勝又壽良のワールドビュー

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    カテゴリ: ロシア経済ニュース

    テイカカズラ
       

    ロシア大統領プーチン氏は2022年、ウクライナで占領した「ロシアの土地」を奪回するいかなる試みに対しても、核攻撃による報復につながると警告した。さらに、「これははったりではない」とも語った。このロシアへ、ウクライナ軍が越境攻撃を敢行し、30キロを超えてロシア領を支配している。プーチン氏が、ウクライナ軍へ核投下という脅しを控えているのは、通常兵器の戦争に核攻撃が不可能という現実を見せつけている。

     

    『日本経済新聞 電子版』(8月17日付)は、「ウクライナ越境攻撃、『核の脅し』利かず 抑止論に一石」と題する記事を掲載した。

     

    ウクライナ軍が8月6日に始めたロシア西部クルスク州への越境攻撃は、旧ソ連国家保安委員会(KGB)出身で情報工作にたけたプーチン大統領のお株を奪った格好になった。核大国に対する史上初の大規模侵攻は、ロシアの核の脅しの空疎さも印象づけた。今回の奇襲劇は各国の安全保障の論議にも影響を及ぼす。

     

    (1)「ウクライナ政府は14日、ロシア西部クルスク州の国境地帯をロシアの攻撃から自国を守るための「緩衝地帯」にすると発表した。ウクライナ軍は15日には占領地域の管理にあたる軍司令官事務所の設置を公表した。戦闘の長期化に備え、防衛陣地の建設も急いでいる。ウクライナ側は今回の作戦にあたり、徹底した情報統制をしいた。作戦に参加した兵員は日本経済新聞に「情報漏洩の防止のため、部隊の大半は直前まで越境攻撃することを知らされなかった」と明かした。ロシア側は同国との対立激化を恐れるバイデン政権がウクライナ軍の越境攻撃を容認しないとみていたようだ。このためクルスク州の防衛は徴集兵など練度の低い少数の兵力に任されていた」

     

    ロシアのプーチン氏は、ウクライナ軍の越境攻撃を防ぐことができなかった。ウクライナ軍が、完全は情報管理を行ったからだ。

     

    (2)「ウクライナの越境攻撃は、核大国ロシアとの全面対決につながる「レッドライン」を恐れ、ウクライナ支援を慎重に判断してきた西側諸国の姿勢にも一石を投じた。今回の攻撃では、西側が関与していると断定する一方、従来のような核の脅しを控えている。同州の戦闘を「対テロ作戦」と位置づけ、ウクライナの攻撃を軽視するかのような構えをみせる。政権の管理下にある国営メディアも、クルスク情勢について詳細な報道を控えている。インスブルック大のゲルハルト・マンゴット教授(国際関係学)は「情勢を見る限り、今回の攻撃の報復として核兵器が使用される可能性はない」と分析する」

     

    ロシアは、ウクライナ越境攻撃に対して核攻撃できない現実を見せつけた。通常兵器の攻撃に対して核による報復を行えば、ロシアの世界的地位をさらに引下げるからだ。

     

    (3)「プーチン氏は2022年、ウクライナで占領した「ロシアの土地」を奪回するいかなる試みも核攻撃による報復につながると警告してきた。だが、ロシアに米欧と軍事的に事を構える余力はなく、プーチン氏の脅しをブラフだとする見方も少なくなかった。今回の攻撃でこうした認識が広がることで「ロシアを追い詰めるべきでない」とする融和論が後退するのは間違いない。バイデン政権はなお、米供与の長距離ミサイルを使ったロシア領内への攻撃をウクライナに認めていない。ただ米議会でも今回の攻撃を評価する声が広がっており、解禁を求める意見も出始めている」

     

    西側は、これまでロシアが簡単に核で報復するという「仮定」を立ててきた。これが、プーチン氏の野望を膨らませる結果になった。この仮想は、今回のウクライナ軍の越境攻撃で崩れた。この成果は、今後の外交戦略に生かされるであろう。

     

    (4)「核の非保有国が、保有国の本土に侵攻した事例ができたことで、今後の核抑止の議論にも影響を及ぼす可能性がある。米国はかねて、ロシアにウクライナへの核使用を控えるよう強く警告してきた。核使用は自国への多大な経済・軍事的打撃を伴うため、実際に踏み切るのは容易ではない。1982年のフォークランド紛争でもアルゼンチンは英国領の島に侵攻したが、英国は核使用を控えた。欧州連合(EU)加盟国の高官は「今回の攻撃は、核の有効性を巡る幻想を問い直す機会になる」と語る」

     

    プーチン氏は、ウクライナ軍への核使用を控えている。それだけ、冷静になってきた証拠だ。彼も、弱気になっており「戦後」を考えなければならない段階に来ているのだ。

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    ウクライナのゼレンスキー大統領は、これまで一貫してロシア侵略への反撃きり札として、米国製戦闘機「F16」の供与を求めてきた。この夢が、ようやく実現の運びとなった。最初の10機がウクライナ側へ供与されたのだ。

     

    英誌『エコノミスト』(8月4日付)は、「F16、ウクライナ利するか」と題する記事を掲載した。

     

    ウクライナには年末までに20機が配備される見通しだ。残りはデンマークとオランダ主導のいわゆる「F16連合」が供与を約束しており、25年中に順次引き渡される。米国の駐欧州陸軍司令官を務めたベン・ホッジス氏は、ウクライナへのF16供与にこれほど時間がかかったことへの不満は極めて強いと指摘する。戦況に影響を与えるのに十分な数の提供が遅れている理由の一つは、ウクライナ軍パイロットの訓練時間が「深刻に」不足していること、つまり「米政権の政策決定」にあるという。言葉の壁も影響している

     

    (1)「F16は実際のところどれほどの変化をもたらすのだろうか。航空戦力に詳しい英国際戦略研究所(IISS)のダグラス・バリー氏は、目先の主な効果は士気向上だと考えている。当初の配備数は少なく、ウクライナはロシア側にプロパガンダ上の勝利を許すような損失を避けるため、使用に慎重を期すとみられる。しかし、変化は少しずつ出始めるはずだ。報道によると、米国はF16に高性能の空対空ミサイル(中距離ミサイル)「AIM120」の長距離版や、「サイドワインダー」の最新版「AIM9X」などに加え、高速対レーダーミサイルを装備している」

     

    F16が、ウクライナ空軍へ実戦配備されれば、ロシア軍にとっては脅威である。F16が、性能的に優れているからだ。ただ、当初は配備機数も少ないので、出動回数は限られる。

     

    (2)「各機体は、滑空爆弾(一般的に航空機から投下できる短い翼のついた砲弾)「GBU39」を最大4発搭載できるようになる。この爆弾はロシアの同等品より小型だが、精度と射程ははるかに優れている。F16は対人・対装甲車両用のクラスター(集束)弾を搭載することも可能だ。レーダー性能の向上も予定されているという。F16が実戦配備されれば、ウクライナの前線に戦闘爆撃機「スホイ34」を投入しているロシア軍は反撃を受ける可能性が高まり、爆撃するのが難しくなるだろう。ロシアは自国の領空外に出ることなく、粗製ながら効果的な滑空爆弾を毎日100発以上投下している

     

    ロシア軍の戦闘爆撃機「スホイ34」は、F16に機能が劣るので、できるだけ出撃を減らして安全を図るとみられる。制空権は、ウクライナ軍が握る形だ。これは、ウクライナ軍にとって大きな転機になる。

     

    (3)「元ドイツ国防省のランゲ氏によると、最も重要なのはロシア軍機を遠方にとどまらせ、近づけば撃墜されるリスクにさらすことだという。空対空ミサイル「AIM120D」は独自のアクティブレーダーを搭載した全天候型で、射程は最長180キロメートルに及ぶとされる。ただ、F16の配備は徐々に進むため、大きな影響をもたらすには時間がかかるかもしれない。米戦略国際問題研究所(CSIS)は最近の報告書で、ウクライナには各国がこれまでに供与を約束した数よりはるかに多くの機体が必要だと論じている

     

    F16の機数が増えれば、射程が最長180キロメートルの空対空ミサイルを発射できる。安全圏からロシア軍を攻撃できる利点は大きい。

     

    (4)「供与を約束された79機のうち、少なくとも10機は2人乗りの練習機だ。また、予備部品の供給源にするしかないほど状態の悪い機体も含まれている可能性がある。ウクライナへの配備数は、34個飛行隊(1個飛行隊の定数18機)分にとどまりかねない。CSISの報告書によれば、ウクライナが局地的な制空権(航空優勢)を確保し、地上戦を優位に進めるには、12個飛行隊以上の能力が必要になる。ウクライナは、フランスとスウェーデンが戦闘機「ミラージュ」「グリペン」の供与に前向きであることをありがたく受け止めている。だが、単一機種で運用する利点から、F16の配備数を増やしたい考えだ」

     

    ウクライナへの配備数は、34個飛行隊(1個飛行隊の定数18機)だが、12個飛行隊以上の能力を備えられれば、十分にロシア軍への反撃可能という。

     

    (5)「それでも、F16の到着を機に、NATO基準を満たす航空戦力の構築が始まる。ウクライナはF16の充実したサプライチェーン(供給網)に加わることになる。ウクライナ向けのF16には、安全な通信や精度の高い状況認識を可能にするNATOのデータ連結システム「リンク16」も装備される。供与が少なすぎ、かつ遅すぎるとはいえ、F16の重要性を過小評価してはならない」

     

    F16の配備は、機数が少なく時期が遅すぎたという批判があっても、これから威力を発揮するという。重要性を過小評価してはならないと指摘する。

     

     

     

     

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    ロシアと中国が、資金決済を伴わない「物々交換」による貿易を早ければ秋にも開始する可能性がある。ロイターが報じた。両国とも、米国が監視する銀行システムの利用を限定的にとどめる狙いだ。

     

    『ロイター』(8月9日付)は、「ロシアと中国、『物々交換』貿易を秋にも開始か=関係筋」と題する記事を掲載した。

     

    ロシアと中国が、資金決済を伴わない「物々交換」による貿易を早ければ秋にも開始する可能性があることが、事情に詳しい関係者3人の話で明らかになった。両国とも、米国が監視する銀行システムの利用を限定的にとどめる狙いがある。

     

    (1)「プーチン大統領が5月に中国を訪問した際、両国貿易を巡る決済の遅れが重大な問題として議論された。対応策として、米国の監視が届きにくい中国の小さな地方銀行を使うといった案が浮上したが、問題の解決には至っていない。物々交換貿易により、両国は決済の問題を回避できる上、両国間の貿易に対する西側当局の監視力を弱め、為替リスクを抑えることができる」

     

    中国とロシアが、物々交換という最も原始的な方法によって、「地下貿易」を始めるという。こうなると、中国からロシアへ何が渡るかが、全く闇の世界になる。ただ、「価格」がないから、中国に買い叩かれることは明らかである、ロシアは、「弱者」の身分になっているので不平を唱える立場でない。長い目で見て、これが中ロのしこりとなろう。

     

    (2)「ロシア政府は物々交換貿易に関する規則の策定を進めている。ロイターが取材したロシア筋は、中国も同様の作業を進めていると想定している。ロシア大手銀行の幹部は、物々交換貿易の計画は準備が整いつつあると話したが、詳しくは説明しなかった。決済に従事している関係者は、ロシアからの食品輸出が協議されていると話した。ロシアの工業筋は、中国から機械を輸入する見返りに、ロシアから金属を輸出する案が企業間で話し合われていると述べた」

     

    ロシアからは中国へ食品や金属が輸出され、中国が機械を輸入するという。中国は現在、異常気象によって中国の「穀倉地帯」である河南省が、大きな打撃を受けている。河南省は中国小麦の3割を生産している。ロシアから物々交換で輸入できれば助かるだろう。国内は,工業製品が過剰生産で在庫の山である。大幅ディスカウントで輸出している。それだけに、ロシアへ圧力をかければ中国の言い分が通る可能性が強まる。

     

    ロシアは、中国と物々交換を始めるほどの窮迫した事態になっている。今後の経済見通しはどうか。IMF(国際通貨基金)と世界銀行は、25年以降に厳しい見通しを発表している。

     

    IMFは7月16日、世界経済見通しを発表した。ロシアの実質GDP成長率について、2024年は3.2%、2025年は1.5%になると予測。前回見通し(24年4月)と比較して、2024年は据え置いたが、2025年は0.3ポイント下方修正した。

     

    世界銀行は6月11日に発表した世界経済見通しの中で、2024年のロシアの実質GDP成長率を2.9%、2025年は1.4%、2026年は1.1%と予測した。軍事関連の需要が引き続き経済を牽引するという「戦争景気」である。だが、これは線香花火であって持続性がない。軍需景気は、再生産効果がなく消耗一方の経済活動である。

     

    IMFと世界銀行に共通している点は、25年の経済成長率がいずれも1.4~1.5%へと急減速することだ。24年までの戦争経済が終わって、25年以降にその負の部分が顕在化する。世界銀行は、ロシアのマクロ・プルーデンス政策や住宅ローン補助金の縮小が民間需要を抑制すると予測している。マクロ・プルーデンス政策とは、金融システム崩壊を防ぐべく採用する「緊縮政策」である。これを採用せざるを得なくなるとみているのだ。率直に言えば、ロシア経済破綻回避という壁にぶつかると判断している。
     

    ロシア経済は25年に、ウクライナ侵略でいよいよ3年目へ入る。経済的に大きな重圧がかかってきたことを証明している。

     

     

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    ロシアのウクライナ侵攻は、すでに2年6ヶ月を迎えようとしている。現在、ウクライナ軍の反攻作戦は全般的に膠着状態になっているなかで突然、ウクライナ正規軍がロシア領へ奇襲作戦を展開している。狙いは、ウクライナ国内で次第に厭戦気分が強まっており、いずれ休戦交渉が始めなければならない状況とされている。そこで、ウクライナは「乾坤一擲」(けんこんいってき)で休戦交渉を有利に進めるべく、ロシア領の占領を試みているという。NATO(北大西洋条約機構)も承認済みの作戦と言われる。

     

    『日本経済新聞 電子版』(8月9日付)は、「ウクライナ、停戦視野のロシア本土奇襲 形勢逆転へ賭け」と題する記事を掲載した。

     

    ロシア軍に守勢に追い込まれていたウクライナが、形勢逆転へ賭けに打って出た。千人規模の部隊でロシア南部クルスク州に侵攻したウクライナ軍は8日も進軍を続けた。兵力不足の中での大規模な戦力投入には、年末にも想定するロシアとの停戦交渉を少しでも優位に運びたい狙いがある。

     

    (1)「ウクライナのゼレンスキー大統領は8日の軍の行事で、クルスク攻撃への直接的な言及は避けつつ、「ウクライナ軍は奇襲を仕掛ける方法も、成果をあげる方法も知っている」と戦果をあげたウクライナ軍を称賛した。複数のウクライナメディアによると、同国軍は国境から15キロメートル以上進軍した。クルスク州内で支配下においた領土は45平方キロメートル以上。東京都江戸川区にほぼ相当する面積をわずか2日で制圧した」

     

    ウクライナ軍は2日間で、ロシア南部クルスク州へ15キロメートル以上進軍した。東京都江戸川区にほぼ相当する面積という。

     

    (2)「ロシア国防省は8日、ウクライナ軍の前進を阻止したと主張した。ただ、前線で従軍するロシアの軍事ブロガーによると、ウクライナ軍は同州内のクルスク原子力発電所など各方面へ進軍を続けている。ウクライナが奇襲を成功させた背景には、ロシア側の油断があったのは間違いない。これまでもウクライナ側からロシアへの越境攻撃は複数回あった。小規模だったため、いずれもロシア側は早々に撃退した」

     

    今回のウクライナ軍の急襲は、ロシア軍の隙を突いた作戦の成功である。

     

    (3)「ウクライナの後ろ盾である欧米が、核大国ロシアとの対立激化につながる大規模な越境攻撃を容認しないとの思い込みもあったとみられる。ロシア軍はウクライナ東部の激戦地に戦力を集中投入し、クルスク州などの国境防衛は脆弱な状態で放置していた。一方のウクライナ軍は奇襲のために周到な準備を欠かさなかった。主要7カ国(G7)の軍高官によると、奇襲前の数週間でウクライナ軍は同州の通信設備を集中的に攻撃した。ロシア軍の偵察能力に大きな打撃を与え、察知されない形の侵攻を可能にした。奇襲には機械化旅団など装備が充実した数千人の部隊が出動したとみられる」

     

    ウクライナ軍の後ろ盾であるNATOは、この作戦を認めている。従来は、反対してきた作戦だ。それが、承認されたのは、この反攻作戦が大詰めを迎えている証拠であろう。

     

    (4)「奇襲作戦は、今後のロシア側との停戦交渉をにらんだ色彩が濃い。ウクライナのポドリャク大統領府長官顧問は7日のテレビ番組で、国境地帯でのウクライナの攻撃は「ロシアの戦争コストの増大」につながると説明した。将来の和平交渉でウクライナの立場の改善につながるとの見方だ。戦争の長期化で国内の厭戦(えんせん)機運は高まりつつある。キーウ国際社会学研究所が5月に実施した世論調査では「和平実現のためロシアと交渉に入るべきか」との問いに、2023年11月の前回よりも15ポイント多い57%が賛成と回答した

     

    侵略されたウクライナが、徹底抗戦するのでなく休戦したい。世論とは、こういうものだとすれば、侵略されない防衛力を持つべきという結論になるのか。

     

    (5)「ウクライナの念頭には11月の米大統領選がある。和平協議の即時実現を唱えるトランプ前大統領が返り咲いた場合、協議で厳しい条件を押しつけられかねない。ウクライナ側が折り合える条件で今冬以降の停戦交渉に臨むには、秋までに大きな戦果をあげておく必要があった。欧米各国は相次ぎ、今回の奇襲攻撃を理解する立場を表明した。米国務省のミラー報道官は7日、ウクライナの行動は「わが国の方針に違反しない」と語った。ウクライナメディアによると欧州連合(EU)のスタノ報道官は、ウクライナには侵略国の領土を攻撃することを含む正当な自衛権があるとの認識を示した」

     

    ウクライナは、トランプ氏の大統領復帰を前提にした外交戦略を取り始めている。

     

     

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    米大統領選は、共和党のトランプ氏と民主党のハリス氏の対決になるが、ここへ一つの問題が浮上してきた。トランプ氏が、終身大統領制を目指しているのでないかという疑問が湧き起こっているからだ。トランプ氏が、キリスト教徒に向って「今回の選挙で私に投票してくれれば、次から選挙に行かなくても済むようにする」と発言している。この裏には、トランプ氏が、かねてから「終身大統領」になりたいと言い続けてきたことと符節があうのだ。 

    トランプ氏には、民主主義を普遍的なものと捉えるのでなく、「状況次第」という側面がある。今回の大統領選は、「男性対女性」「保守対進歩」「白人対非白人」の象徴的な戦いになると以上に、法に対する見方が「普遍的」(ハリス氏)か、あるいは「状況的」(トランプ氏)か、を巡る戦いにもなることだ。この点は、世界の民主主義にとって大きなターニングポイントになろう。

     

    『ブルームバーグ』(7月30日付)は、「トランプ氏『終身大統領』発言に偽りなし」と題する記事を掲載した。 

    トランプ前米大統領は7月26日夜、「終身大統領」になりたいと再びぶち上げた。同氏が好んで展開する持論の1つだ。 

    トランプ氏はフロリダ州で開催された宗教団体関連のイベントで「キリスト教徒の皆さん、今回だけ投票してほしい。もう投票する必要はなくなる」と呼掛け、こう続けた。「ぜひ投票を。4年後にはその必要はなくなる。われわれがうまく修正し、あなた方はもう投票しなくて済むようになる」と言った。 

    (1)「トランプ陣営は今回の発言について、王座や王権とは全く関係ないと主張。スポークスマンのスティーブン・チョン氏は、トランプ氏は 「多大な分断をもたらし、暗殺未遂事件にまで発展した敵対的な政治環境とは対照的に、この国を団結させ、すべての米国人に繁栄をもたらすことについて語っていた」と述べた。この解釈にはかなり無理がある。共和党が先頃ミルウォーキーで開催した全国大会で結束に注力すると述べたことを踏まえてもだ」 

    共和党は、トランプ氏の発言について王権を狙ったものでないと否定している。しかし、トランプ氏の持論であることを忘れてはならない。その機会があれば、「米大統領2期制」を廃止することを否定できないようだ。

     

    (2)「トム・コットン上院議員(共和、アーカンソー)は28日のトーク番組で、トランプ氏は「明らかに冗談を言っている」と述べた。トランプ氏の批判派から擁護派に転じたニューハンプシャー州のクリス・スヌヌ知事(共和)は、発言は大げさな表現に過ぎず、「典型的なトランピズム」だと指摘。選挙の不正操作を意図した発言ではなく、国を立て直すと言いたかっただけだと続けた。リンゼー・グラム上院議員(共和、サウスカロライナ)は、トランプ氏が伝えたかったのは「米国という船を正し、次の世代に引き継ぐ」という点だけだと主張した」 

    共和党議員は、米国民主主義に危険はないと言っているが、鵜呑みにはできないだろう。米国の上下両院で共和党が多数を握れば発議できるからだ。 

    (3)「トランプ氏がここ数年、2期務めた後も政権を握りたいと繰り返し発言していることを認識するのが賢明な道筋だろう。11月の選挙で共和党が上下両院議会を掌握し、最終的に少なくとも38州の支持を得れば、憲法をいじり、大統領の任期を2期に制限している憲法修正第22条を廃止することもあり得る。トランプ氏は決して権力の放棄を望んでいない」 

    米国38州の支持を得れば、大統領の任期を2期に制限している「憲法修正第22条」を廃止することもあり得るのだ。そういう事態になれば、米国もロシアや中国並みに墜ちる。

     

    (4)「そもそも、トランプ氏とその側近らは、2020年の大統領選結果に異議を唱え数十件にわたる訴訟を起こしたが、失敗に終わった。彼らは選挙人の集計結果の正当性を損なうため偽の選挙人名簿を作成し、トランプ氏は選挙結果について争うよう州当局者に個人的に圧力をかけた。2021年1月6日には連邦議会議事堂襲撃をあおり、一段と露骨かつ大胆に選挙結果を覆そうとした。その後も選挙結果は自身に不利になるように操作されたとのうそをつき続けている。過去には、ホワイトハウスに8年いても満足できないかもしれないとも話している」 

    トランプ派は、2020年の大統領選結果に異議を唱え、数十件にわたる訴訟を起こした。これこそ、「終身大統領制」への憧れを示している証左だ。 

    (5)「トランプ氏は2018年、中国の習近平国家主席について「今や終身の国家主席となった。終身国家主席だ」とし、「彼にはこれができた。素晴らしいことだ。われわれもいつかやってみる必要があるかもしれない」と発言。2019年には「少なくとも10年か14年間」大統領であり続けるという夢も口にした。同じ年にツイッター(現X)で、自身の支持者らが2期よりも「長くとどまることを要求するだろう」と投稿。2020年の選挙戦の際にも、3期目のシナリオに触れていた」 

    トランプ氏は、習氏の「終身国家主席」に憧れを抱いている。世界を米中ロの3極の「専制体制」で取引しようという構想なのだろう。

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