米国が、最大射程距離190マイル(約305キロメートル)の長距離ミサイルである陸軍戦術ミサイルシステム(ATACMS)をウクライナに提供する案が最終検討段階にあると『ウォール・ストリート・ジャーナル』が報道した。ATACMSの最終支援が決まれば、ウクライナ戦争のまた別の「ゲームチェンジャー」になるかもしれないと指摘されている。
この重大な時期に、米中央情報局(CIA)のバーンズ長官が最近ウクライナを訪問し、ゼレンスキー大統領らと会談していたことが分かった。今回の訪問で、ウクライナ当局者らはバーンズ氏に、年内にロシア支配地を奪還して停戦交渉を始めるとの戦略を明かしたとも伝えた。ウクライナ側が、こういう大詰めの作戦計画を話している以上、ATACMSの提供が話題に上がったことは当然であろう。
『ウォール・ストリート・ジャーナル』(6月30日付)は、「米、長距離ミサイル供与の承認検討 ウクライナ支援で」と題する記事を掲載した。
米国はウクライナへの長距離ミサイルシステム供与を巡り、承認を検討している。米欧の当局者が明らかにした。焦点となっている「陸軍戦術ミサイルシステム(ATACMS)」は射程が約300キロメートルで、ウクライナ軍は前線のはるか後方にあるロシア側の標的を攻撃することができる。
(1)「米当局者の間では、ウクライナがATACMSをロシア領土の攻撃に使えば西側とロシアの対立が激化しかねないとの懸念があり、ジョー・バイデン大統領は供与を認めてこなかった。複数の当局者によると、ATACMS供与については最高レベルでの承認待ちとなっている。これまで供与に消極的だったホワイトハウスでは、ウクライナ軍への支援強化を急ぐ必要性を認識している兆しがあるという」
バイデン政権はこれまでウクライナが自国領土を超えロシアを打撃できる武器を支援するのを避けてきた。戦争が、不必要に拡大するのを防ぐという次元からだ。これに対しウクライナはロシアが掌握しているクリミア半島を射程圏に入れるためにも長距離戦術武器が必要だという立場で、F16戦闘機とATACMSの支援を希望してきた。最近、ロシアの民間軍事会社ワグネルグループが反乱を起こし、米政府の気流が変わったという。ロシアが、内紛で混乱する隙に乗じることは、ウクライナの反撃に有利と判断したとみられる。
(2)「週末に起きたロシアの民間軍事会社ワグネルの創設者による反乱未遂でロシア国内が揺れる中、米欧の当局者はより高度な兵器をウクライナに提供する段階に入っているとの見方を示した。ウクライナの国防当局者は『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ)に、ウクライナ政府は最近になって米国から前向きなサインを受け取ったと語った。米国と欧州の同盟国の発表によれば、ウクライナ当局者はロシアが占拠し、イラン製ドローン(無人機)の発射拠点に使っているクリミアを攻撃するためにも長距離ミサイルが必要だと主張している。米国家安全保障会議(NSC)と国防総省は今のところコメントの要請に応じていない」
精密誘導が可能なATACMSは現在、ウクライナ戦争で活躍している高速機動ロケット砲システム(HIMARS)の発射台で発射できる利点もある。ウクライナがATACMSを確保すれば、ロシアは最前線の後方兵站基地と指揮所などを、最小200マイル(320キロメートル)は後退させなくてはならないだけに兵站効率が落ちるのは必至だ。
『CNN』(7月2日付)は、「CIA長官がウクライナ訪問、大統領らと会談 米当局者」と題する記事を掲載した。
米中央情報局(CIA)のバーンズ長官が最近ウクライナを訪問し、ゼレンスキー大統領らと会談していたことが分かった。米紙ワシントン・ポストが最初に伝え、米当局者がCNNに語った。
(3)「同紙は、訪問の事情を知る当局者らの話として、ウクライナ当局者らはバーンズ氏に、年内にロシア支配地を奪還して停戦交渉を始めるとの戦略を明かしたとも伝えた。別の当局者がCNNに語ったところによると、バーンズ氏は反乱が起きた後でロシアのナルイシキン対外情報庁長官と電話で会談し、米国は反乱に関与していないと言明した。バーンズ氏は7月1日、英国での講演で、ロシア内部で戦争への不満が政権を弱体化させていると指摘。CIAにとっては「一世代に一度」のチャンスが生まれていると述べ、「このチャンスを無駄にはしていない」と強調した。バーンズ氏は講演の中で、ワグネルの反乱にも言及。反乱に先立って、創設者プリゴジン氏が戦争の大義名分やロシア軍指導部の戦法を厳しく批判した言動による影響は今後も広がり続け、プーチン政権や社会の消耗を浮き彫りにするだろうと述べた」
バーンズ米CIA長官は、「プリゴジン反乱」の影響でロシア国内が混乱すると見ている。米国が、この好機にATACMSをウクライナへ供与する可能性は高まるであろう。