勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    カテゴリ: ウクライナ経済ニュース時評

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    ロシアの軍事侵攻の犠牲になっているウクライナが、TPP(環太平洋経済連携協定)への加盟を正式に申入れた。ニュージーランド(NZ)外務貿易省は7月7日、ウクライナから5月にTPPへの正式な加盟申請を受け取ったことを明らかにしたもの。TPP事務局の役割を担うNZ外務貿易省によると、ウクライナは55日に加盟を申請したという。同国のゼレンスキー大統領は、5月1日にTPP加盟交渉にあたる代表団を編成する政令を発表していた。

     

    ウクライナは、2030年開催の万博でも立候補したが予備選で敗れた経緯がある。ロシアの侵攻終了後を見据えており、その準備を着々と進めているところだ。TPP加盟申請もその一環である。実は現在、ウクライナ財務省顧問として、元日本銀行勤務でIMFへも派遣された人物が、経済再建の指南役になっている。ウクライナの行政改革や汚職撲滅で種々、アドバイスをしている模様だ。

     

    ウクライナは、EU(欧州連合)加盟を熱望しているが、行政改革や汚職撲滅が最大の課題となっている。旧ソ連式の行政が改まらない限り、EU加盟は困難とされている。TPP加盟には、先進国並みの明瞭な行政が要求されるので、EU加盟準備と同時並行で改革促進のテコにしようという狙いであろう。TPPへの加盟をテコに経済復興で支援を取り付けたい狙いがあるとの指摘もされている。こういう単純なソロバン計算よりも、ウクライナがEUにも加盟しTPPにも軸足を広げたいのであろう。これによって、ロシアを上回る経済発展の礎石を作り上げて差をつけたい。そういう「負けじ魂」も感じられるのだ。

     

    ウクライナは、旧ソ連時代に鉄鋼業や造船業・宇宙産業などを手がけてきたので潜在的な工業水準は高いものがある。欧州の「パンかご」というイメージで穀物生産国である一方、工業でも見逃せない力を持っているのだ。今回のロシアによる侵攻では、ITの潜在力を生かして機動的な戦い方を独自に編み出しており、NATO(北大西洋条約機構)に舌を巻かせている。

     

    ウクライナの国際競争力ランキング(2019年:世界経済フォーラム=WEF調べ)では、85位である。インターネット自由度は22位(2022年)と上位に食い込み、ロシア(53位)を大きく引離している。この差が、ロシアとの戦いでウクライナの敏捷さに現れているのであろう。ロシア大統領プーチン氏は、このウクライナの国民性を過小評価していたと見られる。

     

    『日本経済新聞 電子版』(7月7日付)は、「ウクライナ、TPP加盟を正式申請 参加国の支援拡大狙う」と題する記事を掲載した。

     

    TPP事務局の役割を担うNZ外務貿易省によると、ウクライナは55日に加盟を申請したという。同国のゼレンスキー大統領は51日にTPP加盟交渉にあたる代表団を編成する政令を発表していた。

     

    (1)「ウクライナ経済省は5月の声明で、TPP加盟の目的に穀物以外の貿易の多様化や加工産業への外資の誘致を挙げた。「ビジネス関係を広げ、包括的な国際支援を得ることはロシアの侵略に対抗するうえでも重要だ」と述べた。NZで15~16日に開くTPPの閣僚会合では承認済みの英国の加盟手続きが完了する見通し。ウクライナの加盟申請についても協議する可能性がある。後藤茂之経済財政・再生相は7日、都内で記者団に「ウクライナがTPPの高いレベルを完全に満たすことができるかどうかについて、まずはしっかりと見極める必要がある」と述べた」

     

    ウクライナは、英国がTPP加盟で2年間要したのと比較して、もっと短期間に加入条件をクリアできる自信を見せている。その根拠は不明だが、ウクライナはEU加盟に備えて国内条件を急ピッチで整備していることで自信を深めているのかも知れない。復興後の経済で、引き続き経済制裁を受けているだろうロシアに比較して急ピッチの回復を実現させ、見返したい気持ちが強いのであろう。

     

    (2)「TPPには中国、台湾、エクアドル、コスタリカ、ウルグアイも加盟を申請中だ。加盟には全参加国の同意が必要で、英国は申請から承認まで2年以上を要した。貿易や投資、サービスなどの水準をウクライナがクリアできるかが焦点となる」

     

    TPP加盟先願組が、5カ国・地域もある。難物は中国の扱いだ。中国の産業構造は国有企業中心で、最初からTPP加盟資格を欠いている。中国は、これを承知での加盟申請である。本音は、台湾加盟阻止であろう。

     

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    西側諸国に属する国民は、ウクライナ軍の反攻作戦に大きな期待をかけて「吉報」を待っている。だが、いくつかの村落を奪回したものの、ロシア軍の固い防衛線に阻まれ進軍は難航を極めている模様だ。西側諸国から提供された「虎の子」戦車は、ロシア軍の反撃で被弾した様子が報じられている。ただ、ロシア製戦車と異なり、ウクライナ軍の戦闘員は無事脱出している光景が見られる。貴重な人命は守られているのだ。これが救いである。 

    今後の戦況を占う傍証は第二次世界大戦で、連合軍が敵前上陸して成功したノルマンディー作戦が参考になるという。連合軍は数週間かけてゆっくりと前進し、極めて大きな犠牲を払ったが、ついにドイツ軍を撃破した作戦が参考になる。 

    『CNN』(6月21日付)は、「ロシアは反転攻勢にどれだけ備えができているのか?」と題する記事を掲載した。 

     十分に予想された中で始まったウクライナ軍のロシア軍に対する反転攻勢だが、これまでのところウクライナ側にとって際立った成功とはなっていない。16日、ロシア軍が共有した数日前の交戦の動画には、新たに米国から供与された歩兵戦闘車「ブラッドレー」16両が無力化されたとみられる様子が映っている。ウクライナ軍第47旅団に所属する車両だ。

     

    (1)「こうした状況は、ウクライナにとって全ての終わりを意味するものではないし、ウクライナが現在負けているということにもならない。反転攻勢は野心的な目標の下、ウクライナの広範囲な解放を目指す。つまり過酷で長期にわたり、膨大な犠牲を伴う苦難の道のりだということは常に織り込み済みだ。それでも今回の敗北が明らかにするのは、昨年不手際だらけだったロシアが依然として深刻な脅威をもたらす存在であるという事実に他ならない。彼らにも過去の失敗から学ぶ能力はそれなりにあったということだ 

    ロシア軍は昨年、目を覆うような敗走を続けたが、今回の作戦では準備期間があったので防衛線を固めている。 

    (2)「ここで思い出すべきなのは、ウクライナ軍による南部ヘルソン州での反転攻勢だ。昨年8月に始まった攻勢を受けてロシア軍が退却したのは、11月に入ってからだった。今回の作戦も大まかに言ってそのくらい続く公算が大きい。まして現状はより困難であり、一段と多くの代償を払ってロシア軍の要塞への侵入を試みることになる。そこでは機甲部隊、歩兵隊、防空、砲兵隊、工兵隊の見事な連携の実践が求められる」 

    昨年、ウクライナ南部の反撃では、8月に作戦を開始して勝利を収めたのは11月である。この程度の時間は掛る。

     

    (3)「最良の比較対象となるのは、第2次世界大戦におけるいくつかの戦闘だ。そこでは周到に準備された守備隊への攻勢が往々にして序盤に混乱を来し、重大な損失を被るものの、最終的には成功を収める事例が見受けられる。例えば血みどろの戦闘でノルマンディー海岸への上陸を果たした後、連合軍は数週間かけてゆっくりと前進し、極めて大きな犠牲を払った。ついには英国軍が大規模な戦車攻撃を仕掛け、ドイツ軍の守備を突破したが、結果的に数百台の戦車を次々と失う羽目になった。それでも1週間後、米軍が圧倒的な戦果を挙げる。ドイツ軍が予備兵力の大半を英国軍制圧のために使い果たしていたからだ 

    今回の反攻作戦では、連合軍による第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦が参考になろう。敵前上陸であり犠牲も多かったが、ドイツ軍を撃破できた。 

    (4)「もし、ウクライナ軍がこの反転攻勢に成功するなら、マリウポリやベルジャンシクといった経済的に重要な沿岸部の港湾都市を解放するチャンスが生まれる。これらの都市は昨年、ロシアが占領した。同時にロシア本土と戦略的に重要なクリミア半島の基地とをつなぐ「陸の回廊」を遮断できる可能性も出てくる。実現すればクリミア半島そのものも、ウクライナ軍が所有する数多くの兵器の射程に入ることになる」 

    軍事専門家の多くが指摘するように、ウクライナ軍はマリウポリやベルジャンシクなどのアゾフ海沿岸まで突破する目標を立てている。これによって、ロシア軍の兵站線分断を図るというものだ。

     

    (5)「第47旅団は悲惨な目に遭ったものの、彼らの経験は西側が供与する武器の重要性を改めて見せつけた。優れた性能の車両は「十分に」役に立つ。なぜなら動画から明らかなように、車両に乗っていた兵士のほとんどは生き延びているからだ。ウクライナ軍が比較的装甲の薄いソ連時代の歩兵戦闘車両を使用していたなら、まずあり得なかった結果だ。動画はウクライナ軍がロシアに対して有する別の利点も浮き彫りにする。それは強固な士気とプロ意識だ。ウクライナ軍の兵士はたとえ最前線で作戦が大失敗に終わっても、順序良く退却している。お互いに助け合いながら援護射撃を行い、発煙弾を使用する。パニックに陥ってはいない」 

    ウクライナ軍は、最前線で作戦が失敗してもパニックに陥らず、整然と退避行動している。この士気の高さが勝利を呼び寄せる。 

    (6)「ロシア軍の兵士が疲弊しているのに対し、ウクライナの新たな旅団は経験こそ浅いものの活力に満ち、ロシアの徴集兵よりも質の高い訓練を受けている。とりわけ戦闘に先駆け、北大西洋条約機構(NATO)によって訓練された12の旅団はそうだ。ウクライナのその他の強みとしては、小型ドローンの製造とより効果的な使用が挙げられる。その数はロシアを大幅に上回っている。また西側が供与した精密攻撃が可能な火砲やミサイルは、前線から奥深くにいるロシア軍の部隊にとっても脅威となり得る」 

    ウクライナ軍の本格的な反攻作戦には、高い訓練を積んだ12の旅団が無傷で控えている。現状は、予備的な作戦行動である。ロシア軍の弱点地帯を探り出す狙いが目的だ。

     

     

     

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    ウクライナ南部ヘルソン州で、カホウカ・ダムが決壊して多くの死傷者が出ている。原因究明などに当たっていた国際的な法律専門家チームは18日までに、ロシア側の仕業による「可能性が高い」とする初期段階の調査結果を明らかにした。『BBC』が報じた。一方、米紙『ニューヨーク・タイムズ』(NYT)は、専門家チームによって爆薬による破壊と報じた。事態は、新たな局面へ移っている。

     

    『BBC』(6月18日付)は、ダム決壊はロシアの仕業の「可能性大」、 国際専門家調査」と題する記事を掲載した。

     

    ウクライナ南部ヘルソン州のカホウカ・ダムの決壊で原因究明などに当たっていた国際的な法律専門家チームは18日までに、ロシア側の仕業による「可能性が高い」とする初期段階の調査結果を明らかにした。

     

    (1)「チームは国際法律事務所「グロバール・ライツ・コンプライアンス」の所属で、ウクライナ検事総長室の調査作業を支援している。これら専門家は最近の2日間、ダム決壊の影響を受けたヘルソン州の被災地なども訪問。ウクライナの検察当局者や国際刑事裁判所の代表者も同行した。チームは今月6日に起きたダムの決壊は、「ダムの構造自体にとって重要な意味を持つ場所に爆発物が前もって仕掛けられていた可能性が高い」と結論づけた」

     

    下線のように、事前に爆発物が仕掛けられていたと指摘している。

     

    (2)「報道発表文で、証拠物件、地震感知のセンサーや最良の爆破専門家らとの話し合いなど活用出来るデータを総合的に分析すれば、決壊はダムの重要な場所に事前に隠されていた爆発物が主因だった可能性が強いことを示唆していると主張。決壊はダム施設の貧弱な管理方法が原因とする見方は「可能性が低い」とし、それだけではあのような壊滅的な破壊の威力を説明出来ないとした。チームはまた、同ダムがロシア軍に占領されていたことに注意を向け、爆破の実行役あるいはダム運用の監督業務担当者はダム施設への接近や現場の管理で相応の権限を必要としていただろうとも推測した」

     

    ダムの自然破壊という見方を否定している。ダムが、ロシア軍によって占領されていたことが重要としている。

     

    (3)「今回、調査に加わった英国人の弁護士は声明で、独自に集めた情報や確認などされた公開情報などを組み合わせれば、この段階ではロシア軍は意図的にダムを壊した可能性が高いことをうかがわせると断じた。国際人道法の下ではダムは本質的に民間インフラと想定されていると指摘。カホウカ・ダム近くの住民は攻撃が差し迫っていることを警告されず、氾濫(はんらん)が起きた地域からの退避を試みていた際、砲撃も受けていたとその非道さを訴えた」

     

    調査に参加した英国人弁護士は、ロシア軍が意図的に爆発したと、断定している。

     

    (4)「カホウカ・ダムの決壊は欧州では過去数十年間で最悪の産業災害あるいは環境災害の一つと受け止められている。村落全体の水没、農地を襲う洪水、停電に見舞われ飲み水を失った数万人規模の住民の苦境も伝えられている。ロシアはダム決壊への関与を一切否定し、ウクライナ側の工作と非難しているが証拠は示していない」

     

    農地が回復するまでに、約70年間もかかるとする見方が出ている。ロシアは、重大な犯罪を行ったと言うほかない。

     

    『ロイター』(6月18日付)は、「ロシアが爆発物仕掛ける カホフカダム破壊で証拠発見ーNYT」と題する記事を掲載した。

     

    米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は、ウクライナのロシア支配地域にあるカホフカダムが今月破壊されたことを巡り、ロシアが仕掛けた爆発物によるものであることを示す証拠があると伝えた。

     

    (5)「同紙は16日、複数のエンジニアと爆発物の専門家の話として、調査の結果、ダムのコンクリート基盤を通る通路の爆発物が爆発したことを示唆する証拠が見つかったと報道。「この証拠はダムが、これを管理する側であるロシアが仕掛けた爆発物によって損傷したことを明確に示している」とした。これとは別に、ウクライナの検察当局を支援する国際的な法律専門家チームは16日、初期段階の調査で、ダム決壊はロシア側が仕掛けた爆発物によって引き起こされた可能性が「非常に高い」と表明した」

     

    NYTは、爆発物の爆発を示唆する証拠が見つかったと報じている。国際的な法律専門家チームの調査とは別の爆発部の専門家による作業としている。

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    ウクライナ南部ヘルソン州のカホフカ水力発電所ダム破壊は、人道上も許されない卑劣な行為である。カホフカ水力発電所は、ロシア軍が支配していた場所だ。そこで起ったダム決壊は、仮に自然崩壊としても管理責任はロシア側にある。

     

    ロシア側が、蛮行に訴えなければならないほど、ロシア軍には勝利への見通しが立たないのであろう。こうした追い詰めた状況下で、ロシアは手段を選ばず手当たり次第に蛮行を重ねている。今後も、何をするか分らない「暗黒部分」が存在することに注意をしなければならなくなった。

     

    『フィナンシャル・タイムズ』(6月8日付)は、「ロシア戦争犯罪疑惑深めたウクライナのダム決壊」と題する社説を掲載した。

     

    ウクライナへの侵攻を開始して以来、ロシア軍は同国で数知れぬ残虐行為を犯してきたが、南部ヘルソン州にあるカホフカ水力発電所のダム破壊は最も非道な行為の一つだ。構造上の問題による決壊である可能性も否定できない。しかし、どう分析してみても、ウクライナよりもロシアの方が得るものが大きいということは明白だ。

     

    (1)「洪水を起こす目的で意図的にダムを破壊するというのは、ロシアの戦略に沿った行為だ。この出来事は、ウクライナが待望の反転攻勢を仕掛けようというタイミングで起こった。ロシアは、ウクライナの士気と戦闘能力を低下させようと、主要なインフラに攻撃を加えてきた。ウクライナの領土に対しては焦土作戦を実行してきた。これがもし構造上の問題による決壊であるならば、ロシアは、何カ月も前の戦闘でダメージを受けたダムの修復を怠り、最近の異常に高い水位を放置していたことから、過失の罪に問われるべきだろう

     

    下線部のように、ダムを支配していたのはロシアである。ロシアが全責任を負うべき事態だ。

     

    (2)「ロシアは、ウクライナの「テロリスト」を非難するプロパガンダを展開しているが、ウクライナ側がダムの破壊から得られるものはほとんどない。決壊によってクリミアへの水の供給に影響を与えられるかもしれないが、2014年のロシアによる一方的な併合以降、クリミア半島は、この水源からの水の供給なしでしのいできた。ドニプロの東側のロシア軍の要塞が洪水に見舞われるだろうが、ウクライナ軍にとってはドニエプル川を越えて南下する進軍が困難になる」

     

    ダム破壊で、ウクライナが得られる利益は全くない。逆に損害を被っている。

     

    (3)「ダムの決壊により、何十もの町や村が破壊され、何千人もが家を失い、広い地域にわたって家庭や産業への水やエネルギーの供給に支障が出ると予想される。すでに水力発電所が1つ破壊されており、さらに上流にあるいくつかの発電所にも危険が迫っている。ダムの貯水池から冷却水を取水するザポロジエ原子力発電所は今のところ無事のようではある。さらに、ウクライナの主要穀倉地帯の広い範囲で灌漑システムが混乱する。こうしたことを考えると、戦後の復興費用を大幅に増加させるダムの破壊をウクライナが行ったと考えるのは無理がある」

     

    ウクライナは、ダム破壊で膨大な損害を被った。ウクライナの主要穀倉地帯の水害だけに受ける被害は甚大である。こういう視点からも、ウクライナがダム破壊を行ったとするロシアの主張には、全く合理性がない。

     

    (4)「総合的に見ると、カホフカ水力発電所のダム破壊は、これからのウクライナによる反転攻勢に打撃となった。ウクライナの最大の軍事的な目標と目されている南部クリミアとロシア本土をつなぐ橋を断つ作戦を困難にする。これこそが、ロシアがウクライナ侵略から得た最大の戦略的、象徴的な戦果だ。ウクライナによる南部の主要な反攻が、ドニエプル川を渡る作戦である可能性は低い。しかし、ダムの決壊により、道路の横断が不可能になり、川幅がさらに広がり、その東岸が浸水してしまったがために、ウクライナ軍がこの地域を足場に攻撃して、ロシア軍を足止めすることは、当面は、ほぼ不可能になってしまった。一方、ロシア側は、ウクライナが反攻の焦点にせざるを得なくなったザポロジエ州やドンバス地方南部に兵力を集中できる。900キロに及んでいた前線は、実質的に短縮された」

     

    ダム破壊で受けるロシアの軍事的利益は計り知れない。ウクライナ軍のドニエプル川を渡る作戦の可能性は低く、ロシア軍は防衛線を短縮できるからだ。ただ、ウクライナ軍がこの逆境をどう跳ね返すかという「可能性」もないではあるまい。

     

    (5)「ウクライナを支援する西側諸国はこのことをよく考えるべきだ。カホフカ水力発電所のダム破壊は、ロシア軍には自らの欠点を補うための作戦を遂行する能力があり、プーチン大統領はどこまでも過激な手段を取る覚悟があることを示唆した。ウクライナが形勢逆転の大戦果を上げる可能性は否定できない。しかし、西側諸国が、戦況の決定的な転換が数カ月以内に起こることを期待するならば、腰を据えてウクライナ支援を続ける覚悟が必要だろう」

     

    プーチン氏は、元KGB(ソ連スパイ)出身である。残酷なことを平然と行う訓練を受けてきた人物だ。実際、大統領就任後にもいくつかの事件が、プーチン氏の指令で行われたと報道されている。これからも、ウクライナで何が起るか分らない不気味さを残している。

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    ウクライナはついに今週、長く予想されてきた反撃を開始したのだろうか。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、「ウクライナの反撃が始まったと、我々は断言できる」と、9日にビデオインタビューの中で語った。ウクライナは軍事用語で「形成作戦」と呼ばれる、前線のはるか後方にあるロシア軍の重要な物流拠点を長距離砲やミサイルで攻撃し、本格的な作戦の開始前に自軍に有利な状況をつくる作戦を実施している。

     

    英『BBC』(6月10日付)は、「ウクライナの反転攻勢ついに開始か 数カ月の準備経て」と題する記事を掲載した。

     

    (1)「現在、いわゆる『戦闘偵察段階』がすべての前線において行われている」と、ウクライナ安全保障協力センターの共同設立者兼会長セルヒィ・クザン氏は、BBCに語った。「つまり、ロシア軍の防衛体制に探りを入れているということだ」。いくつかの動画や証言から、この作戦は開始直後からトラブル続きだった様子がうかがえる。「小さな損失だけで成功する場所もあれば、ロシアに反撃されてあまりうまくいかない場所もある」と、クザン氏は述べた。クザン氏は、ウクライナ軍が偵察作戦を展開しているのはどれもザポリッジャ州の南だと述べるにとどまり、具体的な町の名前は伏せた」

     

    ウクライナ軍が狙う地域は、「ザポリッジャ州の南」である。そこからアゾリア海へ出てロシア占領地域を分断する、模様だ。

     

    (2)「ウクライナ南部ヘルソン州のロシア支配地域では6日、ノヴァ・カホフカ市にあるカホフカ水力発電所のダムが決壊し、世界の注目が集まった。ロシア政府は関与を否定しているが、タイミングが偶然重なった出来事ではなさそうだ。カホフカ・ダムとその陸橋は、ロシア軍の態勢をどう崩せるか方法を模索しているウクライナ軍にとって、攻撃ルートになり得るものだった。ダムを支配していたロシア軍がこれを爆破し、ウクライナの軍事作戦のひとつを阻止した可能性は非常に高いように思える。ウクライナ政府はすでに、ロシアとの前線各地の中で特にこの場所に関心を抱いていると、明らかにしていた」

     

    爆破されたダム堰堤は、ウクライナ軍の有力攻撃ルートであった。ロシア軍は、これを察知して爆破したと見られる。ウクライナ側には爆破する動機がないのだ。

     

    (3)「イギリス国防省8日朝の時点で、「前線の複数の場所で激しい戦闘が続いている」とし、大半の地域でウクライナが「主導権を握っている」とした。ウクライナ政府関係者は通常、進行中の作戦について多くを語らない。しかし、現状についてはいくつか興味深い断片を示している。ハンナ・マリャル国防次官は、ザポリッジャから約65キロ南東のオリヒフ村周辺でロシア軍が「積極的に防衛している」と思わせぶりな発言をした。この前線をいずれウクライナは突破しようとするはずだと、多くのアナリストは予想している。「南部に集中する敵軍への補給路となっている陸の回廊を断ち切ること。これが我々の主な目標の一つだというのは、秘密でも何でもない」と、前出のクザン氏は言う。ウクライナ軍は、クリミアへ至るロシア占領地の陸の回廊を寸断させようとしている」

     

    下線部のザポリッジャから約65キロ南東地域が、攻防戦になりそうだ。ここを突破して、クリミアへ至るロシア占領地の陸の回廊を寸断させる狙いをつけている。

     

    (4)「この戦争で特筆して長く激しい戦闘が続くバフムト市の北と南からの映像では、ウクライナ軍が前進しているように見える。マリャル国防次官は「複数の位置で200~1100メートル」前進したと述べた。この動きはいずれバフムトを包囲し、市内を占領するロシア軍部隊を捕らえるための作戦かもしれない。イギリス国防省が言うように、「きわめて複雑な作戦の様相」なのだ。しかし、これはウクライナの反転攻勢がすでに劇的な新段階に入ったことを意味するのか?ウクライナ国家安全保障・国防会議のオレクシー・ダニロフ書記は7日、新たな攻撃に関する報道を否定。「どれも正しくない」とロイター通信に話した。「ウクライナが反転攻勢を開始すれば、誰もが知ることになる。誰もが目にする」とダニロフ氏は述べた」。

     

    バフムトでは、ウクライナ軍がロシア軍を包囲し捕虜にする戦術を展開している。それまでは、隠密作戦で臨み一挙にたたみ込む戦術のようだ。

     

    (5)「ウクライナ軍にはかなりの厳しい制約もかかっている。とりわけ、空からの援護ができる戦闘機がないことが、大きな問題だ。「そのために我が軍はゆっくり前進して、防空システムを近づけている」のだと、クザン氏は言う。もうひとつの制約は、時間だ。きたる反転攻勢は長く続いても5カ月間だ。その後は秋の雨によって地面は再び、大型の装甲車が移動できない状態になる」

     

    ウクライナ軍は、制空権がないことと秋の雨期に入るまでの5ヶ月間で、結果を出さなければならない。そのための準備を過去半年も行ってきた。ロシア側がいうように派手な戦い方ではない。潜行しながら一挙に浮上する。そういう地味な戦いになりそうだ。

     

    (6)「作戦成功とは、どういう状態を意味するのか。仮にウクライナがロシアの戦線を、アゾフ海まで突破できたとする。その場合、そこから西に位置するすべてのロシアの部隊は、クリミア半島を通過する補給線に依存しきっているだけに、今よりはるかに弱体化する。そうなれば、あとはロシアとクリミアを結ぶケルチ大橋を破壊し続いて、クリミアへ補給物資を運ぶ船舶や飛行機を攻撃するだけだと、クザン氏は言う」

     

    作戦成功は、アゾフ海まで突破してクリミア半島のロシア軍を孤立させることである。この段階で、外交交渉が始まるようにも見える。

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