ウクライナ侵攻開始から4日目の2月27日、ロシアのプーチン大統領は、戦略的核抑止部隊に「特別警戒」を命令した。西側諸国が、ロシアに「非友好的な行動」をとったことを理由にしたのである。ロシア政府による「核戦争危機論」は、その後沈静化していたが、4月25日にラブロフ外相の蒸返しによって、改めてこの問題が浮上している。
『ロイター』(4月26日付)は、「ロシア外相、核戦争の『深刻なリスク』警告」と題する記事を掲載した。
(1)「ロシアのラブロフ外相は国営テレビのインタビューで、核戦争が起きる「かなりのリスク」があり、過小評価すべきではないとの見方を示し、ロシアはリスクを抑えたいと述べた。また、西側諸国がウクライナに供与する武器はロシア軍の「正当な標的」になるとした。「このようなリスクを人為的に高めることは望まない。高めたいと考える国は多い。深刻で現実の危険があり、それを過小評価してはならない」と語った。外務省のウェブサイトに発言内容が掲載された」
このような発言が飛び出す背景は、ロシア軍が苦戦していることを意味する。英国防省は25日、つぎのような発表をした。
「英国防省は25日、ウクライナのマリウポリ防衛が「多くのロシア部隊を消耗させ戦闘効果を落とした」と明らかにした。ロシアが、ウクライナ東部ドンバス地域をすべて占領しようとして「小さな進展」を成し遂げたが、供給問題が攻勢の足を引っ張り「重大な突破口」を設けられずにいると付け加えた。また、英国のウォレス国防相は下院でウクライナ軍によるロシア軍の戦死者が1万5000人に達するという分析を明らかにし、ロシア軍の装甲車も2000台以上が破壊されたり、ウクライナ軍に奪取されたと話した」『中央日報』(4月26日付)が伝えた。ロシア軍が,予想以上の苦戦を強いられていることから、苦し紛れに「核戦争論」が出てきたのであろう。
(2)「ラブロフ氏のインタビューを受け、ウクライナのクレバ外相はツイッターで、ロシアはウクライナ支援をやめるよう外国を脅せるとの望みを失ったようだと指摘。「つまり、敗北感を覚えているということだ」とした」
ウクライナ外相は、このバブロフ発言がロシア軍劣勢を自ら言っているようなものだと批判している。核戦争がどんな意味を持っているか、あまりにも軽々に発言しすぎているからだ。客観的に見て、ロシアがウクライナ戦争で「核投下」する危険性はあるのか。
英『BBC』(3月1日付)は、「核使用のリスク、どれくらいあるのか ロシアのウクライナ侵攻」と題する解説記事を掲載した。
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が2月27日、核兵器を含む「抑止部隊」を「戦闘の特別態勢」に移すよう、軍に命じた。一体なにを意味しているのか。多くの人は今回の動きについて、実際の核兵器使用の意図を示したというより、主に世界に向けてシグナルを送ったものと解釈している。プーチン氏は、核を使えば西側から核の報復を受けることを分かっている。イギリスのベン・ウォレス国防相は、プーチン氏の発表について、主に「言葉の上」のことだとの考えを示した。だからといって、リスクがゼロというわけではない。状況は注意深く見守られることになるだろう。
(1)「プーチン氏は先週、間接的な言い方で、ロシアの計画を邪魔する国は「見たことのないような」結果に直面すことになると警告していた。北大西洋条約機構(NATO)に向かって、ウクライナで直接的な軍事行動を取らないよう注意したものと、広く受け止められた。NATOは一貫して、そうした行動を取るつもりはないと言明している。もし実施すれば、ロシアとの直接衝突につながり、核戦争へとエスカレートしうると理解しているからだ。2月27日のプーチン氏の警告は、これまでより直接的かつ公なものだった」
プーチン氏は、NATOが直接的な軍事行動を恐れて、「核使用」という形でけん制している。もともと、ロシアはNATOがロシアの安全保障を脅かしているという理由で、ウクライナ侵攻を行なったはずだ。それが、本当にNATO参戦になれば、大変な思惑違いになる。
(2)「プーチン氏は、ウクライナの戦場でロシア軍がどれほど抵抗を受けるかについて、見誤っていた可能性がある。プーチン氏はまた、西側が厳しい制裁措置を取ることについて、どこまで結束するのかも見誤った。そのため、彼は新たな選択肢と、さらに厳しい話を持ち出すことになった。「怒り、フラストレーション、落胆の表れだ」と、ある元英軍司令官は先日、私に言った」
プーチン氏の予測が完全に外れたことへの絶望感が、「核使用」というトンデモ発言に現れたに違いない。最近では黒海艦隊旗艦「モスクワ」が撃沈されるなど、予想外の事態が連続的に起こっている。「核使用」という言葉を外相に使わせて鬱憤晴らしをしている面もあろう。
(3)「このように見ると、核への警戒の呼びかけは、自国民に向けてメッセージを発する1つの方法のように思われる。別の見方としては、西側がウクライナに軍事支援を提供するのをプーチン氏は懸念しており、西側に対してやり過ぎないよう警告しているとも考えられる。さらに、プーチン氏が制裁について、政情不安と政権転覆を狙ったものではないかと心配しているとの解釈もできる(演説では制裁に触れていた)。しかし、メッセージ全体としては、NATOに対して、直接関与すれば事態は悪化しうると警告したものと思われる」
ロシアが、甘く見ていたNATOの結束ぶりに驚き、さらに本格的な反撃に出てくることを恐れているにちがいない。その意味でロシアは日々、苦境に立たされているとの認識を強めているのかも知れない。
(4)「冷戦時代、西側ではロシアの核兵器の動きを監視する巨大な情報マシーンが作り出された。人工衛星、通信傍受、その他の情報を分析し、ロシアの行動に変化を示すものがないか探った。武器や、爆撃機の乗組員の準備といった、警告が必要となる状況が生じていないか調べた。それらの多くはまだ残っていて、西側各国はロシアの動きに重大な変化がないか、活動を注意深く見ている。変化を示すものは、いまのところない」
NATO軍の情報収集に加え、「ファイブアイズ」(米英豪加ニュージーランド)5ヶ国の特別諜報網が、ロシアによる核への動きを監視している。冷戦時代のソ連監視網は、現在に引継がれているのだ。仮に、ロシアが核投下の兆候を見せれば即、世界へ発表されるだろう。ロシアの評価は、それだけで激落間違いない。そういう事態にならぬよう、プーチン氏の自重を祈るほかない。