ロシアのウクライナ侵攻から、すでに満2年を経て戦線は膠着状態である。ウクライナ支援の米英やEU(欧州連合)は、西側に預けられていたロシア中央銀行の約3000億ドルを巡って、没収論(米英)と利子利用論(EU)で意見が対立している。
国際法上、国家資産は原則没収できないことになっている。ロシア資産を例外とする論拠にしたのは、国連の国際法委員会が2001年にまとめた文書が論拠である。それによると、違法行為によって特別に影響を受ける国は、加害国の責任を追及できると記した。米国はこれに基づき、予算の面などで影響を受けるG7も対抗措置が可能だと主張した。英国は、米国の意見に賛成している。
ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアの凍結資産そのものの活用を求めている。資産没収には各国の国内手続きも必要になる。旗振り役の米国も、没収を可能にする国内法の成立は見通せていないのだ。独仏は、没収できるとする米国の解釈に真っ向から反論する。交戦状態にない第三国の資産を没収すれば、異例の措置となるからだ。国際法違反の悪しき前例になると訴えている。
『日本経済新聞 電子版』(3月11日付)は、「ロシア凍結資産の没収論。民間投資に逆風 歴史学者」と題するインタビュー記事を掲載した。米コーネル大ニコラス・ミュルデル助教授へのインタビューである。
ウクライナ侵攻から2年がたち、主要7カ国(G7)はロシア向けの経済制裁の強化を模索している。凍結資産の没収といった踏み込んだ対応は、世界経済にどのようなリスクをもたらすのか。制裁の歴史に詳しい米コーネル大助教授(欧州近現代史)のニコラス・ミュルデル氏に聞いた。
(1)「(質問)ロシア向けの経済制裁は歴史的にみて異例か。(答え)「これまでとは量的にも質的にも違う。イランやベネズエラのような小国ではなく、世界で10〜11番目の経済大国に制裁を科した例は1930〜40年代以来だ。エネルギー市場での存在感が強いため、ロシアに原油供給を続けさせながら値段を下げる上限価格措置が導入された点も新しい。ロシアの中央銀行の資産凍結までは一般的な対応だ。アフガニスタンやイランでも凍結した。ただ、資産を没収すれば大きな影響がある。通常は戦争後に勝利した国が実施するものだ。欧州にとって凍結資産はロシアに和解させる際の交渉材料にもなるはずだが、その影響力もなくなる」
ロシアの資産凍結は、過去の例でもみられた案件だ。だが、没収となると事態は複雑になる。ロシアが、永遠に戦争が可能でない以上、どこかで和平が求められる。凍結資産は、和平交渉の材料に使える、としている。
(2)「(質問)G7の力は金融市場で圧倒的ですが、GDPのシェアは低下している。経済を武器として使うやり方は持続可能か。(答え)「重要な問いだ。米国が非常にユニークなのは、世界最大の経済大国でありながら産油国である点だ。ドイツはエネルギーを輸入に依存しているため、経済を武器として使えない。日本もロシアでの石油・天然ガス開発事業『サハリン2』のような事例があり、限界がある。経済を武器に使えるかどうかという観点でみると、米国は世界の歴史でみても特異な存在であり、他のほとんどの国にはまねができない」
米国の没収論は、米国経済の特異性にある。米国が、世界最大の経済大国であり同時に、産油国であることだ。米国には、こうして強気の姿勢で交渉できる強みがある。ただ、他国はこれを鵜呑みにすると、後からロシアの「しっぺ返し」を受ける危険性を抱え込む。
(3)「(質問)ロシア原油の価格上限のようにドルを武器として使うやり方は、ドル離れを加速させるのでは。(答え)「世界経済が、急速に脱ドルに向かう現実的な見通しは存在しない。ドルは、非常に重要な基軸通貨であり続ける。アジアの貿易取引では、ドルが人民元におされ始めているが、金融資産や外貨準備という点では人民元の量が足りないためドルの地位は維持される」
米国が基軸通貨国である理由は、前述のように世界最大の経済大国であり、世界最大の軍事力を擁することにある。他国が、米ドルを資産として持つことに何らの不安もないのだ。ふらつく中国経済とは、比較にならない強みを持っている。