ロシア経済は、ウクライナ侵攻直後に西側諸国の経済制裁で、大きく落込むものと見られていた。政府発表の失業率は4%未満と、表面的には健闘しているのだ。だが、ロシアには「隠れ失業者」という妙な制度があって、失業率にカウントされないのだ。西側企業の撤退で、最大限450万人が失業した計算だが、「隠れ失業者」にされている公算が大きい。
これらの西側企業に勤務していた人たちは、撤退時に半年以上の給与を貰っている。そろそろ、それも期限切れになるであろうから、名実共に「失業者」入りである。こうなると、早く戦争が終わることを願うはずであろう。これから、ロシアでの和平派がジリジリ増える期待が持てるであろう。プーチン氏への圧力になるのだ。
米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(9月5日付)は、「堅調そうなロシア経済、疑わしい公式データ」と題する記事を掲載した。
ロシアがウクライナに侵攻するとまもなく、米国や欧州各国は矢継ぎ早にロシアに経済制裁を科した。これを受け、ロシア国家統計局をはじめとする政府機関は、さまざまな経済統計の公表を停止した。輸出入、債務、原油生産量、銀行、航空会社や空港の利用者数など、それまで定期的に報告されていたデータが次々に姿を消した。
(1)「戦争が長引くにつれ、不可解なことが起きた。ロシア経済は予想以上に堅調だとメディアが報じ始めたのだ。4~6月期の国内総生産(GDP)が前年同期比4%減にとどまったことや、失業率が3.9%と過去最低を更新したことなどがそれを裏付けているという。このデータの出どころは、米政府や欧州連合(EU)が制裁の効果を測れないよう、わずか6カ月前に経済データの公表をやめたロシア国家統計局だ。ワシントンの国際金融協会(IIF)で首席エコノミストを務めるロビン・ブルックス氏は「データの質は急降下している」と話す」
ロシアは、ウクライナ侵攻後に重要統計を公表しなくなった。ロシアの戦力が分るからだ。これでは、ロシア経済への過大評価が起こってもやむを得まい。正確な分析ができないからだ。
(2)「戦争が始まるまでに、総じて西側諸国は「もはや手遅れなほど(ロシア大統領ウラジーミル・)プーチンにだまされていた」。イエール大学経営大学院チーフ・エグゼクティブ・リーダーシップ・インスティテュート(CELI)のリサーチディレクター、スティーブン・ティアン氏はこう指摘する。「今やエコノミストやメディアまでがロシア国家統計局のデータを信用し、だまされている。信用するのはまずそうだという、あらゆる警告サインが出ているにもかかわらずだ」と言う」。
ウクライナ侵攻の終りを予測するには、日々の軍事情勢を丹念にフォローするほかない。本欄も力及ばずとも、その方向に向かっている。最大のポイントは、ロシア軍に新規兵士が集まらなくなっていることだ。これは、有力な「戦争終結」の予兆になろう。正しくない統計を見ているよりも、戦況分析が最大の有力手法になる。
(3)「ティアン氏によると、彼らは経済データを額面通りに受け取っている。それがそこにあるから、というのが理由の一つだという。ロシア国家統計局は内訳データの多くを公表していないにもかかわらず、GDPと失業率を算出している。その数字をエクセルに打ち込んでチャートを作成すると、足元の経済収縮は2008年の世界金融危機時ほどひどくはないように見える。IIF副主席エコノミストでロシア経済専門家のエリナ・リバコワ氏によると、これは偶然ではない。プーチン氏は以前から、国際制裁に耐えうる経済を意味する「要塞(ようさい)ロシア」をスローガンに掲げてきた。「ロシア経済が2008年以上に落ち込んでいるところを見せれば、敗北を認めたことになる」と同氏は話す」
経済制裁による輸入禁止で、ロシアは大きな痛手を受けている。特に、半導体輸入杜絶が精密誘導弾の生産を不可能にしている。これは、ウクライナ侵攻で大きく響いている。
(4)「ロシアには、制度上の「隠れ失業者」がいることが知られている。従業員の解雇は法的に難しいが、企業は景気悪化時に従業員に無給「休暇」の取得を強制できる。この場合、その従業員は仕事も収入もないにもかかわらず、就業者としてカウントされる。その数はすくなくない。2015年の失業率は、隠れ失業者を含めると約2.5ポイント高くなるとの推計がある」
ロシアには「隠れ失業者」がいる。2015年当時、この隠れ失業者を加えると、約2.5ポイント高くなるという。現在では、西側企業の撤退でこの「隠れ失業者」が増えているにちがいない。
(5)「前出のティアン氏や、CELI創設者のジェフリー・ソネンフェルド氏らは7月の論文で、欧米企業の撤退や制裁はロシア経済に壊滅的な打撃を与えているとして、ロシア政府のデータとは相反する見方を示した。ロシアから撤退した企業は1000社以上に上り、売上高合計はロシアのGDPの40%を上回るという。撤退した事業の一部はロシア人が経営を引き継いでいるため、GDPへの打撃は40%には届かないだろうが、間違いなく4%以上だろう。CELIの推計では、撤退した企業のうち約500社が完全に事業をやめ、ロシアの労働力人口の最大12%が失業した。一部はおそらく再就職したとみられる。ティアン氏は「失業率は12%とは言わないが、4%よりははるかに高い」と述べた」
今回の経済制裁によって、ロシアの労働力人口(3776万人:2020年)の最大12%である453万人が失業したと推計される。そうなると、実際の失業率は政府発表の3.9%程度であるはずがない。10%程度に跳ね上がるだろう。この人たちは、ウクライナ侵攻で失業したわけだから、「戦争反対」と見られる。時間が経てば経つほど、戦争終結派が増えるであろう。それが、有形無形でプーチン氏への圧力になる。