習近平氏は、きっと肝を冷やしたに違いない。盟友プーチン氏へ反旗を翻す騒ぎが起るとは夢にも思わなかったであろう。この伝で言えば、中国の反習近平派の共青団(中国共産主義青年団)や上海閥(江沢民派)が将来、混乱に乗じて習氏追放へ動き出してもおかしくない。権威主義政治では、こういう「一揆」がいつでも起こりうることを示したのだ。
もう一つの驚きは、習氏が米国を初めとする西側諸国への対抗パートナーとして選んだロシアが、たった1日とは言え、反乱騒ぎが起るほどの矛盾を抱えていたことだ。こういう脆弱なパートナーでは、とても巨大な西側諸国と対抗することは不可能である。「弱い」相手をパートナーにしたことへの失望感を味わったであろう。今時、権威主義など時代逆行思想が民主主義へ対抗することの無益を悟るべきであろう。
『ウォール・ストリート・ジャーナル』(6月29日付)は、「ワグネル蜂起、中国外交も揺さぶる」と題する記事を掲載した。
民間軍事組織によるロシア政府への束の間の反乱と、その際に浮き彫りになった同政府のぜい弱性は、中国にとって米国主導の世界秩序に挑む上で主要なパートナーであるロシアとの関係に新たなリスクを投げかけている。
(1)「中国は3年に及んだゼロコロナ政策を今年初めに撤廃すると、世界の外交舞台で前面に立ち、世界第2位の経済大国としての地位にふさわしい、より大胆な振る舞いで自国の主張を押し出している。さらに、米国の覇権に対抗する国際秩序という習近平国家主席の構想を掲げ、これに沿った新たな発展と安全保障の取り組みを推進している。その過程で中国は、米国主導の民主主義陣営による圧力緩和を狙い、ロシアとの連携を強めた。両国は歴史的には緊張関係にあったが、習氏とロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、米国と同盟国が両国を抑え込もうとしているとの共通認識のもと、より緊密な関係を築いてきた」
習氏は、プーチン氏と同年齢(プーチン氏の誕生日が半年早い)であり、互いに終身ポストを狙っているという共通項もあって友情を深めた。ただ、打算の趣が強く、ロシアの実態を精査しなかったのであろう。習氏の個人的な利害関係が、国益を左右したケースである。
(2)「民間軍事会社ワグネル・グループの武装蜂起は失敗に終わったものの、この混乱で国内ではプーチン氏への圧力が強まり、ウクライナで戦闘を続けられるかが改めて疑問視されている。そのため、習氏のプーチン氏との友好関係は一段と不都合なものと映り、緊密に連携する強大な隣国同士というイメージが傷ついた。ウクライナ侵攻が起きてもなおロシアとの関係を優先するあまり、中国は米欧や多くの主要国との関係を損なってきた」
習氏は、政敵をことごとく獄窓へつないできたので「終身ポスト」でない限り、身の安全を保てないというジレンマを抱えている。それが、プーチン氏を理由の如何にかかわらず支持しなければならない理由だ。この結果、中国の国益は大きく損なわれている。
(3)「元米中央情報局(CIA)職員のジョン・K・カルバー氏は、「習氏と中国にとって、ロシア内部の混乱や、西側が支援するウクライナの反転攻勢を受けたつまずき、制裁などは、孤立が深まるリスクを高めることになる」と、上級客員研究員を務める米シンクタンクのアトランティック・カウンシルへの寄稿でこう指摘した。中国にとって「現実的な選択肢は、米国や欧州との緊張を緩和することだろうが、習氏は前任者たちよりイデオロギー的であることがはっきりしてきた」という」
習氏は、中国の国益を大きく損ねている。西側諸国との対立は、習氏の自己保身に関わっている部分が大きいからだ。習氏が、国家主席3期目を目指したことから、歴史の歯車は逆回転を始めている。
(4)「中国が、プーチン氏に背を向ける気配はない。世界情勢における米国の影響力低下を狙う中国は、自国やロシアなどパートナー国の発言力を高める、多極体制と呼ぶ枠組みを推進している。米中の当局者は、対立を望まないとしている。それでも、中国が国際情勢でより積極的な役割を担うようになり、また米国が最先端技術への中国のアクセスを制限するよう同盟国に働きかけていることで、摩擦や衝突の可能性は高まっている。米政府高官はとりわけ、中国が台湾を巡り軍事行動に出る可能性を危惧する。中国当局は、ロシアがウクライナで苦戦していることについて、台湾を支配下に置くという決意には影響しないとしている。中国は長年、平和的統一が第一の選択肢だと主張してきた」
習氏は、ロシアの国力を完全に見誤っている。現在のロシアは、中堅国の一つに過ぎないのだ。原油だけで工業技術を持たない国で、「脱炭素」が軌道に乗れば、最初に消える国である。さらに、ウクライナ侵攻で膨大な損害を与えている。この賠償金額だけでも、ロシアは大変な負担を負う。
(5)「中国はロシアへの揺るぎない支持を示しているものの、今回のロシアの混乱が習氏や指導部に大きな懸念をもたらしたことはほぼ間違いない。中国はウクライナ戦争で中立に努め、ロシアが侵略者とみなされない形での和平を呼びかけてきた。蜂起に失敗したワグネルが主力から退くことで、ウクライナの反抗に伴う今後の戦局はますます見通しにくくなっている。中国のシンクタンク、全球化智庫(CCG)の副主任、高志凱(ビクター・ガオ)氏は「今回のワグネルの動きは、中国を含む多くの国にとって全く予想外だった」と語る。高氏は、ロシア国内が不安定化することでウクライナ戦争がエスカレートする可能性が高まり、ロシアが本気で核兵器の配備を検討しかねないとみている。ロシアで内紛が起きたことで、すぐにも和平交渉を始める必要があると指摘した」
下線部は重要な指摘であるが、ロシアの撤退が前提になる話だ。それには、ロシアに「革命」が起らなければなるまい。和平交渉は、それほど難しい問題だ。