勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    カテゴリ:ロシア経済ニュース > ロシア経済ニュース時評

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    ドイツは、ヒトラーという破壊者を生んだ暗い過去を持つ。23年の経済成長率はマイナス予測で、極右勢力が支持率を高めている。ウクライナ戦争では、ロシアへ接近するという危険な要素を持っているのだ。

     

    『日本経済新聞 電子版』(9月24日付)は、「独ショルツ政権、支持率低迷 ウクライナ支援に影響も」と題する記事を掲載した。

     

    ドイツでショルツ政権の支持率が低迷している。10月のバイエルン州議会選挙を前に政権浮揚を描けず、極右政党に台頭を許す。景気の悪化で国民の内向き志向が強まり、ウクライナ支援の先行きに影を落としている。

     

    (1)「欧州ではフランスやフィンランドでも極右政党が支持を伸ばしてきた。7月に総選挙を実施したスペインでは一定の議席を獲得。ドイツではロシアとの関係改善を訴える極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が台頭している。独公共放送ARDの世論調査によると、政党別の支持率は国政最大野党で中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)などが首位の28%で、次いでAfDが22%と差を縮める。ショルツ首相が率いてきた中道左派のドイツ社会民主党(SPD)は16%どまりである」

     

    ドイツ国民の間に、「ウクライナ支援疲れ」が出ている。肝心の経済成長率は今年、EUで唯一のマイナス成長という苦境にある。こうした中で、極右勢力が国民の不満を吸収して支持率を高めてきた。ヒトラーの出現も、第一次世界大戦敗北と膨大な賠償金を課された不満が背景にあった。油断は禁物である。世論調査で、ショルツ首相のSPDは極右勢力AfDの支持率を下回っている。

     

    (2)「有権者の支持離れは鮮明だ。ショルツ政権に「満足」との回答は19%で、2021年の政権発足以降で最低を更新した。「不満足」は79%だった。ウクライナ侵攻直後は50%を超える高い支持を得ていた。新型コロナウイルス禍などに対処した第4次メルケル政権と比べても低迷する。支持率低迷の一因が「暖房法案」を巡る混乱だ。24年1月から新設の暖房システムで再生可能エネルギーの利用を義務付ける内容で、導入が拙速として議論が紛糾。設備投資の負担増を強いられるとして国民の反発を招いた」

     

    ショルツ政権の経済政策の不手際が、国民の不満を買っている。24年1月から新設の暖房システムで再生可能エネルギーの利用を義務付けることが、不評を買っている。割高になっているのであろう。ショルツ政権は、クリーンエネルギーに拘っている。

     

    (3)「さらに景気不安が国民の動揺を招く。欧州委員会が9月に公表した夏の経済見通しで、ドイツの23年の実質成長率はマイナス0.%と景気後退に転じる想定になった。従来の成長率はプラス0.%で、欧州主要国のフランス(1.%)やイタリア(0.%)を大幅に下回る。問題は世論の内向き志向が強まりつつある点だ。ARDの世論調査では、政治の優先課題として経済状況を挙げた回答が28%と最も多く、移民問題の26%を上回った。ウクライナ侵攻の9%を大幅に上回る水準だ」

     

    ドイツは、経済問題で混乱している。ドイツ連邦銀行(中央銀行)は19日、ドイツ産業界の中国依存による経済的リスクに警鐘を鳴らした。重要な材料の調達先として中国に依存しているドイツ企業の40%余りは、自国での生産に不可欠な材料・部品への依存度低減策を何も講じていないため、供給が途絶えれば生産は停止するとしたのだ。これは、驚く事態だ。ドイツ企業は、すっかり敏捷性を失っている。中国リスクを真面目に考えないのは、企業として失格である。

     

    (4)「目先の焦点は、10月8日のバイエルン州議会選挙に向かう。ショルツ政権は21年に発足し、SPDと環境政党「緑の党」、自由民主党(FDP)の3党連立だ。次の国政選挙は25年で、人口1300万人を抱える南部バイエルン州での大型地方選が事実上の中間選挙と位置付けられる。調査会社シベイが実施した政党別の支持率は、CDUと姉妹政党のキリスト教社会同盟(CSU)が38%と、第1党を維持する見込みだ。緑の党が14%で続き、AfDは13%とほぼ並ぶ。SPDは9%にとどまっている。SPDとCSUの両党は前回18年の州議会選から支持を伸ばせず、AfDに票が流れる可能性がある。AfDはロシアとの関係改善を訴えるだけでなく、支持者の間ではウクライナへの軍事支援に反対する声も上がる」

     

    バイエルン州議会選挙では、極右のAfDが連立政権を組む緑の党に次ぐ第3位の支持率を得ている。ショルツ首相のSPD(社会民主党)は第4位である。不人気が明らかである。

     

    (5)「かねてショルツ政権は主力戦車の供与などで他国より先行する事態を避けてきた。欧州の盟主であるドイツの決断が遅れると再び国際的な批判が高まる恐れもある。世論の支援機運が下がったままでは二の足を踏み、追加支援に動く米国や欧州各国との間で隙間風も吹きかねない」

     

    ドイツ政治の動向には、目が離せなくなってきた。ウクライナ支援疲れが背後にあるだけに、極右の進出が世界政治へ微妙な影響を与えかねない事態も予測される。

     

     

     

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    ロシアの軍事侵攻の犠牲になっているウクライナが、TPP(環太平洋経済連携協定)への加盟を正式に申入れた。ニュージーランド(NZ)外務貿易省は7月7日、ウクライナから5月にTPPへの正式な加盟申請を受け取ったことを明らかにしたもの。TPP事務局の役割を担うNZ外務貿易省によると、ウクライナは55日に加盟を申請したという。同国のゼレンスキー大統領は、5月1日にTPP加盟交渉にあたる代表団を編成する政令を発表していた。

     

    ウクライナは、2030年開催の万博でも立候補したが予備選で敗れた経緯がある。ロシアの侵攻終了後を見据えており、その準備を着々と進めているところだ。TPP加盟申請もその一環である。実は現在、ウクライナ財務省顧問として、元日本銀行勤務でIMFへも派遣された人物が、経済再建の指南役になっている。ウクライナの行政改革や汚職撲滅で種々、アドバイスをしている模様だ。

     

    ウクライナは、EU(欧州連合)加盟を熱望しているが、行政改革や汚職撲滅が最大の課題となっている。旧ソ連式の行政が改まらない限り、EU加盟は困難とされている。TPP加盟には、先進国並みの明瞭な行政が要求されるので、EU加盟準備と同時並行で改革促進のテコにしようという狙いであろう。TPPへの加盟をテコに経済復興で支援を取り付けたい狙いがあるとの指摘もされている。こういう単純なソロバン計算よりも、ウクライナがEUにも加盟しTPPにも軸足を広げたいのであろう。これによって、ロシアを上回る経済発展の礎石を作り上げて差をつけたい。そういう「負けじ魂」も感じられるのだ。

     

    ウクライナは、旧ソ連時代に鉄鋼業や造船業・宇宙産業などを手がけてきたので潜在的な工業水準は高いものがある。欧州の「パンかご」というイメージで穀物生産国である一方、工業でも見逃せない力を持っているのだ。今回のロシアによる侵攻では、ITの潜在力を生かして機動的な戦い方を独自に編み出しており、NATO(北大西洋条約機構)に舌を巻かせている。

     

    ウクライナの国際競争力ランキング(2019年:世界経済フォーラム=WEF調べ)では、85位である。インターネット自由度は22位(2022年)と上位に食い込み、ロシア(53位)を大きく引離している。この差が、ロシアとの戦いでウクライナの敏捷さに現れているのであろう。ロシア大統領プーチン氏は、このウクライナの国民性を過小評価していたと見られる。

     

    『日本経済新聞 電子版』(7月7日付)は、「ウクライナ、TPP加盟を正式申請 参加国の支援拡大狙う」と題する記事を掲載した。

     

    TPP事務局の役割を担うNZ外務貿易省によると、ウクライナは55日に加盟を申請したという。同国のゼレンスキー大統領は51日にTPP加盟交渉にあたる代表団を編成する政令を発表していた。

     

    (1)「ウクライナ経済省は5月の声明で、TPP加盟の目的に穀物以外の貿易の多様化や加工産業への外資の誘致を挙げた。「ビジネス関係を広げ、包括的な国際支援を得ることはロシアの侵略に対抗するうえでも重要だ」と述べた。NZで15~16日に開くTPPの閣僚会合では承認済みの英国の加盟手続きが完了する見通し。ウクライナの加盟申請についても協議する可能性がある。後藤茂之経済財政・再生相は7日、都内で記者団に「ウクライナがTPPの高いレベルを完全に満たすことができるかどうかについて、まずはしっかりと見極める必要がある」と述べた」

     

    ウクライナは、英国がTPP加盟で2年間要したのと比較して、もっと短期間に加入条件をクリアできる自信を見せている。その根拠は不明だが、ウクライナはEU加盟に備えて国内条件を急ピッチで整備していることで自信を深めているのかも知れない。復興後の経済で、引き続き経済制裁を受けているだろうロシアに比較して急ピッチの回復を実現させ、見返したい気持ちが強いのであろう。

     

    (2)「TPPには中国、台湾、エクアドル、コスタリカ、ウルグアイも加盟を申請中だ。加盟には全参加国の同意が必要で、英国は申請から承認まで2年以上を要した。貿易や投資、サービスなどの水準をウクライナがクリアできるかが焦点となる」

     

    TPP加盟先願組が、5カ国・地域もある。難物は中国の扱いだ。中国の産業構造は国有企業中心で、最初からTPP加盟資格を欠いている。中国は、これを承知での加盟申請である。本音は、台湾加盟阻止であろう。

     

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    米中央情報局(CIA)のバーンズ長官は7月1日、ロシアの傭兵集団ワグネルの武装反乱について、ロシア国家への挑戦であると指摘した。プーチン大統領によるウクライナ戦争が、ロシア社会を弱体化させたことを示したとも付け加えた。ロイターが報じた。こうしたロシアの混乱は、どのように後始末がされよとしているのか。ワグネル解体が、確実に進んでいるが、引受先がプーチン氏関連企業である。

     

    『ウォール・ストリート・ジャーナル』(7月3日付)は、「プーチン氏、ワグネル乗っ取りの難事業」と題する記事を掲載した。

     

    ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、首都モスクワの手前まで進軍する反乱に遭ったのに続き、史上まれに見る複雑な企業乗っ取りを指揮するという新たな試練に直面している。

     

    (1)「サンクトペテルブルクのガラス張り高層ビルにある民間軍事会社ワグネル・グループの本部は封鎖され、ロシア連邦保安局(FSB)の捜査官がその内部で捜索を続けている。先月起きた反乱を主導したワグネルの代表エフゲニー・プリゴジン氏に不利な証拠を集めるためだ。クレムリン(ロシア大統領府)の新たな支援を受ける複数の軍事会社がすでにロシアのソーシャルメディアに求人広告を出し、プーチン氏の長年の盟友だったプリゴジン氏がウクライナや中東、アフリカに配置していたワグネルの3万人の雇い兵やハッカー、資金管理者の一部を引き抜く勧誘活動を開始している

     

    ロシアの「汚れ役」を担ってきたワグネルは、プリゴジン氏の反乱で取り潰しが始まっている。ワグネルは消えても新たな傭兵部隊が、ワグネル兵士の残党を勧誘している。ロシアの傭兵依存体制は変わらない。

     

    (2)「従業員の話やウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が確認したテキストメッセージによると、プリゴジン氏の保有するメディア・グループ「パトリオット」のコンピューターやサーバーが、ロシアの法執行機関によって市内各所で押収された。パトリオットは、同氏のメディア帝国(かつてロシア政府の意向に沿ったメッセージを大量にソーシャルメディア・チャンネルに流し、2016年の米大統領選挙で混乱を巻き起こした情報工作組織「インターネット・リサーチ・エージェンシー」も含まれる)の重要な部分を構成している」

     

    プリゴジン氏の保有するメディア・グループ「パトリオット」は、2016年の米大統領選挙で混乱を巻き起こした情報工作も担った。これもロシア当局に押収された。

     

    (3)「テキストメッセージによれば、パトリオットの新オーナーとなる可能性が高いのは、ロシアメディア大手のナショナル・メディア・グループだという。同グループの会長を務める元新体操選手アリーナ・カバエワ氏は、米国が経済制裁の対象としており、プーチン氏の少なくとも3人の子の母親とみられている」

     

    「パトリオット」の新オーナーは、プーチン「夫人」とされているカバエワ氏が会長を務めるロシアメディア大手のナショナル・メディア・グループと見られる。プーチン氏は、ワグネルを解体しても、身内に利益が及ぶように配慮している。

     

    (4)「1858年に東インド会社を解散させた英国が、遠方の植民地を直接統治することにしたのを最後に、ワグネルに匹敵するほどの企業帝国を一国の政府がのみ込もうとする事例は世界中で他に類を見ない。ワグネルはロシアが国際的な影響力を高め、資金集めをするための手段であり、プリゴジン氏の持ち株会社「コンコルド」が全てを管理していた。プーチン氏は自らの支援で形成された企業モンスターを今、支配下に置こうとしている西側諸国・中東・アフリカの当局者やロシアからの亡命者の話、ワグネル傘下企業100社余りの詳細を記した文書からその実態が見えてきた」

     

    下線部は、重要な指摘である。プーチン氏が、プリゴジン氏に代わってワグネルの残した組織を丸抱えしようとしていることだ。これが、今後のプーチン氏の政治生命にどのように影響するかである。

     

    (5)「ロシアは6月24日、治安当局が複数のコンコルド子会社に家宅捜索に入った。当局はピストルや偽造パスポート、企業数百社の詳細な図表、4800万ドル(約69億円)相当の現金や金の延べ棒などが見つかったとしている。ワグネルの雇い兵に自国の治安を任せていたアフリカ・中東諸国は、ロシア当局からプロの殺し屋部隊がもう独立して活動することはないと告げられた

     

    アフリカ・中東諸国は、ワグネルへ治安を任せてきた。ロシア当局は、ワグネルがこれら諸国の意思に反した行動をしない、と通告したという。ロシア傭兵部隊が、追い出されることを警戒し、「恭順の意」を示した形である。権益は離さないという意思表示であろう。

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    ウクライナ南部ヘルソン州のカホフカ水力発電所ダム破壊は、人道上も許されない卑劣な行為である。カホフカ水力発電所は、ロシア軍が支配していた場所だ。そこで起ったダム決壊は、仮に自然崩壊としても管理責任はロシア側にある。

     

    ロシア側が、蛮行に訴えなければならないほど、ロシア軍には勝利への見通しが立たないのであろう。こうした追い詰めた状況下で、ロシアは手段を選ばず手当たり次第に蛮行を重ねている。今後も、何をするか分らない「暗黒部分」が存在することに注意をしなければならなくなった。

     

    『フィナンシャル・タイムズ』(6月8日付)は、「ロシア戦争犯罪疑惑深めたウクライナのダム決壊」と題する社説を掲載した。

     

    ウクライナへの侵攻を開始して以来、ロシア軍は同国で数知れぬ残虐行為を犯してきたが、南部ヘルソン州にあるカホフカ水力発電所のダム破壊は最も非道な行為の一つだ。構造上の問題による決壊である可能性も否定できない。しかし、どう分析してみても、ウクライナよりもロシアの方が得るものが大きいということは明白だ。

     

    (1)「洪水を起こす目的で意図的にダムを破壊するというのは、ロシアの戦略に沿った行為だ。この出来事は、ウクライナが待望の反転攻勢を仕掛けようというタイミングで起こった。ロシアは、ウクライナの士気と戦闘能力を低下させようと、主要なインフラに攻撃を加えてきた。ウクライナの領土に対しては焦土作戦を実行してきた。これがもし構造上の問題による決壊であるならば、ロシアは、何カ月も前の戦闘でダメージを受けたダムの修復を怠り、最近の異常に高い水位を放置していたことから、過失の罪に問われるべきだろう

     

    下線部のように、ダムを支配していたのはロシアである。ロシアが全責任を負うべき事態だ。

     

    (2)「ロシアは、ウクライナの「テロリスト」を非難するプロパガンダを展開しているが、ウクライナ側がダムの破壊から得られるものはほとんどない。決壊によってクリミアへの水の供給に影響を与えられるかもしれないが、2014年のロシアによる一方的な併合以降、クリミア半島は、この水源からの水の供給なしでしのいできた。ドニプロの東側のロシア軍の要塞が洪水に見舞われるだろうが、ウクライナ軍にとってはドニエプル川を越えて南下する進軍が困難になる」

     

    ダム破壊で、ウクライナが得られる利益は全くない。逆に損害を被っている。

     

    (3)「ダムの決壊により、何十もの町や村が破壊され、何千人もが家を失い、広い地域にわたって家庭や産業への水やエネルギーの供給に支障が出ると予想される。すでに水力発電所が1つ破壊されており、さらに上流にあるいくつかの発電所にも危険が迫っている。ダムの貯水池から冷却水を取水するザポロジエ原子力発電所は今のところ無事のようではある。さらに、ウクライナの主要穀倉地帯の広い範囲で灌漑システムが混乱する。こうしたことを考えると、戦後の復興費用を大幅に増加させるダムの破壊をウクライナが行ったと考えるのは無理がある」

     

    ウクライナは、ダム破壊で膨大な損害を被った。ウクライナの主要穀倉地帯の水害だけに受ける被害は甚大である。こういう視点からも、ウクライナがダム破壊を行ったとするロシアの主張には、全く合理性がない。

     

    (4)「総合的に見ると、カホフカ水力発電所のダム破壊は、これからのウクライナによる反転攻勢に打撃となった。ウクライナの最大の軍事的な目標と目されている南部クリミアとロシア本土をつなぐ橋を断つ作戦を困難にする。これこそが、ロシアがウクライナ侵略から得た最大の戦略的、象徴的な戦果だ。ウクライナによる南部の主要な反攻が、ドニエプル川を渡る作戦である可能性は低い。しかし、ダムの決壊により、道路の横断が不可能になり、川幅がさらに広がり、その東岸が浸水してしまったがために、ウクライナ軍がこの地域を足場に攻撃して、ロシア軍を足止めすることは、当面は、ほぼ不可能になってしまった。一方、ロシア側は、ウクライナが反攻の焦点にせざるを得なくなったザポロジエ州やドンバス地方南部に兵力を集中できる。900キロに及んでいた前線は、実質的に短縮された」

     

    ダム破壊で受けるロシアの軍事的利益は計り知れない。ウクライナ軍のドニエプル川を渡る作戦の可能性は低く、ロシア軍は防衛線を短縮できるからだ。ただ、ウクライナ軍がこの逆境をどう跳ね返すかという「可能性」もないではあるまい。

     

    (5)「ウクライナを支援する西側諸国はこのことをよく考えるべきだ。カホフカ水力発電所のダム破壊は、ロシア軍には自らの欠点を補うための作戦を遂行する能力があり、プーチン大統領はどこまでも過激な手段を取る覚悟があることを示唆した。ウクライナが形勢逆転の大戦果を上げる可能性は否定できない。しかし、西側諸国が、戦況の決定的な転換が数カ月以内に起こることを期待するならば、腰を据えてウクライナ支援を続ける覚悟が必要だろう」

     

    プーチン氏は、元KGB(ソ連スパイ)出身である。残酷なことを平然と行う訓練を受けてきた人物だ。実際、大統領就任後にもいくつかの事件が、プーチン氏の指令で行われたと報道されている。これからも、ウクライナで何が起るか分らない不気味さを残している。

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    ウクライナはついに今週、長く予想されてきた反撃を開始したのだろうか。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、「ウクライナの反撃が始まったと、我々は断言できる」と、9日にビデオインタビューの中で語った。ウクライナは軍事用語で「形成作戦」と呼ばれる、前線のはるか後方にあるロシア軍の重要な物流拠点を長距離砲やミサイルで攻撃し、本格的な作戦の開始前に自軍に有利な状況をつくる作戦を実施している。

     

    英『BBC』(6月10日付)は、「ウクライナの反転攻勢ついに開始か 数カ月の準備経て」と題する記事を掲載した。

     

    (1)「現在、いわゆる『戦闘偵察段階』がすべての前線において行われている」と、ウクライナ安全保障協力センターの共同設立者兼会長セルヒィ・クザン氏は、BBCに語った。「つまり、ロシア軍の防衛体制に探りを入れているということだ」。いくつかの動画や証言から、この作戦は開始直後からトラブル続きだった様子がうかがえる。「小さな損失だけで成功する場所もあれば、ロシアに反撃されてあまりうまくいかない場所もある」と、クザン氏は述べた。クザン氏は、ウクライナ軍が偵察作戦を展開しているのはどれもザポリッジャ州の南だと述べるにとどまり、具体的な町の名前は伏せた」

     

    ウクライナ軍が狙う地域は、「ザポリッジャ州の南」である。そこからアゾリア海へ出てロシア占領地域を分断する、模様だ。

     

    (2)「ウクライナ南部ヘルソン州のロシア支配地域では6日、ノヴァ・カホフカ市にあるカホフカ水力発電所のダムが決壊し、世界の注目が集まった。ロシア政府は関与を否定しているが、タイミングが偶然重なった出来事ではなさそうだ。カホフカ・ダムとその陸橋は、ロシア軍の態勢をどう崩せるか方法を模索しているウクライナ軍にとって、攻撃ルートになり得るものだった。ダムを支配していたロシア軍がこれを爆破し、ウクライナの軍事作戦のひとつを阻止した可能性は非常に高いように思える。ウクライナ政府はすでに、ロシアとの前線各地の中で特にこの場所に関心を抱いていると、明らかにしていた」

     

    爆破されたダム堰堤は、ウクライナ軍の有力攻撃ルートであった。ロシア軍は、これを察知して爆破したと見られる。ウクライナ側には爆破する動機がないのだ。

     

    (3)「イギリス国防省8日朝の時点で、「前線の複数の場所で激しい戦闘が続いている」とし、大半の地域でウクライナが「主導権を握っている」とした。ウクライナ政府関係者は通常、進行中の作戦について多くを語らない。しかし、現状についてはいくつか興味深い断片を示している。ハンナ・マリャル国防次官は、ザポリッジャから約65キロ南東のオリヒフ村周辺でロシア軍が「積極的に防衛している」と思わせぶりな発言をした。この前線をいずれウクライナは突破しようとするはずだと、多くのアナリストは予想している。「南部に集中する敵軍への補給路となっている陸の回廊を断ち切ること。これが我々の主な目標の一つだというのは、秘密でも何でもない」と、前出のクザン氏は言う。ウクライナ軍は、クリミアへ至るロシア占領地の陸の回廊を寸断させようとしている」

     

    下線部のザポリッジャから約65キロ南東地域が、攻防戦になりそうだ。ここを突破して、クリミアへ至るロシア占領地の陸の回廊を寸断させる狙いをつけている。

     

    (4)「この戦争で特筆して長く激しい戦闘が続くバフムト市の北と南からの映像では、ウクライナ軍が前進しているように見える。マリャル国防次官は「複数の位置で200~1100メートル」前進したと述べた。この動きはいずれバフムトを包囲し、市内を占領するロシア軍部隊を捕らえるための作戦かもしれない。イギリス国防省が言うように、「きわめて複雑な作戦の様相」なのだ。しかし、これはウクライナの反転攻勢がすでに劇的な新段階に入ったことを意味するのか?ウクライナ国家安全保障・国防会議のオレクシー・ダニロフ書記は7日、新たな攻撃に関する報道を否定。「どれも正しくない」とロイター通信に話した。「ウクライナが反転攻勢を開始すれば、誰もが知ることになる。誰もが目にする」とダニロフ氏は述べた」。

     

    バフムトでは、ウクライナ軍がロシア軍を包囲し捕虜にする戦術を展開している。それまでは、隠密作戦で臨み一挙にたたみ込む戦術のようだ。

     

    (5)「ウクライナ軍にはかなりの厳しい制約もかかっている。とりわけ、空からの援護ができる戦闘機がないことが、大きな問題だ。「そのために我が軍はゆっくり前進して、防空システムを近づけている」のだと、クザン氏は言う。もうひとつの制約は、時間だ。きたる反転攻勢は長く続いても5カ月間だ。その後は秋の雨によって地面は再び、大型の装甲車が移動できない状態になる」

     

    ウクライナ軍は、制空権がないことと秋の雨期に入るまでの5ヶ月間で、結果を出さなければならない。そのための準備を過去半年も行ってきた。ロシア側がいうように派手な戦い方ではない。潜行しながら一挙に浮上する。そういう地味な戦いになりそうだ。

     

    (6)「作戦成功とは、どういう状態を意味するのか。仮にウクライナがロシアの戦線を、アゾフ海まで突破できたとする。その場合、そこから西に位置するすべてのロシアの部隊は、クリミア半島を通過する補給線に依存しきっているだけに、今よりはるかに弱体化する。そうなれば、あとはロシアとクリミアを結ぶケルチ大橋を破壊し続いて、クリミアへ補給物資を運ぶ船舶や飛行機を攻撃するだけだと、クザン氏は言う」

     

    作戦成功は、アゾフ海まで突破してクリミア半島のロシア軍を孤立させることである。この段階で、外交交渉が始まるようにも見える。

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