勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    カテゴリ: ドイツ経済ニュース

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    半導体世界大手の台湾積体電路製造(TSMC)が、欧州初となる工場をドイツに建設する方向で最終調整に入っている模様だ。ドイツのシュタルクワツィンガー教育・研究相が21日、台湾を訪問した。

     

    すでにこの1月、ショルツ連立政権の一角である自由民主党(FDP)の議員団が訪台している。FDP所属のシュタルクワツィンガー氏は、台湾の国家科学及び技術委員会の呉政忠主任委員と臨んだ技術協力協定調印式で、「同じ考えを持つパートナーとの協力を促進することは、私の省と私にとって非常に重要だ」と述べている。

     

    ドイツのショルツ政権は最近、日本政府と「合同会議」を開催して、「脱中国」政策を模索している。TSMCが、ドイツを欧州最初の工場立地として選ぼうとしている背景には、ドイツの「脱中国」政策との関連性があろう。

     

    『ロイター』(3月21日付)は、「ドイツ教育相が訪台、『尊敬するパートナー』と賞賛 中国は抗議」と題する記事を掲載した。

     

    (1)「ドイツのシュタルクワツィンガー教育・研究相が21日、台湾を訪問した。「尊敬するパートナー」である台湾を訪問できたことを光栄に思うと述べる一方、自身の訪問はドイツ政府の中国戦略とは無関係とも強調した。中国は同氏の訪台を「卑劣な行為」と呼び、独政府に抗議した。中国は台湾を自国の領土とみなし、軍事的、政治的、経済的圧力を強めている。ドイツ政府は現在、これまで緊密だった中国との関係を見直している」

     

    ドイツの教育・研究相が訪台したことは、通常ではごく稀なケースであろう。わざわざ、教育・研究相が訪台したのは、TSMCの工場建設や技術の保護などの打合せと見られる。

     

    (2)「北京では、中国外務省報道官が、シュタルクワツィンガー氏の「卑劣な行為」についてドイツ政府に強い抗議を行ったと述べた。記者会見で、ドイツは「台湾独立分離主義勢力との付き合いや交流、台湾独立分離主義勢力に誤ったシグナルを送ることを直ちにやめよ。台湾問題を利用して中国の内政に干渉することも、直ちにやめるべきだ」とした」

     

    中国は、ドイツを初めとして外交関係を結んでいる国が、台湾訪問することに極めて警戒的姿勢を見せている。「一つの中国」という原則に反するという理由だ。だが、台湾にも主権がある。国民を統治しているからだ。中国は、こういう現実を無視した主張を繰り広げている。ドイツのTSMCによる半導体工場建設問題は、どのようになっているのか。

     

    『日本経済新聞』(22年12月23日付け)は、「台湾TSMC、欧州初の半導体工場 ドイツに建設検討」と題する記事を掲載した。

     

    半導体世界大手の台湾積体電路製造(TSMC)が、欧州初となる工場をドイツに建設する方向で最終調整に入ったことが、12月23日分かった。年明けに経営幹部が現地入りし、地元政府による支援内容などについて最終協議する。早ければ2024年に工場建設を始める。投資額は数十億ドルに達する見通しだ。

     

    (3)「計画は、複数のサプライヤーの経営幹部が明らかにした。ドイツ東部のザクセン州ドレスデン市に工場を建設する予定だという。TSMCの広報担当者は日本経済新聞の取材に対し、「(工場建設について)いかなる可能性も排除しない」と述べた。工場建設が正式に決まれば、欧州連合(EU)にとって大きな追い風となる。欧州は、これまで半導体の多くを台湾などアジアから調達してきた。危機感を持つ欧州は域内での半導体生産の拡大に向け、「欧州半導体法」で官民が30年までに430億ユーロ(約6兆円)を投じる計画などを持つ。TSMCが予定する生産品目は、主にスマートフォンなどに搭載される「先端品」ではなく、「成熟品」といわれる「22~28ナノ品」になる見通し。自動車や家電製品などへの採用が想定される」

     

    ドイツのドレスデン市が、工場建設候補地という。生産品種は、中級品の「22~28ナノ品」でスマホなどに搭載されるという。

     

    (4)「関係者によると、TSMCは21年、顧客から欧州進出の要請を受けたが、ロシアのウクライナ侵攻を受けて検討を中止した。その後、欧州の大手自動車メーカーの間で、現地での半導体製造への需要が高まり、改めて工場建設を検討することになったという。あるサプライヤーの経営幹部は、新工場建設について「我々は顧客(TSMC)をサポートしたい」とした上で、「(実現には補助金などの)公的支援が必要になる」との見方を示した。欧州への進出にあたっては、人材の確保も課題となりそうだ。TSMCは米アリゾナ州に先端品の新工場を建設中で、数百人規模の技術者を派遣している。日本の熊本県にも500~600人の技術者を派遣する必要があるという」

     

    TSMCは、熊本で第二工場建設計画を発表している。これとの兼ね合いもあり、ドイツ工場建設計画は未だ発表されていない。中国にとっては、正式発表を受けてショックとなろう。

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    トヨタ自動車は、22年も3年連続で世界1の販売台数を達成した。EV(電気自動車)で出遅れていると指摘されながら、トヨタの強みは盤石という。S&Pの推計によれば、2030年も2位VW(ドイツ)に198万台の差をつけて、世界1位の座を守るという。

     

    『ブルームバーグ』(1月30日付)は、「トヨタが世界販売3年連続首位、当面盤石かー2位独VWとの差は拡大」と題する記事を掲載した。

     

    トヨタ自動車が、2022年の世界販売台数で3年連続で世界首位となった。世界的な半導体不足などによる生産制約はあったものの、中南米やアジアで販売を伸ばしたことが奏功した。独フォルクスワーゲン(VW)との差は拡大しており、市場ではトヨタの世界首位は当面揺るがないとの声も出ている。

     

    (1)「トヨタの30日の発表によると、子会社のダイハツ工業や日野自動車を含めたグループ全体の昨年の世界販売は前年比0.1%減の1048万3024台だった。VWは今月、22年の世界販売が同約7%減の826万2800台だったと発表していた。トヨタの主力市場である北米では、部品供給不足の影響を受けたほか、新型コロナウイルス感染拡大の影響が薄れた21年前半が好調だったことの反動が出て、トヨタ・レクサスブランドは前年比8.8%減の244万5125台となった。一方で、アジア地域ではコロナ禍からの経済回復や各国の経済刺激策などにより同6%増の332万4735台となったほか、中南米でも2割超の販売増となった」

     

    トヨタは、アジア・中南米・中東・アフリカで販売台数を伸している。地球規模的な強みを発揮している。

     

    (2)「VWは、16年に世界販売台数でトヨタを抜いて世界首位に立ってから4年連続でその座を維持していたが、コロナ禍で地盤とする欧州の販売が落ち込んだことなどで20年にトヨタにタイトルを奪還された。その後、両社の販売台数の差はさらに拡大しており、トヨタの世界首位は当面揺るがない可能性がある。S&Pグローバル・モビリティーの川野義昭アナリストは、「両社とも生産制約の影響は徐々に緩和傾向になり、全般的には緩やかな回復・成長となると中長期では見込まれる」と指摘」

     

    トヨタの世界首位は、当面揺るがない可能性があると指摘されている。

     

    (3)「トヨタは、インドなど南アジア地域の市場成長や中東・アフリカや南米などの地域での牽引が下支えするのに対し、「VWはロシアや欧州地域での市場自体の不透明性が残り、かつ欧州地域での電動車の拡大により新たにテスラや中華系OEMのプレイヤーの需要の高まりなどを受ける」とみているという」

     

    トヨタは、インドなど南アジア地域の市場成長や、中東・アフリカや南米などの地域での牽引が下支えする。各国の映像を見ていると、トヨタ・マークが頻繁に出てくる。強い販売網が構築されていることを示している。

     

    (4)「トヨタは、16日に23年のトヨタ・レクサス車の世界生産について1060万台を上限として取り組むと発表。ただ、1割程度下振れするリスクもあるとしており、車載半導体を中心とした部品不足や新型コロナウイルス感染拡大など不確定要因が依然多く、安定的に生産ができるようになるまではまだ時間がかかる見通しだとしている。22年の世界生産は902万6713台だった。また、世界景気見通しの悪化に伴う自動車需要の鈍化に対する懸念もある。VWのアルノ・アントリッツ最高財務責任者(CFO)は昨年12月のインタビューで、23年は前年よりも「さらに厳しい」年になるとし、自動車業界の成長は1桁になるとの見通しを示した

     

    VWは、欧州地域の販売で力強さを欠く。23年は、前年よりも厳しいと見込んでいる。

     

    (5)「S&Pの予測によると、トヨタの23年ライトビークル(乗用車と小型商用車)の販売見通しは約1039万4800台で、VWは約799万4800台。トヨタの販売台数は、30年時点でもVWを約198万台上回ることが見込まれるという」

     

    S&Pの予測では、トヨタが2030年でも2位のVWに対して、約200万台の差をつけるという。トヨタが盤石の強みを発揮する見通しだ。

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    ドイツは、西ドイツ時代に高成長を遂げた。東西ドイツ後は、統一負担が大きく低成長を余儀なくされた。だがその後、EU(欧州連合)誕生で共通通貨がユーロとなり、ドイツ経済は割安な通貨で得をしてEUの経済大国として復活した。さらに、ロシアからの安いエネルギーに依存して、競争力は抜群となって、日本経済との差を詰めてきたのである。

     

    だが、「好事魔多し」のとおり、ロシアのウクライナ侵攻によって、ロシアからの安いエネルギー依存が、すべて裏目になった。ドイツ製造業は、エネルギー高コストによって、破綻の際に立たされている。米国は、かねてからドイツのエネルギー政策が、「ロシア依存・脱原子力」でその危うさを指摘し続けてきた。米国の「予言」が的中した形だ。

     


    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(9月30日付)は、「ドイツ産業、エネルギー高騰で崖っぷち」と題する記事を掲載した。

     

    ドイツは9月29日、広範なエネルギー価格高騰への対応策を発表した。全土に経営破綻の波が押し寄せ、ドイツ最大の産業部門を支えるサプライチェーン(供給網)が断絶しかねないという懸念が企業の間で高まっていることを受けた措置だ。独政府は、ロシアのウクライナ攻撃後のエネルギー価格高騰から企業や消費者を保護する第4弾の措置として、電気と天然ガスの価格に上限を設ける方針を明らかにした。この背景には、長年ドイツ産業のエンジンを駆動し続けてきた豊富なロシア産エネルギーが枯渇し、企業が生産縮小や投資中止に乗り出したことがある。企業や消費者の信頼感は急落し、2008年の世界金融危機時に記録した最低水準に近づいている。

     


    (1)「ドイツは長年、欧州の成長をけん引し、製造業の中枢を担ってきたが、今や欧州で最も脆弱な経済の一つとなっている。ドイツ銀行のエコノミストは、個人消費や投資、純輸出の縮小により、来年の経済成長率はマイナス3.5%になると予測している。ドイツの4大シンクタンクは、エネルギー危機を理由に同国の経済成長予測を下方修正した。連邦政府に提出された年2回の報告書によると、春の時点では来年の成長予測は3.1%だったが、現在の予測はマイナス0.4%となっている。ガス不足はいずれ幾分解消されるだろうが、価格は危機前をはるかに上回る水準で推移する可能性があると報告書は警告している。「これはドイツにとって繁栄の永続的な喪失を意味する

     

    ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー価格高騰が、ドイツ経済の首を締めることになった。脱原子力発電を進め、ロシアエネルギーへ大きく依存してきた裏目が、ドイツ経済を苦しめている。

     


    (2)「業界団体「ドイツ自動車工業会」が今月実施した調査によると、独自動車会社の10社に1社はエネルギーコスト高騰の結果、生産を減らしたと回答し、さらに3分の1がそれを検討していると回答した。同団体によると、半数以上の企業が予定していた投資を中止または延期し、4分の1近くが投資を国外にシフトしようとしている。ドイツ銀行のアナリストによると、ドイツの製造業界の生産高は今年が2.5%、来年は約5%減少する見込みだ。同国の近年の繁栄の基礎となってきた輸出は、インフレ調整後でコロナ前の水準を下回っている」

     

    ドイツの主要産業である自動車が、エネルギー高コストで国内生産が不利になった。国内投資を延期して海外へシフトせざるを得なくさせている。これは、国内経済を冷やす要因だ。

     


    (3)「エネルギー価格は構造的に高止まりする公算が大きいため、コスト高で市場から締め出されたドイツの生産設備のうち復活するのは一部に限られそうだとアナリストはみている。これは、労働人口の高齢化で既に圧迫されているドイツの長期的な成長力を低下させる可能性がある。
    S&Pグローバル ・マーケット・インテリジェンスのエコノミスト、ティモ・クライン氏は「現在のエネルギーコストとそれに伴うインフレ危機は、単なる循環的な現象ではなく、大きな構造的要素をはらんでおり、ドイツの経済見通しに対する深刻な中長期的ダメージを防ぐためには、政府の大幅な介入が必要だ」と述べた。

     

    エネルギー価格の構造的高止まりによって、ドイツ産業が長期的に大きな痛手を受けることは必至な情勢である。

     


    (4)「中国はドイツ最大の貿易相手国であり、多くの独企業にとって最大の単一市場だ。こうした中国への経済的な依存は、中国がロシアと対西側で結束を固めた場合、経済に一段と大きな衝撃をもたらすことになりかねない。政府当局者は今、それを懸念している」

     

    ドイツ企業は、多くが中国へ進出している。中ロ枢軸で両国が結束を固めれば、ドイツへの影響が懸念される。ドイツにとって、国際情勢の急変が企業経営へ大きな影響を与える局面になった。

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    ドイツ経済は、1990年の東西ドイツの統合後、経済成長失速に見舞われた。だが、EU(欧州連合)発足の1993年を機にして、ドイツにとって割安なユーロを武器に輸出急拡大を実現した。特に、ロシアや中国への接近が、ドイツ経済の起死回生につながった。

     

    その中ロが、西側諸国にとって安全保障上のライバルになった以上、ドイツのロシアや中国への政策は抜本見直しを迫られている。大きな衝撃である。

     

    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(6月28日付)は、「ドイツの牧歌的状況の終わり」と題するコラムを掲載した。

     

    先週末、ドイツは平常通りに見えた。柔和なオラフ・ショルツ首相は他の先進7カ国(G7)首脳やゲストたちを、バイエルン州のアルプス山脈に囲まれた豪華なエルマウ城に迎え入れた。しかし、外見は当てにならない。ドイツは第2次世界大戦後の連邦共和国の建国以来、最大の試練に直面している。

     


    (1)「これは突然起きたことだ。2020年の時点では、ほぼ全世界がドイツの独善的な自己評価に同意していた。つまり、ドイツは世界で最も成功した経済モデルを構築し、世界で最も野心的な気候変動対策に着手しておおむね成功し、極めて低コストで自国の安全保障と国際的な人気を確保する「価値に基づく外交政策」を完成させた、というものだ」

     

    これまで、ドイツの経済成長は順風満帆であった。対米外交では、独自性を主張して「我が道を行く」スタイルであった。中ロに太いパイプを築いてきたからだ。防衛費も対GDP比1%と最低に抑制してきた。この状況が、ロシアのウクライナ侵攻で、根本から引っ繰り返った。

     


    (2)「そのいずれも真実ではなかった。ドイツの経済モデルは世界政治に関する非現実的な想定に基づいており、現在の混乱を乗り切れる可能性は低い。ドイツのエネルギー政策は大混乱しており、他の国々にとって何をすべきでないかを示す格好の例となっている。ドイツの「価値に基づく外交政策」への評判は、ウクライナ支援をめぐる煮え切れない対応によって大きく傷ついた。そして、ドイツの安全保障専門家らは、非常に不愉快な真実を受け入れつつある。攻撃的なロシアと対峙(たいじ)すると、ドイツは欧州全体と同様に、安全保障面で米国に完全に依存するということだ」

     

    ドイツは、ウクライナ侵攻後に大慌てで米国から防空システムを購入した。防衛費も対GDP比2%へ引上げると発表し、「歴史的転換点」と国際情勢急変に驚愕した。日本と比べて、極めてナイーブであり過ぎたのだ。それまでのドイツは、日米一体化を日本外交の独自性喪失とみていたほど。ドイツは、目を覚ましたのだ。

     


    (3)「ショルツ氏と同氏の連立政権は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領によるウクライナ侵攻を受け、ドイツの基準で見れば一連の「革命的な変化」で対応してきた。ドイツは再軍備を始めているほか、出だしでつまずきながらもウクライナに兵器を供与している。野心的な気候変動政策を犠牲にしてまでも、ロシアからエネルギー面で独立するための第一歩を踏み出した。石炭火力発電所を徐々に復活させ、新たな天然ガス処理工場を建設する予定だ。欧州全体に対しては、もはや現実的に思えなくなった脱炭素の義務化の先送りを求めている」

     

    このパラグラフのように、ドイツは空想的世界でうたた寝を愉しんでいた。エネルギー政策は、ロシア(天然ガス)とフランス(原発)に依存し、自らは手を汚さずに気候変動政策に熱中してきた。これらの人任せのエネルギー安保政策が破綻したのだ。かねてから、米国が厳しく批判して来た点である。

     

    (4)「しかし、本当の仕事はまだなされていない。現代ドイツの国づくりは、何よりも経済プロジェクトだった。1949年に再建された瞬間から、中心的な目標は経済成長だった。経済成長は戦争による破壊を修復し、平和的な西欧への統合を促進し、共産主義の魅力を低下させた。国民の多大な努力、政治家の現実的な政策、企業経営陣の技能と決意、そして米国主導の世界秩序の形成がもたらした望ましい国際環境により、ドイツ経済は最高潮に達した」

     

    ドイツは、米国主導の世界秩序(NATO)の下で、経済的繁栄を謳歌してきた。この批判は、安倍政権登場までの日本へも向けられた批判である。世界の安全保障政策に責任を分かち合わないという共通の批判だ。

     


    (5)「近年のドイツの経済的な奇跡は、工業力、ロシアから調達する安いエネルギー、世界市場(とりわけ中国市場)へのアクセスという三つの要素に依拠してきた。現在、これらの全てが脅威にさらされている。1世紀にわたる産業界の取り組みを通じてドイツが身に付けてきた自動車の技術は、電気自動車(EV)へのシフトによる挑戦を受けている。19世紀以降、自国の技術で世界をけん引してきた化学業界は、世界的な競争が激化する中、環境面での試練に直面している」

     

    ドイツの経済的な奇跡は、次の三つの要素に依存してきた。

    1)高い工業力水準

    2)ロシアから調達する安いエネルギー

    3)中国市場へのアクセス

     

    ドイツは、前記の「成長三要素」のうち、ロシアを失い、中国はセーブされる。大きな痛手になることは避けられまい。

     

    (6)「ショルツ氏は、リベラルな価値観の重要性や気候変動の危険性に関して、理論上はジョー・バイデン米大統領に賛同するかもしれない。しかし、ドイツの実情を踏まえて計算するはずだ。当然ながら、それはロシアや中国との関係をいかに修復すべきか、という考え方につながる。バイデン氏の仕事は、ショルツ氏とともに西側の価値観を賛美することではなく、米国による安全保障の傘には代償が伴うことを独政府に理解させることだ。世界中で危機が拡大し深刻化している今、米国の政治的現実を考えれば、ドイツは米国を支えるためにさらに行動しなければ米国からの支援継続を期待することはできない」。

     

    ドイツは、いずれ自国の国益追求でロシアや中国の関係修復に動き出すかも知れない。だが、ドイツは安全保障で米国を助ける行動が求められる。そうでなければ、米国から安保上のメリットを受けられないことを知るべきである。日本は、すでに日米安全保障で同一歩調を取っている。ドイツも、同じことが求められるであろう。

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    EU(欧州連合)は最近、中国の新疆ウイグル族弾圧にからむ警察の秘密資料が流出した以降、中国への警戒感を強める。ドイツ政府は、ドイツ企業の対中投資について保証を拒否するなど、厳しい対応を見せているのだ。

     

    ドイツ企業は、すでに2年前から対中投資について慎重な姿勢を見せていたことがわかった。ナチスヒットラーのユダヤ人虐殺事件の連想から、素早く他国へ分散投資に動いていたのだ。この動きは、他のEU企業にも影響を及ぼす可能性が出てきた。

     


    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(6月11日付)は、「独中企業の蜜月関係にすきま風、投資にも変調」と題する記事を掲載した。

     

    ドイツと中国の企業は長らく、これ以上は考えにくいほど緊密な関係を維持してきた。だがここにきて、友情と利害関係で結ばれた絆にほころびが生じてきているようだ。

     

    (1)「最近の例では、中国で企業が政治絡みの理由で損失を被った場合に補償する保険について、自動車大手フォルクスワーゲン(VW)がドイツ政府から更新を拒否されたとウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が先週報じた。独政府は、中国新疆ウイグル自治区での人権侵害を巡る懸念が理由だと説明しており、新疆地区にはVWの工場がある。同社は、自社の工場で強制労働は行われていないとした上で、中国が世界の経済成長をけん引するとの見方に変わりはないと述べた」

     

    VWは、中国市場が稼ぎの筆頭になるほど,中国へ傾斜している。外資の自動車企業では、最も早く中国へ進出した経緯がある。その点で、日本車は最後発であったが、今やドイツ車全体を追い抜く勢いである。

     

    ドイツ企業は、中国で人権問題が言及されると、直ぐに反応せざるを得ない歴史の十字架を背負っている。中国へは、これ以上の深入りをセーブせざるを得ないのであろう。

     


    (2)「ドイツに限らず欧州企業の幹部からは最近、中国についてさまざまな発言が出ている。独化学大手BASFの最高経営責任者(CEO)は、英誌『エコノミスト』とのインタビューで中国について強気の見方を示した。一方、欧州連合(EU)の在中国商工会議所が4月に行った調査では、既存もしくは計画中の投資を他国に移すことを検討していると回答した企業が4分の1近くに達した。この割合はここ10年で最も高い水準だ。こうしたセンチメント調査はうのみにしない方が賢明だが、投資支出に関する実際のデータも同じような傾向を示している。しかもこのデータは、春先に始まった上海のロックダウン(都市封鎖)の混乱ぶりを受けて中国への懐疑的な見方が広がり始めるより前のものだ」

     

    ドイツ企業の対中投資は、すでに曲がり角を回った。中国市場を絶対視する雰囲気ではない。中国の暗黒部分に気づき始めたのだろう。

     


    (3)「ここ10年の大半は、ドイツの海外直接投資に占める中国の割合が、欧州を除くと1位か2位で、2008年の金融危機以降はこの流れが加速した。特に2010年代半ばには、アジアの他の国々は存在感が薄かった。ドイツの対中投資は20年前半にいったん落ち込んだが、その後は力強く盛り返した。ドイツ連邦銀行(中央銀行)のデータによると、ドイツから中国本土および香港への直接投資は21年末までにネットベースで64億ユーロ(約9030億円)に回復し、新型コロナウイルス流行前の19年の2倍近くに達した。だが同時に、奇妙なことが起きていた。それは、同じ時期に、他のアジア諸国向け投資が142億ユーロと、19年の3倍以上に急増していたことだ」

     

    ドイツ企業は、対中投資を増やす中で他のアジア諸国向け投資をそれ以上に増やしている。その増加幅は、他のアジア諸国向け投資が対中投資をかなり上回っていることだ。

     

    (4)「このことから、デカップリングとは言わないまでも、こうした投資分散の傾向は、ゼロコロナ政策やウクライナでの戦争を巡るロシアへの黙認姿勢で中国との緊張が高まる以前から始まっていたことがうかがえる。新疆地区の問題を巡りEUが21年前半に対中制裁を科すと、中国は対抗措置として欧州議会のメンバー数人に制裁を科し、EUと中国の投資協定は事実上とん挫。これが尾を引いている可能性がある」

     

    21年までに、ドイツ企業は対外投資国の選別を始めていたことが分る。中国からASEAN(東南アジア諸国連合)の発展性に注目していて、対外投資の軸足を動かしていたのだ。新疆ウイグル族弾圧事件の表面化に反応していることを覗わせている。

     


    (5)「ドイツ政府が(中国へ)圧力を強めたのは20年からで、サプライチェーン(供給網)問題をきっかけに、経済相が中国への過度な依存に警鐘を鳴らした。さらにドイツでは21年に連立政権が誕生し、中国の人権問題を声高に批判している緑の党が政権に加わった。ドイツの企業は中国に多額の投資を行っており、撤退することは考えにくいが、国としては脱中国を進めている。世界貿易においてドイツは大きな影響力を持つ。世界銀行によれば、20年のドイツの物品貿易額は同国国内総生産(GDP)の66%に相当する。ドイツが行くところには、他の国々もすぐについていくかもしれない」

     

    ドイツで、21年末に新たな連立政権が誕生した。中国の人権問題を声高に批判している緑の党が、対中批判の先頭に立っている。外相は、緑の党代表が務めており将来、対中投資の禁止まで検討しているほど。現在の連立政権が長続きすれば、ドイツの対中関係はかなりの変化が起こりそうだ。

     

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