勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    カテゴリ:EU経済ニュース時報 > EU経済ニュース時評

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    ドイツ連邦議会(下院)は18日、防衛およびインフラ支出に向け何千億ユーロもの借り入れを可能にする法案を採決した。これにより、財政拡大政策への大転換が始まる。ドイツが欧州防衛の要になることを確実にするともに、インフラ投資によって国内経済立直しへ向けてテコ入れする。

    ドイツは、過剰貯蓄国であるにもかかわらず、憲法で財政赤字比率をGDPの0.35%に規制してきた。これが、ドイツ経済の活力を奪うという矛盾に陥っていた。それが、ようやく改善されることになった。ドイツが、その国力に応じた経済運営と欧州防衛の核として立ち上がることは、ロシアへの牽制として重要な一歩になる。もはや、欧州は眠れる集団でなくなる。


    『ブルームバーグ』(3月18日付)は、「ドイツは欧州防衛強化の基盤築いているー次期首相有力のメルツ氏演説」と題する記事を掲載した。

    ドイツの次期首相就任が確実視されるメルツ氏は18日、ドイツが軍事支出を増やすために借り入れ制限を解除する動きは、英国やノルウェーなどの欧州連合(EU)非加盟国を含む広範な欧州防衛共同体創設に向けた「第一歩」と捉えるべきだと述べた。

    (1)「中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)陣営を率いるメルツ氏は、18日に予定されている採決を前に、拡張的な財政政策への転換を意味する画期的な法案を支持するよう議員らに訴えた。メルツ氏のCDU・CSU陣営と社会民主党(SPD)が提出し緑の党が支持するこの法案は、21日に連邦参議院(上院)で最終承認を得る前に、連邦議会(下院)の3分の2の賛成多数で可決される必要がある」

    次期首相が有力視されるメルツ氏が率いる保守系会派(CDU)と社会民主党(SPD)は先週、緑の党との間で合意。財政拡大法案を連邦議会で可決させるのに必要な3分の2の賛成票確保のめどが立った。ドイツの16の州が代表を出す連邦参議院(上院)が、21日採決し承認すれば、シュタインマイヤー大統領が署名して法律が成立する。


    メルツ氏が、率いる中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)陣営と、SPDは次期政権樹立に向けた協議を行っている。それに先立ち、大幅な歳出拡大を可能にしようと取り組んできた。国防費の増大によってよって、トランプ氏の米大統領復帰に端を発する地政学的な激変への対応を急ぐ。

    防衛および安全保障関連の支出として、GDPの1%、つまり約450億ユーロ(約7兆4000億円)を超える額が、ドイツ憲法に盛り込まれた借り入れ制限、いわゆる「債務ブレーキ」から除外される。実質的に、GDPの1%を超える支出に上限がなくなることを意味する。同時に、予算外の特別なインフラ基金が憲法に組み込まれ、今後12年間に5000億ユーロを上限として借り入れを行うことが可能になる。さらに、16の州にはGDPの0.35%、160億ユーロ相当までの借り入れの余地が与えられる。これで、地方はインフラ投資が可能になる。

    超右翼政党出現の裏には、厳しい財政規律で地方行政に足かせがはめられたことも一因である。これが、財政的に緩和されればドイツの「右翼化」は是正されるであろう。


    (2)「メルツ氏は、ドイツに自由、平和、繁栄をもたらした政治体制が脅威にさらされており、平和の配当は「とっくに底をついている」ため、抜本的な対策が緊急に必要だと論じた。「今日のわれわれの決定は、今後数年、数十年にわたるわれわれの防衛能力を決定する」と語った。CDU・CSU、SPD、緑の党の議員を合わせると520議席となり、3分の2の賛成に必要な489議席を31議席上回るため法案は可決される見込み。投票結果は現地時間午後3時頃には判明する見通し」

    CDU・CSU陣営とSPDは連立協議を急ピッチで進め、遅くとも復活祭(4月20日)までには合意に達する見通しがついた。CDU・CSUが2月の選挙で勝利して以来、暫定内閣として政権運営を行っているSPDのショルツ氏から、メルツ氏が首相の座を引き継ぐために、連邦議会の承認を確保する道筋が整う。ドイツは、新たな時代を迎える。




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    ドイツ自動車産業は、総崩れ状況に遭遇している。その象徴が、VW(フォルクスワーゲン)である。工場閉鎖を巡って労組と厳しい交渉の渦中にある。ドイツ最大の産業が、自動車だけに労組も簡単に引き下がれないジレンマに立たされている。

    VWが経営不振に陥った最大要因は、EV(電気自動車)の販売不振にある。これからの自動車は、全てEVへ移行すると読み違えたことが経営基盤を揺るがしている。もう一つ、「時給1万円」という高賃金負担が経営を圧迫している。日本のほぼ3倍という高賃金である。VWは、この危機をどう乗切るのか。

    『日本経済新聞 電子版』(12月19日付)は、「独VW、危機招いた『時給1万円』 頼みのポルシェも失速」と題する記事を掲載した。

    (1)「独フォルクスワーゲン(VW)の業績が悪化している。2024年7〜9月期の連結純利益は12億ユーロ(約2000億円)と前年同期比で69%減った。売上高純利益率は1.5%に落ち込んだ。原因の一つには高い人件費がある。現地の自動車産業の時給相当のコストは日本の3倍近い「約1万円」という。回復への道のりは険しく、PBR(株価純資産倍率)は0.2倍台と、経営不振にあえぐ日産自動車と同水準にある」

    VWは、7~9月期の営業利益率が1.5%と危機ラインの5%を大きく割込んだ。これまで、7%台を維持してきた同社にとって、急落状況に陥っている。PBRは、0.2倍と「倒産企業並み」である。実は、日産自動車もこのレベルにある。

    (2)「VWの最高財務責任者(CFO)アルノ・アントリッツ氏は、「大幅なコスト削減と効率化は急務」と7〜9月期の決算発表で危機感をにじませた。収益力の低下を受け、経営陣はドイツの3工場の閉鎖や数万人規模の人員削減、賃金カットを労働組合に提示した。労組側は反発し、時限ストライキを含む争議が進行している」

    VWは、創業以来の3工場閉鎖と数万人規模の人員削減、賃金カットを労組に提示した。このくらいの「荒技」を使わないと生き延びられない事態だ。

    (3)「VWの業績不振は複数の要因が重なる。まずは世界販売の苦戦だ。7〜9月は217万台と前年同期比で7%減った。現地勢が台頭する中国に限らず、主力の欧州でも景気減速の影響などで7%減少した。稼ぎ頭の高級車「ポルシェ」や「アウディ」も振るわない。VWは中国事業を除くブランド別の業績を開示している。もともとVWブランドの乗用車は営業利益の1割程度で、傘下のポルシェやアウディなどが車販売の利益の大半を占めていた。そこに両ブランドの「共倒れ」が重なった」

    EV戦略の失敗が、大きな負担になった。EV専用工場まで建設したが、未稼働という結果だ。高級車の落込みも、収益を圧迫している。

    (4)「アウディは競争力が低下した上、ベルギーの工場閉鎖に伴う費用もかさみ、営業利益が前年同期比で91%減った。ポルシェもモデル切り替えの過渡期で販売が減り同45%減だった。追い打ちをかけるのが人件費だ。ドイツ自動車工業会(VDA)によると、23年の現地の車産業における1時間あたりの平均労働コストは、物価高の影響もあり23年時点で62ユーロ強まで上昇した。直近レートで換算すると約1万円にのぼる。同コストは正社員や社会保険料なども含めた従業員の「時給」に相当する。同じ前提でみた米国(44ユーロ)より4割高で、日本(24ユーロ)と比べると2.6倍になる」

    アウディやポルシェが、揃って販売不振である。欧州景気の停滞が足を引っ張っている。これら高級車が、高賃金であることでVW全体の賃金水準を押上げたのであろう。

    (5)「ドイツの賃金は、24年も上昇傾向が続いているため、直近の時給コストはさらに上がっている可能性がある。最低賃金も12ユーロ(約1900円)と日本のおよそ2倍だ。欧州連合(EU)統計局によると、23年のドイツの時給コストは全産業平均で41ユーロのため、VWを含む車産業は中でも高給だ。VDAのアレクサンダー・フリッツ氏は「競争力の高い労働者の関心を引く存在であり続けるため、ドイツの自動車メーカーは魅力的な報酬を提供する必要がある」と指摘する。現地労組の力は、歴史的に日本より強い点も高い賃金につながっているとみられる」

    ドイツの時給コストは23年、全産業平均で41ユーロ(約6600円)である。自動車産業は、これよりも高い62ユーロ(約1万円)賃金水準にある。

    (6)「さらに同じドイツ勢の中でも、23年のVWの売上高人件費率は15%と、メルセデス・ベンツグループの11%やBMWの9%を大きく上回る。大衆車が主体のVWは高級車が中心の両社に比べ薄利多売の事業モデルのため、人件費率が高まりやすい。現地ではロシアのウクライナ侵略により、燃料費も高騰する」

    VWの賃金水準は、他の自動車企業よりも飛び抜けて高い。VWの売上高人件費率は23年、15%になっている。メルセデス・ベンツグループの11%やBMWの9%を大きく上回る。やはり、VWは「大手術」が避けられないのだろう。




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    中国は、押し寄せる内需不振をカバーすべく輸出戦略で血眼になっている。EV(電気自動車)は、欧州が高関税で壁を高くしているので、HV(ハイブリッド車)でこの壁を乗り越える戦略を立てている。HVは、トヨタが無料で技術を公開した経緯があるので、技術蓄積が進んでいるのだ。

    『ロイター』(12月7日付)は、「中国メーカーが欧州向けハイブリッド車輸出拡大 EV関税回避狙う」と題する記事を掲載した。

    中国自動車メーカーは欧州向けのハイブリッド車輸出を拡大しつつあり、今後より多くの車種を投入する計画だ。欧州連合(EU)が発動した中国製電気自動車(EV)に対する高関税による影響を、最小限にとどめる狙いがある。

    (1)「EUの輸入関税対象にハイブリッド車は含まれず、BYD(比亜迪)といった中国メーカーはこのハイブリッド車を通じて欧州市場での事業拡張路線を維持できる、と複数のアナリストが解説した。カウンターポイント・リサーチのアナリスト、ムルトゥサ・アリ氏は、EUが中国から輸入されるEVに課す関税を回避する手段として、中国のOEM(相手先ブランドによる生産)がプラグインハイブリッド車(PHEV)にシフトしていることが輸出の伸びをけん引していると指摘。中国の欧州向けハイブリッド車輸出は今年が20%、来年はもっと増えると予想している」

    中国のHVは、欧州のEV高関税対象には含まれていない。それだけに、格好の「EV代替」になっている。

    (2)「最大45.3%の税率が適用されるEUの中国製EV関税は、10月終盤に発効した。ただEUの反補助金調査は昨年10月に始まっており、一部の中国メーカーは国内の景気減速に伴う販売鈍化という事情も踏まえ、既に欧州戦略をハイブリッド車輸出に転換していることがデータから分かる。通常のエンジン車と完全電動車の中間的性格を持つハイブリッド車は、価格の手頃さから消費者の間で人気が高まってきている。中国乗用車協会(CPCA)によると、7―9月の欧州向けハイブリッド車輸出は6万5800台と前年同期の3倍以上に増加し、昨年から今年それまでにかけての販売減少の流れが逆転しつつある」

    中国派、7~9月の欧州向けハイブリッド車輸出が、前年同期の3倍以上に増加しており、輸出の本命に成長しそうである。

    (3)「7―9月に中国から欧州に輸出された全自動車のうち、PHEVと従来のハイブリッド車の比率は18%と1―3月の9%から2倍に上昇。対照的にこの間のEVの比率は62%から58%に低下した。こうした傾向はさらに強まりそうだ。複数のアナリストは、昨年日本を抜いて世界最大の自動車輸出国となった中国は、国内の過剰供給問題を解消するため輸出攻勢をかけている、と話す。米国とカナダが中国製EVに100%の関税を課している状況にあって、欧州は中国メーカーにとって最も明確な販路にもなっている」

    中国は、HVでEV輸出規制の穴をカバーする方針である。欧州市場は、中国メーカーにとって最も期待できる販路になってきた。

    (4)「大手中国メーカーは、今のところ地元勢と日本勢が牛耳る欧州のPHEV市場の構図を覆す可能性がある。BYDは欧州向け初のPHEVとなる「シールU DM-i」を投入し、独フォルクスワーゲン(VW)やトヨタ自動車に対抗する構え。シールU DM-iは3万5900ユーロ(3万7700ドル)からと、VWで最も売れ筋のPHEV「ティグアン」の価格を下回り、トヨタの「C-HR」より10%安い。中国メディアの報道では、BYDはハンガリーの工場でEVとハイブリッド車を生産することも検討中だ」

    欧州HV市場は、地元メーカーと日本メーカーが支配している。中国製が、これに割って入る勢いである。トヨタよりも10%も安く売り込んでいる。

    (5)「今年の欧州におけるハイブリッド車の需要拡大は、中国での過剰生産に悩む日本メーカーにとっても追い風だ。中国の1―9月販売が29%落ち込んだホンダは、中国から欧州に従来のハイブリッド車2種類とPHEV1種類を輸出している。中国から欧州へのハイブリッド車輸出増加は、欧州市場での価格競争を激化させかねないが、複数の専門家は中国メーカーがEUの追加的な関税発動を警戒してより慎重に振る舞う公算が大きいと予想する」

    中国は、EVで高関税をかけられたので、HVでその二の舞にならぬように慎重に振る舞うとみている。派手な値引き競争をすると、再び締め出されるリスクに気付いてきたのであろう。

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    円高支援の材料が、欧米で同時に生まれてきた。円売り投機筋にとっては、追い詰められる状況だ。欧米が、9月に同時利下げする可能性が高まったことは、円高へ強力な支援材料になる。円高により輸入物価抑制で実質消費が高まれば、日本経済の浮揚へ向けて大きな力になる。 

    8月のユーロ圏の消費者物価指数は、前年同月比2.%上昇で2021年7月以来、およそ3年ぶり低水準になった。この結果、9月の追加利下げが確実である。現在の政策金利は3.75%である。0.25%の利下げになれば、3.50%が新金利だ。一方、米国FRB(連邦準備制度理事会)は9月、利下げすることが決定的になっている。労働需給の緩和が、失業率を上昇させており利下げの理由である。利下げ幅は0.25~0.5%とみられる。この結果、現在の5.25~5.5%金利は一挙に5%も考えられる。

     

    『日本経済新聞 電子版』(8月30日付)は、「8月のユーロ圏消費者物価、2.2%上昇 3年ぶり低水準」と題する記事を掲載した。 

    8月のユーロ圏の消費者物価指数は、速報値で前年同月比2.%上昇した。伸び率は2021年7月以来、およそ3年ぶり低水準になった。欧州中央銀行(ECB)は、次回9月の理事会で追加利下げに向けて議論する。 

    (1)「伸び率は、事前の市場予想と同じ水準だった。7月までは6カ月連続2%台半ばで推移していた。価格変動の大きい食品やエネルギーを除くと2.%で、7月の2.%から小幅に鈍化した。ECBは9月12日に金融政策を話し合う理事会を開く。6月に4年9ヶ月ぶりに利下げを決めた後、7月は政策金利を据え置いた。理事会内部では9月の追加利下げを容認する声が上がっている。金融市場の参加者も利下げを確実視している。残る焦点は拙速な金融緩和に慎重なタカ派メンバーの判断に絞られつつある」 

    ECBは、28ヶ国の中央銀行が加盟している。それだけに意見調整で時間をとられるが、中核のドイツ経済の浮揚を確かなものにするためにも追加利下げが必要になっている。

     

    『日本経済新聞 電子版』(8月28日付)は、「円一段高の芽、ユーロ起点 米欧同時利下げの可能性と題する記事を掲載した。 

    市場の注目を集めた8月23日の国際経済シンポジウム「ジャクソンホール会議」。米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が9月の利下げを事実上予告し、いったん円高・ドル安が強まったが、その後は落ち着きを取り戻しつつある。だが、円相場が一段高になる可能性は消えていない。波乱の芽はユーロだ。 

    (2)「この程度で収まったか」。マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA)の深谷幸司氏は今週の円相場の動向に、こんな感想を抱いた。9月の米利下げの有無が最大の関心事だったジャクソンホール会議で、パウエル議長は「政策を調整すべき時が来た」と宣言。週明けの為替市場では一時、1ドル=143円台まで円高・ドル安が加速した。だが市場の興奮をよそに、その後は再び145円台に揺り戻す場面もあるなど、一方的に円高が強まる展開にはなっていない」 

    FRBの9月利下げ「声明」は、円高相場へ大きな支援材料であったが結果は、ほどほどにとどまった。

     

    (3)「何が円高の勢いを鈍らせたのか。理由の一つはユーロの動向だ。23日のニューヨーク市場では円高・ドル安だけでなく、ユーロも対ドルで買われ、一時は2023年7月以来のユーロ高・ドル安水準を付けた。パウエル氏の発言ばかりに関心が集中した結果、米利下げ予告がドル独歩安を招いたわけだ。だが日米欧の金融政策環境をみると、ドル独歩安とは異なる相場観が浮かんでくる。FRBのパウエル議長は9月の利下げ開始を事実上予告した。一方、日銀は7月末に利上げを決め、植田和男総裁は日銀の見通し通りに経済が進めば「もう少し金利を調整できる局面が来る」として、今後の追加利上げを排除しない。 

    ニューヨーク市場が、円高・ドル安だけに傾かなかったのは、同時にユーロも買われたからだ。ドル売りが円買いとユーロ買いに分散された結果である。この流れが、9月に円買い一本に集中するという予測である。ユーロが、9月に利下げするからだ。 

    (4)「ジャクソンホール会議では、ECBのレーン専務理事が「高すぎる金利があまりにも長くなれば、慢性的に物価目標を下回りかねない」として、過度の金融引き締めによるリスクに言及した。追加利上げのカードを手放さない日銀に対し、インフレ収束を見込んで利下げ姿勢を強め始めたFRBとECB。そこから浮かぶ為替相場の力学は、ドル独歩安ではなく、円独歩高ではないか」

     

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    EU(欧州連合)は、第二次世界大戦後に仏独の二ヶ国が、二度の世界大戦という悲劇を繰返さない反省の上に立って和解し、欧州全体の連合の理想主義が実現したものである。こういう経緯からみて、EUは強い理想主義を掲げている。その夢は、ロシアのウクライナ侵攻によって打ち砕かれた。理想主義を実現するには、それを裏付ける「実力」を蓄える必要性を実感させられた。

     

    EUは、「脱炭素」という理想も掲げたが、その手段としてEV(電気自動車)一本に頼るという失敗をしている。トヨタ自動車のように、EVのほかにHV(ハイブリッド)や燃料電池車(FCV)や「曲がる電池」ペロブスカイトを自動車の屋根やボンネットに乗せる実験を始めている。EUには、こういう柔軟性がないのだ。

     

    『日本経済新聞 電子版』(7月29日付)は、「揺らぐEUの理想主義、EV偏重 企業は面従腹背」と題する記事を掲載した。

     

    6月の欧州議会選後、「欧州連合(EU)の理想主義は死んだ」と悲観的、あるいは冷笑的な言説に触れる機会が増えた。むろん「脱炭素」「人権」など進歩的な規範・制度づくりを軸に多国間協調を図る、EUの基本理念を全否定した右翼・極右政党の躍進が背景にある。

     

    (1)「理想主義的な政策は最近、綻びが目立っていた。代表例が防衛だ。ESG(環境・社会・企業統治)を順守するあまり、欧州投資銀行(EIB)は域内の防衛産業を「持続可能性がない」と分類。融資対象から外し、米国の軍事力に頼った。ロシアのウクライナ侵略を許し、慌てて防衛強化にかじを切ったが、分類があだとなり中小企業やファンドは今も投融資に二の足を踏む。「気候変動の観点から防衛を捉えるべきではない」。EIB副総裁を2年半務めたフィンランドのストゥブ大統領ですらESG規制を「理解しがたい」と批判する」

     

    NATO(北大西洋条約機構)加盟国で、国防費の対GDP比が2%未満の国がゴロゴロしている。トランプ米国前大統領が、ロシアに対して「こういう国は侵略して良い」などと暴言を吐くほどだ。トランプ氏から非難された欧州の国々が、今や国防で目覚めている。長い間、国防を他国任せにするという無責任な態度であったからだ。これも、理想主義偏重の歪みであろう。

     

    (2)「ただ、EUが多国間協調を捨て、大国のパワーと国益を重視する現実主義に振れると結論づけるのは早計だろう。確かに2035年のエンジン車の販売禁止を決めた後、大国ドイツの意向を踏まえ、合成燃料の利用に限り販売継続を認めた。2期目が決まったフォンデアライエン欧州委員長は18日、あくまで合成燃料は例外措置だと強調した。政権安定のため環境政党に配慮した点を割り引いても、温暖化ガス排出ゼロを目指す理念は変わらない。独シンクタンク、外交問題評議会の元主席研究員、ベンジャミン・タリス氏は理想主義の失敗を踏まえ、「価値や理念を徹底的に守り、広げることに特化した『新理想主義』が主流になる」と説く」

     

    EUが、理想主義を掲げなければ結束は維持できない。その理想主義を実現する「実力」も不可欠である。要するに、「二本立て」である。

     

    (3)「揺らぐEUを横目に、企業はしたたかに現実主義的なアプローチを貫く。21年、新たな車台開発を発表した欧州ステランティス。EUの電気自動車(EV)一辺倒の戦略を踏まえ、当初は「EV向け」と説明していたが、需要が失速するとプラグインハイブリッド車(PHV)などエンジン車にも使えることを明らかにした。カルロス・タバレス最高経営責任者(CEO)は、「マルチエネルギー車台戦略で予測できない状況にも適応できる」と胸を張る」

     

    企業は,理想主義にばかり酔っていたならば赤字になる。利益を出さなければならないという「現実主義」が裏付けになる。

     

    (4)「独BMWは、EVシフトを強調してきた水面下で、水素を使った燃料電池車(FCV)開発を続ける。ライバルが乗用車から商用車に開発主体を移すなか、乗用車向けFCVの本命に浮上する。対照的に、トヨタ自動車はEVだけでなく多様な環境車をそろえる「マルチパスウェイ(全方位戦略)」を公言してきた。異なる理想主義でEUと対立し、EVに後ろ向きだと環境団体や投資家にたたかれた」

     

    トヨタの全方位戦略の強みは、今回のEV失速で証明された。全固体電池という本命電池を開発しながらHVという補強策も万全であった。

     

     

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