ロシアは、5月9日の対独戦勝記念日に「勝利宣言」するのでないかとの推測を呼んできた。最近は、「徴兵拡大」という守勢に立った方針を発表するのではとの観測が出ている。真逆の情勢変化である。
軍事力で圧倒するロシア軍が、ここまで窮地に立たされている背景について、日本の軍事専門家は、戦術の拙さを指摘している。緒戦において、弱体と見られていたウクライナ軍が勇猛果敢な戦いを挑んでいることに度肝を抜かれ、士気が低下している面もあろう。
『BS・TBS』(5月2日付『報道1930』)は、「『軍に決定的な欠陥が』、ロシアが『敗ける日』 これだけの理由 核攻撃を防ぐ方法はあるんです」と題する記事を掲載した。
ロシアが誇る「対独戦勝記念日」。この日までに戦果を挙げて、プーチン大統領は勝利宣言をするものと当初は見られていた。しかし、“勝利”は程遠いのが現状だ。ロシアは何故ここまで苦戦をしているのだろうか。その理由を探った。
(1)「ウクライナ東部の攻防で、ロシア軍は苦戦を強いられていると伝えられる。その理由の1つは、侵攻の主力部隊「大隊戦術群=BTG」にある致命的な欠点だと、元陸上自衛隊東部方面隊のトップ・渡部氏は指摘する。「部隊の中の歩兵の少なさが致命的な欠陥。ロシアBTGは1000名の中で歩兵が200名しかいない。これは圧倒的に少ない。歩兵が少ないと攻撃する部隊の左右と後ろの安全を守ることも出来ない。戦闘初期にキエフの近くの道路でBTGの装甲車や戦車が長い列を作って並んでしまい、ウクライナ軍の攻撃を受けた。本来なら歩兵がしっかりと偵察をして、敵がいたらそれを掃討して前進しなければいけない」
ロシア軍では、1000人の部隊で歩兵は200名しかいない。これが、致命的な欠陥という。歩兵による偵察が、不十分であると敵の逆襲に遭うからだ。
(2)「このBTGには欠陥がもう1つある。BTGは指揮統制がものすごく難しいものだ。戦車の火力、後ろにいる長距離の榴弾砲の火力、これを密接に連携させてこそ部隊編成が完了する。戦車を機動しながら、火力を機動に合わせて効果的に連携させなければならない。部隊が大きければ、全体をコントロールするスタッフも増えるのでそれも難しくはないが、このBTG1000人の単位で、全てのものを連携させるのは難しい。今回の戦いを見ていると、訓練もあまりやれていないのではないか」
1000人の部隊は、有機的に連動させなければならない。戦車の火力、後ろにいる長距離の榴弾砲の火力、それに歩兵の偵察が上手く噛み合わなければ有利な戦いは不可能という。
(3)「ウクライナ東部は平原地帯だ。東部戦線は、戦車と戦車が激しく撃ち合う「大戦車戦」になると言われてきた。渡部氏は、大平原でロシア軍を食い止めるために、まず“障害”を作る。戦車が自由に動ける場所を限定的にしてある場所に引き入れる。その前に、地雷原や対戦車壕を作って戦車を止める。つまり、障害をつくって1カ所に敵戦車を集め、そこを狙い撃ちし、最後は両側からウクライナ軍が機動戦力を持ってロシア戦車を攻撃する。実際、ウクライナ側は、東部で大規模な戦車濠を掘削している映像を公開している」
戦車と戦車が戦うのが、ウクライナ東部の主流になると予測されている。これは、相手の戦車群を上手く1カ所へ誘い込んで集中攻撃するのが定型の作戦という。相手を罠に仕掛けるのだ。ウクライナ軍は、戦車濠を構築して定型の大戦車戦を準備している。
(4)「渡部氏は、ロシア軍には大戦車戦を展開するだけの戦車が、すでにないのではないかとする指摘もあるという。防衛研究所防衛政策研究室の高橋杉雄室長は、ロシア軍に戦車が3000両あり、そのうちの1000両が失われているとすれば、残りは2000両になる。予備は1万両あるといわれているが、すべてをウクライナに送るわけにはいかない。今後、難しい戦いになるということは言えると思う」
ロシアには、大戦車戦を展開するだけの戦車群がこれまでの戦いで消耗して消えているという見方もある。そうなると、ウクライナ東部戦線で雌雄を決する戦車戦は、戦わずしてロシアに不利になりかねない。
(5)「高橋室長は、「戦争では攻めている側(ロシア)の損害が大きいのは普通である。とりわけロシア側の作戦技量が今回は高くなく、かつウクライナ側は2014年から待ち受けていた戦場であることを考えると、こういうことは起こってもおかしくはない。ただウクライナも戦車はもともと現役850両なので、なかなか厳しい環境ではある。だからこそ、ポーランドが提供した200両というのはかなり大きな意味を持ったと指摘する」
ロシアの戦車は構造的に脆弱であり、被弾すると戦車内の弾薬が一度に爆発する構造になっている。これまで、ウクライナ軍はこの弱点を突いて戦果を上げてきた。ただ、ポーランドから提供された旧ソ連型戦車はこういう弱点を抱えているはずで、その補強は済んでいるだろうか。
(6)「兵器の損失が拡大するなか、ロシアを悩ませているのが戦力の補充だ。既に米国とEUは半導体や工作機械のロシアへの輸出を停止している。一方のウクライナには西側諸国から兵器の提供が続いている。アメリカはこれまで37億ドルの軍事支援をしていたが、4月末、更に204億ドルの軍事支援を表明した。このほか、30か国以上が50億ドル以上の軍事支援を約束したという。こうした点を踏まえ、渡部氏は「この戦争は長引けば長引くほどウクライナに有利になる。ロシアへの経済制裁が一番効くのは軍事産業」と指摘する」
ロシアは、経済制裁で半導体や工作機械の輸入が禁止されている。武器生産にとって大きなマイナスである。ウクライナは、軍事支援による武器供給で有利な状況だ。立場が逆転しつつある。
(7)「高橋室長、「今、ロシアはウクライナで第二次攻勢をかけているが、これが成功しても失敗してもロシアには第三次攻勢をかける力は残ってない。ドンバス決戦もどうやらロシアが決定的に勝てる状況にはなさそうだ。となれば、更なる資源の動員は必要で、そのために『戦争状態』ということで国家総動員体制に向けていくということではないか」
ロシアは、兵員面でも枯渇してきた。国家総動員体制をかけなければ、戦えない状態になっている。
(8)「ロシアが国家総動員体制となれば、形勢は一気に逆転するのだろうか? 渡部氏 「それは難しいと思う。戦い慣れた連中ではなく、まったく訓練を受けていない人がたくさん増えても即戦力にはならない。ロシアで総動員がかかれば、アメリカなどの民主主義陣営も徹底的にウクライナに支援をすることになる。その金額はものすごく大きくなる」
ロシアが、5月9日に国家総動員体制を取っても、戦況に変化はなさそうだ。肝心の武器供給が大きな制約を受けているからだ。ウクライナ戦争は、岐路に立っている。