勝又壽良のワールドビュー

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    カテゴリ: ロシア経済ニュース時評

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    ロシアのウクライナ侵攻が9カ月目に入った。これからの時期、再び天候が決定的な要因になると安全保障担当者や軍事専門家は指摘している。

     

    冬の気温が時にマイナス30度まで下がる国のことだ。暖を取る方法だけを考慮すればよいわけではない。それほどの低温下では機材の操作が難しくなり、仕掛けられた地雷は雪の下に隠れる。発電機を動かすにもより多くの燃料が必要だ。敵の視界を遮るものが少ないため、物資は夜間に移動する必要がある。一部のドローンのナビゲーションシステムは氷で覆われる。冷気は暖気より密度が高いため銃弾ですら速度が落ちる。『フィナンシャル・タイムズ』は、ウクライナ戦線の厳しさをこう報じる。

     

    英紙『フィナンシャル・タイムズ』(10月31日付)は、「ウクライナ・ロシア軍攻防、厳冬期が勝負の分け目に」と題する記事を掲載した。

     

    プーチン氏の戦略ポイントは、寒さが軍事作戦の速度を落とすことにある。ロシア軍は防衛線を維持し占領地域を支配し続けられる。アナリストは、これがウクライナでの作戦を統括するロシア軍スロビキン司令官の考えの中心だと指摘する。

     

    (1)「英ワーウィック大学のアンソニー・キング教授(戦争研究)は、「冬は寒く暗いため、兵士へのより手厚い後方支援が必要になる。使う燃料も増える。作戦を阻む様々な抵抗にこれらが加わり、守る側に有利に働く」と話した。だがウクライナには、特に兵士への物資供給や防寒対策においてより決定的になりうる強みがある。カナダが50万着の冬仕様の軍服を供給しており、10月の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議では冬の間ウクライナをどう支援するかが主要議題となった」

     

    この冬、ウクライナ侵攻で決定的な局面を迎える。戦局の拡大ではなく、前線の兵士の士気がどうなるかだ。ウクライナ軍は、完全な防寒具が用意されている。ロシア軍は、かねてから装備不足が指摘されている。兵站線攻撃で有利なウクライナ軍は、徹底的にロシア軍を叩けば、さらにロシア軍は苦境に立たされるであろう。

     

    (2)「ウクライナ空軍の元中佐でキーウのシンクタンク、ラズムコフ・センターの共同所長を務めるオレクシー・メルニク氏は、「ロシアは少なくともエネルギー戦争では冬が自分たちに味方すると踏んでいる。ウクライナ軍兵士を取り巻く環境の方がはるかに良いだろう」と指摘する。地元住民からの物資の援助があるためだ。同氏は最近キーウ近郊の分隊を訪問した際、「住民が洗濯した衣類を提供したり、(兵士に)食事を出したりして、必要なものは何でも持ってきていた」と語った。前線となっている東部バフムートに派遣されているウクライナ軍特殊部隊のタラス・ベレゾベッツ氏は、「我々はボランティアからたくさんの物資をもらっている。ガソリンの備蓄も自立型電源もある。『備えよ』との司令が出ている」と話した」

     

    ウクライナ軍は、自国領土での戦いである。地の利を得ているのだ。自国民から温かい差し入れを受けて戦えるのである。

     

    (3)「占領地域にいるロシア兵にそのような支援はない。また最近招集されて1100キロメートルに及ぶウクライナの前線に急きょ配備された数万人の兵隊の多くは基本的な装備にも事欠いている。ロシアメディア『アストラ」が公開した動画では、動員兵が十分な物資がないまま南東部ザポロジエに送られたと不満を述べている。新兵の一人は「敵地にいるのに装弾の一つも持っていない」と話し」

     

    ロシア兵は、弾薬も持たされずに最前線へ送り込まれている。冬の装備が、どこまで整っているか疑問である。

     

    (4)「安全保障担当者や軍事専門家は、最大の未知数はこの冬がどれほど厳しいかだと話している。また気温は0度前後で雨が多く地面がぬかるむのか、あるいはマイナス10度まで下がり何もかも凍るのかも重要だという。暖冬の場合、プーチン氏が狙うエネルギー戦争の効果は薄れ、物資を搭載した重量のあるトラックはぬかるんだ道で車輪が泥にはまるのを避けるために舗装道路しか走行できない」

     

    暖冬の場合、物資を搭載した重量のあるトラックは舗装道路しか走行できない。これが、ウクライナ軍の狙い目だという。

     

    (5)「そうなればウクライナ側は、ロシアの補給路や後方支援部隊を狙い撃ちしやすくなる。ウクライナの国立戦略研究所のアナリスト、ミコラ・ビエリエスコフ氏は、ウクライナ軍は「戦場で精密誘導兵器を利用してロシア軍を(疲弊させ)、ロシア兵の前線での生活を一層みじめなものにできる」と話した。一方で、ぬかるみはウクライナ軍の反撃能力を制限する面もある」

     

    舗装道路を走るトラックは、ウクライナ軍に攻撃され易くなる。そうなると、ロシア兵の生活は物資不足に見舞われて、厳しくなるだろう。

     

    (6)「ビエリエスコフ氏は、それとは対照的に「地面が深くまで凍結すれば地上をあちこち移動でき、理論的には新たな攻撃が可能になる」と指摘した。また「冬の間も士気を保つことが双方にとり最重要課題となる。もし維持できなければ、地上に展開するロシア軍が後戻りできない状況に陥る可能性が高い」と話した」

     

    地面が深く凍結すれば、ウクライナ軍の攻撃が行ないやすい状態になる。冬の間、ロシア軍は寒さとひもじさ。さらに、いつ攻撃してくるか分からないウクライナ軍に怯えざるを得ない。ロシア軍兵士は、こういう環境でどう動くのか。集団投降もありうるのだ。ウクライナ戦線は今冬、大きな分岐点になりそうである。

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    ロシアは、ウクライナの戦況悪化が注目の的であるが、国内経済も予断を許さない状況になっている。3万人動員令のほかに、徴兵を嫌って大量の青壮年が国外脱出しているからだ。脱出組は、高度の技術者とされており、ロシア経済は年末にかけて「経済危機第2波」が襲いそうな状況になった。

     

    『ロイター』(10月14日付け)は、「ロシア経済、部分動員で回復腰折れか 生産性や需要に打撃」と題する記事を掲載した。

     

    ロシア経済は、すでに西側諸国による経済制裁のために既に打撃を受けている。今度は、国内的な要因でさらに痛めつけられる展開になってきた。プーチン大統領が9月21日に出した部分動員令が生産性に打撃を与え、需要と景気回復の足を引っ張る恐れが強まっているからだ。

     


    (1)「これまでに何十万人もの男性が、徴兵されるか国外に逃亡した。西側の制裁にもかかわらず当初の想定より底堅く推移してきたロシア経済には、投資活動をまひさせてしまう不確実性という厄介な問題がのしかかりつつある。セントロクレジットバンクのエコノミスト、エフゲニー・スボーロフ氏は「部分動員令や地政学的リスクと制裁リスクの高まりによって、経済危機の第2波が始まろうとしている」と語り、ロシア経済は年末にかけて一段と縮小すると予想した

     

    部分動員令は、ロシア社会へ衝撃を与えた。それまで、ウクライナ侵攻は「よその戦争」という意識で暢気に構えていた。動員令で、それが身近な戦争になったのだ。多くの青壮年が、徴兵という恐怖に怯えて脱出した。これによる労働力不足が、年末にかけてロシア経済を襲うと見られるにいたった。

     


    (2)「ロシア経済発展省が、今年の国内総生産(GDP)成長率について、12%を超えるマイナスになるとの見通しを発表したのが4月。それ以降は、原油高と経常収支の黒字拡大を追い風に、政府の経済見通しは着実に上向いてきた。9月終盤にロイターが実施したアナリスト調査では、今年のロシアのGDP成長率の予想はマイナス3.2%で、経済発展省の予想は同2.9%。来年はアナリストの予想がマイナス2.5%なのに対して、経済発展省は同0.8%とはるかに楽観的だ。だが、ロシアがウクライナでの軍事作戦強化を進めているのに伴って、ある程度姿を見せてきた景気回復は腰折れしかねない

     

    原油高と経常収支の黒字拡大を追い風に、政府の経済見通しは着実に上向いてきた。ただ、8月から財政赤字に転落している。軍事費が、嵩んでいるためだ。そこへ、今回の動員令と国外脱出による労働力不足が加わる。事態は容易ではなくなってきた。

     


    (3)「ベテランのエコノミスト、ナタリア・ズバレビッチ氏は、「部分動員が主としてもたらす結末は、人的資本の喪失だ」と述べ、いつトンネルの出口の明かりが見えるのか分からない以上、最大限の恐怖と何もかもが不確実という状況が、急激に広がってくると説明した。実際、部分動員の期間や最終的な規模はなお判然としない。こうした中でロシアのメディアは、
    推定で70万人が部分動員令の発表以来、国外に逃げ出したと伝えているロクコ・インベストの投資責任者、ドミトリー・ポレボイ氏の見積もりでは、ロシアの労働力人口の0.4~1.4%が既に逃亡したか、戦場に投入されようとしている招集兵になっているという」

     

    動員令発表後に推定では、実に70万の人が国外に逃げ出したと伝えている。いずれも、高技能者である。外国へ出ても生きていける技能を身に付けている人たちだ。ロシア経済には、大きな痛手になる。

     


    (4)「ポレボイ氏は、折しもロシアが先進的な機器や技術を手に入れにくくなっている局面にあるだけに、部分動員はロシアの人口動態、労働市場、投資環境という観点で痛手になると分析。「人的資本だけが経済をけん引する力として計算できたのに、生産年齢人口の一部は徴兵され、別の一部は逃げ出している」と嘆いた」

     

    部分動員も労働力不足に拍車を掛ける。前線へ借り出されれば、何割かが死傷の身になる。労働力不足になることは間違いない。

     

    (5)「動員令では、中小企業が最大の被害者になろうとしている。ズバレビッチ氏は、「最悪の事態が訪れるのは、中小企業だろう。徴兵猶予を働きかける政治的手段はなく、2人か3人の要となる従業員を失えば、事業が成り立たなくなる」と話す。間の悪いことに物価が再び上昇する気配を見せ、中銀の利下げサイクルは幕切れを迎えそうで、部分動員が経済にショックをもたらせば、政策担当者にとって新たな頭痛の種になってもおかしくない」

     

    動員令で、最大の被害は従業員2~3人の零細企業であろう。この中から従業員を1人でも失えば事業が成り立たなくなる。こういう事態になれば、ロシア経済は目詰まりを起そう。

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    ロシア軍は、これまで大量の武器弾薬を残して敗走した。ウクライナ軍は、これら武器で改修すべきものは修理して、ロシア軍追撃に利用する皮肉な現象が起こっている。これに気付いたロシア軍は、「徹底抗戦」しないで早めに撤収する戦術に変わった様子だ。ウクライナ軍に、遺した武器弾薬を利用されまいという苦肉の策だろう。

     

    『CNN』(10月6日付)によれば、ウクライナ軍が南部ヘルソン州で前進する中、ロシア軍部隊は多大な損失を被っている。負傷者と兵器は、ドニプロ川を越えた最寄りの救護施設に避難させようとしている。ウクライナ軍参謀本部は、「敵は負傷した軍人150人と破損した軍事装備50台ほどをカホフカ水力発電所近くのベセレ集落に移動させた」と述べた。

     


    南部ヘルソンは、クリミア半島の水源でもある。ロシア軍にとっては死守すべき防衛線の筈だが、早めに負傷者と武器弾薬を安全な場所へ避難させている。これまでにない「逃げ腰戦術」である。武器弾薬も避難させたのは、新たな補給がない証拠だ。

     

    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(10月6日付)は、「ウクライナ軍、奪ったロシア製兵器でさらに攻勢」と題する記事を掲載した。

     

    ウクライナ軍が同国東部で攻勢に出る中、捕獲されたか放棄されたロシア軍の戦車・榴弾砲・戦闘車両は、今やロシア軍に対する攻撃に使われている。こうした装備品に付いていた、ロシア軍を象徴する「Z」マークは速やかにこすり取られ、代わりにウクライナ軍を表す十字架が描かれている。

     


    (1)「軍当局者によると、ウクライナが1カ月前にハリコフ州で急速に戦果を上げた結果、ロシア軍が無秩序な撤退に追い込まれ、重火器や複数の倉庫内の物資を置き去りにしたため、何百ものロシアの装備品がウクライナ側に渡ったという。ロシア軍の装備品の中には、すぐに使用できるものもあれば、前線で再び使うために修理中のものもある。損傷があまりにひどく修理できない戦車やその他の車両・銃は解体され、部品は予備用に回される。さらにロシア軍が、ウクライナではほとんど使い尽されたソ連式の砲弾を大量に残していったのは重要なことだ

     

    ウクライナ軍が9月に、ハリコフ州で行なった電撃作戦で、ロシア軍が大量の武器弾薬を遺して敗走した。これは、大変な戦利品であり、ウクライナ軍の攻撃力を強化している。ロシア軍が、その後の戦いで徹底抗戦せずに、武器弾薬を遺さずに持って撤退する方式へ切り変えたと原因と見られる。ロシアの兵站(補給)が弱体化している証拠である。

     


    (2)「こうした装備品は、ウクライナ軍が要衝リマンを含む同国東部ドネツク州の一部を奪還し、さらに東に隣接するルガンスク州に進軍する際に戦力の一部となっている。ウクライナのカルパシアン・シーチ大隊の副参謀長ルスラン・アンドリーコ氏によると、同隊は先月、ハリコフ州の要衝イジュムに入った後、10台の近代的なT80型戦車と5門の2S5ギアツィント152ミリ自走式榴弾砲を奪い取った。同氏は「われわれにはあまりにも多くの戦利品があり、それらをどうすればいいのかさえ分からない。初めは歩兵大隊として戦闘に加わったが、今では機械化された大隊になりつつあるようなものだ」と話す」

     

    ロシア軍の遺した武器弾薬は、ウクライナ軍がその後に行ったロシア軍追討作戦で威力を発揮している。ウクライナ歩兵大隊は、ロシア軍の遺した武器によって、「機械化大隊」に変身しているという。大変な皮肉である。

     


    (3)「ハリコフ州の前線で戦うウクライナ砲兵大隊の参謀長によると、「ロシア軍はもはや、火力で優位性を持たない。われわれは攻撃前にロシアの砲兵部隊をたたきつぶしてから迅速に前進を始めたため、ロシア側は戦車に燃料を補給したり、荷物を積んだりする時間さえなかった。彼らは何もかもを置いて逃げていった」と述べた。公開情報を利用する軍事アナリストによると、ロシアが4月にキーウ(キエフ)などのウクライナ北部の都市から撤退した際に奪い取った兵器に今回の分が加わったことで、ロシアはウクライナにとって群を抜いて最大の武器供給国となり、その数は米国やその他の同盟国や友好国を大きく上回った。ただし、西側諸国が供与する武器は、より先進的で精度が高いことが多い」

     

    ロシア軍はもはや、火力で優位性を持たないという。ウクライナ軍が、「ハイマース」で弾薬庫をピンポイント攻撃し、兵站線を叩き潰した結果である。これでは、ロシア軍の本格的な反攻作戦は無理だろう。雌雄は、すでに決した感じだ。

     


    (4)「公開情報を利用したコンサルティングを提供するOryx(オリックス)がソーシャルメディアや報道から集めた視覚的な証拠によると、ウクライナはロシアの主力戦車460台、自走式榴弾砲92門、歩兵戦闘車448台、装甲戦闘車195台、多連装ロケット発射機44基を奪い取った。奪い取った全ての兵器が映像に収められているわけではないため、実際の数はもっと多い可能性が高い。全ての兵器が先進的というわけではない。Oryxで兵器損失リストを集計しているヤクブ・ヤノフスキ氏は、「彼らが奪い取っているのは、かなり有効に使える現代的な兵器と、本当は博物館に置いておくべき兵器の両方だ」と話す」

     

    ロシア軍は、最新兵器と博物館行きの古い武器で武装していたことが分った。ロシア軍の弱さを見る思いがする。ロシア軍は、この先どこまで戦えるか疑問符がつくのだ。

     

     

     

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    ウクライナ軍は6月30日、ウクライナ南部オデッサ州沖合の黒海上にあるズメイヌイ(スネーク)島からロシア軍が撤退したと明らかにした。ロシア国防省も同日、撤退を認めた。同島は周辺の制海権や制空権を掌握する上で要衝とされ、ウクライナ軍が奪還に向けた攻撃を続けていた。『日本経済新聞 電子版』(6月30日付)が報じた。

     

    ロシア国防省は、ウクライナからの穀物の輸出に向け、国連などが黒海で安全に貨物船が通れる「回廊」の設置を協議しており、これを阻害しないために撤退したと説明した。これにより、世界の穀物危機が回避される希望が出てきた。

     


    ウクライナからの穀物輸出を巡っては、ロシアのラブロフ外相とトルコのチャブシオール外相が6月8日に会談し、黒海に貨物船が通過できる「回廊」の設置などを協議。さらにウクライナとロシアに加え、トルコと国連も参加する4者協議をイスタンブールで開くことを提案していた。ロシア軍が、スネーク島撤退を明らかしたことで、ウクライナから穀物輸出が可能になりそうだ。

     

    一方、ロシア軍のスネーク島撤退は、ウクライナ軍の猛攻撃に耐え切れなかったという軍事的な側面がある。

     

    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(6月28日付)は、「ウクライナ沖の小島、戦争で大きな役割」と題する記事を掲載した。

     

    ロシアはスネーク島を制圧して以降、拠点の確立と防衛の強化に繰り返し取り組んできた。一方で、ウクライナは妨害工作を活発化。複数回にわたりロシア軍のヘリや防空システム、重火器を空爆で破壊したと主張している。ロシア側はこれを否定している。衛星データ企業マクサーとプラネット・ラボがウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に提供した衛星画像によると、ロシア軍は4カ月でスネーク島の要塞(ようさい)化に成功。新たにテント構造や塹壕(ざんごう)を構築し、短距離ミサイルシステムを配備した。とりわけ6月初め以降の進展が著しい。

     


    (1)「ウクライナ軍はトルコ製ドローン「バイラクタル」を使って相次ぎスネーク島で空爆に成功したと主張している。58日に公表された動画によると、島の上空を飛行していたロシア軍のヘリがドローン攻撃を受けたみられる様子が映っている。ウクライナの軍情報機関トップ、キリロ・ブダノフ氏は22日、テレビのインタビューで「われわれは攻撃を加えており、スネーク島を全面解放するまで作戦を続ける」と言明した。ウクライナのアンドリー・ザゴロドニュク元国防相は、ロシアがスネーク島にレーダーや防空・電子戦システムを導入することで、実質的に沈没したモスクワの代わりにしようとしていると指摘する。ウクライナは414日、対艦ミサイルでモスクワを撃沈させた。ロシアは原因不明の火災が原因だと説明している」

     

    スネーク島を巡って、ロシア軍とウクライナ軍が激しい攻防戦を繰返してきた。ロシア軍は、沈没した「モスクワ」に代わって、スネーク島へレーダーや防空・電子戦システムを導入していた。絶対的な防衛戦構築の構えであった。それが、6月30日に撤退したのだ。相当の決断の結果である。

     


    (2)「ロシアはウクライナの海上封鎖を狙っている」とザゴロドニュク氏。「ロシアはスネーク島を沈まない巡洋艦として使い、黒海で飛行・航行するものすべてを攻撃する考えだ」軍事専門家によると、ロシアはウクライナの空爆にさらされながらスネーク島で軍事拠点の構築を続けるリスクを勘案した結果、島にとどまり、いずれ地対空ミサイルシステム「S400」などの最新鋭兵器を持ち込むことの利点が、島を断念するコストを上回ると結論づけた可能性がある」

     

    ロシア軍のスネーク島死守の決断が揺らいだのは、ウクライナ軍の猛攻であったに違いない。ウクライナ軍は、米英からミサイルも供与されているので猛攻できる兵器を揃えていたことは事実だ。

     

    (3)「ウクライナにとっては、スネーク島を奪還できれば、ロシア軍による封鎖を突破するための一助となる。ロシアの軍艦がオデッサ南部の沖合を巡回しており、ウクライナ南部の拠点から穀物など重要な食糧が輸出されるのを妨げている。港湾封鎖で経済が壊滅的な打撃を受けているオデッサのゲナディー・トゥルハノフ市長は「スネーク島はシンボルになった」と話す。「ここを支配すれば、戦況を支配できる」。ロシア、ウクライナ双方とも今のところ、目標は達成できていない。ただ、ウクライナはスネーク島への部隊配置を目指しているのではなく、むしろロシアによる軍事拠点の構築を阻止することに注力している可能性があるとの指摘も出ている」

     

    下線のように、スネーク島奪回はウクライナ軍の戦況を有利に展開できるシンボル的な意味を持っている。この象徴的な「小島」をウクライナ軍が手中に奪回したことは、ウクライナ戦争全体へ大きな意味を持っている。ウクライナが、和平への足がかりを掴んだとも言えるのだ。

     


    (4)「前出のザゴロドニュク氏は「戦争が終わるまで総じて空白のままだろう。スネーク島の支配を維持することは極めて困難だ」と話す。「ここに残っても意味がないとロシアが認識するまで、軍装備を何度破壊しなければならないのだろうか」と指摘」

     

    ロシア軍は、ウクライナからの穀物輸出を妨害していると世界の非難を浴びてきた。だが、こうした非難ぐらいで撤退するロシアではない。穀物輸出を口実に撤退したと理解すべきだ。撤退の潮時と判断したのだ。それは、ウクライナ侵攻全体の構図を俯瞰した上での決断と読むべきである。和平への準備を始めたとも読める。

     

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    先進国では、領土拡大を意味する植民地主義が、19世紀の遺物として清算済である。ロシアは、未だにこれにしがみついており、世界の平和にとって大きな障害であることが浮き彫りになった。こういう「時代遅れ」の国に対して、どのように対応するのか。悩みは深い。

     

    ロシアの領土拡大の欲望は、止まるところを知らないようだ。6月初め、プーチン氏はウクライナについて、第一歩にすぎないと述べ、他の多くの領土も潜在的な標的とみていることが分かった。9日には初代ロシア皇帝のピョートル大帝の生誕350周年を記念する展覧会に出向き、ピョートル大帝がスウェーデンから獲得した領土について、「彼は私たちの領土を取り戻し、強化しただけだ」と笑みを浮かべて説明した。

     


    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(6月27日付)は、「プーチン氏『帝国の野望』 どこまで目指すのか」と題する記事を掲載した。

     

    (1)「初代ロシア皇帝のピョートル大帝の生誕350周年を記念する展覧会で、プーチン氏は次のように語った。「(土地を)取り戻して強化することがわれわれの運命のようだ」と述べ、ウクライナ戦争がピョートル大帝の戦争のように、20年以上続く可能性を示唆した。大統領補佐官のウラジーミル・メジンスキー氏はさらに露骨で、モスクワが地球の表面の6分の1を支配していたときより領土が大幅に縮小したと嘆き、不運な後退は「いつまでも続かない」と述べた」

     

    領土拡大を歴史の使命とするプーチン氏は、歴史を動かす原動力が「イノベーション」であることの認識がない。領土重視=資源重視=モノカルチャー経済という必然的な衰退コースを歩んでいる。この意味で、20年後のロシアは確実に弱小国へ転落するに違いない。科学革命の経験がない国家の悲劇である。

     


    (2)「領土の回復を訴えるこうした発言は1991年のソビエト連邦崩壊を巡る積年の憤りによるところが大きい。プーチン氏が20世紀最大の惨劇だとするソ連崩壊で、ロシアは歴代皇帝が積み上げた人口と領土のほぼ半分を失った。これをきっかけに世界の超大国は権威を失って、貧困や汚職、反乱に悩まされる破綻国家となった。ロシア政府はエストニアやリトアニア――両国ともNATOと欧州連合(EU)に加盟している――やモルドバ――ロシア軍高官が標的として最近引き合いに出した――などの隣国に新たに脅しをちらつかせている」

     

    ロシアは、1991年のソ連崩壊で領土も人口も失った。正確に言えば、これまでの支配が異常であり、正常化されたにすぎない。これを歴史の屈辱と捉えているが、大きな間違いだ。

     

    戦後の日本も同じ境遇に陥った。後に総理になる石橋湛山(当時:東洋経済新報社社長)は敗戦の年、『東洋経済新報(週刊東洋経済)』8月25日号社説)で、「更正日本の針路」と題し、日本は領土を失っても悲観することはない、技術でこれを補えると鼓舞した。その後の日本経済は、現実に復興を果たした。ロシアには、石橋湛山のような思想も人物もいないのだろう。ロシアが今後、発展できない理由はこれだ。

     


    (3)「ウクライナでのぶざまな後退こそが、プーチン氏を戦争の拡大に追いやる可能性があると警告するのは、ロシアの野党政治家でかつてはプーチン氏に助言したマラト・ゲルマン氏だ。「国内で大統領の支持率が脅威にさらされている。大統領は自分が拡大し、資金を注いできた偉大な軍隊がなぜウクライナの抵抗に対応できないかを説明できない」と同氏は言う。「従って大統領はウクライナとだけでなく、世界全体と戦う新たな次元に全てを移行させる必要がある。それゆえプーチン氏は別の犠牲者を選ぶ危険がある」。戦争が拡大すれば、民間人の軍への動員と、ロシアにまだ存在する数少ない市民的自由の排除が正当化される可能性がある、と同氏は指摘する」

     

    プーチン氏が、ウクライナ敗北で引き下がる男ではない。戦線を拡大して勝つまで戦うだろう。これは、見過ごしにできない重要な点である。

     


    (4)「ロシアが軍事的な問題を抱えているにもかかわらず、ウクライナ戦争の終結はほど遠い。ロシアは年単位の戦争に備えながら、ドンバス地方で前進を続けており、ウクライナ併合という当初の目標を変えていない。国家安全保障会議の副議長を務めるドミトリー・メドベージェフ前大統領は今月、「ウクライナが2年後に世界地図に残っていると誰が言ったか」と述べた。一部の欧州の指導者にとってこれらの発言が意味するところは、ウクライナの大部分がロシアに支配された状態で停戦が実現し、ロシアが消耗した軍を再編・再建して、新たな攻撃に向けて準備をすることができれば、最終的に他の欧州の国がプーチン氏の標的になる、ということだ

     

    ウクライナ戦争は、簡単に終わらないだろうという見方である。プーチン氏が、敗北を受入れない男であるからだ。

     

    (5)「エストニアを含むバルト3国は、建前上はNATO加盟によって保護されているが、NATOが現在、この地域を含めた東欧に配置している兵力は少なく、ロシアの全面侵攻を軍事的に撃退するには十分ではない。東欧最大の国ポーランドでさえ、軍隊はウクライナ軍ほど強くはなく、戦闘で鍛えられてもいない。一部の西側の軍事専門家によると、ロシア軍はエストニアの首都タリンをわずか1日で占領できるという。ポーランド国防省が2021年に実施した軍事演習では、同国軍は5日間でロシアに完敗するとの結論に達した」

     

    バルト3国は、ロシアの戦闘拡大に最も警戒している。エストニアの首都タリンは、わずか1日で占領されるという。米軍が、バルト3国へ常駐するので、ロシア軍も簡単に手を出せない状況だ。

     

    (6)「元駐NATO米大使でシンクタンク「シカゴ・グローバル評議会(CCGA)」会長のイボ・ダルダー氏によれば、ロシアがNATO加盟国に対して軍事侵攻した場合、現状では米国は間違いなく迅速に対応するという。ウクライナでの経験とは違って、ロシアの空軍は数日で破壊され、地上部隊はNATOの優れた空軍力に太刀打ちできないだろう。しかし、米国でより孤立主義的な政権が成立すれば、状況は変わるかもしれない」

     

    米軍とNATO軍がロシア軍と戦えば、帰趨ははっきりしている。ただ、米国でトランプ氏のような孤立主義者が政権につくと状況は変わる。欧州はその場合、悲劇再現となるリスクが高まる。

     

     

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