勝又壽良のワールドビュー

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    ロシアは、超短期間で終わるはずだったウクライナ侵攻が長引き、その上に想像以上の経済制裁が加わって、経済は泥沼に入っている。物価の高騰が、国民生活を直撃しているのだ。これに対応して、最低賃金の大幅引き上げと年金支給額を二度も引上げるなど、国民の不満を和らげるべく全力を挙げている。

     

    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(7月5日付)は、「ロシア国民に制裁の痛み、特効薬は現金支給」と題する記事を掲載した。

     

    ロシアは西側諸国の制裁による影響を取り繕うため、石油やガスで得た数十億ドルに上る資金を国内にばらまいている。この資金は、制裁がロシア市民にもたらす痛みを和らげている。だが、ロシア経済は西側諸国を大幅に上回る高インフレに見舞われているほか、供給不足で生産が大きく落ち込んでいる。政府やエコノミストらの予測では、今年の国内総生産(GDP)は10%縮小すると見込まれている。

     


    (1)「ロシア政府当局者の間では、多額の戦費をつぎ込む一方で経済を刺激しようとする政策がもたらす代償について、懸念する声が聞かれ始めている。ロシア政府は、子どものいる家庭、妊婦、公務員、年金受給者にカネを支給している。一方、不動産開発業者から航空会社まで幅広い企業も、主にウクライナ侵攻に伴う原油価格の高騰による恩恵を受けている。財務相によると、今年の連邦支出はウクライナ侵攻前の予測を約12%上回り、財政収支は赤字になるとみられている。一方、景気刺激策はプーチン大統領と侵攻への支持を固める効果がある。プーチン氏はそれにより、制裁がロシアよりも西側諸国を苦しめていると主張できるからだ」

     

    ロシア経済は、資源高で潤っているイメージだが、経済制裁によって急激なルーブル高が起こっていることを忘れてはいけない。年初から6月29日までにルーブルは対ドル相場で41%も急騰している。国際通貨の中で、最大の値上りだ。ロシア中銀は、為替介入したくても経済制裁で取引を禁じられているので、それもできない状態である。

     


    (2)「プーチン大統領は、「国家のあらゆる社会的義務を果たすだけでなく、市民とその所得を支える、より効果的なメカニズムを作り出す」と約束し、さまざまな刺激策を推進してきた。政府は最低賃金を10%引き上げたほか、年金支給額を2度にわたり合計20%近く増額した。最も大きな打撃を受けたロシア企業の多くは、政府からの資金援助や、補助金付き融資、倒産回避策など、さまざまな支援を受けている。航空会社に対しては政府が収入減を補てんしている。ロシア連邦航空局は「この措置により、国内航空会社の旅客数は昨年の水準に保たれ、国民に手頃な価格で空の旅を提供できる」としている」

     

    ロシア政府は、最低賃金を10%、年金支給額を都合20%も引上げて物価高に対応している。それだけでない。企業まで資金援助や補助金付き融資などを行なっている。政府の現金バラマキで不満を抑えているのだ。

     


    (3)「ロシアは石油と天然ガスの販売収入が1日当たり10億ドルに上るにもかかわらず、予算は社会支出や戦争費用で圧迫されている。アントン・シルアノフ財務相は5月の政府会合で、2022年は財政赤字の対国内総生産(GDP)比が2%に達するとの見通しを示した。それまでは黒字を見込んでいた。ミハイル・ミシュスティン首相によると、ロシアの政府支出は今年14月に前年同期比25%増加した。しかし、それ以降はデータがなく、資金の使途に関するデータの公表を取りやめている」

     

    下線のように、石油と天然ガスの販売収入が1日10億ドルでも、ルーブルの41%が為替相場高で消えている。ここを、間違えてはならない。今年の財政収支は、当初の黒字予想が一転して、対GDP比で2%の赤字に陥るほど。

     

    (4)「税収が減っているのは、経済が悪化しているためだ。資本規制、高金利、輸入不足によって押し上げられたルーブル高の結果、ドル建ての石油輸出で得る収入が、ルーブル建てでは目減りすることになる。政府は、石油や天然ガスによる収入を積み立てている国民福祉基金から資金を取り崩し、経済活性化に振り向けている。ロシア政府は、エネルギー生産からの収入を増やす取り組みを続けているようだ。71日には、巨大な石油・天然ガスプロジェクト「サハリン2」の国際コンソーシアムを掌握。その前日には、ガスプロムが年間配当を見送ると発表した。ガスプロムに対する課税を大幅に引き上げる法案がロシア議会で審議されている」

     

    国民福祉基金(石油や天然ガスによる収入を積み立て)から資金を取り崩していることは、財政が悪化している証拠である。国営石油企業ガスプロムは配当を見送り、さらに課税を増やす辺りにロシア財政の苦境ぶりが分る。

     


    (5)「それでも、ロシアの経済データは欧米諸国よりはるかに悪い。インフレ率は17.8%でピークを打ったが、依然として16.7%の水準にある。プーチン氏は6月の演説で、「この数字は高すぎる。16.%は高いインフレ率だ」とした上で、「われわれはこの問題に取り組まなければならない。いい結果を出せると確信している」と述べた。ロシア統計局によると、5月の製造業生産は2カ月連続で減少した。自動車生産台数は1年前の3分の1強まで落ち込んでいる」

     

    ロシアの消費者物価上昇率は、16.7%と目玉が飛び出るほどの状況に悪化している。経済制裁で部品や素材の輸入が禁止されているので製造業も不振だ。自動車生産も3割の水準に落ちている。これらが、物価押上げ要因になっている。

     


    (6)「政府はIT専門家向けに5%の低金利住宅ローンを提供し、新築住宅購入者には補助金付き住宅ローンを提供してきた。しかし、ロシア中央銀行のデータによると、5月の住宅ローン発行件数は、前年同月の4分の1にとどまった。それでも、政府の取り組みは、経済に対する信頼感を支える上で役立っている。モスクワのレバダ・センターが6月に行った世論調査では、「今が最も困難な時期」と考えるロシア人の割合は3月以降、16%から28%に増加した。しかし、状況が悪化すると予想する人は54%から48%に減少した」

     

    なぜ、IT専門家向けに5%の低金利住宅ローンで優遇するのか。もともと、ロシアで不足しているIT専門家が、今回のウクライナ侵攻を嫌気して国外へ出てしまっているからだ。その数は、500万人を超えると指摘されている。5月の住宅ローン発行件数は、前年同月の4分の1と惨憺たる状態である。国民の不安心理の高まりを浮き彫りにしている。

    テイカカズラ
       


    欧米企業は、ロシアからの撤退方向で流れは一本化されているが、日本企業は残留する意思が圧倒的である。撤退は、全体の4%に過ぎない。撤退すれば、ロシア政府に接収されることは確実である。その後釜として、中ロの企業が乗り込んでくることも明らか。日本政府は残留方向で旗を振っている。投資規模が大きいだけに、むざむざと中ロ企業の手に渡したくないという「意地」も見え隠れしている。

     

    『毎日新聞』(6月17日付)は、「『撤退か残留か』ロシア進出の日系企業の悩みとは」と題する記事を掲載した。

     

    ロシアに進出している日系企業のうち、現地からの撤退を表明したのは全体のわずか4%にとどまることが、日本貿易振興機構(ジェトロ)の調査で明らかになった。ロシアのウクライナ侵攻を受け、米マクドナルドや仏ルノーなどがロシア撤退を表明している。これに対して、撤退を表明する日本企業は少ない。取材を進めると、ロシアという特異な市場でビジネスを行う日本企業の複雑な立場が浮かび上がった。

     


    (1)「ジェトロによると、ロシアに進出している日系企業で、「モスクワ・ジャパンクラブ商工部会」と「サンクトペテルブルク日本商工会」に所属する企業は211社ある。多くは自動車メーカーや商社など大企業だ。ジェトロはこの211社を対象に5月、四半期に1度の景況感調査を行い、90社から回答を得た。その中で「今後12年の事業展開見通し」を尋ねたところ、「ロシア撤退」を表明したのはわずか4%。残る96%の企業は規模を縮小するなどしても撤退せず、残留する意向を示した」

     

    規模を縮小しても、ロシア残留希望が強い企業が96%と圧倒的である。撤退すれば、中ロ企業が後釜の座ることが目に見えているだけに、意地でも頑張ろうというのであろう。

     

    (2)「民間調査会社の帝国データバンクがロシアに進出する日本の上場企業168社を対象に5月に行った調査では、「完全撤退」を表明したのは3社にとどまった。撤退は全体の約  2%で、ジェトロの調査と傾向は同じだった。ロシアからの撤退を表明した日系企業が4%と少ない現状について、ジェトロは「外国企業がロシアから撤退した場合、ロシア政府が接収するという法案がロシアの上下院で審議中のため、日系企業は考えあぐねているのではないか」(海外調査部欧州ロシアCISか)とみている」

     

    帝国データバンクの調査でも、同じような結果が出ている。日本企業は、ロシア市場と相性が良いのだろう。成長性を見込んでいるに違いない。

     


    (3)「法案が成立すれば、日本企業が撤退した場合、工場の生産設備をロシアや中国など第三国が取得する可能性が高い。仮にウクライナとの問題が終結した後にロシア市場に再参入しようとしてもハードルは高くなると日系企業は考えているようだ。ロシア極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン12」では、大手石油会社の米エクソンモービルと英シェルは撤退を表明した。しかし、日本政府は67日に閣議決定した「エネルギー白書」で「日本が撤退し、権益をロシアや第三国が取得する場合、有効な制裁とならない可能性がある」として、権益を維持する考えを表明している日系企業の多くも同様に「ロシア撤退で自社の工場が接収されるくらいなら、今は『忍』の一文字で、今後の推移を見守った方がよい」(関係者)と考えているという

     

    日本政府は、日本企業がロシアから撤退しても、他国が権益を維持すれば事業が継続されるので、何ら制裁にはならないという理由である。日本企業以外の企業は存在しない場合、撤退すれば制裁になる。ライバル企業の存在する状態では、撤退による圧力にはならないのだ。

     


    (4)「エクソンモービルやシェルなど世界市場でビジネスを展開する欧米企業は、ロシア市場を失う損失は相対的に少なく、むしろロシア市場に残ることによる「レピュテーションリスク」(企業の信用やブランド価値の低下)を気にしているようだ。ロシアにはトヨタ自動車、日産自動車、マツダ、三菱自動車など自動車メーカーやブリヂストン、横浜ゴムなど自動車関連の製造業が多く進出している。武田薬品工業、ユニ・チャームなど業界を代表する企業も多い。これらの企業の多くは現地生産や販売を一時停止し、駐在員も大半が帰国しているが、正式に撤退を表明した著名企業は見当たらない」

     

    ロシア市場に残ることで生じる「レピュテーションリスク」も、無視できない要素である。このリスクを重視すれば、撤退方向も選択されるが、現状は「様子見」である。

     


    (5)「ロシアは人口が1億4000万人で、市場としては有望とする見方があった。自動車など工業製品のほか、近年は健康食ブームに乗った日本食や若者にはアニメーションなどの人気が高く、「日本の商品に愛着をもってくれる消費者がある程度いる」(ジェトロ海外調査部)という。ロシア市場には中国や韓国、トルコなども積極的に進出し、日本とライバル関係にあった。現地の日本人駐在員の中には「ここで撤退するのはビジネスチャンスの損失」と感じる人も多いという」

     

    現地で市場開拓してきた関係者の立場からすれば、撤退という選択は「最後の最後」の手段であろう。現状では、事業をストップしているが、今後のロシア経済が深刻な事態に陥るかどうか。その見極めを付けてから最終判断しても遅くはない。

     

     

     

    ムシトリナデシコ
       


    ロシアへ経済制裁が始まって3ヶ月経った。ロシア国民の市民生活は、着実にその影響が現れている。エアバッグ不足で、新車ではこれが装備されないままで販売許可が出た。便器も不足している。映画作品の輸入禁止で,映画館は9年前のハリウッド作品を上映するほどの苦境に立たされている。

     

    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(6月3日付)は、「制裁下ロシアでエアバッグ不足 便器・映画も」と題する記事を掲載した。

     

    西側諸国の制裁が、ロシアの消費者に打撃を与え始める中、在庫は底をつきつつある。企業や消費者は、価格が7倍に跳ね上がった自動車部品など希少な製品を購入したり、古い映画や品質の劣る代替品で済ませたりしている。

     


    (1)「状況はさらに悪化しそうだ。物資の不足は、ロシアのウクライナ侵攻を受けた西側諸国による制裁の影響を測る現実世界の指標となっている。エコノミストたちは、ロシアが今年、深刻なリセッション(景気後退)に陥ると予想しているが、ロシア政府はこれまでのところ、値上がりした石油・ガスを売却して得た資金で打撃を和らげることができている」

     

    エコノミストは、今年のロシア経済が深刻なリセッションになると見ている。制裁による部品不足で生産が止まることや、消費の手控えによってロシア経済がマイナス10%を超える急落は不可避の事態になっている。

     

    (2)「ロシアの新たな「物不足経済」が姿を現し始めるにつれ、長年にわたり西側諸国からの輸入に大きく依存してきた同国経済が直面する課題が浮き彫りになっている。プーチン大統領は、西側諸国の経済的な電撃戦は失敗していると主張して、戦争の影響を小さく見せようとしている。政府は何年にもわたって芳しい結果が出ていないにもかかわらず、輸入代替政策を強化している。輸入代替政策は、外国製品を自国製品で置き換えようとするものだ」

     

    耐久消費財の半分近くが、輸入依存である。これが杜絶する影響は甚大だ。価格高騰は必至である。輸入代替政策が、軌道に乗らなかったのである。

     


    (3)「一部の当局者は、ロシア経済が直面する問題や長期的課題を認識し始めている。ロシア中央銀行のアナリストは工業化退行の時代、つまり、高度でない技術に基づいた経済成長の時代が来ると予想している。ロシアのアンドレー・クリシャス上院議員は、輸入代替政策は失敗していると述べる。クリシャス氏は先月、対話アプリのテレグラムに、「分野別の誇張された報告以外に見るべきものは何もない。国民は消費財やその他の多数の分野で、こうしたことを目にしている」と書き込んだ」

     

    ロシア中銀のアナリストは、工業化退行時代が来ると指摘する。「ロウテク時代」である。輸入品でハイテク時代を味わったが、再びロウテク時代へ逆戻りする。

     


    (4)「航空会社は部品不足のため、使用する機体を減らさざるを得なくなっている。ロシアを代表する航空会社アエロフロート・ロシア航空傘下の格安航空会社ポベーダ航空は、使用しているボーイング737―800型機の数を41機から25機に減らした。新たな供給経路が見つかるまで予備の部品在庫がもつようにするためだ。ロシア最大の航空機メーカーである国営の統一航空機製造会社(UAC)は4月、1990年代に運航を開始した長距離ジェット機「Tu-214」の増産を発表した。Tu-214はロシアでサービスを中止したボーイングやエアバスの航空機に代わるものとして必要とされているほか、UAC自身の新型高性能機の部品が不足しているという理由からも、必要とされている」

     

    航空会社は、部品不足で使用する機体を41機から4割も減らしている。ロシアは、1990年代に国産したTu-214が、再登場するという。まさに、1990年代への逆戻りである。

     

    (5)「ロシアの空港でつくる協会は先月、運輸省に対し、空港の保安検査機器が法定上の使用期限に達しつつあると警告した。協会は、政府が使用期限を延長しない場合、保安検査スタッフは乗客とその荷物を手作業で検査しなければならなくなるとしている。こうした機器を国産品に代えるには少なくとも5年かかるという」

     

    空港の保安検査機器が、法定上の使用期限が到来する。そうなるとスタッフは、乗客とその荷物を手作業で検査しなければならなくなる。

     


    (6)「映画業界では、古いハリウッド映画やソ連時代の映画が再上映されている。ウォルト・ディズニー、ソニー・グループ、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーがロシアでの新作映画の配給を停止したためだ。映画の再上映では赤字を食い止められていない。ウラル地方と西シベリアで映画館チェーンを展開するオーナーによれば、2月24日のウクライナ侵攻以降、観客数は70~80%程度減少している」

     

    映画館は、米国から新作映画が輸入できないので、9年前の作品を再上映している。観客は7~8割減だ。

     

    (7)「政府統計によると、ロシアの自動車生産台数は4月に前年同月比で61%減少した。部品不足の影響だとみられる。政府は5月上旬、自動車に関する規制を緩和した。これにより国内で生産される乗用車は、エアバッグやABSセンサー、操縦性向上のための電子安定制御技術を搭載しなくても販売できるようになった。こうした車はまだディーラーには届いていない。ロシアの自動車情報誌「speedme」の編集者ニキータ・ノビコフ氏は、ロシアの自動車業界が最高級車を生産できるようになる夢の実現は、少なくとも10年は先送りされたと話した」

     

    エアバッグやABSセンサーが、装備されない新車が発売される。輸入杜絶の結果である。ロシアで最高級車が生産できる時期は、少なくとも10年先送りされた。

     

    (8)「ウクライナ国境に近いロシア南部の都市ブリャンスクにある自動車修理店のオーナー、イゴール氏(36)によると、乗用車を修理に出さなくなった人もいるという。同氏の顧客は、スペア部品の価格上昇と、今では欧州製よりも一般的になっている中国製・トルコ製部品の品質の低さによって、購入意欲をそがれている。かつては2000ルーブル(約4000円)だった部品の価格が、今は1万5000ルーブルになっているという。イゴール氏は、ソ連崩壊直前の時期ほどの物不足にはならないとみるが、国民は物不足経済を実感するだろうと話した。「商品棚が空っぽになることはない。しかし、棚に商品があってもわれわれには買えなくなるだろう」と」

     

    自動車部品価格は、7倍を超えている。修理を断念する顧客も出てきた。棚に商品があっても顧客には買えなくなるだろうと、悲観的である。

     

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    『日本経済新聞 電子版』(5月14日付)は、「ロシア軍、第2の都市ハリコフから撤退 地元市長」と題する記事を掲載した。

     

    ウクライナ北東部ハリコフのテレコフ市長は14日、ロシア軍が市街地から対ロ国境方面に撤退していると英BBCに語った。ハリコフではウクライナ軍の攻勢が続いており、米シンクタンクの「戦争研究所(ISW)」は13日に「ウクライナはハリコフの戦いに勝利したように見える」と分析していた。

     

    (1)「ハリコフは、ウクライナ第2の都市で、ロシア国境から約50キロメートルの位置にある。2月24日のウクライナ侵攻開始当初から攻撃されており、テレコフ市長は「ロシア軍はハリコフを絶え間なく砲撃していたが、国境方面に追い返すことができた」と話した。ISWは「首都キーウ(キエフ)を占領しようとしたロシア軍にしたように、ハリコフ周辺からもロシア軍を追い出した」と指摘している。ウクライナのゼレンスキー大統領は13日、ビデオメッセージで「ハリコフ地方の段階的な解放は、我々が誰一人も敵に委ねないことを証明している」と強調していた」

     

    ウクライナ軍は、西側諸国からの武器支援でロシア軍を押し返している。米軍から提供された榴弾砲が威力を発揮しているという。

     


    ロシア軍が、ハリコフから撤退したのはドネツ川の渡河作戦に失敗した結果と見られる。『読売新聞 電子版』(5月14日付)は、次のように報じている。

     

    (2)「米英の国防当局は13日、ウクライナ東部ドンバス地方(ドネツク、ルハンスク州)の制圧を目指すロシア軍が渡河作戦中にウクライナ軍の攻撃を受け、重大な損失を被ったことを明らかにした。露軍が渡河を試みたのはルハンスク州西部のドネツ川。ウクライナ軍はSNSで、露軍部隊の渡河を9回阻止し、計70台以上の戦車や装甲車などを破壊したと説明した。米国防総省高官は、露軍は渡河作戦の失敗で兵力をウクライナに送り込めず、「苦戦の要因にもなっている」と指摘。ドンバス地方制圧を目指す露軍の作戦に、当初の計画より少なくとも2週間の遅れが生じているとの分析を示した。英国防省は、「戦果を示さなければならない露軍司令官の重圧を物語っている」とした」

     

    ロシア軍が、圧倒的な武器・兵員を擁しながら、劣勢のウクライナ軍に苦戦している理由は、ウクライナ軍の機動的な戦い方にあるという。

     


    米『CNN』(5月10日付)は、「
    米陸軍の退役少将に聞く、ウクライナが勝利するために必要なこと」と題する記事を掲載した。

     

    米特殊作戦軍を欧州で率いた経歴を持つ陸軍の退役少将のマイク・レパス氏は、過去6年間、米政府から請け負う形でウクライナ軍への助言を行ってきた。先月はポーランドとウクライナ西部を訪れ、ウクライナでの戦争の道筋に関するより深い知見を得た。

     

    (3)「なぜロシアは、あまりうまく機能しない戦闘モデルに固執するのか?彼らは、戦い方において融通が利かないからだ。言ってみれば、彼らがウクライナでの戦争の開始当初試みたのは奇襲だった。迅速な攻撃で首都キーウ(キエフ)を奪取しようとしたがうまくいかず、コテンパンにやられた。そこで火力のすべてを東部と南部に振り向け、大規模な砲撃を実施した。標的を狙うか、または接近経路に沿う形で砲弾を撃ち込んだ。目の前のものをほぼ全て破壊してから、彼らは整然と進軍していく。つまりこれは機動戦ではなく、火力による消耗戦にほかならない。火力を基調にした軍隊は、我々西側諸国のそれと正反対だ。我々の軍隊は機動力に基礎を置いている」

     

    このパラグラフで指摘されている点は、すべて納得である。ウクライナ市街地が砲撃によって、これでもか、これでもかと言うほど破壊され尽くされている。これは、ロシア流の戦い方によるもので火力を基調にした軍隊である。一方、西側諸国の戦い方はそれと正反対である。西側軍隊は、機動力に基礎を置いている,と強調する。先に指摘したように、ロシア軍がドネツ川の渡河作戦に9回も失敗し、計70台以上の戦車や装甲車などを破壊された。これは、西側軍隊の訓練を受けたウクライナ軍の典型的な機動力による反抗作戦の結果であろう。

     

    (4)ウクライナで、新たにロシア軍の指揮を執るアレクサンドル・ドゥボルニコフ司令官は徹底して火力を基軸とする消耗戦の申し子だ。機動戦を戦うタイプではない。生涯でやってきたあらゆることをするだろう。行く手にあるすべてを爆破・破壊して、兵士を送り込むだろう」

     

    ロシア軍で新たに任命された総合司令官ドゥボルニコフ氏は、徹底して火力を基軸とする消耗戦の申し子で、機動戦を戦うタイプではないという。となれば、ロシア軍は火力を消耗し尽くせば、自ずと戦闘力が落ちる運命のようである。早く、平和が訪れて欲しいと願うばかりだ。

     

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    21世紀の現在、自国の安全保障の「邪魔」になるから隣国を侵略するとは驚きである。古代と変わらない強者の論理だ。ロシアが、隣国ウクライナを侵攻したのは、まさに強者の論理そのものである。「一寸の虫にも五分の魂」という言葉の通り、相手を敬う心を失った悲劇と言うほかない。

     

    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(5月2日付)は、「ウクライナ蔑視するロシア、根深い歴史の潮流」と題する記事を掲載した。

     

    (1)「ウクライナ人は実在せず、ウクライナ国家は人為的に生み出されたもの」との考えは、ロシアの文化、文学、政治の主流として古くから存在する。ウラジーミル・プーチン露大統領のウクライナに関する見解も例外ではない。これらは長い伝統に基づくものであり、ロシア市民の間でなぜ今もウクライナ侵攻に対する支持が途絶えないのかを理解する一助となる」

     


    ロシアの文化、文学、政治の主流では、ウクライナ蔑視が伝統的な流れである。これこそ、肌で知っているウクライナ人が、今回の侵攻に対して敢然と立ち向かい,一歩も引かない戦いを続けている原動力であろう。この一事だけでも、ロシアは不利な戦いである。

     

    (2)「ロシアの歴史的な解釈や文学の伝統において、ウクライナ人は愚かだが、気のいい小作人であり、おかしななまりで話すと描かれることが多い。また将来の独立志向は外国の陰謀の産物でしかないとされている。ロシアから移住してきた両親を持つキーウ出身の作家ミハイル・ブルガーコフは、自身の作品の中でウクライナ語をばかにしている。画家のカジミール・マレービッチやソビエト宇宙開発の父セルゲイ・コロリョフら、芸術や科学の分野で誰もが認める実績を残したウクライナ出身者は、ロシア人として位置づけられている

     

    ロシアでは、ウクライナ人を愚鈍なものとして扱っている。根拠のない優越感に浸ってきた。ウクライナ出身者の功績も,ロシア人として分類している。このように、ロシア人はウクライナ人に対して屈折した心理状態にある。ある意味、劣等感を持っているのだろう。だから、ウクライナに対して虚勢を張っているのだ。

     


    (3)「ロシア人が建国の父とみる歴史的人物は実のところ、ロシア政府が誕生する以前から数世紀にわたりキーウ(ウクライナ)から支配していた。その一例がウラジーミル大公で、キエフ大公国と呼ばれる王国にキリスト教を持ち込んだ10世紀の統治者だ。プーチン氏とウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の名前はいずれもこのウラジーミル大公に由来する」

     

    ウクライナのキエフ大公国は、数世紀にわたりロシアを支配した。キエフこそ、ロシア民族の中心地である。こういう歴史的事実を忘れて、ロシアはウクライナを蔑視する。この心理状態には、意識的にウクライナを葬り捨てたいという劣等感の裏返しが見える。民族主義は、劣等感に通じているのだ。

     


    (4)「ウクライナ人の野心に対して、ロシア人が敵対心をあらわにする慣習には二つの流れがある。まずは、ロシア人とは異なる別の人間としてウクライナ人の存在自体を否定するというものだ。これは19世紀をほぼ通じてロシア帝国で浸透していた考え方だ。当時はウクライナ語で書かれた書籍は禁止され、ウクライナを示す言葉そのものが禁じられたため、代わりに「小さなロシア」との名称が使われた。もう一つの流れは、ウクライナ人は独自のアイデンティティーを持ち、かつ自国語を話すと認めつつも、現在のウクライナ領土の少なくとも半分はロシアに属しており、旧ソ連建国の父ウラジーミル・レーニンによって不当に分離されたというものだ」

     

    ロシア人は、意識的にウクライナ人の存在を頭から否定したがっている。理由は,二つある。遅れている民族という認識と、ウクライナ領の半分はロシア領という認識だ。あれだけ,広大な版図を持ちながら、なお領土を欲しがる。中国の習近平氏と同じ発想である。

     


    (5)
    「プーチン氏は2014年、ウクライナで親ロ派のビクトル・ヤヌコビッチ大統領が市民の激しいデモ抗議により政権の座から追われたことを受けて、クリミア半島の併合に踏み切った。ヤヌコビッチ政権が欧州連合(EU)との統合に向けた長年の政策を覆し、ロシアとの関税同盟を目指したことがデモの発端だった。クリミア半島併合は、ロシア国内でほぼ全面的に称賛された。収監中の反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏ですら当時、クリミア半島はロシアの領土にとどまるべきだと主張していた。ラジオとのインタビューでは「クリミアは返還されるべきソーセージ・サンドイッチではない」と述べた。ただ現在は、プーチン氏がウクライナに仕掛けた戦争に対して声高に異議を唱えている」

     

    プーチン氏は、典型的なロシア人である。世界では、プーチン氏一人がウクライナ戦争を始めたという評価である。現実は、ロシア社会の底流に渦巻いているウクライナ蔑視が引き起した戦争である。

     


    (6)「ロシアのプロパガンダ(政治宣伝)によると、西側の後押しを受けて2014年に実権を握ったとされる一派こそが問題であり、この集団を排除すれば、ロシアと兄弟のような親密な関係を再開したいと望む一般のウクライナ市民に歓迎されるとされていた。しかしながら、ウクライナの激しい抵抗により、ロシア兵を解放者として迎えるウクライナ人などほぼ誰もいないことが露呈すると、ロシアのトーンは変化した。ここにきてロシア国営メディアの報道や政府の見解は、ウクライナとその文化は単に抹殺されるべきだとの主張にすり替わった。ロシア軍に占領されていたブチャのようなウクライナの町で市民が大量に殺害されていたことも、これで説明がつく」

     

    このウクライナ戦争が、不首尾に終わった場合、ロシア社会はどうなるだろうか。虚脱状態になることは目に見えている。一皮むけて、民主主義国へ歩むのか。逆に騒乱状態へ落込むのか。ロシアの将来は、分岐点に向かっている。

     


    (7)「ロシア国営通信RIAが、43日に掲載した「ロシアはウクライナに対して何をすべきか」と題する論説では、ロシアに敵対的な態度をとってきた罪をウクライナの一般市民に償わせるべきであり、ウクライナの名前そのものを再び廃止し、複数の地域に分割すべきだと主張している。さらにウクライナのエリート層は身体的に粛清され、残る国民は再教育するとともに「非ウクライナ化」すべきだとも指摘した。ディミトリ・メドベージェフ氏(元大統領)がウクライナの将来について似たような構想を表明。ロシアが勝利した後は、ウクライナ国家はナチスが支配したドイツ第三帝国のように消えると記している」

     

    このパラグラフは、「驚愕」と言うほかないおぞましい時代錯誤である。勝者のロシアが、敗者のウクライナを徹底的に「解剖」すると宣言しているのだ。相手国を敬う心の一欠片もないことに、ロシア社会の深い闇を感じる。このロシアは、近代国家として発展できる基本要因のすべてを欠いている。気の毒に思うのだ。

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