勝又壽良のワールドビュー

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    カテゴリ:ロシア経済ニュース時評 > ロシア経済ニュース時評

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    ドイツ外相の強い中国警告

    ロシアの長期的耐性に疑問

    中国の経済進出に拒否感も

    戦狼外交で窮地に立つ矛盾

     

    ロシア経済は、ウクライナ侵攻後1年を経て綻びが目立ってきた。頼みの原油と天然ガスの主要市場であった欧州を失い、価格も大幅に低下しているからだ。これが、ロシア経済を直撃している。中国は、こういうロシアに対して精神的支援を送る。西側諸国は、中国が台湾侵攻を目論でいるので、ロシアを支援しているものと解釈する。その結果、「反中防衛網」を作らせる副産物を生んでいる。中国にとっては、全く割の合わない事態に遭遇しているのだ。 

    中国が、自らを包囲させる事態を生んでまでもロシアを支援する理由は何か。それは、二つの側面が考えられる。一つは、習近平氏とプーチン氏の個人的関係である。この両者は、終身職を狙っている。二人は1歳違い(プーチン氏が上)であり、権威主義国家のリーダーとして君臨したいという個人的欲望に基づくのだ。もう一つは、中国の台湾侵攻の際にロシア軍が北方で日本を軍事牽制して、台湾防衛へ集中させないという思惑である。

     

    こう見ると、中国はロシアを支援する理由がある。中国は、これに伴う反作用を無視することで、自国経済が蝕まれるのは確実である。西側諸国が、中国・ロシアを一体的に捉えで警戒姿勢を強めている結果だ。 

    ドイツ外相の強い中国警告

    最近では4月14日、EU(欧州連合)の外相に当たるボレル外交安全保障上級代表は、中国がウクライナ危機を巡り、ロシア軍撤退による政治的解決を模索しない限り、EUが中国と信頼関係を持つことは「極めて困難」との見方を示した。 

    また、ドイツ外相ベーアボック氏は訪中した14日、中独外相の共同記者会見で「紛争は平和的に解決されなければならない」と述べ、台湾海峡の緊張について重大な懸念を持って注視していると警告した。中国のいかなる台湾支配の試みも容認できず、欧州に深刻な影響を及ぼすと表明したのだ。「一方的で暴力的な現状変更は、われわれ欧州人にとって容認できない」とも語った。フランスのマクロン大統領の中国擁護論とは、一線を画したのだ。欧州の盟主は、ドイツであるという自負心であろう。 

    前記のように、EU外相にあたる外交安全保障上級代表とドイツ外相が、正面切って中国へ不信感を突きつけたことは、中国にとって痛手だろう。マクロン氏からせっかく「親中国論」を引き出したが早速、EUとドイツからしっぺ返しを受けた格好である。中国のロシア支援は、台湾侵攻問題を控えているだけに危機感を増幅させているのだ。

     

    ロシア経済の弱体化は、今年1~3月期の経常収支黒字の大幅減少と財政赤字に現れている。2023年1~3月期の経常収支は、黒字が前年同期比約73%減少し186億ドルとなった。エネルギー収入の大幅な減少が原因だ。石油・ガス収入が、前年比45%も減少したのである。 

    1~3月期の財政収支(速報値)は、290億ドルの赤字になった。歳出が急増した一方、エネルギー収入が減少した結果だ。ロシア政府は、2023年の財政赤字がGDPの2%を上回ないとしている。だが、エネルギー収入の減少と軍事費増加で、財政赤字が膨らむのは不可避である。 

    経常収支の赤字接近が、ロシア経済を揺さぶることは確実である。それは、23年のGDP成長率に表れる。ただ、ロシア政府は基本統計の公表を中止しているので、外部からの推計を困難にさせている。国際機関でも幅のある予測値になっている。 

    OECD(経済協力開発機構)は、最も悲観的な見方を示した。23年のロシア経済成長率をマイナス2.5%と予想し、昨秋のマイナス5.6%から上方修正した。EUが、ロシアのエネルギー輸出を抑えるために講じた措置による影響が、当初予想よりも限定的と見ていることだ。

     

    IMF(国際通貨基金)は、0.7%のプラス成長を予想する。理由は、非常に強力な財政措置を講じることを上げる。エネルギー輸出による収入も底堅いと見る。西欧諸国による禁輸措置を受けているが、それに代わる輸出先を見つけたことが大きいとしている。 

    悲観的な見方も、楽観的な見方も、正確な統計データの発表が中止されているので「手探り状態」である。唯一の手がかりは、ロシアのエネルギー輸出状態と財政赤字がどこまで膨らむかにかかっている。楽観は禁物である。 

    ロシアの長期的耐性に疑問

    英国際戦略研究所(IISS)のマリア・シャギナ上級研究員は、ロシア経済が経済制裁に対して短期的に耐性を示しても、長期的な見通しは暗いと指摘する。その結果、ロシアは内向き志向を強め、中国に過度に依存するようになるだろう見る。資金的に見て、24年以降に窮迫すると予測されているのだ。23年の財政赤字が膨らめば、ルーブル相場は下落して実態悪をさらけ出す。現在は、1ドル=81ルーブルだが、ルーブル安傾向を強めている。 

    ロシア中央銀行は、航空部門でリスクが高まっていると指摘している。新型の機体や部品の不足により、保守面で問題が生じかねないのだ。ロシアの現役航空機の77%が欧米製である。国内旅客輸送量は、97%が欧米製の航空機が担っている。それだけに、部品供給ストプは航空輸送の安全に重大問題を発生させかねないのだ。換言すれば、墜落事故の発生である。(つづく)

     

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    https://www.mag2.com/m/0001684526

     

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    ロシア国内は、ウクライナ侵攻1年が経ち戦況がはかばかしくないことから、底流には批判的ムードが高まっている。政府高官の中には、国外逃亡を計る気運も出ているという。これを回避するには、高官の海外逃亡を未然に防止するのが最善と判断し、パスポートを没収している。この動きは、地方公務員や民間人にも広がっている。

     

    『フィナンシャル・タイムズ』(4月3日付)は、「ロシア、政府高官のパスポート没収 国外逃亡を防止」と題する記事を掲載した。

     

    ロシア保安当局は、プーチン体制で情報漏洩や国外逃亡への懸念が高まっているとみて、海外渡航をさせないように政府高官や国営企業幹部のパスポートを没収している。ロシアによるウクライナ侵攻が続くなか、保安当局は政府内の海外渡航の要件を厳しくし、一部の著名人や元高官に対してパスポートなど渡航関連書類の引き渡しを求めている。

     

    (1)「このような圧力の高まりは、ロシア大統領府と旧ソ連時代の国家保安委員会(KGB)の後継機関であるロシア連邦保安局(FSB)が国内の民間人エリートによる忠誠心に深い疑念を持っていることを映している。民間人エリートの多くは、個人的にはウクライナとの戦争に反対しており、生活スタイルへの影響にやきもきしている」

     

    治安取締機関のロシア連邦保安局は、国内の反戦世論の盛り上がりを防ぐべく、民間人エリートの動向にも注意している。

     

    (2)「ドミトリー・ペスコフ大統領報道官は、ロシアが「センシティブ」な分野で働く一部の人々に対して渡航制限を強化したことを認めた。同氏はフィナンシャル・タイムズ(FT)に「海外渡航には、より厳しい規則がある。ある部分では正式に、またある部分では特定の従業員に関し、特定の判断で決まる」と語った。「特別軍事作戦の開始以来、この問題により多くの注意が払われている」と指摘。旧ソ連時代から、中級の国家機密にアクセスできる政府高官は、省庁や企業に設置された「特別部門」にパスポートを預けることが求められてきたという」

     

    元政府高官や企業の幹部らによると、旧ソ連時代に保安当局が政府高官にパスポートを預けさせることはほとんどなかったという。現在は、ソ連時代よりも統制を厳しくしている。

     

    (3)「ロシアが、2014年にクリミアを侵攻した後、この状況が変わった。保安当局が米国や英国などへの渡航について警告するようになった。関係者によると、22年のウクライナへの全面的な侵攻以降は、渡航制限がより広範に適用され、国家機関に所属する個々の保安担当者の対応に大きく依存するようになった。このため、国家機関によって保安対策は異なる。中堅クラスの人物さえも海外渡航を控えるよう求められるところもあれば、高官に問題のない範囲内で海外渡航の包括的な許可を与えているところもある」

     

    ロシアのクリミア侵攻後、政府高官などの米英などへの渡航制限がかかるようになった。

     

    (4)「関係者によると、ある国営の大手事業会社の幹部は、正式な許可なく首都モスクワから車で2時間以上の移動を禁じられているという。また、FSBの当局者が、過去に国家機密にアクセスしていた元政府高官に対し、パスポートの引き渡しを求めたケースもあるという。さらには国家機密に一度もアクセスしていない人であっても同様の対応の場合があったと、事情に詳しい関係者は指摘している」

     

    国営企業の幹部も、許可なくモスクワから2時間以上の移動を禁じられている。元政府高官にもパスポートの引き渡しを求めているほどだ。

     

    (5)「ロシア中央銀行の元職員であるアレクサンドラ・プロコペンコ氏は、パスポートの制限は現在、機密情報を取り扱うための人物調査を受けた人以外にも広がっていると述べた。同氏は「保安当局者らは今、特定の人々のところに来て『赤い民間人パスポートを提出してください。祖国の機密情報にアクセスしたことがあるからです。あなたの動きを管理する必要がある』と告げている」と述べた。プロコペンコ氏は国家機密やスパイ行為、国家反逆に関する法律の改正により、ロシアの保安機関はルールを独自に解釈する自由度を確保したと説明した」

     

    現在は、民間人も幅広く網が掛けられ、パスポートの没収が行われている。国内情報の漏洩を抑えようという狙いだ。

     

    (6)「プロコペンコ氏は昨年の侵攻後、中央銀行を辞め、現在はドイツ外交問題評議会の客員研究員を務めている。「基本的にいかなる情報であっても秘密とみなされるため、内部のFSBの当局者があなたは機密情報を持っていると言い始めている。それは何か。なぜ秘密なのか、そして誰が秘密と決めたのかは誰も分からない」とプロコペンコ氏は語った。ロシアの有力紙コメルサントによると、少なくとも7つの地方が地元の公務員に海外渡航をしないように強い勧告を出したという」

     

    地方公務員まで、渡航禁止すべくパスポートの没収を行っている。国家機密漏洩防止の目的である。暗い時代になった。パスポートが戻されるのは、いつになるのか。

     

     

     

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    ロシアのウクライナ侵攻が9カ月目に入った。これからの時期、再び天候が決定的な要因になると安全保障担当者や軍事専門家は指摘している。

     

    冬の気温が時にマイナス30度まで下がる国のことだ。暖を取る方法だけを考慮すればよいわけではない。それほどの低温下では機材の操作が難しくなり、仕掛けられた地雷は雪の下に隠れる。発電機を動かすにもより多くの燃料が必要だ。敵の視界を遮るものが少ないため、物資は夜間に移動する必要がある。一部のドローンのナビゲーションシステムは氷で覆われる。冷気は暖気より密度が高いため銃弾ですら速度が落ちる。『フィナンシャル・タイムズ』は、ウクライナ戦線の厳しさをこう報じる。

     

    英紙『フィナンシャル・タイムズ』(10月31日付)は、「ウクライナ・ロシア軍攻防、厳冬期が勝負の分け目に」と題する記事を掲載した。

     

    プーチン氏の戦略ポイントは、寒さが軍事作戦の速度を落とすことにある。ロシア軍は防衛線を維持し占領地域を支配し続けられる。アナリストは、これがウクライナでの作戦を統括するロシア軍スロビキン司令官の考えの中心だと指摘する。

     

    (1)「英ワーウィック大学のアンソニー・キング教授(戦争研究)は、「冬は寒く暗いため、兵士へのより手厚い後方支援が必要になる。使う燃料も増える。作戦を阻む様々な抵抗にこれらが加わり、守る側に有利に働く」と話した。だがウクライナには、特に兵士への物資供給や防寒対策においてより決定的になりうる強みがある。カナダが50万着の冬仕様の軍服を供給しており、10月の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議では冬の間ウクライナをどう支援するかが主要議題となった」

     

    この冬、ウクライナ侵攻で決定的な局面を迎える。戦局の拡大ではなく、前線の兵士の士気がどうなるかだ。ウクライナ軍は、完全な防寒具が用意されている。ロシア軍は、かねてから装備不足が指摘されている。兵站線攻撃で有利なウクライナ軍は、徹底的にロシア軍を叩けば、さらにロシア軍は苦境に立たされるであろう。

     

    (2)「ウクライナ空軍の元中佐でキーウのシンクタンク、ラズムコフ・センターの共同所長を務めるオレクシー・メルニク氏は、「ロシアは少なくともエネルギー戦争では冬が自分たちに味方すると踏んでいる。ウクライナ軍兵士を取り巻く環境の方がはるかに良いだろう」と指摘する。地元住民からの物資の援助があるためだ。同氏は最近キーウ近郊の分隊を訪問した際、「住民が洗濯した衣類を提供したり、(兵士に)食事を出したりして、必要なものは何でも持ってきていた」と語った。前線となっている東部バフムートに派遣されているウクライナ軍特殊部隊のタラス・ベレゾベッツ氏は、「我々はボランティアからたくさんの物資をもらっている。ガソリンの備蓄も自立型電源もある。『備えよ』との司令が出ている」と話した」

     

    ウクライナ軍は、自国領土での戦いである。地の利を得ているのだ。自国民から温かい差し入れを受けて戦えるのである。

     

    (3)「占領地域にいるロシア兵にそのような支援はない。また最近招集されて1100キロメートルに及ぶウクライナの前線に急きょ配備された数万人の兵隊の多くは基本的な装備にも事欠いている。ロシアメディア『アストラ」が公開した動画では、動員兵が十分な物資がないまま南東部ザポロジエに送られたと不満を述べている。新兵の一人は「敵地にいるのに装弾の一つも持っていない」と話し」

     

    ロシア兵は、弾薬も持たされずに最前線へ送り込まれている。冬の装備が、どこまで整っているか疑問である。

     

    (4)「安全保障担当者や軍事専門家は、最大の未知数はこの冬がどれほど厳しいかだと話している。また気温は0度前後で雨が多く地面がぬかるむのか、あるいはマイナス10度まで下がり何もかも凍るのかも重要だという。暖冬の場合、プーチン氏が狙うエネルギー戦争の効果は薄れ、物資を搭載した重量のあるトラックはぬかるんだ道で車輪が泥にはまるのを避けるために舗装道路しか走行できない」

     

    暖冬の場合、物資を搭載した重量のあるトラックは舗装道路しか走行できない。これが、ウクライナ軍の狙い目だという。

     

    (5)「そうなればウクライナ側は、ロシアの補給路や後方支援部隊を狙い撃ちしやすくなる。ウクライナの国立戦略研究所のアナリスト、ミコラ・ビエリエスコフ氏は、ウクライナ軍は「戦場で精密誘導兵器を利用してロシア軍を(疲弊させ)、ロシア兵の前線での生活を一層みじめなものにできる」と話した。一方で、ぬかるみはウクライナ軍の反撃能力を制限する面もある」

     

    舗装道路を走るトラックは、ウクライナ軍に攻撃され易くなる。そうなると、ロシア兵の生活は物資不足に見舞われて、厳しくなるだろう。

     

    (6)「ビエリエスコフ氏は、それとは対照的に「地面が深くまで凍結すれば地上をあちこち移動でき、理論的には新たな攻撃が可能になる」と指摘した。また「冬の間も士気を保つことが双方にとり最重要課題となる。もし維持できなければ、地上に展開するロシア軍が後戻りできない状況に陥る可能性が高い」と話した」

     

    地面が深く凍結すれば、ウクライナ軍の攻撃が行ないやすい状態になる。冬の間、ロシア軍は寒さとひもじさ。さらに、いつ攻撃してくるか分からないウクライナ軍に怯えざるを得ない。ロシア軍兵士は、こういう環境でどう動くのか。集団投降もありうるのだ。ウクライナ戦線は今冬、大きな分岐点になりそうである。

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    ロシアは、ウクライナの戦況悪化が注目の的であるが、国内経済も予断を許さない状況になっている。3万人動員令のほかに、徴兵を嫌って大量の青壮年が国外脱出しているからだ。脱出組は、高度の技術者とされており、ロシア経済は年末にかけて「経済危機第2波」が襲いそうな状況になった。

     

    『ロイター』(10月14日付け)は、「ロシア経済、部分動員で回復腰折れか 生産性や需要に打撃」と題する記事を掲載した。

     

    ロシア経済は、すでに西側諸国による経済制裁のために既に打撃を受けている。今度は、国内的な要因でさらに痛めつけられる展開になってきた。プーチン大統領が9月21日に出した部分動員令が生産性に打撃を与え、需要と景気回復の足を引っ張る恐れが強まっているからだ。

     


    (1)「これまでに何十万人もの男性が、徴兵されるか国外に逃亡した。西側の制裁にもかかわらず当初の想定より底堅く推移してきたロシア経済には、投資活動をまひさせてしまう不確実性という厄介な問題がのしかかりつつある。セントロクレジットバンクのエコノミスト、エフゲニー・スボーロフ氏は「部分動員令や地政学的リスクと制裁リスクの高まりによって、経済危機の第2波が始まろうとしている」と語り、ロシア経済は年末にかけて一段と縮小すると予想した

     

    部分動員令は、ロシア社会へ衝撃を与えた。それまで、ウクライナ侵攻は「よその戦争」という意識で暢気に構えていた。動員令で、それが身近な戦争になったのだ。多くの青壮年が、徴兵という恐怖に怯えて脱出した。これによる労働力不足が、年末にかけてロシア経済を襲うと見られるにいたった。

     


    (2)「ロシア経済発展省が、今年の国内総生産(GDP)成長率について、12%を超えるマイナスになるとの見通しを発表したのが4月。それ以降は、原油高と経常収支の黒字拡大を追い風に、政府の経済見通しは着実に上向いてきた。9月終盤にロイターが実施したアナリスト調査では、今年のロシアのGDP成長率の予想はマイナス3.2%で、経済発展省の予想は同2.9%。来年はアナリストの予想がマイナス2.5%なのに対して、経済発展省は同0.8%とはるかに楽観的だ。だが、ロシアがウクライナでの軍事作戦強化を進めているのに伴って、ある程度姿を見せてきた景気回復は腰折れしかねない

     

    原油高と経常収支の黒字拡大を追い風に、政府の経済見通しは着実に上向いてきた。ただ、8月から財政赤字に転落している。軍事費が、嵩んでいるためだ。そこへ、今回の動員令と国外脱出による労働力不足が加わる。事態は容易ではなくなってきた。

     


    (3)「ベテランのエコノミスト、ナタリア・ズバレビッチ氏は、「部分動員が主としてもたらす結末は、人的資本の喪失だ」と述べ、いつトンネルの出口の明かりが見えるのか分からない以上、最大限の恐怖と何もかもが不確実という状況が、急激に広がってくると説明した。実際、部分動員の期間や最終的な規模はなお判然としない。こうした中でロシアのメディアは、
    推定で70万人が部分動員令の発表以来、国外に逃げ出したと伝えているロクコ・インベストの投資責任者、ドミトリー・ポレボイ氏の見積もりでは、ロシアの労働力人口の0.4~1.4%が既に逃亡したか、戦場に投入されようとしている招集兵になっているという」

     

    動員令発表後に推定では、実に70万の人が国外に逃げ出したと伝えている。いずれも、高技能者である。外国へ出ても生きていける技能を身に付けている人たちだ。ロシア経済には、大きな痛手になる。

     


    (4)「ポレボイ氏は、折しもロシアが先進的な機器や技術を手に入れにくくなっている局面にあるだけに、部分動員はロシアの人口動態、労働市場、投資環境という観点で痛手になると分析。「人的資本だけが経済をけん引する力として計算できたのに、生産年齢人口の一部は徴兵され、別の一部は逃げ出している」と嘆いた」

     

    部分動員も労働力不足に拍車を掛ける。前線へ借り出されれば、何割かが死傷の身になる。労働力不足になることは間違いない。

     

    (5)「動員令では、中小企業が最大の被害者になろうとしている。ズバレビッチ氏は、「最悪の事態が訪れるのは、中小企業だろう。徴兵猶予を働きかける政治的手段はなく、2人か3人の要となる従業員を失えば、事業が成り立たなくなる」と話す。間の悪いことに物価が再び上昇する気配を見せ、中銀の利下げサイクルは幕切れを迎えそうで、部分動員が経済にショックをもたらせば、政策担当者にとって新たな頭痛の種になってもおかしくない」

     

    動員令で、最大の被害は従業員2~3人の零細企業であろう。この中から従業員を1人でも失えば事業が成り立たなくなる。こういう事態になれば、ロシア経済は目詰まりを起そう。

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    先進国では、領土拡大を意味する植民地主義が、19世紀の遺物として清算済である。ロシアは、未だにこれにしがみついており、世界の平和にとって大きな障害であることが浮き彫りになった。こういう「時代遅れ」の国に対して、どのように対応するのか。悩みは深い。

     

    ロシアの領土拡大の欲望は、止まるところを知らないようだ。6月初め、プーチン氏はウクライナについて、第一歩にすぎないと述べ、他の多くの領土も潜在的な標的とみていることが分かった。9日には初代ロシア皇帝のピョートル大帝の生誕350周年を記念する展覧会に出向き、ピョートル大帝がスウェーデンから獲得した領土について、「彼は私たちの領土を取り戻し、強化しただけだ」と笑みを浮かべて説明した。

     


    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(6月27日付)は、「プーチン氏『帝国の野望』 どこまで目指すのか」と題する記事を掲載した。

     

    (1)「初代ロシア皇帝のピョートル大帝の生誕350周年を記念する展覧会で、プーチン氏は次のように語った。「(土地を)取り戻して強化することがわれわれの運命のようだ」と述べ、ウクライナ戦争がピョートル大帝の戦争のように、20年以上続く可能性を示唆した。大統領補佐官のウラジーミル・メジンスキー氏はさらに露骨で、モスクワが地球の表面の6分の1を支配していたときより領土が大幅に縮小したと嘆き、不運な後退は「いつまでも続かない」と述べた」

     

    領土拡大を歴史の使命とするプーチン氏は、歴史を動かす原動力が「イノベーション」であることの認識がない。領土重視=資源重視=モノカルチャー経済という必然的な衰退コースを歩んでいる。この意味で、20年後のロシアは確実に弱小国へ転落するに違いない。科学革命の経験がない国家の悲劇である。

     


    (2)「領土の回復を訴えるこうした発言は1991年のソビエト連邦崩壊を巡る積年の憤りによるところが大きい。プーチン氏が20世紀最大の惨劇だとするソ連崩壊で、ロシアは歴代皇帝が積み上げた人口と領土のほぼ半分を失った。これをきっかけに世界の超大国は権威を失って、貧困や汚職、反乱に悩まされる破綻国家となった。ロシア政府はエストニアやリトアニア――両国ともNATOと欧州連合(EU)に加盟している――やモルドバ――ロシア軍高官が標的として最近引き合いに出した――などの隣国に新たに脅しをちらつかせている」

     

    ロシアは、1991年のソ連崩壊で領土も人口も失った。正確に言えば、これまでの支配が異常であり、正常化されたにすぎない。これを歴史の屈辱と捉えているが、大きな間違いだ。

     

    戦後の日本も同じ境遇に陥った。後に総理になる石橋湛山(当時:東洋経済新報社社長)は敗戦の年、『東洋経済新報(週刊東洋経済)』8月25日号社説)で、「更正日本の針路」と題し、日本は領土を失っても悲観することはない、技術でこれを補えると鼓舞した。その後の日本経済は、現実に復興を果たした。ロシアには、石橋湛山のような思想も人物もいないのだろう。ロシアが今後、発展できない理由はこれだ。

     


    (3)「ウクライナでのぶざまな後退こそが、プーチン氏を戦争の拡大に追いやる可能性があると警告するのは、ロシアの野党政治家でかつてはプーチン氏に助言したマラト・ゲルマン氏だ。「国内で大統領の支持率が脅威にさらされている。大統領は自分が拡大し、資金を注いできた偉大な軍隊がなぜウクライナの抵抗に対応できないかを説明できない」と同氏は言う。「従って大統領はウクライナとだけでなく、世界全体と戦う新たな次元に全てを移行させる必要がある。それゆえプーチン氏は別の犠牲者を選ぶ危険がある」。戦争が拡大すれば、民間人の軍への動員と、ロシアにまだ存在する数少ない市民的自由の排除が正当化される可能性がある、と同氏は指摘する」

     

    プーチン氏が、ウクライナ敗北で引き下がる男ではない。戦線を拡大して勝つまで戦うだろう。これは、見過ごしにできない重要な点である。

     


    (4)「ロシアが軍事的な問題を抱えているにもかかわらず、ウクライナ戦争の終結はほど遠い。ロシアは年単位の戦争に備えながら、ドンバス地方で前進を続けており、ウクライナ併合という当初の目標を変えていない。国家安全保障会議の副議長を務めるドミトリー・メドベージェフ前大統領は今月、「ウクライナが2年後に世界地図に残っていると誰が言ったか」と述べた。一部の欧州の指導者にとってこれらの発言が意味するところは、ウクライナの大部分がロシアに支配された状態で停戦が実現し、ロシアが消耗した軍を再編・再建して、新たな攻撃に向けて準備をすることができれば、最終的に他の欧州の国がプーチン氏の標的になる、ということだ

     

    ウクライナ戦争は、簡単に終わらないだろうという見方である。プーチン氏が、敗北を受入れない男であるからだ。

     

    (5)「エストニアを含むバルト3国は、建前上はNATO加盟によって保護されているが、NATOが現在、この地域を含めた東欧に配置している兵力は少なく、ロシアの全面侵攻を軍事的に撃退するには十分ではない。東欧最大の国ポーランドでさえ、軍隊はウクライナ軍ほど強くはなく、戦闘で鍛えられてもいない。一部の西側の軍事専門家によると、ロシア軍はエストニアの首都タリンをわずか1日で占領できるという。ポーランド国防省が2021年に実施した軍事演習では、同国軍は5日間でロシアに完敗するとの結論に達した」

     

    バルト3国は、ロシアの戦闘拡大に最も警戒している。エストニアの首都タリンは、わずか1日で占領されるという。米軍が、バルト3国へ常駐するので、ロシア軍も簡単に手を出せない状況だ。

     

    (6)「元駐NATO米大使でシンクタンク「シカゴ・グローバル評議会(CCGA)」会長のイボ・ダルダー氏によれば、ロシアがNATO加盟国に対して軍事侵攻した場合、現状では米国は間違いなく迅速に対応するという。ウクライナでの経験とは違って、ロシアの空軍は数日で破壊され、地上部隊はNATOの優れた空軍力に太刀打ちできないだろう。しかし、米国でより孤立主義的な政権が成立すれば、状況は変わるかもしれない」

     

    米軍とNATO軍がロシア軍と戦えば、帰趨ははっきりしている。ただ、米国でトランプ氏のような孤立主義者が政権につくと状況は変わる。欧州はその場合、悲劇再現となるリスクが高まる。

     

     

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