ロシアのウクライナ侵攻は、日本の安全保障問題に新たな視点を与えている。中国が、ロシアを支援したことにより、台湾が第二のウクライナ化する潜在的な危険性を告知しているからだ。ロシアと中国が一体化すれば、これまで欧州とアジアの安全保障が別領域と考えられてきた考えはご破算だ。欧州とアジアの安全保障は、同一視点で捉えられるべきであろう。
『日本経済新聞 電子版』(5月4日付)は、「頼れぬ米国、日本の覚悟は『ミドルパワー』が担う国際秩序」と題する記事を掲載した。筆者は、同紙の菅野幹雄編集委員である。
2カ月半近いウクライナでの戦乱は、戦後にできた国際秩序の亀裂を決定づけ、安全保障に関する新たな現実を我々に突きつけた。日米欧の民主主義勢力と中国、ロシアなどの強権主義勢力は交わることなく、それぞれの道を歩み始めている。
(1)「5月22日、バイデン米大統領が就任後で初めて来日する予定だ。ロシアの侵攻に対抗した制裁やウクライナ支援、インド太平洋で脅威を増す中国へのけん制など、強固な日米同盟を確認する場となるだろう。そのうえで留意すべき点がある。我々は米国にどこまで頼れるのかという根源的な問いだ。国際情勢の厳しさを考慮すれば、日米同盟の維持と強化の歩みを止めることは考えられない。だが同時に「頼れない米国」という時代の到来に賢く備えることも、日本が留意すべき点ではないか。トランプ前大統領が17年の就任後、米国と欧州の同盟関係を自ら壊した前例もある」
世界の安保条件は大きく変わった。権威主義国の中ロが一体化して現行の世界秩序へ挑戦する姿勢をはっきりさせた。こうなった以上、米国という大黒柱を中心にするものの、「四天王」である日英独仏がしっかりとスクラムを組んで民主主義の価値を守ることが重要になってきた。
(2)「中間選挙で動けなくなる米国、ゼロコロナ政策の難航や秋の共産党大会の準備に追われる中国の習近平(シー・ジンピン)指導部……。新興国もインフレ抑止に動く米連邦準備理事会(FRB)の金利引き上げの余波で、自国経済にストレスがかかる。ウクライナ危機は、国連など国際機関の限界もあぶり出した。厳しい環境のなかで追求すべき視点がある。「ミドルパワー」の結束だ。超大国には及ばないものの、日本やドイツ、フランスといった一定の経済力と外交力を持ち価値観や理念を共有する勢力だ。国際秩序の安定を担う数少ない存在といえるのではないか」
日英独仏のいわゆる「ミドルパワー」が、米国を支えることで体制は安定したものになろう。今回のロシアによるウクライナ侵攻への対抗では、米英協力が見事である。今後、この息の合った米英コンビは、日独仏へも拡大して行くべきだ。将来、日本もNATO(北大西洋条約機構)へ加盟する準備をしておくべきだろう。これは、私の一貫した主張である。そうなれば、日本の安全保障は数段、高いレベルへ引き上げられる。
(3)「前進を示す材料がある。4月24日のフランス大統領選挙の決選投票では現職マクロン氏が極右のマリーヌ・ルペン氏を下し、02年のシラク氏以来の再選を果たした。得票の差は5年前の同じ顔合わせに比べてほぼ半減した。フランス社会の分断は一段と深まっている。6月の議会選挙は地方レベルでのマクロン氏の信任投票となるだろう。それでもマクロン氏が勝利したことで世界情勢の風景は大幅に好転した。欧州連合(EU)を軸とした域内連携の強化の路線が維持され、日本と欧州の有力国が協力する下地ができた」
英国の政治状況は、やや不安定さが見られるが、日独仏は、安定した政権が約束されている。こういう背景を利用して、新たな安保体制を築くことである。フランスも大統領決戦投票で、マクロン氏が超右派を破った。政治的には安定している。
(4)「21年12月に就任したドイツのショルツ首相と岸田文雄首相は4月28日、東京で会談した。巨大な輸出市場の中国でなく日本を優先して訪れたことは、ドイツ外交の構造変化を示す。ショルツ氏はエネルギー調達でロシアへの依存度を急速に引き下げ、国内に慎重論が強かった重火器のウクライナへの支援も打ち出した。「質的に日独関係を新たなレベルに引き上げる」という同氏の発言は単なるリップサービスではないだろう」
ドイツのショルツ政権は、反中ロ路線へと大きく舵を切っている。ウクライナ侵攻によって、過去の「親中ロ」は清算されたと見て良い。それほど、ロシアのウクライナ侵攻は衝撃であったのだ。
(5)「日本はどうか。夏の参院選の結果は先取りできないものの、岸田内閣の支持率は60%台と比較的安定している。劇的な失点がない限りは、自民党を軸とする政権の優位は動きがたい。その後には、衆院議員の任期となる25年まで大きな国政選挙がない、いわゆる「黄金の3年間」が訪れる。選挙を経た日独仏の首脳がともに当面は安定した政権基盤を保つことは前向きな材料だ。気候変動や新型コロナなどの疫病対策、経済や通商のルール形成といった多国間による協議をけん引できるのは、ミドルパワーしかないのではないか」
岸田政権は今夏の参院選で勝利を得られそうで、今後3年間、選挙なしの恵まれた条件にある。思い切った政策転換が可能な政治情勢が生まれる。
(6)「機能不全がいわれる国連の改革、20カ国・地域(G20)の今後の運営などにも、もっと主体的に関わるべきだろう。ロシアのウクライナ侵攻が世界中に知らしめた戦闘行為の悲惨さを顧みれば、中長期的な戦争の抑止や核の不拡散についても、ミドルパワーが議論を主導する余地がある。今年と来年はそれぞれドイツと日本が主要7カ国(G7)議長国を務める。米国、中国、そしてロシアが内向きですくみ合うなか、ミドルパワーが支え役にならなければ、世界の秩序は糸の切れた凧(たこ)のように乱れてしまいかねない。その意味で岸田首相の国際的な責任は想像以上に重い」
日英独仏のミドルパワーは、国連改革へ取り組むべきだ。中ロの「武闘派」をいかにして棚上げするか。こういう改革なしには,世界の平和を確立できない。経済制裁で、ロシアの武器生産が間もなく停滞する。そうなれば、新興国でロシア製武器を購入している国々の「中ロ感情」も変って来るであろう。そこが、狙い目であるのだ。