トランプ米大統領は、ウクライナのゼレンスキー大統領に対し、ロシア領内の奥深くに対しての攻撃強化を内々に働きかけるとともに、米国が長距離射程兵器を供与した場合にモスクワを攻撃できるかと尋ねたことが明らかになった。英紙フィナンシャル・タイムズが報じた。これらのやりとりは7月4日の両者間の電話会議で交わされた。ロシアによるウクライナ侵略に対するこれまでのトランプ氏の姿勢や、米国は外国の紛争に関与しないという米大統領選での公約からの明確な方針転換を示している。
『フィナンシャル・タイムズ』(7月15日付)は、「モスクワは攻撃可能か? トランプ氏がウクライナに問いかけ」と題する記事を掲載した。
(1)「トランプ氏とゼレンスキー氏の4日の電話会談について知る2人の人物によると、トランプ氏は米国が必要な兵器を供与した場合に、ウクライナはロシア領内奥深くの軍事目標を攻撃できるかと尋ねたという。これらの人物はトランプ氏が、「君はモスクワを攻撃できるか。(プーチン氏の地元の)サンクトペテルブルクを攻撃できるか」と問いかけたと明かした。これに対しゼレンスキー氏は「もちろんだ。兵器を供与してもらえれば可能だ」と答えたという。トランプ氏はこの考えに賛同するとともに、これはロシア側に「痛みを与え」、ロシア政府を交渉のテーブルに引きずり出すための戦略であると説明したという」
トランプ氏は、ロシア側へ長距離砲により「痛みを与え」ることで、停戦交渉のテーブルへ引出す戦略だ。
(2)「この電話会談について知る西側のある関係者は、ウクライナを支援する西側諸国の間に長射程兵器を供与して「モスクワ市民を戦争に巻き込む」べきだとの考えが広がっていることの表れだと説明する。同様の考えはここ数週間、米国政府当局者の間でもひそかにささやかれていたという」
西側諸国にも、ロシアへ痛みを与えるべきとの考えが広がっている。ロシアが、一方的にウクライナ市民を苦しめているだけでは、停戦交渉が始まらないからだ。
(3)「トランプ氏とゼレンスキー氏との電話会談の内容を受けて、10日からローマで開催されたウクライナ復興会議に合わせてゼレンスキー氏と米国側当局者が会談し、今後ウクライナに供与することが検討される兵器のリストを共有したという。これについて知る3人の人物が明かした。ゼレンスキー氏は米国の国防関係者と北大西洋条約機構(NATO)加盟国政府の代理人と協議し、第三国を経由してウクライナに供与されることが可能な長射程攻撃システムのリストを受け取ったという」
米国が、第三国を経由してウクライナに供与されることが可能な、長射程攻撃システムリストをNATOへ渡した。
(4)「欧州の同盟国である第三国を経由することで、トランプ氏はウクライナに直接軍事支援をする場合に必要な議会の承認を得なくてもよくなり、欧州の同盟国への兵器輸出を認可するだけですむ。そのうえで、この第三国がウクライナに兵器を渡す。兵器リストについて詳しい人物によると、ウクライナ側は射程約1600キロメートルの精密誘導攻撃巡航ミサイル「トマホーク」を要請した。しかし、トランプ政権には以前のバイデン政権と同様、ウクライナの自制がきかなくなるかもしれないとの懸念が残っているという」
ウクライナ側は、射程約1600キロメートルの精密誘導攻撃巡航ミサイル「トマホーク」を要請している。これが、モスクワを攻撃してはいけないというトランプ発言の裏付けだ。
(5)「トランプ氏とゼレンスキー氏との電話会談や、米国とウクライナの間の軍事戦略に関する協議に詳しい人物2人は、両国で話し合われた兵器の一つが米の長距離地対地ミサイル「ATACMS」だったという。ウクライナは米から供与された最大射程300キロのATACMSミサイルを使ってロシア占領地にある標的を攻撃し、場合によってはロシア領土のより奥にある場所も攻撃してきた。ATACMSはバイデン政権がウクライナに供与した高機動ロケット砲システム「ハイマース」から発射することができる。だが、射程が短いためモスクワやサンクトペテルブルクには届かない。ロシアは、西側諸国からウクライナに高度な兵器が供与されればウクライナ西部の目標を攻撃すると繰り返し脅しをかけているが、今のところ実際に行動に移したことはない」
米ウ両国間では、米の長距離地対地ミサイル「ATACMS」についても話し合われている。ロシアが最も嫌っているミサイルである。ロシアは、西側諸国からウクライナに高度な兵器が供与されれば、ウクライナ西部の目標を攻撃すると繰り返し脅しをかけている。
(6)「ATACMSによる攻撃を受けてロシア政府は、さらに「核抑止力の国家政策指針」(核ドクトリン)を改定し、核攻撃に踏み切る条件を緩和した。この変更によってロシアはウクライナがATACMSや英国製の空中発射型巡航ミサイル「ストームシャドー」でロシア領内を攻撃した場合の対抗措置として、NATO加盟の3つの核保有国である米国、英国、フランスに対して核の先制攻撃に踏み切る可能性が出てきた。米政府は折に触れてウクライナに対しロシア領の奥深くを攻撃するのを控えるよう警告してきたが、こうした足かせも今では緩まりつつあるようだ」
ロシアは、ウクライナがATACMSや英国製の空中発射型巡航ミサイルを発射すれば、米国、英国、フランスに対して核の先制攻撃に踏み切る可能性があると脅している。この脅しは次第に効果が消えている。米国が、これを無視していることに表れている。トランプ氏は、ウクライナにモスクワ以外の都市攻撃を承認する形で、プーチン氏へ圧力を掛ける。トランプ氏が、停戦後の交渉をリードする姿勢だ。ウクライナは、39歳の女性首相に変え、駐米ウクライナ大使に副首相を当てるなど、停戦交渉に備える布陣を整えた。