年比で8%減少するとみている。減少は、納税者による支援がなくなるハイブリッド車で特に顕著になるとみられている(20%減の予想)。従って今年は、気候変動対策の信仰の中心であるドイツにおけるEV需要が市場で試される年になるだろう。

     

    ドイツでは、自動車メーカーと自動車工業会が、今年のEV売上高に対して異なった見方をしている。ユーザーと接触している自動車工業会の方が慎重なのだ。今年のEVの売行きが、ドイツ社会の「環境信仰」を試す、としている。

     

    ドイツは、いち早く原発廃止を打ち出した、ロシアから天然ガスを輸入することで、原発の穴を埋める方針であった。それが、エネルギーで極端なロシア依存を高めるという失敗に陥った。ドイツは、いささか理想論に走りすぎており、現実を見落としている。これが、ウォール・ストリート・ジャーナルのドイツ批判の原点になっている。

     

    (5)「西側諸国の政治家は、宣伝されているほど環境に配慮したものでないにもかかわらず、EVの販売を促進するために補助金を利用し、制度面で義務付けてきた。EVの環境負荷は、EVにエネルギーを供給する電力網と同程度にすぎない。また、原子力発電の利用を拒否しているドイツは、ロシアからの天然ガス輸入停止分を賄うため、石炭の利用を増やしていることになる。さらに、EVとそのバッテリーを使用する際には、コバルトや銅、リチウムの採掘に伴う環境面のコストが生じる。消費者がEVの購入を望むのであれば、そうすれば良い。しかし、購入に補助金を必要とするのであれば、EVの魅力はいかほどだろうか」

     

    EVを普及させるには、電力システムの三つの主要構成要素(発電・長距離送電・地域配電)に、EVの大量導入がいかなる影響を及ぼすかについて、議論しておくことが不可欠である。家庭や企業に電力を届ける送電網の支線にもっと深刻なボトルネック(障害)が生じる可能性があるとされている。こうした地域配電システムには、コストのかかる機能向上策を施す必要があるのだ。EVは、補助金をつけて売ればそれで済むのでなく、厖大な電力投資が必要になる。

     

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    ドイツは、ようやくウクライナへの主力戦車の供与問題で決着をつけた。ロシアとの全面衝突を避けるために供与に慎重だったが、国内外の批判を受けて外堀が埋まった結果だ。隣国ポーランドのモラウィエツキ首相は、「他国と連携して戦車をウクライナに送る」とドイツに主力戦車「レオパルト2」の供与を認めるよう圧力をかけ続けた。ポーランドは、かつてドイツの侵攻を受けた歴史を持つ。そのポーランドが、ドイツの背中を押してウクライナへの提供を決めさせた。複雑な第二次世界大戦への感情があったのだ。

     

    ウクライナが、ドイツ製戦車「レオパルト2」の提供を求め続けたのは、軽量であることと高い信頼性にあるという。ドイツ機械工業の結晶である。

     

    『フィナンシャル・タイムズ』(1月24日付)は、「ドイツ製戦車が最適、ウクライナが欲する理由」と題する記事を掲載した。

     

    ウクライナ軍は、ロシア軍から領土を奪還しようしており、作戦上、最新鋭戦車は必須とみられている。そのロシアは新たな攻勢に向けて15万人の兵士を動員した。ロシア側は兵員の装備や武器を更新すべく、同国の国防産業は戦時体制を取っている。双方にとって次の6カ月が非常に重要になる。

     

    (1)「米国の「エイブラムス」、英国の「チャレンジャー2」、ドイツの「レオパルト2」といった西側の戦車は、ウクライナ軍がロシア軍の防衛線を突破し、軍事的主導権を握るための火力をもたらす。ロシア軍が今後、再攻勢に出た場合にウクライナの防衛線を守るうえでも必要だ。領土を奪還するための歩兵部隊と火砲による機動作戦において、戦車は決定的な要素だ。加えて、西側の戦車はロシアの戦車に対して優位となる。装甲の防護力、砲撃の精度、夜間作戦などを可能にする操縦・誘導システムなどが優れている」

     

    ウクライナ軍にとって、ドイツの「レオパルト2」を不可欠としている。軽量であることから、ウクライナの橋梁を補強しなくても通過できるというメリットがあるのだ。ドイツが、欧州13ヶ国が保有する「レオパルト2」のウクライナでの使用を認めたので、ウクライナ軍にとっては大きな戦力補強になる。

     

    (2)「専門家によると、ドイツのレオパルト2は性能面で米国のエイブラムス、英国のチャレンジャー2と似通っているが、いくつか利点がある。エイブラムスより軽量で、ガスタービンエンジンの同戦車より燃料補給が簡単だ。信頼性の点でチャレンジャー2に勝るともみられている。だが決定的な利点は、手に入れやすいことだ。英シンクタンクの国際戦略研究所(IISS)によると、レオパルト2は欧州13カ国の軍が合計約2000両を運用している。そのうちどれだけがすぐに実戦投入できるか、改修が必要な車両はどれだけなのかは不明だ。だが、ウクライナにとっては豊富な供給源になりうる。交換部品や整備の要員もそれだけ得られやすい」

     

    レオパルト2は、欧州13カ国の軍が、合計約2000両も運用している。そのうちどれだけがウクライナへ提供されるか不明だが、ウクライナにとっては豊富な供給源になりうる。

     

    (3)「ウクライナ軍は、旧ソ連時代の戦車を持っていた。だが、ウクライナを支援する国々の間では、旧ソ連時代の戦車の砲弾や交換部品がごく限られる。したがって火砲と同様、ウクライナは西側の標準装備の戦車に転換する必要があり、さもないと砲弾や砲身などの交換部品が尽きる恐れがある。これがレオパルト2のもう1つの利点だ。配備数が多い同戦車をウクライナ軍が使えるようになれば、修理や交換部品、砲弾が一本化され、後方支援が簡素化する」

     

    欧州で保有されているレオパルト2が、ウクライナ軍へ提供されれば、砲弾や砲身などの部品交換が簡単に行えるというメリットが出てくる。

     

    (4)「米国は、エイブラムスを供与しないとしている。ウクライナには保守整備が困難であることに加え、欧州内に適切な選択肢、つまりレオパルト2が多数あることが理由だ。ドイツ政府は、北大西洋条約機構(NATO)を引き込むことにつながるような紛争の激化につながるとロシアに認識される恐れがあることから、レオパルト2の提供をためらっている(注:その後に承認)」

     

    ドイツがためらった理由は、第二次世界大戦中にドイツ軍戦車とソ連軍戦車が激突した光景が再現することを恐れているという。ドイツは、当時の最新鋭戦車を相次ぎ投入したものの、物量で勝るソ連軍に圧倒された経緯がある。それだけでなく、戦闘中に多くの住民や捕虜を虐殺し、占領地を経済的に収奪した。こうしたことが、ドイツ史の汚点として刻まれている。ドイツのこうした古傷が、レオパルト2の提供でうずくというのである。同じ敗戦国の日本も、このドイツの気持ちが理解できるであろう。

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    経済目標すべて的外れ

    中国除外でリスク軽減

    外貨準備3兆ドル攻防

    驚愕の海上運賃の暴落

     

    10月に終わった中国共産党大会で、習近平氏は国家主席3期目を決めた。憲法を改正してまで強行した、3期目の国家主席就任だ。新たに選任された最高指導部6人の中に、次期国家主席を予想させる人物は登用されなかった。このことから、習氏は4期目の国家主席を狙っていると見られる。習氏は現在、69歳である。最低限、79歳まで政権を担う決意であろう。

     

    今回の共産党大会では、習氏の世界政策が明らかになった。

    1)最終的に、武力による台湾統一を実現する。

    2)2049年(建国100年)に、米国と対抗する経済力・軍事力・外交力を備える。

     

    前記の目標が明らかにされたことで、西側諸国は緊張している。ロシアのウクライナ侵攻が、中国の台湾侵攻で再現すると受け取ったからだ。西側にとっては、台湾侵攻をいかに抑止しするか。それが、喫緊の課題になってきた。

     

    対中国への取り組みは、インド太平洋戦略対話の「クアッド」(日米豪印)のみに止まらず、欧州が関わる姿勢を明確にし始めていることは新たな展開である。中国にとっては、想定外の事態であろう。NATO(北大西洋条約機構)が、「戦略概念」で中国をロシアに次ぐ警戒対象にしたのだ。これを背景に、英国とドイツは日本と「外交・防衛2プラス2」の会合を持っている。いずれも、日本と「準同盟国」の役割を担うことになった。

     

    経済目標すべて的外れ

    習氏は、共産党大会で次の点も明らかにした。中国を2035年までに近代的な社会主義大国とし、1人当たり所得(名目GDP)を引き上げ、軍を近代化させる目標を明確にした。これによって、前述の通り中華人民共和国の建国100年を迎える2049年までには、中国が「総合的な国力と国際影響力において、世界をリードする」国にしたいと言うのである。

     

    2035年までに、1人当り名目GDPを2020年比で倍増させるには、年平均5%弱の経済成長率が不可欠である。だが、習氏が行なおうとしている「共同富裕論」は、逆に潜在成長率を引下げるので、実現不可能である。このことは、本欄で繰り返し指摘しているところだ。

     

    2035年に軍を近代化させるとしている。この軍拡路線は、経済成長率が低下しても行なわれるのであろう。これでは、北朝鮮並みの「先軍政治」に陥らざるを得ない。この延長で、2049年に軍事力だけでも米国へ対抗しようというものである。習氏が、政治の優先課題を経済発展から安全保障に移す考えであることは間違いない。

     

    共産党用語を用いて解釈すれば、専門家は「中国が、米国をたたき落として一番になり、世界を中国の利益と価値観に沿うような体制にする」ことだと指摘する。世界覇権の争奪戦が、これから始まるというのだ。こうした解釈は、これまであからさまにされたことはない。それが、こうして公然と語られるようになっている。世界情勢が、一挙に動き始めた不気味さを感じるのだ。

     

    中国は、世界戦略論の一環として「台湾解放」を位置づけている。台湾解放なくして、米国をたたき落とすことは不可能であるからだ。こう見ると、台湾解放が直近で行なわれるであろうとの差し迫った観測が出てくるのだ。

     

    ロシアのウクライナ侵攻によって、中国の台湾侵攻への壁が低くなったとする見方が増えている。中国は、ロシア軍の戦い方を反面教師にし、「速攻戦」を挑むであろうとされている。常識論で言えば、ロシア軍が手こずっているから、中国は台湾侵攻を断念するとの期待が強かった。先の共産党大会で、こういう甘い常識論が完全に否定された。

     

    特に危険なのは、中国最高指導部が全員、習氏の息がかかった人物であることだ。「イエス・マン」が揃えられたことは、「一夜の内に」台湾侵攻を決定する点で速攻戦にうってつけの構成になった。もはや、最高指導部内に開戦反対論を唱える人物もいないのだ。戦前の東条内閣のようなものである。

     

    中国除外でリスク軽減

    世界の証券市場では、「中国リスク」が全面的に登場したことで、中国を組み入れから除外する金融商品の販売を始めている。世界の投資家は、中国の政策や地政学面のリスクの高まりを警戒して、「脱中国」への需要が高まっているためだ。これまでと状況が一変したことで、中国への資金流入に大きな壁ができるであろう。中国の世界覇権戦略は、金融面ですでに大きな障害ができた形だ。

     

    中国株は、当局のハイテクセクターへの締め付け、不動産危機、米中関係緊張を背景にここ2年低迷している。新興国市場に投資するファンドの成績も不振を極めている。世界の投資家の間で、「中国離れ」が起きている結果だ。関係者によると、アジア投資を専門とし、140億ドル以上を運用する米国の資産運用会社マシューズ・アジアは、中国を除くアジア投資の新商品を発売した。(つづく)

     

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    ロシアは、西側諸国にエネルギー販売で「外濠」を埋められつつある。ドイツが、天然ガスで「脱ロシア」を進めており、10月の予定貯蔵量は1ヶ月繰り上がって9月に達成できる見込みとドイツ経済省が発表した。G7が進めているロシア産原油の上限価格引下げは、米国がインドへも話を持込んでおり、「建設的な話合い」であったという。

     

    こうして、ロシア産エネルギー輸入ボイコットの準備は順調に進んでいる。こういう西側の動きを睨み、ロシア中央銀行は来年の原油輸出価格について慎重になっている。

     


    ロシア財務省は、1バレル=60ドルの原油価格と日量950万バレルの石油生産量を政府系ファンド収入へ繰り入れことを提案した。しかし、中央銀行のアナリストは、「原油価格と生産量の基準が高すぎるようだ」と指摘し、難色を示している。ウクライナ侵攻以前の財政規則では、1バレル=40ドルが基準となっていた。『ブルームバーグ』(8月29日付)が報じた。

     

    『ブルームバーグ』(8月29日付)は、「ドイツのガス貯蔵率、10月の目標を来月に前倒し達成へー経済省」と題する記事を掲載した。

     

    ドイツ経済省は28日、ロシアからの主要パイプラインを経由した天然ガス供給は不透明だが、ガス貯蔵施設の貯蔵率は予定を上回るペースで上昇していると指摘し、10月に85%という目標を9月初めには達成するとの見方を示した。

     


    (1)「ハーベック経済相は電子メールで配布した声明で、ロシア産ガス輸入を終わらせる取り組みは「かなり」順調だとした。浮体式天然ガスターミナル設置作業は計画通り進んでいる上、オランダとベルギーからの供給は増加する見通しで、フランスもドイツにガスを供給する意向だと説明。「非常に厳しい状況にあり、膨大な貯蔵はなお確実に必要だが、国家として備えている」と語った」

     

    ハーベック経済相の声明が出る前に、電気やガスなど社会インフラを管轄する独連邦ネットワーク庁のミュラー長官が8月17日、やや悲観的な見通しを発表していた。それによると、ドイツのガス貯蔵率が11月までに目標の95%を達成できるとしても、ロシアが供給を全て止めてしまえば、暖房・電力・鉱工業需要の約2カ月半分にしかならないだろうと指摘。現在の貯蔵率は77%で、予定より2週間早く貯蔵が進んでいると付け加えた。経済省は、こういう「暗いニュアンス」の発表を打ち消して、明るさを強調したもの。

     


    (2)「ロシアが主要パイプライン「ノルドストリーム」を通じた供給を大幅に絞ったことでガス価格が上昇し、数十年で最悪の欧州エネルギー危機が深刻化する中で、ドイツの連立政権は10月までに85%、11月までに95%のガス貯蔵率を求めている。ロシア国営天然ガス会社ガスプロムは8月、ノルドストリーム経由の欧州へのガス供給を31日から3日間停止すると発表した。ただハーベック経済相は、ドイツはそれまでに10月の目標をほぼ達成しているだろうとの見解を示した」

     

    ロシアは、8月31日から3日間ノルドストリーム経由の欧州へのガス供給を停止する。ドイツはその前に、10月目標の貯蔵率を達成できるとしている。ロシアの「脅迫」に屈しないという姿勢を鮮明にした。

     

    主要7カ国(G7)は、ロシア産原油輸入について欧州連合(EU)が海上輸送されるロシア産原油への禁輸措置を発動する12月5日までに、価格上限制のメカニズムを導入したい考えである。これは、米国が主体になって取り組んでいる。

     


    『ロイター』(8月26日付)は、「米、ロシア産原油価格の上限案巡り印と建設的協議ー財務副長官」と題する記事を掲載した。

     

    インドを訪問中のアデエモ米財務副長官は26日、ロシア産原油の価格に上限を設ける案について、インド政府高官らと「非常に建設的な協議」を行ったと明らかにした。

     

    (3)「アデエモ氏は、ニューデリーで開かれた記者会見で、上限設定はロシアがウクライナ侵攻に使用できる石油収入を抑えるとともに、世界的に手頃な価格で原油供給を十分に確保することを目的としていると述べた。「12月5日に世界にとって利用可能なロシア産原油が減少し、価格上昇につながることを非常に懸念している」と述べた。上限が設定されれば、ロシア産原油の購入と輸送に引き続き欧米のサービスを使うことが可能になるとした」

     

    G7は、12月の石油需要期入りに当り、ロシア産原油価格の引下げを図る計画である。上限価格制を敷いて徐々に引下げて行く狙いだ。G7は、この上限制を推進するが、インドへも呼び掛けている。インドが、これに賛同すれば海上保険サービスを付与するとしている。欧州は、世界の海上保険で圧倒的支配権を持っている。原油輸送に海上保険が付かないと、海外港湾への入港が拒否されるリスクを抱える。こうして、ロシア産原油の輸出を阻止する構えだ。

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    ドイツのメルケル氏は昨年末、16年間務めた首相を退いた。その直後に起こったロシアのウクライナ侵攻で、メルケル氏の親ロ政策が批判の矢面に立たされている。ドイツのエネルギー政策が、ロシアへ依存しすぎていたからだ。

     

    メルケル首相が退任した時点で、ロシアからの輸入がドイツのガス消費量の55%、石炭消費量の50%、石油消費量の35%以上を占めるまでになった。ドイツはロシア産ガスの世界最大の買い手であり、ロシアのエネルギーへの依存度はEU内でも屈指となっていた。

     


    ドイツが、ここまでエネルギーでロシア依存を強めた狙いは二つある。第一は、安いエネルギーを確保して、ドイツ産業の国際競争力をつけること。第二は、貿易を通してロシアの民主化を促進することにあった。メルケル氏は、旧西独生まれだが、父親が牧師で東独へ移り住んだ経緯から、ロシアの民主化に関心を持っていた。

     

    こうした、メルケル氏の政治目的は、ウクライナ侵攻で裏切られる結果になった。政治が結果であるとすれば、メルケル氏は自身への批判を甘受せざるを得ない立場だ。

     

    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(6月9日付)は、「メルケル前独首相に後悔の念なし」と題する社説を掲載した。

     

    ドイツのアンゲラ・メルケル前首相ほど、その外交政策のレガシーに対する評価が急速かつ徹底的に落ちた例は極めて少ない。メルケル氏は、ドイツ政府を率いた16年間、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の帝国主義的野心を抑えることができると考え、その過程で、プーチン氏のエネルギーをめぐる脅迫に対してドイツと欧州全体を脆弱(ぜいじゃく)にした。

     


    (1)「メルケル氏に後悔の念はあまりない。それは、昨年の辞任以来初めて公の場に姿を現す主要な機会となった際の発言から明らかだ。メルケル氏は7日、首都ベルリンにあるベルリーナー・アンサンブル劇場で、「私は自分を責めていない。私は悪事を防ぐ方向で取り組もうとしていた。また、外交が成功しないからと言って、それが間違っていたということにはならない。したがって、『あれは間違っていた』と言うべき理由が分からない。よって、私は謝罪しない」と聴衆に述べた」

     

    メルケル氏は、苦しい弁解をしている。「外交が成功しないからと言って、それが間違っていたということにはならない」と開き直った印象すら与えている。16年間の首相在任が、緊張感を奪ったかも知れない。メルケル氏が、プーチン氏の真の目的を把握できなかったとすれば、間違っていたことになる。その点、ポーランドはロシアの真意を見抜いていた。

     


    (2)「メルケル氏は、ロシアのウクライナ侵攻を非難した上で、貿易を通じたロシア関与政策でプーチン氏の行動を変えられるという「幻想に屈したことは一度もない。私は(そこまで)世間知らずではなかった」と述べた。しかし、もしそうなら同氏はなぜ、2021年になっても、ロシアからドイツに天然ガスを運ぶパイプライン「ノルドストリーム2」の完成をあれほど強く求めたのか」

     

    メルケル氏は、米国の反対を押し切って「ノルドストリーム2」の早期完成を求めていた。プーチン氏は、ウクライナ侵攻で欧州が一枚岩にならず分裂すると踏んでいた裏に、ドイツのエネルギー政策でロシア依存の大きいことを拠り所にした。

     

    (3)「2021年には、プーチン氏がウクライナとの国境近くに軍を集結させていた。メルケル氏は、任期終盤の政治的資本の一部を使い、同パイプラインに対する米国の反対を撤回するようジョー・バイデン大統領を説得した。メルケル氏の後任の首相となったオラフ・ショルツ氏は、ロシアによるウクライナ侵攻後にパイプライン計画の承認作業を停止した」

     

    メルケル氏は、ロシアがウクライナ国境近くに軍を集結させていた事態を看過した。メルケル氏は、プチー氏に直談判できるほど、親和関係が存在していたのだ。結果は失敗したにせよ、メルケル氏の眼力が鈍っていたことは間違いない。

     

    (4)「政府首脳というものは、難しい決断を下さなければならず、その時々の既知の事実に基づいて下す決断が、時として誤りとなることは避けられない。しかしメルケル氏は、プーチン氏による2014年のクリミア半島併合、ウクライナ東部地域侵略の後でさえ、プーチン氏への融和姿勢にこだわり続けた。メルケル氏は、原発の段階的閉鎖を進め、国内総生産(GDP)の2%相当の資金を国防に振り向けるという北大西洋条約機構(NATO)への約束の順守を拒むことで、ドイツをより脆弱にした」

     

    メルケル氏は、トランプ大統領(当時)と犬猿の仲だった。それだけに、プーチン氏へ傾いたのであろう。米独の対立は、一時的なもの。同盟関係を強固にしておくべきだった。

     


    (5)「プーチン氏は、今年キーウ(キエフ)の攻略を試みても欧州の反発は限定的だと考えていたが、メルケル氏の失策がその一因になったとの見方は否定し難い。米通信社ブルームバーグの報道によれば、ショルツ氏は現在、ウクライナ情勢とプーチン氏への対応について、メルケル氏の助言を求めているという。ショルツ氏がその助言に頼らないことを期待したい。謝罪するか否かにかかわらず、メルケル氏は、欧州の自由の理念を損なったのだから」

     

    下線部は、重要な示唆である。プーチン氏が、NATOは一枚岩でないと誤解していた裏には、米独の対立を過大評価したのであろう。同盟内では、対立もほどほどにしておかないと、今回のような誤解=侵攻をもたらすという危険性を生む。

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