ウクライナ軍は6月30日、ウクライナ南部オデッサ州沖合の黒海上にあるズメイヌイ(スネーク)島からロシア軍が撤退したと明らかにした。ロシア国防省も同日、撤退を認めた。同島は周辺の制海権や制空権を掌握する上で要衝とされ、ウクライナ軍が奪還に向けた攻撃を続けていた。『日本経済新聞 電子版』(6月30日付)が報じた。
ロシア国防省は、ウクライナからの穀物の輸出に向け、国連などが黒海で安全に貨物船が通れる「回廊」の設置を協議しており、これを阻害しないために撤退したと説明した。これにより、世界の穀物危機が回避される希望が出てきた。
ウクライナからの穀物輸出を巡っては、ロシアのラブロフ外相とトルコのチャブシオール外相が6月8日に会談し、黒海に貨物船が通過できる「回廊」の設置などを協議。さらにウクライナとロシアに加え、トルコと国連も参加する4者協議をイスタンブールで開くことを提案していた。ロシア軍が、スネーク島撤退を明らかしたことで、ウクライナから穀物輸出が可能になりそうだ。
一方、ロシア軍のスネーク島撤退は、ウクライナ軍の猛攻撃に耐え切れなかったという軍事的な側面がある。
米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(6月28日付)は、「ウクライナ沖の小島、戦争で大きな役割」と題する記事を掲載した。
ロシアはスネーク島を制圧して以降、拠点の確立と防衛の強化に繰り返し取り組んできた。一方で、ウクライナは妨害工作を活発化。複数回にわたりロシア軍のヘリや防空システム、重火器を空爆で破壊したと主張している。ロシア側はこれを否定している。衛星データ企業マクサーとプラネット・ラボがウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に提供した衛星画像によると、ロシア軍は4カ月でスネーク島の要塞(ようさい)化に成功。新たにテント構造や塹壕(ざんごう)を構築し、短距離ミサイルシステムを配備した。とりわけ6月初め以降の進展が著しい。
(1)「ウクライナ軍はトルコ製ドローン「バイラクタル」を使って相次ぎスネーク島で空爆に成功したと主張している。5月8日に公表された動画によると、島の上空を飛行していたロシア軍のヘリがドローン攻撃を受けたみられる様子が映っている。ウクライナの軍情報機関トップ、キリロ・ブダノフ氏は22日、テレビのインタビューで「われわれは攻撃を加えており、スネーク島を全面解放するまで作戦を続ける」と言明した。ウクライナのアンドリー・ザゴロドニュク元国防相は、ロシアがスネーク島にレーダーや防空・電子戦システムを導入することで、実質的に沈没したモスクワの代わりにしようとしていると指摘する。ウクライナは4月14日、対艦ミサイルでモスクワを撃沈させた。ロシアは原因不明の火災が原因だと説明している」
スネーク島を巡って、ロシア軍とウクライナ軍が激しい攻防戦を繰返してきた。ロシア軍は、沈没した「モスクワ」に代わって、スネーク島へレーダーや防空・電子戦システムを導入していた。絶対的な防衛戦構築の構えであった。それが、6月30日に撤退したのだ。相当の決断の結果である。
(2)「ロシアはウクライナの海上封鎖を狙っている」とザゴロドニュク氏。「ロシアはスネーク島を沈まない巡洋艦として使い、黒海で飛行・航行するものすべてを攻撃する考えだ」軍事専門家によると、ロシアはウクライナの空爆にさらされながらスネーク島で軍事拠点の構築を続けるリスクを勘案した結果、島にとどまり、いずれ地対空ミサイルシステム「S400」などの最新鋭兵器を持ち込むことの利点が、島を断念するコストを上回ると結論づけた可能性がある」
ロシア軍のスネーク島死守の決断が揺らいだのは、ウクライナ軍の猛攻であったに違いない。ウクライナ軍は、米英からミサイルも供与されているので猛攻できる兵器を揃えていたことは事実だ。
(3)「ウクライナにとっては、スネーク島を奪還できれば、ロシア軍による封鎖を突破するための一助となる。ロシアの軍艦がオデッサ南部の沖合を巡回しており、ウクライナ南部の拠点から穀物など重要な食糧が輸出されるのを妨げている。港湾封鎖で経済が壊滅的な打撃を受けているオデッサのゲナディー・トゥルハノフ市長は「スネーク島はシンボルになった」と話す。「ここを支配すれば、戦況を支配できる」。ロシア、ウクライナ双方とも今のところ、目標は達成できていない。ただ、ウクライナはスネーク島への部隊配置を目指しているのではなく、むしろロシアによる軍事拠点の構築を阻止することに注力している可能性があるとの指摘も出ている」
下線のように、スネーク島奪回はウクライナ軍の戦況を有利に展開できるシンボル的な意味を持っている。この象徴的な「小島」をウクライナ軍が手中に奪回したことは、ウクライナ戦争全体へ大きな意味を持っている。ウクライナが、和平への足がかりを掴んだとも言えるのだ。
(4)「前出のザゴロドニュク氏は「戦争が終わるまで総じて空白のままだろう。スネーク島の支配を維持することは極めて困難だ」と話す。「ここに残っても意味がないとロシアが認識するまで、軍装備を何度破壊しなければならないのだろうか」と指摘」
ロシア軍は、ウクライナからの穀物輸出を妨害していると世界の非難を浴びてきた。だが、こうした非難ぐらいで撤退するロシアではない。穀物輸出を口実に撤退したと理解すべきだ。撤退の潮時と判断したのだ。それは、ウクライナ侵攻全体の構図を俯瞰した上での決断と読むべきである。和平への準備を始めたとも読める。