ロシア人はギャグが上手い。経済制裁で部品の輸入が止まった結果、新車は「反制裁車」として売り出されている。新車に定番のエアバッグ、アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)、横滑り防止装置(ESC)、シートベルト・プリテンショナーのない「新車」が販売されているのだ。ロシアの新車は、何十年も前に逆戻りした「オールドカー」になっている。
西側諸国の経済制裁効果はまだ、数値的にはっきりと目に止まる結果にはなっていない。だが、ロシアではこれから出てくると警戒している。ロシア経済が止まることはないとしても、世界の動きから大きく取り残されると気を揉んでいるのだ。
英『BBC』(6月19日付)は、「ロシア経済、前途は多難 制裁が効き目」と題する記事を掲載した。
モスクワ「ロシアで最も手頃な新型車です。名前は……反制裁車です!」。これはロシアの国営テレビが、西部の工業都市トリヤッチの生産ラインから出てきた、さほど改良されたとは言えない新型のラーダを、努めて前向きに紹介した時の売り文句だった。「最も手頃な」は、おそらく唯一のセールスポイントだ。西側の制裁によって、ロシアの自動車メーカーは、かつて輸入していた部品をすべて輸入できずにいる。そのため、「反制裁」のラーダ・グランタには、エアバッグも、アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)も、横滑り防止装置(ESC)も、シートベルト・プリテンショナーもない。
(1)「ウクライナ侵攻から4カ月近くたち、新型のラーダはある意味、ロシア経済を象徴している。部分的に欠けてはいるが、それでも機能し続けている。「それでも機能している」のは大したものだ。ロシアは現在、世界で最も制裁を科された国となっている。データサービス会社スタティスタによると、ロシアの個人と企業を対象とした制裁は1万0500件を超える。うち7500件以上は、ここ4カ月間に実施された。戦争が始まってこれだけたてば、今頃はもうロシア経済の歯車は完全に外れてしまっているはずだと、一部の専門家が予想していたのも無理はない」
ロシアは、イラン以上の制裁件数になっている。大きなダメージを受けている筈だと想像されやすい。だが、まだ基本部分では機能している。ただ、レベルが下がっていることだ。
(2)「モスクワのコンサルティング会社マクロ・アドバイザリーのクリス・ウィーファーさんは、「この規模の国際的な制裁をいきなり科されていたら、経済は崩壊していただろう」と話す。「だが、ロシアは2014年以降、段階的に制裁を経験してきた。そのレベルはかなり強まっているが、ロシアはいつでも制裁に対応していたという面もある」「その上、供給の寸断を各国が恐れているため、ロシアはエネルギーや原材料の輸出でこれまで以上に稼いでいる」と、ウィーファーさんは言う。「今年は5月までに経常収支、の黒字が過去最高の1100億ドル(約15兆円)に達した。その金は軍事に使うほか、国営企業への補助金に充てて、失業率の急上昇や所得の過度の下落を防ぐこともできる」と指摘する」
ロシアには、2014年から受けてきた制裁の歴史がある。「制裁馴れ」している面があるのだ。ただ、今回の制裁は技術・サービスなどと広範囲にわたっている。原油採掘の井戸で用いられる技術やサービスの6割は西側の提供である。これが打ち切られた以上、影響は徐々に広がるであろう。
(3)「ウィーファーさんは続ける。「資本規制によってルーブルの価値は上がり、インフレも緩和し始めている。だが、この先には深刻な不況が待ち受けている。ロシア経済は今年、最大10%縮小すると予想されている。ロシアの消費者は、その全面的な影響をまだ実感していない。モスクワのスーパーの棚は、まだかなり埋まっている。ただ、一部の輸入品は手に入らなくなっている。変化が最も明らかなのは、モスクワのショッピングセンターだ。かつてはにぎわっていたのに、今ではだいぶ静かだ。客はわずかで、品ぞろえも少ない。多くの外国ブランドは、ウクライナ侵攻への抗議として、ロシアでの事業を停止または完全撤退した。多くの店でシャッターが下りている」と指摘する」
ロシアの消費者は、その全面的な影響をまだ実感していない。モスクワのスーパーの棚は、まだかなり埋まっている。ただ、一部の輸入品は手に入らなくなっている。こうして、次第に輸入品は影を消していくであろう。耐久消費財の半分近くが輸入依存である。経済制裁の影響が出るのは、在庫が切れるこれからだ。
(4)「ロシアの経済苦境は、同国政府が考えを改めることにつながるろうか? ウクライナでのロシアの攻撃終了を早めることになるだろうか? 制裁は機能しているのだろうか?
「目的が、経済や金融の危機を作り出して行動を変えさせることなら、答えはノーだ」と前出のウィーファーさんは考えている。「ロシアは(まだ)危機を経験していない。だが、経済的な消耗の時期に入りつつある。秋冬までには、より厳しい現実に直面する。とりわけ、ヨーロッパによるロシア産石油・石油製品の禁輸の効き目が出て、政府が支出を減らさざるを得なくなった時が問題だ」
今年の秋から冬にかけて、経済制裁の影響は強く出てくるであろう。EU(欧州連合)によるロシア産の原油や天然ガの輸入禁止効果が表面化する時期だ。タンカーの保険も禁止することになった。EUの禁輸体制が整えば、ロシアが無傷の筈がない。
(5)「また、ウィーファーさんは指摘する。「ロシアは今後2~3年、経済の停滞を避けられない。問題は、それが10年続くのかどうかだ」「ロシアは西側の技術を輸入できずにいるが、それを自国で代替できない。中国は、制裁対象に含まれる技術をロシアに提供しないと明言している。そのようなことをすれば、二次制裁を受けるかもしれないからだ」「ロシア経済が機能しなくなるとは思えない。ただ、技術と効率のレベルはかなり下がるだろう。世界との差は一段と広がっていく。ロシア経済は取り残されるだろう」
西側諸国が、ロシアへの経済制裁をいつ解除するのか。プーチン氏が、大統領に止まっている間は不可能である。プーチン氏は今年、70歳である。86歳まで大統領を務める意向とされる。となれば後、16年間の経済制裁は解かれないことになろう。ロシアで、空恐ろしいことが起こる可能性を否定できないのだ。