ドイツの首相として16年にわたって欧州連合(EU)のかじ取り役を担ってきたアンゲラ・メルケル氏が政界を去って行く。この超長期政権を支えてきたのは、理想主義者とみられがちなメルケル氏が、実際は徹底した現実主義者であったことだ。昨年12月に国会で感情あらわにコロナ対策を訴えたのも、医療崩壊を回避させるという狙いがあってこそ。他国の借金肩代わりはしないという原則を棚上げし、EU復興基金創設に動いたのも、欧州経済の回復が中長期的にドイツの利益になると見極めたからだ。
このメルケル氏が、ドイツ政界を去る。メルケル後継内閣決定まで、少なくも半年程度の連立交渉が予測されている。EUもメルケル氏という軸を失う。その穴を、フランスのマクロン大統領は埋められるか。
『ロイター』(10月2日付)は、「『メルケル後』のEU、仏大統領が主導か 独走に不安も」と題する記事を掲載した。
ドイツの首相として16年にわたって欧州連合(EU)のかじ取り役を担ってきたアンゲラ・メルケル氏が政界を去って行く。これによってフランスのマクロン大統領がEUで指導力を発揮し、「より独立した欧州」という自ら掲げる戦略を推進するチャンスが巡ってきた。
(1)「EU内のどの立場の外交官も、それほど急速な変化は起きないと話す。「欧州の女王」と呼ばれたメルケル氏の下で策定された欧州戦略は、時折、構想の「明快さ」が欠けていた。この点、マクロン氏が明快な物言いをエネルギッシュに続け、EUもマクロン氏特有の言い回しをしばしば取り入れてきたのは事実だ。それでも外交関係者は、第2次世界大戦後の欧州の政治体制が合意に基づき成立したという歴史を指摘。マクロン氏が直接的で相手をいらつかせるようなスタイルばかりか、欧州戦略の策定で「独走」したがる点から、同氏がメルケル氏の役回りを果たすのはなかなか難しいだろうとの見方が出ている」
マクロン氏が、性格的に見てメルケル氏という「聞き上手」なタイプと異なるゆえ、すぐにメルケル氏の代役を果たすことは難しいようだ。
(2)「EU創設時からのメンバー国の駐フランス外交官は、「マクロン氏が1人で欧州を引っ張っていける状況にはない。彼は慎重になる必要があると自覚しなければならず、彼はフランスの政策に早速に応援団が集まると期待してはならない。メルケル氏は特別な立ち位置を持っており、全員の話に耳を傾け、全員の意見を尊重していた」と述べた。
マクロン氏は、先ずメルケル流の交渉術を学ぶ必要がありそうだ。
(3)「マクロン氏を巡っては、オーストラリアが先頃フランスの潜水艦導入契約を破棄した際、欧州諸国からフランスを支持する声がすぐには出なかったとのエピソードもある。こうした「沈黙」からは、ロシアからの脅威に向けて欧州が独自の防衛力を整備し、米国への依存を減らすべきだとのマクロン氏の構想に対し、EU内部や加盟各国に根深い反対論があることがうかがえる。マクロン氏自身は、過去のフランス大統領に比べれば、東欧諸国により親密に接しようとしている。にもかかわらず、米国が加わる北大西洋条約機構(NATO)を同氏が「脳死状態」にあると切り捨て、ロシアとの対話促進の必要を提唱した際には、ロシアに対抗する信頼に足る防衛力を提供してくれるのは米国だけだと考えるバルト諸国や黒海沿岸諸国は、まさに衝撃に打ちのめされた」
マクロン氏とメルケル氏では、その容貌にも違いがはっきり現れている。マクロン氏は、やり手のビジネスマン。メルケル氏は、ドイツの「お母さん」であった。フランスが、豪州の潜水艦契約破棄でカンカンに怒ったが、欧州ではすぐに同情する声が寄せられなかったという。フランスの日常的な言動が、反感を買っていたのであろう。
(4)「メルケル氏が進めた計画の中にも、欧州の深刻な分断につながった案件があったのは間違いない。その1つがロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」の建設だ。とはいえ外交関係者によれば、メルケル氏は、マクロン氏が当たり前に繰り広げるごう慢な言い回しは慎重に避けてきた。パリに拠点を置くシンクタンク、モンテーニュ研究所のジョージア・ライト氏は「フランスには構想はあるのだが、独善的になり過ぎるきらいがある。マクロン氏の指導力は時折、混乱も招くこともある。独仏が足並みをそろえるのは非常に重要だ。マクロン氏の名誉のために言えば、彼自身も実はこれが不十分だと気づいている」と話した」
ドイツは、今でもEU内では低姿勢のようである。第二次世界大戦を始めた国という負い目があるのだろう。その意味では、日本も同じ立場に立たされている。
(5)「マクロン氏が、今後EU運営で成功を収められるかどうかでは、イタリアのドラギ首相とオランダのルッテ首相が鍵を握る。ドラギ氏は欧州中央銀行(ECB)総裁の任期中にユーロ圏の危機を救った人物として尊敬を集めている。関係者の話では、マクロン氏は既にこのドラギ氏を取り込むべく、この夏に自身のバカンス地に招待していた。実際にはアフガニスタン情勢の混乱により、この話はなくなったという。マクロン氏は、緊縮財政を推進する「フルーガル・フォー(倹約家の4カ国)」の結成を実現したルッテ氏への働き掛けも始めている。両者の交流を知る外交官の1人は、かつてマクロン氏がルッテ氏に「あなた方は次第に私のようになってきているし、われわれもあなた方に似てきている」と語ったことを明らかにした」
EU内では、イタリアのドラギ首相とオランダのルッテ首相が鍵を握るという。英国が最新鋭空母「クイーンエリザベス」をアジアへ派遣した際、米海軍とオランダ海軍がそれぞれ軍艦を同行させた。なぜ、オランダ海軍が、と疑念を持ったのである。
EU内では、オランダの政治的地位が高いことを示しているのであろう。オランダの実質GDPは、8376億ドル(2019年)で、フランスの約3割の規模である。経済力では劣るが歴史があるのだ。英国が、世界の覇権国を名乗る前は、オランダであった。そういうプライドが、今も毅然とした外交姿勢をとらせているのであろう。日本も、いつまでもこうあらねばならない。