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ロシアは、4~5日で勝てると踏んだウクライナ戦争で、目算が大きく狂っている。作戦の最高指揮を取るショイグ国防相は、なんと軍人出身でなく元土木技師というのだ。この経歴が示すように、「百戦錬磨」の将軍ではなかった。そこに、作戦の狂いがあったのか。

 

『ウォール・ストリート・ジャーナル』(3月8日付)は、「ウクライナ短期戦失敗、露国防相に泥沼化のつけ」と題する記事を掲載した。

 

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は2月27日、同国の核兵器部隊の高度警戒態勢入りを命じた際、長いテーブルの先にいたセルゲイ・ショイグ国防相を見下ろした。ショイグ氏は命令に同意し、うなずいた。

 


10年間国防相を務めているショイグ氏は、職業軍人の経歴を全く持っていないが、陸軍大将の肩書を有し、ロシア軍の近代化、専門化を推進し、効果的な戦闘マシン、外交ツールとしての軍のイメージを作り上げてきた。クリミア半島とシリアでの戦争で勝利を収めたことにより、ショイグ氏とロシア軍は、プーチン政権の権力構造の中核となり、人々に恐れられている情報機関をしのぐことに成功した。ロシアの情報機関は、プーチン氏自身が元々スパイだったこともあって、かつては同氏の主要な支持基盤だった。

 

(1)「ロシア軍が、ウクライナを早期に屈服させられなかったことは、ショイグ氏が行った変革が、たとえ本格的内容だったとしても、宣伝していたほど強力な戦闘力を生み出せなかったことを物語っている。兵站面の不手際、戦略ミス、兵士の準備不足などから分かるのは、今回の侵攻で何らかの勝利が得られるとしても、そのコストが極めて高くなり、占領状態の維持は困難だということだ。ロシア軍に詳しい専門家らはこうした不都合な状況について、ショイグ氏が、プーチン氏の計画を積極的に支持したことが一因だと指摘している。計画が非現実的だったにもかかわらず、ショイグ氏はそれを支持したのだ」

 

ショイグ氏が同意した計画は、ロシア軍の有利な戦力を前にウクライナ軍がすぐに降参し、ロシア軍は人民の解放者として歓迎されるといった想定に基づくものだった。ウクライナで捕虜になったロシア兵は異口同音に、こういう発言をしている。ロシア軍全体が、「弱いウクライナ軍」というイメージで戦場に臨んでいたことは疑いない。それゆえ、足下をすくわれたのだろう。

 

(2)「バージニア州アーリントンを拠点とする非営利の調査および分析機関であるCNAでロシア研究部門ディレクターを務めるマイケル・コフマン氏は、「プーチン氏以外に、こうした状況下で特に大きな打撃を受ける人物を1人挙げるとすれば、それはセルゲイ・ショイグ氏だ」と指摘。「こうした想定とこの種の作戦に同意したことで実質的に彼は、ロシア軍を悲惨な戦場に投げ込んだ」と語った」

 

今回の作戦は、プーチン氏が立案したことを示唆している。軍人上がりでなく元土木技師の国防相は、このプーチン案に賛成して「点数稼ぎ」をしたのだ。軍事作戦に関して素人の大統領と国防相が、二人で犯した大きな誤りである。

 


(3)「これがショイグ氏にどんな結果をもたらすのか、予想するのは難しい。ショイグ氏は侵攻計画に同意することで、欧州での政治目標達成を目指すプーチン氏への忠誠心を示した。しかし、この作戦が失敗すればプーチン氏は、スケープゴートを探すだろう。コフマン氏は「すべては、この侵攻がプーチン氏にとってどんな結果になるかにかかっている」と語った」

 

ショイグ国防相は、ウクライナ侵攻の進展が芳しくなければ、プーチン氏によってヤリ玉に上げられるリスクを抱えている。

 

(4)「現在66歳のショイグ氏は、ロシアで最も人気のある政府高官の1人だ。土木技師として訓練を受けた同氏は、ソ連崩壊直前に非常事態相としてのキャリアをスタートさせた。同氏は国中を駆け回って多数の危機に対応したほか、巨大な省を作り上げて、その取り組みをロシア国民に宣伝した。彼の成功は、軍のトップへの任命につながった。国防相に就任すると、士気が下がった弱い軍隊をより近代的な戦闘部隊に変えた。積極的な宣伝によって軍の評判は上がり、若者を呼び込んで、職業軍人に育てることができた。ショイグ氏は毎春、モスクワ中心部でパレードを行い、軍の新しい兵器や技術を披露した」

 

ショイグ氏は、行政官として実績を上げたが、大きな戦争の経験がゼロである。それにも関わらず、国防相としてウクライナ作戦の概要を決める立場になった。余りにも無謀と言うほかない。プーチン氏の「お気に入り」人事が招いた失策である。

 


(5)「ショイグ氏の最初の成功は、クリミア半島で訪れた。ショイグ氏は、夜間に特殊部隊を使って介入し、半島を制圧する計画を立てた。特殊部隊は2014年に政府庁舎を占拠する作戦を実行した。それは、最終的にウクライナの一部領土の併合につながった。この侵攻は、1カ月前にウクライナで親ロシア派の大統領が追放されたことに対する報復とみられているほか、クリミアに本拠を置くロシアの黒海艦隊を守るために行われたとみられている」

 

ショイグ氏は、2014年のクリミア半島の奇襲作戦で名を上げた。今回のような、大軍を率いての戦争ではない。この辺りに、ウクライナ戦争初戦の躓き要因がありそうだ。こうした内情が分るに従い、ウクライナ戦の前途は多難である。

 


(6)「2015年にロシア軍が、シリアで戦果を上げた。これにより、軍はプーチン氏の外交政策の主要手段となり、ショイグ氏はプーチン氏の取り巻きの主要なメンバーとなった。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院のセルゲイ・ラドチェンコ教授は、「彼は長年、プーチン氏が急死した場合、後継者になる可能性が最も高い人物とみられている」と述べるほど信頼を得た。ショイグ氏は、プーチン氏の政治的脅威になるのではなく、プーチン氏のイメージを向上させ、イデオロギーを推進する手助けをした。プーチン氏のイデオロギーは、西側諸国との対立、ロシアのナショナリズムと宗教を中心としたものだ」

 

ショイグ氏は、プーチン氏の後継者に擬せられるほどにまでなっている。だが、ウクライナ戦争で大きな犠牲を出せば、その芽も摘まれる。こうなると、ウクライナで無差別攻撃に出てくる危険性が高まろう。ショイグ氏自身の生き残りを賭けた戦いでもあるのだ。