勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    カテゴリ: 豪州経済

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    中国は、感情的理由で豪州へ経済制裁を加えているが、大きなブーメランを浴びることが決定的になってきた。中国の台湾侵攻の際に、豪州は米国と共に戦うと国防相が発言したもの。中国の「戦狼外交」が、事前にこうして敵をつくっていくことを察知できない無能さに呆れるほかない。

     

    中国は、先にロシア海軍と多数の軍艦によって日本列島を一周して「威圧」を与えた積もりになっている。清国時代、英国から購入した最新鋭軍艦で長崎まで二度も回航し威圧する行動を取ったことがある。これに奮起した日本は、自力で軍艦を建艦して日清戦争で大勝した。日本は、こうした中国の威圧に屈することがない国家である。それは、中国を文化的に恐れていないからだろう。

     

    『朝鮮日報』(10月27日付)は、「オーストラリア国防相『中国が台湾を攻撃すれば同盟国の米国と共に対応』」と題する記事を掲載した。

     

    (1)「オーストラリアのダットン国防相は10月24日(現地時間)「中国が台湾を攻撃した場合、オーストラリアは米国と共に行動するだろう」と発言した。国際的な外交・安全保障問題で米国の側に立つ考えを重ねて明確にした形だ。今年5月にはオーストラリアのモリソン首相も「中国が台湾を攻撃した場合、オーストラリアは米国とその同盟国を支持するだろう」と発言していた。オーストラリアは先月、米国や英国と共に中国の膨張に対抗するため、3カ国による安保協力体「AUKUS」を立ち上げた」

     

    豪州が、AUKUS(米英豪三ヶ国)の軍事同盟を結んだ意味は大きい。米英から攻撃型原潜技術を導入して建艦することになったもの。原潜が完成する前に、米英からリースして配備する計画である。南シナ海で豪海軍の原潜が米英海軍と同一行動を取るのだ。

     

    近代戦の経験のない中国海軍にとっては、身震いするほどの恐怖感に襲われるはずだ。海南島から出撃するはずの中国潜水艦部隊は、AUKUSの潜水艦部隊によって、足止めされる危険性に遭遇するであろう。

     


    (2)「ダットン国防相はこの日、オーストラリア・スカイニュースとのインタビューで「ある時期に中国と(自由民主陣営との間で)戦争が起こる可能性はあるのか」との質問に「中国は台湾に対する意図を明確にしており、米国も台湾についての考えを明確にしている」「中国が台湾に対して武力攻撃を行えば、オーストラリアは米国の対応を見極めた上で、70年以上にわたりそうだったように同盟国(米国)と共に行動するだろう」との考えを示した。ダットン国防相はさらに「(戦争は)誰も望んではいないが、(戦争が起こるかどうかは)中国側に問うべき質問だ」とも指摘した」

     

    台湾侵攻を決めるのは習近平氏である。自らの政治生命が掛かった決断になるはずだ。敗北すれば、習氏の政治生命はそこで終わる。同時に、反習派の手によって拘束されるだろう。こういう大きなリスクの掛かった台湾侵攻を簡単に始めるかどうか。中国経済斜陽化の中で、余りにも危険な台湾侵攻作戦になるはずだ。

     

    (3)「オーストラリアのこのような考えは、米国による台湾防衛の約束とも一致する。今月21日に米国のバイデン大統領はタウンホール・ミーティングの際、「中国が台湾を攻撃した場合、米国は防衛するのか」との質問に「そうする」と答えた。オーストラリアは先月15日に米国、英国と共に各国名の最初の文字を取った安保協力体「AUKUS」を立ち上げ、米英から技術支援を受け原子力潜水艦8隻を建造することを決めた。米空母をオーストラリアに循環配備することにも合意した」

     

    バイデン大統領は、台湾防衛についての質問に対した「決まり切ったこと」と言ったニュアンスで、「イエス」と答えている。ホワイトハウス報道官は、後からこれを「否定」したが、演出に過ぎない。米国は、米国のために台湾防衛へ出るのだ。台湾を見捨てたら、米同盟国は疑心を持ち、米国覇権は大きく揺らぐはずである。米国は、「同盟国と共にある」のが現実である。

     

    (4)「ダットン国防相は、上記のインタビューで「オーストラリアは20世紀に起こったあらゆる戦争で米国、英国と共に行動し、次の世紀でもこの協力を深めていく大きな義務がある」「これはわが国の安全保障の基盤だからだ」との考えも示した。その上でダットン国防相は「今すぐ100隻の潜水艦を購入したとしても、中国のようなスーパーパワーと競争できるわけではない。重要なことは同じ考えを持つ国々との協力だ」と指摘した」

     

    米英豪は、「一卵性」である。英国が、米豪の「母国」のようなものだ。「血は水より濃し」である。一緒のルーツであることが、最後の結束力の要になる。日本は、この三ヶ国と最も親しい関係にある。それは、外交上の大きな財産だ。中ロによって、軍艦で日本列島を一周されても「冷笑」している理由であろう。

     

    (5)「ダットン国防相はオーストラリアの政権与党では保守系のグループを代弁する人物として知られる。警察で勤務してから2001年に国会議員に当選し、政治家としての道を歩み始めた。移民国境警備相や内務相などを経て今年3月に国防相に就任した。2018年には自由党内で代表の座を巡ってモリソン首相と争ったが敗れた」

     

    ダットン国防相は、まだ51歳の若さである。将来は、豪州首相の座につく人であろう。こういう重要人物が、中国に対して一歩もひけをとらない姿勢を見せていることは、AUKUSの結束力の強さを証明している。

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    中国外交は、秦の始皇帝以来の「合従連衡」である。相手の「合従」(同盟)を壊して、「連衡」(一対一の関係)へ持ち込み、最終的に相手を征服する老獪外交である。この伝統的な外交戦術から見ると、習近平氏は全く逆のことを行っている。相手を恫喝して怒らせ、「同盟」強化に進ませ、中国が不利な状態に追込まれる構図をつくっているのだ。

     

    「AUKUS」(米英豪)の軍事同盟によって、豪州が攻撃型原潜8隻を建艦するとの決定は、中国の豪州への恫喝が原因である。駐豪中国大使館は昨年11月、豪州へ抗議書を突付けた。その際、「中国へ喧嘩を売るつもりなら、中国は買って出る」というおよそ外交官に相応しくない発言をして、豪州を威嚇した。

     

    これが、豪州を心から怒らせて今回の「AUKUS」結成へ繋がったものだ。中国は、自国を「無敵」と錯覚している。実質は、不動産バブルの支えた「異常経済」に過ぎなかった。それが今、白日の下にさらされ始めている。

     


    『日本経済新聞』(10月23日付)は、「豪原潜で激化する軍拡競争」と題する寄稿を掲載した。筆者は、元米海軍大将 ジェームズ・スタブリディス氏である。

     

    豪州がフランスと契約していたディーゼル潜水艦12隻の開発を撤回し、米英と協力して原子力潜水艦8隻を配備することは、アジアの地政学的・軍事的な勢力バランスの劇的な変化を示す。中国と豪州の間の緊張は高まった。フランスは憤懣やるかたなく、(英国を除く)欧州は米国からの軍事的・政治的独立の必要性を痛感しただろう。いずれインド、もしかしたら日本も米国の技術供与による原潜の導入を検討するかもしれない。

     

    (1)「豪州の決定は、代償は伴うものの理解しやすい。まず太平洋の広大さだ。原潜は長期間潜行できるため、豪州から作戦海域までの距離の長さを考慮すれば、理にかなっている。同時に、米英の原子力技術に関わる機会と、仏潜水艦よりも高い戦闘能力が得られる。最も重要なのは、豪州が地政学的に米国と足並みをそろえることだ。西太平洋に配備される英国の空母打撃群と作戦を展開できるという利益も得られる。米英豪とカナダ、ニュージーランド(NZ)による機密情報共有の枠組み「ファイブ・アイズ」への長期的な賭けでもある」

     


    米豪の二ヶ国による原潜技術供与でなく、なぜ英国が加わっているかがポイントである。英国は、香港問題で中英協定を破棄された怒りが表面化したものだ。AUKUSによって、英国は堂々と中国と軍事対決できる資格を得たのである。中国を窮地に追込む。これが、英国の国策になった。英国は、TPP(環太平洋経済連携協定)加盟を申請しており、来年には正式参加の見通しである。この英国は、中国を絶対にTPPへ加盟させないとしている。

     

    中国は、香港問題で英国を敵に回し、豪州を威嚇して同様の結果を招いた。外交的に大失敗である。日本やインドとも領土問題で圧力を加えている。この日印が今後、中国へどう出るか。考えたことはないのだろうか。

     

    (2)「豪州の潜水艦の正確な設計はまだわからないが、米国のロサンゼルス級原潜の技術を反映するならば極めて静かで、トマホークミサイルと魚雷を搭載できることになる。中国の潜水艦の活動を阻止し、豪州と同盟国などの間の海上交通路(シーレーン)を守り、米英の原潜や空母打撃群との協力も円滑にできるようになる」

     

    豪州の原潜部隊は事実上、米英豪の混成軍になるであろう。三ヶ国が、対中国で同一戦略を組むのだから、別々の行動はあり得ない。

     


    (3)「フランスは猛反発した経緯もあり、しばらくの間、豪州や米国との関係に影響が及ぶだろう。太平洋に領土を持つフランスは、アフガニスタンでの米軍撤収なども含め、米国は信頼できないと主張する。欧州全般が腹を立てているのは、英語圏の国々がファイブ・アイズの枠組みの下で独立して行動し、貿易などについても拡大傾向を強めようとしているからだ。米国は中国の南シナ海を巡る領有権問題から、中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)の高速通信規格「5G」通信網などからの排除まで、欧州の協力を求める。しかし欧州は、太平洋で中国と対峙しようとする米国の願望をなかなか支持しなくなるだろう」

     

    フランスは、自国が豪州向けの潜水艦を建艦する契約であったから、米英に建艦計画が移って怒り心頭である。元を糺せば、豪州の潜水艦建艦は日本技術を採用予定であった。それが突然、フランスへ取られたという事情がある。この背後に、中国スパイが暗躍したと見られている。当時の豪州は、中国のスパイ天国であった。政治資金が、中国から豪州へ流れていたのである。

     


    (4)「中国は予想通り反発し、海軍力などの軍拡競争について警告する。ただ、原潜を含めた中国の軍艦の造船計画は世界最大の規模とみられる。豪州の原潜を巡る選択が、(新型コロナウイルスの起源を巡る対立に伴う)中国による威嚇の結果であることを考えると、偽善的ともいえる」

     

    中国は豪州が攻撃型原潜を持ち、しかも米英海軍を仲間にしてきた。これで中豪関係は、一挙に中国不利になったのである。漫画になりそうな構図だ。

     

    (5)「日米豪印の枠組み「Quad(クアッド)」の一員である日印は、豪州の決定をどのように受け止め行動するか注目される。インドは原潜を保有するが、新しい豪州の原潜の能力には及ばないだろう。日本は原潜を持たない。日印とも米豪と同等になるため、潜水艦の原子力化を進める可能性はある。中国は太平洋を日米豪印に包囲されていると感じ、激怒するだろう。日米豪印の海軍力が台頭し、連携しようとするのは、中国にとって極めて憂慮すべきことだ」

     

    日本は、憲法上の制約で原潜を持ちにくいであろう。だが、憲法を改正する雰囲気が強まっている現在、日本防衛の切り札になる原潜を保有すれば、中国は、極めて不利な状況に追込まれる。台湾や尖閣諸島へ侵攻作戦を始めても、AUKUSやクアッドが対応して中国艦船は沈没させられる。中国が、このような危険行為を始めるかどうか、だ。

     

     

     

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    中国は、豪州に対してこれまで「強面外交」を行い、米英豪の3ヶ国「AUKUS」(オーカス)と称する軍事同盟を結ばれ大失敗した。その上、豪州石炭を輸入禁止にした結果、国内での大幅電力不足を招いている。この事態を緩和すべく、これまで豪州からの石炭運搬船を港外へ留め置いたが、秘かに荷揚げしたという。

     

    一方で豪州の元首相は、お忍びで台湾を訪問して蔡台湾総統と面会し、「防衛面で連携する」と報じられている。中国は豪州へとって来た強硬策が、ことごとく失敗した形である。豪州が、上手く局面を切り抜けているのだ。

     

    英紙『フィナンシャル・タイムズ』(10月5日付)は、「電力危機の中国、豪州炭の輸入をひそかに解禁」と題する記事を掲載した。

     

    中国は、豪州産石炭の輸入を非公式に禁止しているにもかかわらず、少量の荷揚げに着手したことが、アナリストらの指摘で明らかになった。世界第2位の経済大国が直面する電力危機の厳しさが浮き彫りになっている。

     

    (1)「船舶仲介会社ブレーマーACMシップブローキングで乾貨物担当の首席アナリストを務めるニック・リスティック氏によると、1年前に輸入禁止が発効してから中国の港湾外で待機していた豪州の貨物船数隻が、9月に係留場所へ向かった。喫水線の変化が確認され、石炭が荷揚げされたことがうかがえたという。同氏は石炭45万トンが陸揚げされたとみている。エネルギー調査会社ケプラーも、沖合で待機していた船舶計5隻が、9月に豪州産の一般炭38万3000トンを中国に陸揚げしたと指摘している」

     

    中国が、港外まで来ている豪州炭の貨物船を荷揚げもせずに1年も放置しておくとは、凄いやり口である。冷酷というか酷い仕打ちである。中国が輸入発注しながら、こういうことをするのだ。豪州が、AUKUSを結成して中国の喉元に攻撃型原潜を突付ける気持ちも理解できる。中国の外交的な失敗だ。

     


    (2)「荷揚げされた石炭が他国に転売された可能性はあるものの、そうは考えにくいとトレーダーはいう。中国当局から通関を認めるという信号が送られているためだと説明している。中国政府は2020年、国営のエネルギー会社と製鋼所に対し、豪州産石炭の輸入を直ちに停止するよう命じたと伝えられている」

     

    荷揚げされた石炭は、中国で使用されると見られる。

     

    (3)「年間550億豪ドル(約4兆4600億円)規模にのぼる豪州の石炭輸出業に打撃を与えた形だ。資源価格を調査する英アーガス・メディアによると、豪州の中国向け一般炭輸出は20年が3500万トンで、18年と19年には5000万トンに迫った。英コンサルティング会社ウッド・マッケンジーによれば、20年11月以降は中国向けの石炭輸出全体が「事実上ゼロ」に減少している。だがそれ以降、中国の各省は電力の割り当てに深刻な打撃を受けており、一部地域では工場の稼働が週2日しか認められず、経済成長や世界のサプライチェーン(供給網)を脅かしている

     

    下線部は興味深い。中国が、豪州炭の輸入を禁止すると同時に、電力割り当てを始めていることだ。憎い豪州に一泡吹かせるが、中国も停電するというこの発想法はどこから出てくるだろうか。専制的な権力者特有の傲慢さである。ここには、合理的な意思決定は見られない。中国の政策決定では、大なり小なり「感情的」ものが含まれているに違いない。こういう調子で、開戦されたら堪らない。防御側は相当の準備をするべきだ。

     


    (4)「英調査会社IHSマークイットで大中華圏の電力・再生可能エネルギー調査を率いるララ・ドン氏は、少量の積み荷の引き渡しを認める動きについて、政策全般の転換を示唆している可能性は低いとの見解を示す。「政策緩和の兆しと受け止めているが、豪州からの石炭輸入に大きな変化が出ることはなさそうだ」という」

     

    中国は、あくまでも豪州炭の輸入禁止政策を変えないだろうと推測している。中国経済の被る損失は明らかだ。玉砕型の経済政策に見える。豪州は、中国の対豪政策に変化はないと見る。そこで、台湾との関係強化に踏み出している。

     

    『毎日新聞 電子版』(10月6日付)は、「オーストラリア元首相が台湾訪問、対中国を念頭に連携図る構え」と題する記事を掲載した。

     

    豪州のアボット元首相が10月5日から台湾を訪問している。豪州は近年、中国と対立を深める。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への加入を求め、中国と台湾が争う中、7日に台湾の蔡英文総統と面会し、対中国を念頭に連携を図る構えだ。アボット氏はモリソン首相が党首を務める与党・自由党の元党首。2015年に首相を退任し、20年から英国やその同盟国との貿易推進に関する政府組織の顧問を務めている。台湾外交部(外務省)によると、アボット氏の訪台は初めて。

     


    (5)「豪州は9月には、米英とインド太平洋地域における新たな安全保障協力強化の枠組み「AUKUS(オーカス)」を創設。米英から原子力潜水艦建造の技術協力を受ける予定で、南シナ海などへの進出を強める中国に対抗する姿勢を強める。この時期にアボット氏が訪台して外交関係のない台湾と連携を強めることは、一連の対中政策の一環ともみられている。アボット氏は8日には、台湾の財団法人主催のフォーラムで講演する予定」

     

    豪州は、外交関係のない台湾へ元首相が「私人」の資格で訪問した。日本で喩えれば、安倍元首相が訪台するようなもの。政治的な意味は大きいはずだ。これは、豪州が本腰を入れて台湾防衛に取り組む姿勢をアピールしたもの。中国にとっては不気味であろう。

     

    (6)「台湾側は豪州の動きを歓迎している。総統府の張惇涵報道官は5日、アボット氏の訪台が「台湾と豪州のパートナーシップの良好な基盤を築くことを期待する」と、意義を強調した。台湾としては、豪州との関係強化によってTPP加入に向けた環境整備を図ると共に、台湾への軍事的な圧力を強める中国に対抗する狙いもある。豪州政府はアボット氏の訪台について「私人としての立場」とする。台湾のTPP加入申請について、台湾を領土とみなす中国の立場に異を唱えない「一つの中国」政策と整合性を取る必要があるとし、慎重に検討する考えを示している。アボット氏が台湾に到着した際は、声明などを発表せず記者団の取材にも応じなかった」

     

    豪州にとって、台湾の地政学的意味は極めて大きい。台湾が中国に占領されれば直接、軍事的な脅威にさらされるからだ。日本と同じ立場だ。こうなると、日本もAUKUSへ参加する可能性が出てくることも否定できまい。台湾のTPP加盟は、経済安保の強化という立場から、日豪ともに歓迎である。

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    この平和な時代に、中国では火力発電用の石炭不足と価格高騰が災いして停電が頻発している。「世界の工場」は停電で悲鳴を上げている。この結果、9月の製造業景況判断PMI(購買担当者景気予測指数)は、好不況の分岐点の50を割り込んで49.6にまで落ち込んだ。製造業は、すでに「不況局面」入りしている。

     

    中国国家統計局が、9月30日発表した9月の製造業購買担当者指数(PMI)は49.6と予想外の50割れ。8月は50.1であった。50割れは2020年2月以来だ。新型コロナに襲われた時の衝撃的事態の再来である。前回は「コロナショック」。今回は「停電ショック」と言えそうだ。事態を重く見た政府は、ようやく対策を取り始めた。

     


    『ロイター』(9月30日付)は、「中国発改委、電力料金に需給を反映」と題する記事を掲載した。

     

    (1)「中国の国家発展改革委員会(NDRC)は29日、電力料金に需要と供給を反映させるとともに、暖房と発電の需要を満たすために石炭輸入を規律的に増やすと発表した。また、国内の天然ガス生産量を増やし、液化天然ガス(LNG)のスポット輸入を早期に手配するように企業を指導することも明らかにした」

     

    これまで、電力会社に電気料金の決定権を与えなかった。この結果、石炭価格の上昇で赤字操業を余儀なくされたので停電する事態を招いた。これを避けるべく、電力価格決定権を電力会社に与えることにしたもの。当然の措置だ。

     


    (2)「NDRCは、「(政府は)電力価格が合理的な範囲内で変動することに介入せず、市場原理やコストの変化を価格に反映させる」とコメントした。NDRCは一般家庭の電力消費量は全体の5分の1に過ぎないため、中国は「完全に保護」できるだけの電力を提供する能力があるとした。石炭と電力の供給不足で最も大きな打撃を受けた地域の一つである中国北東部で冬の暖房使用のピークに向けた石炭供給を確保するため、鉱山会社に対して発電所との間で燃料炭の中長期契約の締結を強化するように求めた。一方、政府は中国北部の山西省、陝西省、内モンゴル自治区の主要炭鉱を冬の緊急供給地に指定した」

     

    このパラグラフで注目すべきは2点である。

    1)家庭への電力供給は十分に行うものの、企業への言及がないこと。

    2)中国北部の石炭産地では生産増を行うこと。

     

    習政権は、二酸化炭素の排出抑制で石炭生産を減産してきたが、背に腹は代えられない事態のため石炭の増産を始めるという。これまで、中国政府が世界気象変動対策に率先、協力するポーズをとってきた。これが、停電騒ぎの頻発で難しくなってきたのである。

     


    『ウォール・ストリート・ジャーナル』(9月30日付)は、」石炭・天然ガス不足、中国政府の思惑に試練」と題する記事を掲載した。

     

    中国では、危険で老朽化した炭鉱業界の状況を改善するための新たな取り組みによって、供給が伸び悩み、石炭価格が高騰している。それは液化天然ガス(LNG)市場にも波及している。こうした状況は、回復途上にあった中国景気に政府の鉱山閉鎖が打撃となり、石炭価格のすさまじい高騰を招いた2016年末を髣髴とさせる。

     

    (3)「今年3月から8月までの国内石炭生産量は前年同期比で平均1.5%縮小。その一方で、同期間の電力生産量は平均8.9%増加した。このため冬の暖房シーズンに向け、発電所の在庫が急速に減少している。CQコールのデータによると、東部の主要7省では先週、平均在庫がわずか12.5日分と、少なくとも2015年以来の低水準となった。これは2020年10~12月期の平均値の半分にも満たない」

     

    国内の低品質石炭の生産を縮小している一方、電力需要が増えたので停電している。これが、現状説明である。ならば、高品質の輸入炭はどうか。豪州炭は経済制裁で輸入禁止にしているという、ちぐはぐな状態に落ち込んでいる。この混乱ぶりは、漫画を見るような滑稽さである。豪州側にすれば、手を叩いて笑う局面だ。先週の手持ち石炭在庫は、2週間分もないのである。

     


    (4)「最も重要なことに、気候変動やエネルギー効率の目標達成へ向け、中国規制当局が不動産部門や鉄鋼などエネルギー集約型産業を締め付けているため、中国の重工業生産の伸びと電力需要の伸びは急速に減速している。もし中国の不動産セクターが本当に崩壊してしまえば――不動産の巨大企業である中国恒大集団(チャイナ・エバーグランデ・グループ)の解体が遅々として進まないことを考えれば可能性がある――重工業生産はさらに大きな打撃を被るだろう。8月の粗鋼生産量は前年同月比13.2%減少し、電力需要はわずか0.2%増と、ほんの数カ月前には2桁増だったのが、状況が反転している様子が鮮明だ」

     

    皮肉な話だが、中国の二酸化炭素排出に最も貢献するのは、不動産部門の縮小である。これが、鉄鋼・セメント・アルミというエネルギー多消費産業と関わっているからだ。中国恒大が、仮に破産する事態になれば、二酸化炭素排出はぐっと進む。中国政府は、不動産バブル破綻と二酸化炭素排出縮小を天秤にかけている面も否定できないだろう。

     

    (5)「最後に、中国政府にとって手痛い停電の問題がある。石炭価格の高騰により発電所が大きな損失を被り、停電は拡大している。気候変動目標の達成や、エネルギー集約型の重工業からの脱却など、長期的な検討事項は明らかに以前よりも重みが増している。だが、既に景気の足取りが揺らいでいる中、多くの中小企業を倒産に追い込みかねない石炭発電の「ボルカー・モーメント」(注:急激な引き締め)に対し、中国に本当に備えがあるかは依然として不明だ」。

     

    中国が、停電続発問題を象徴する二酸化炭素の排出抑制を急激に進めれば、中国経済は確実にひっくり返るリスクを抱えている。北京冬季五輪は、来年2月に開催される。その時、スモッグでなく青空で迎えるべく、二酸化炭素の排出抑制のため、すでに停電を始めているという見方もある。独裁者は、自分の夢だけ叶えればそれで充分だ。中国下半期の経済失速が懸念される理由である。

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    中国がTPP加盟を申請したが、前途は多難である。加盟11ヶ国中で、一ヶ国でも反対論が出れば加盟は不可能であるからだ。

     

    日本、豪州・メキシコは、いずれも慎重論である。一方、マレーシアとシンガポールは歓迎の立場を明らかにしている。

     

    『日本経済新聞 電子版』(9月21日付)は、「メキシコ、中国のTPP加盟に慎重」と題する記事を掲載した。

     

    メキシコ経済省は20日、中国による環太平洋経済連携協定(TPP)への加盟申請について慎重な姿勢を示した。TPPが「高い基準を順守するすべての国に門戸は開かれている」と指摘した。国有企業への補助などの中国の経済ルールが加盟に課題となることを暗に示唆した形だ。

     


    (1)「声明では、「協定の創設国として他の10カ国と共に、中国の加盟申請について迅速にフォローし、関連の活動に加わる」とも言及した。メキシコは2020年7月に発効したUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)を通じて、北米で一体となった経済圏を構築している。メキシコの最大の貿易相手は米国で、圧倒的な地位を占めている。米中の摩擦が深まる中では中国のTPP加盟支持を打ち出すことは容易ではない。

     

    USMCAは、米国のトランプ政権が、TPPをモデルにしてそれまでのNAFTA(北米自由貿易協定)を改定させたものである。USMCAでは、独裁国との貿易協定を結ぶ場合、脱退しなければならないという「縛り」が入っている。USMCAには、TPP加盟国のカナダも加盟しているので当然、この制約条項に抵触する。よって、メキシコ・カナダは、中国のTPPには反対の意志を示さざるを得ない。

     

    (2)「加えてUSMCAでは、非市場経済国との自由貿易協定には、交渉開始の意図を他国に知らせることが定められている。一方で、メキシコにとって中国は、輸入で米国に次ぐ2番目の相手国でもある。新型コロナウイルスへのワクチンの供与を巡って関係が深まってきた事情もある。TPPの交渉官を務めた経験を持つロベルト・サパタ氏は地元紙レフォルマの取材に「メキシコにとって、非常に複雑で敏感な多面的交渉が始まる」と指摘した」

     

    米国のトランプ前政権では、中国を通商から排除するという強い意志を示していた。NAFTAをUSMCAへ切り変えさせた目的は、米国がTPPのメリットをカナダとメキシコから得るというものであった。前記二ヶ国は、中国と貿易協定を結ばせないという、かなり米国に有利な条件を付けさせてある。

     

    中国は、こういうUSMCAの存在を知っているはず。それにも関わらず、TPP加盟を申請してきたのは、米国との関係を揺さぶるという目的であろう。

     


    『日本経済新聞 電子版』(9月17日付)は、「豪貿易相、中国のTPP加盟に難色『2国間に問題』」と題する記事を掲載した。

     

    オーストラリアのテハン貿易・観光・投資相は17日声明を出し、中国の環太平洋経済連携協定(TPP)加盟申請に関して「最初に加盟交渉を開始するかどうかを決定するが、決定には全加盟国の支持が必要だ」と述べた。

     

    (3)「そのうえで、「すでに中国に伝えたが、(豪中の間では)閣僚間で取り組むべき重要な問題がある」と述べ、中国が豪産品に課した高関税などの問題が解決しない限りは、中国の交渉入りを支持しないとの姿勢を示唆した。また、「加盟国は申請国がTPPの高い(自由化の)水準を満たすだけでなく、世界貿易機関(WTO)やすでに参加する既存の貿易協定の規定を順守した実績があると確信したいはずだ」とも述べた」

     

    中国は、豪州から痛いところを突かれている。中国は、新型コロナウイルスの発生源に関して独立調査を求めた豪州に反発し、2020年5月以降、豪産大麦やワインに高関税を課したほか、一部の食肉や石炭の輸入も制限している。豪州は大麦とワインの関税を不当として中国をWTOへ提訴しているのだ。中国の身勝手な豪州への経済制裁を棚上げして、「TPP加盟、宜しくネ」とはいかないのだ。ここら当たりが、中国の「戦狼外交」の独り善がりさを示している。

     


    下線部は、中国のWTO加盟に当って約束した部分が、未だに不履行である点を責められているのだ。こういう中国が、TPPの規定を守れるかという「皮肉」を浴びせられている。

     

    英国は現在、TPPへの加盟申請を終えて審査中である。来年の加盟が認められる方向だ。この英国が、中国加盟に「絶対反対」の意思を示している。その理由は、豪州と同じでWTOの規定すら守らない中国が、TPPの規定を守るはずがないというのである。中国は多分、TPP加盟でもこの手段を使ってくるであろう。「TPP条項を守る」と約束して、守らないというこれまでの常套手段を使う積もりだ。

     

    マレーシア政府は、中国のTPPへの加盟申請について「メンバーに迎えることを楽しみにしている」との声明を出し、支持する姿勢を示した。東南アジアの参加国ではシンガポールも歓迎の意向を表明している。東南アジアの参加国ではシンガポールも歓迎の意向を表明している。

     

    日本経済新聞の取材にマレーシア貿易産業省が19日、前記のように回答した。同省は16日の中国の加盟正式申請の発表に「非常に元気づけられた」とした上で、加盟に向けた参加国との交渉が早ければ2022年にも始まるとの認識を示した。中国が実際に加盟すれば「両国間の貿易と投資はさらなる高みに到達する」とし、貿易拡大への期待が加盟支持の主な理由だと明らかにした。以上は、『日本経済新聞』(9月21日付)が伝えた。

     

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