勝又壽良のワールドビュー

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    ムシトリナデシコ
       

    米国トランプ政権は、ウクライナのインフラ復旧投資に関し,米国が管理権を要求していることが分った。ウクライナは「まな板の鯉」である。ウクライナは、米国の要求をすべて受入れない限り、念願の停戦状態にならないことから受入れざるを得ない状況である。膨大なウクライナの復旧では、EU(欧州連合)や日本などの介入を排除して、先ず米国企業が選択権を持つ形になりそうだ。

    『ブルームバーグ』(3月28日付)は、「米国、ウクライナに投資計画全ての管理権要求-欧州など他国排除」と題する記事を掲載した。

    米国はウクライナで将来行われる主要インフラ投資全ての管理権を要求している。欧州など他のウクライナ支援国は排除され、ウクライナの欧州連合(EU)加盟をくじくことにもなりかねない。


    (1)「ブルームバーグニュースが入手した草案文書によると、トランプ政権が要求しているのはインフラと天然資源に関連する全ての投資プロジェクトの「優先交渉権」で、ウクライナとの改定版パートナーシップ協定で規定される。ウクライナが受け入れる場合、道路や鉄道、港湾、鉱山、石油・ガス、重要鉱物の採掘などあらゆるプロジェクトで、米国が極めて大きな権限を握る。国土の広さで欧州最大を誇り、EUとの協調を強めようとしているウクライナに、米国の経済的な影響力が前例のない形で拡大することになる」

    米国は、ウクライナの道路や鉄道、港湾、鉱山、石油・ガス、重要鉱物の採掘などあらゆるプロジェクトで極めて大きな権限を握る。ウクライナの「属国化」である。トランプ氏は、米国民に「戦果」を誇るのだろう。

    (2)「ウクライナの特別復興投資基金は、米政府が管理し同基金に移管される利益について米国は優先的に請求できる。草案文書によると、米国は2022年のロシアによる全面侵攻以降にウクライナに提供された「物質的・金銭的便益」を同基金への拠出金と位置づけた。これは実質的に、戦争開始以降の米国の軍事・経済支援を払い切るまで、ウクライナは基金の利益を全く受け取れないことを意味する」

    米国は、ウクライナへ支援した全資金を回収する意思だ。だが、2026年に中間選挙を控える状況で、この「強欲作戦」は裏目に出る可能性が高い。非営利調査団体モア・イン・コモンが、3月9日に公表した世論調査結果によれば、米国人の67%、共和党員の65%が、米国は戦争終結までウクライナへの支援供与を続けるべきだと答えている。超大国の米国が、戦争被害国から支援資金を取り立てることに否定的である。


    (3)「米国とウクライナは2月に天然資源協定に調印する計画だったが、ホワイトハウスで会談した両国の首脳が激しい口論となり決裂。この後で米政府は協定内容を改定し、ウクライナ側に草案を先週末提示していた。ホワイトハウスは先週、ウクライナの重要鉱物を対象とした前回の合意よりも、もっと踏み込むと説明していた。両国の協議は継続中で、最終的な草案では条件が変更される可能性もある。事情に詳しい関係者がブルームバーグニュースに述べたところによると、ウクライナは今週、米国に対し修正案を提示する可能性が高い」

    ウクライナは、恐る恐る米国へ修正案を出すのだろう。トランプ氏のご機嫌を損ねれば、すべての努力が水泡に帰す。

    (4)「パリで開かれた欧州首脳との会議に出席したウクライナのゼレンスキー大統領は27日、米国が提示した合意案は「詳細な検討」が必要で、交渉過程で条件は常に変化していると記者団に説明。合意に至ったと断言するのは時期尚早だとしつつ、「われわれは米国との協力を支持する。米国にウクライナ向け支援の停止を促す恐れのあるシグナルは一つでも発したくない」と続けた。米財務省報道官はコメントの要請に対し、「この重要な合意の早期締結と、ウクライナとロシア両国の恒久的な平和の確保に米国は引き続き努めている」と述べた」

    ゼレンスキー氏は、米国にウクライナ向け支援の停止を促す恐れのあるシグナルは一つでも発したくないとしている。ウクライナにとって、米国が「命綱」であるからだ。


    (5)「ウクライナは、2022年にEU加盟候補国として認定され、正式加盟に向けた交渉が始まる見通しだ。ただ、交渉完了には長い年月がかかる可能性があり、ウクライナ経済の大部分における投資決定権を米国が実質的に握るとなれば、交渉は一段と難しくなる公算が大きい。ウクライナは以前、米国との合意がEUと結んだ連合協定と矛盾することがあってはならないと主張してきた。これまでの支援を共同基金への拠出金に位置づけようとする米国の働きかけも、拒否していた」

    ウクライナは、戦争終結と引き換えにしているので、米国と難しい交渉を迫られている。最終的に、米国の意向に従うほかないのだ。

    (6)「この草案文書によると、米国は基金の理事会メンバー5人のうち3人を指名し、決定を阻止できる特別議決権も得る。ウクライナ政府はあらゆる天然資源・インフラ関連の新プロジェクトから得る利益の50%を基金に払い込むことが義務づけられ、米国はこれまでの支援金額を完全に回収するまで、利益の全額に加えて年4%のリターンを受け取る権利を有する。ウクライナは全てのプロジェクトを「可能な限り早期に」基金に提示し、審査を受ける義務も負う。却下されたプロジェクトについて、ウクライナは「大きく改善した」条件で第三者に提案することが少なくとも1年間は禁じられる」

    米国は、ウクライナ支援金に年4%の金利を課すという。これは、米国民からみて余りにも情け容赦ない姿勢に映るだろう。来年11月、米中間選挙では争点にされるに違いない。トランプ氏の理由は、国債発行で得た資金だから、その金利分を払えと言うのだ。


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    ウクライナのゼレンスキー大統領は、物別れに終わったトランプ米大統領との会談から一夜明けた3月1日、ウクライナの苦境について耳を傾けられ、ウクライナが忘れられないことが「非常に重要」とソーシャルメディアに投稿した。『ロイター』(3月1日付)が報じた。

    ゼレンスキー氏は、ワシントンのウクライナ人コミュニティとの会合の映像を添えた投稿で、「戦時中も戦後も、誰もがウクライナに耳を傾け、ウクライナのことを忘れないようにすることがわれわれにとって非常に重要だ」とした。「ウクライナの人々が、自分たちが孤立していないこと、自分たちの利益が世界中のあらゆる国、あらゆる地域で代弁されていると知ることが重要だ」とも述べた。ゼレンスキー氏は、国益実現目指して奮闘している。


    『ロイター』(2月27日付)は、「ウクライナ、鉱物資源取引にのぞくトランプ氏顔負けのしたたかさ」と題する記事を掲載した。

    (1)「ウクライナの重要鉱物などの資源を米国に提供することは、ゼレンキー氏が昨年9月に当時米大統領選の候補だったトランプ氏に持ちかけたアイデアであり、両国の商業的利益に合致させることを望んでいた。ただ、ゼレンスキー氏は昨年11月の米大統領選後に、持ちかけたよりも大きな譲歩を迫られた。ロシアが、2022年にウクライナへ侵攻して以来、米国がウクライナに提供してきた財政的・軍事的支援に対する「見返り」として、トランプ氏が約5000億ドル(約75兆円)について話し始めたからだ」

    協定草案の内容に詳しい情報筋によると、草案には米国の安全保障や武器の継続的な提供は明記されていないものの、米国はウクライナが「自由で、主権があり、安全であること」を望んでいるとの文言が盛り込まれているという。これは、ウクライナの安全保障を示唆している。ゼレンスキー氏は、もう一歩の突っ込んだ安全保障が欲しいのだ。戦火に蹂躙されているウクライナ大統領として、当然のことであろう。


    (2)「米紙『ニューヨーク・タイムズ』は、ウクライナが天然資源を将来収益化する際に、収入の半分を米国が管理する特別基金に支払う内容の合意に向けて協議していると報じた。この基金は外国からの資本誘致の起爆剤として、収入の一部をウクライナ国内に再投資する役割を担う。一方で米国は、ほとんど理にかなわない5000億ドルの要求を取り下げたようだ。キール世界経済研究所によると、米国の過去3年間のウクライナに対する軍事および民用支援は1140億ユーロ(約18兆円)に上り、欧州諸国は同じ期間に計1320億ユーロを支援した」

    今回のトランプ・ゼレンスキー会談の「喧嘩別れ」は、欧州のウクライナ支援の声を一段と強めている。これは、欧州が結束して米国へ圧力をかけることに繋がるであろう。

    (3)「ウクライナの鉱物資源の規模は未知数だ。ウクライナのウランやリチウム、原油、ガスなどの天然資源について地元当局はほとんど把握していない。いわゆるレアアース(希土類)のマッピングは数十年前が最後で、もしかすると鉱床には採算性がないかもしれない。その上、一部はロシアに占領された地域にある。さらに、収入が得られるのは何年も先になる。ウクライナはまず、鉱山施設の建設や再建を手がけた上で、損傷したエネルギー網を修復しなければならない。もっとも、将来的な見返りが約束されれば米国の投資が促進され、世界銀行が5240億ドルかかると試算しているウクライナの再建が始まる可能性がある」

    ゼレンスキー氏は、米国をウクライナへ繋ぎ止める手段を考案した。トランプ氏は、経済利益と聞けば関心を強める。この虚をついて、共同の鉱物資源開発を持ち込んだ。


    (4)「ゼレンスキー氏は、ウクライナでの停戦を監督するために米国が関与することを条件とする取引を望んでいた。この条件は、米国の欧州への軍事的関与に否定的なトランプ政権の意向に反しているようだ。しかし、ゼレンスキー氏はウクライナ経済の将来に対する関心を米国に与えることで、同じ結果がもたらされるとも述べている。実際、ロシアはこの交渉中の取引を嫌っており、プーチン大統領は米国に対して独自の鉱物資源協定を提案した」

    ゼレンスキー氏は、ウクライナ経済の将来に対する関心を米国に与えることで、米国の安全保障を引出す手立てに使っている。なかなかの「役者」である。


    (5)「ゼレンスキー氏は、未知の資源を対象とする一般的な協定が、ウクライナをあまり拘束することにはならないと結論付けるかもしれない。鉱山が立ち上がって稼働する頃には、米国の大統領はより友好的な人物になっているかもしれない。そうなれば、ウクライナは契約を見直すか、完全に破棄することができる。これはトランプ氏でさえも称賛するかもしれない見事な交渉戦術だ」

    トランプ大統領の任期は、29年1月までだ。その後は、鉱物資源開発の契約を見直すチャンスも出てくる。ゼレンスキー氏は、ホワイトハウスで恥をかかされたが「一時のこと」。ウクライナ国民のためにも、ここは「忍の一字」で臨むほかない。



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    ロシアのプーチン大統領は12日、国防相を務めたショイグ氏を交代させ、第1副首相のベロウソフ氏を後任に充てる人事を議会へ提案した。経済閣僚が長い同氏を起用して、国防省と軍の組織改革を進める。ロシアは、ウクライナ侵略の長期化で戦費が膨張している。国防相交代は、財政規律の引き締めを図るのが目的だ。ベロウソフ氏は、国防相として軍事予算や軍備の管理を担う。ペスコフ大統領報道官は同日、国防相交代の理由を「軍の予算を国全体の経済運営に合致させる必要がある」と説明した。

     

    『ロイター』(5月13日付)は、「ロシア大統領、ショイグ国防相を交代 後任にベロウソフ氏」と題する記事を掲載した。

     

    ロシアのプーチン大統領は12日、ショイグ国防相を交代させ、副首相だったアンドレイ・ベロウソフ氏を後任に起用する人事を提案した。経済政策を専門とするベロウソフ氏を国防相に充てることで、ウクライナでの勝利に向けて防衛費の有効活用を図り、経済戦争に備える狙いがあるとみられる。

     

    (1)「今回の人事刷新は22年2月のウクライナ侵攻以降にプーチン氏が軍司令部に対し実施した最も重要な変更となる。人事案は議会の承認が確実視される。大統領府のペスコフ報道官は今回の交代について、軍と法執行当局が国内総生産(GDP)の7.4%を占めていた1980年代半ばのソ連のような状況に近づいているため理にかなっているとし、こうした支出を国家経済全体と整合的にすることが重要だと説明。プーチン大統領が国防相にエコノミスト起用を望むのはこのためだとし、「革新に前向きな者こそが戦場で勝利する」と述べた」

     

    ロシアの2024年の国家予算では、国防費が前年比6割増の10兆ルーブル(約17兆円)超に伸びる見通しだ。歳出全体の3割も占める規模になる。3月にはプーチン政権が戦費確保のために個人所得税の増税を検討しているとも報じられたほどだ。下線部で、国防関係費が、GDPの7.4%も占めた旧ソ連時代(1980年半ば)に接近している事実を認めている。こういう事態が、旧ソ連経済を崩壊させたことから、プーチン氏は「戦費節約策」に出ざるをえなかったのであろう。

     

    ロシア財務省は、2022〜23年の戦争関連の財政出動が、GDPの約10%相当と推計していた。フィンランド銀行新興経済研究所が公表した調査によると、同期間に民需生産が横ばいだったのに対し、戦争関連の工業生産は35%増加した。

     

    フィンランド銀の調査チームは、直近のロシア経済予測リポートで次のように指摘している。「政府が、戦争を他の何よりも優先すると、経済政策の基本原則を無視することになる。ここ20年来、ロシア政府は堅実な経済政策を選択してきたが、(戦争によって)ロシアの堅実な政策が放棄されることは、経済専門家のみならず多くの人を驚かせた」。『フィナンシャルタイムズ(FT)』(2月3日付)が報じた。

     

    前記の報道から推察されるのは、ロシアが2年3ヶ月以上続けてきたウクライナ侵攻によって、経済がガタガタになっていることだ。これまで、ロシア経済は予想外に持ちこたえているとみられてきた。だが、ロシアは「国防関係費が、GDPの7.4%も占めた旧ソ連時代」という暗黒時代を引き合いに出すほどになっている。経済的にみれば、ロシアの継戦能力に限界がみえてきたことを示唆している。前記FTは、次のようにも指摘している。

     

    エコノミストに加え、ロシア政府の要職にあるテクノクラートの一部も、大々的な軍事支出によって、ロシア経済に新たなひび割れが生じ始めていると警戒感を示す。国家歳入の約3分の1を占める石油・ガス輸出への依存を減らすどころか、プーチン氏の戦時体制は新たな依存症を生んだ。武器の生産である。

     

    ウィーン国際比較経済研究所(WIIW)のエコノミストチームは、1月のリポートで「戦争が長引くほど、ロシア経済の軍事支出依存度が高まる」と指摘した。「このため、紛争が終結した後、経済が停滞したり、明らかな危機に陥ったりする恐れが生じている」と警告した。ロシア経済は、ウクライナ侵攻で大きなダメージを受けている。

     

    (2)「ベロウソフ氏は、プーチン氏に非常に近いことで知られる。ロシアのドローン(無人機)プログラムで重要な役割を果たしてきた。一方、退任するショイグ氏はウクライナでの戦況を巡り軍事ブロガーらから強く批判され、昨年には民間軍事会社ワグネルの創設者だったプリゴジン氏が反乱を主導した経緯がある」

     

    プーチン氏は、新たな政権発足時を捉えて人事一新を断行する。開戦中の国防相交代は、難しい事情をはらんでいるであろう。軍部内の反発などだ。ただ、新政権発足で全閣僚の辞任届を預かっているので、形式上は反発を招かないように配慮していることが窺える。

     

     

     

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    西側諸国に属する国民は、ウクライナ軍の反攻作戦に大きな期待をかけて「吉報」を待っている。だが、いくつかの村落を奪回したものの、ロシア軍の固い防衛線に阻まれ進軍は難航を極めている模様だ。西側諸国から提供された「虎の子」戦車は、ロシア軍の反撃で被弾した様子が報じられている。ただ、ロシア製戦車と異なり、ウクライナ軍の戦闘員は無事脱出している光景が見られる。貴重な人命は守られているのだ。これが救いである。 

    今後の戦況を占う傍証は第二次世界大戦で、連合軍が敵前上陸して成功したノルマンディー作戦が参考になるという。連合軍は数週間かけてゆっくりと前進し、極めて大きな犠牲を払ったが、ついにドイツ軍を撃破した作戦が参考になる。 

    『CNN』(6月21日付)は、「ロシアは反転攻勢にどれだけ備えができているのか?」と題する記事を掲載した。 

     十分に予想された中で始まったウクライナ軍のロシア軍に対する反転攻勢だが、これまでのところウクライナ側にとって際立った成功とはなっていない。16日、ロシア軍が共有した数日前の交戦の動画には、新たに米国から供与された歩兵戦闘車「ブラッドレー」16両が無力化されたとみられる様子が映っている。ウクライナ軍第47旅団に所属する車両だ。

     

    (1)「こうした状況は、ウクライナにとって全ての終わりを意味するものではないし、ウクライナが現在負けているということにもならない。反転攻勢は野心的な目標の下、ウクライナの広範囲な解放を目指す。つまり過酷で長期にわたり、膨大な犠牲を伴う苦難の道のりだということは常に織り込み済みだ。それでも今回の敗北が明らかにするのは、昨年不手際だらけだったロシアが依然として深刻な脅威をもたらす存在であるという事実に他ならない。彼らにも過去の失敗から学ぶ能力はそれなりにあったということだ 

    ロシア軍は昨年、目を覆うような敗走を続けたが、今回の作戦では準備期間があったので防衛線を固めている。 

    (2)「ここで思い出すべきなのは、ウクライナ軍による南部ヘルソン州での反転攻勢だ。昨年8月に始まった攻勢を受けてロシア軍が退却したのは、11月に入ってからだった。今回の作戦も大まかに言ってそのくらい続く公算が大きい。まして現状はより困難であり、一段と多くの代償を払ってロシア軍の要塞への侵入を試みることになる。そこでは機甲部隊、歩兵隊、防空、砲兵隊、工兵隊の見事な連携の実践が求められる」 

    昨年、ウクライナ南部の反撃では、8月に作戦を開始して勝利を収めたのは11月である。この程度の時間は掛る。

     

    (3)「最良の比較対象となるのは、第2次世界大戦におけるいくつかの戦闘だ。そこでは周到に準備された守備隊への攻勢が往々にして序盤に混乱を来し、重大な損失を被るものの、最終的には成功を収める事例が見受けられる。例えば血みどろの戦闘でノルマンディー海岸への上陸を果たした後、連合軍は数週間かけてゆっくりと前進し、極めて大きな犠牲を払った。ついには英国軍が大規模な戦車攻撃を仕掛け、ドイツ軍の守備を突破したが、結果的に数百台の戦車を次々と失う羽目になった。それでも1週間後、米軍が圧倒的な戦果を挙げる。ドイツ軍が予備兵力の大半を英国軍制圧のために使い果たしていたからだ 

    今回の反攻作戦では、連合軍による第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦が参考になろう。敵前上陸であり犠牲も多かったが、ドイツ軍を撃破できた。 

    (4)「もし、ウクライナ軍がこの反転攻勢に成功するなら、マリウポリやベルジャンシクといった経済的に重要な沿岸部の港湾都市を解放するチャンスが生まれる。これらの都市は昨年、ロシアが占領した。同時にロシア本土と戦略的に重要なクリミア半島の基地とをつなぐ「陸の回廊」を遮断できる可能性も出てくる。実現すればクリミア半島そのものも、ウクライナ軍が所有する数多くの兵器の射程に入ることになる」 

    軍事専門家の多くが指摘するように、ウクライナ軍はマリウポリやベルジャンシクなどのアゾフ海沿岸まで突破する目標を立てている。これによって、ロシア軍の兵站線分断を図るというものだ。

     

    (5)「第47旅団は悲惨な目に遭ったものの、彼らの経験は西側が供与する武器の重要性を改めて見せつけた。優れた性能の車両は「十分に」役に立つ。なぜなら動画から明らかなように、車両に乗っていた兵士のほとんどは生き延びているからだ。ウクライナ軍が比較的装甲の薄いソ連時代の歩兵戦闘車両を使用していたなら、まずあり得なかった結果だ。動画はウクライナ軍がロシアに対して有する別の利点も浮き彫りにする。それは強固な士気とプロ意識だ。ウクライナ軍の兵士はたとえ最前線で作戦が大失敗に終わっても、順序良く退却している。お互いに助け合いながら援護射撃を行い、発煙弾を使用する。パニックに陥ってはいない」 

    ウクライナ軍は、最前線で作戦が失敗してもパニックに陥らず、整然と退避行動している。この士気の高さが勝利を呼び寄せる。 

    (6)「ロシア軍の兵士が疲弊しているのに対し、ウクライナの新たな旅団は経験こそ浅いものの活力に満ち、ロシアの徴集兵よりも質の高い訓練を受けている。とりわけ戦闘に先駆け、北大西洋条約機構(NATO)によって訓練された12の旅団はそうだ。ウクライナのその他の強みとしては、小型ドローンの製造とより効果的な使用が挙げられる。その数はロシアを大幅に上回っている。また西側が供与した精密攻撃が可能な火砲やミサイルは、前線から奥深くにいるロシア軍の部隊にとっても脅威となり得る」 

    ウクライナ軍の本格的な反攻作戦には、高い訓練を積んだ12の旅団が無傷で控えている。現状は、予備的な作戦行動である。ロシア軍の弱点地帯を探り出す狙いが目的だ。

     

     

     

    テイカカズラ
       


    ウクライナ軍による反攻作戦は、慎重な構えを見せている。現在は、「小手調べ」程度だ。ウクライナ軍が、勝利を確信するまで火蓋をきらない背景には、最大支援国である米国の大統領選が来秋あることだ。米国の次期大統領が代わるような事態になると、従来通の支援を受けられなくなるリスクが生まれる。それを、避けなければならないのだ。

     

    現に、次期米大統領選に立候補意思を表明したトランプ氏が今月10日、大統領に当選した場合のウクライナ支援の是非に触れ、「約束はしない」と明言を避けている。これに対して、ウクライナのゼレンスキー大統領は11日、「米大統領選の来秋までに我々が勝利を収めている」と信念を述べた。いずれにしても、ウクライナ軍の反攻作戦の戦果が、米大統領選へ影響することは避けられないであろう。

     

    『日本経済新聞』(5月12日付)は、「米共和党、衝突する4派閥 ウクライナ支援の行方左右」と題するコラムを掲載した。筆者は日経本社コメンテーター秋田浩之氏である。

     

    米欧の軍事専門家らによれば、ウクライナの反転攻勢には当面、3つの展開があり得る。

     

    (1)「最も望ましい楽観シナリオはロシアが強制併合した南部・東部の4州を、ウクライナがほぼ解放するというものだ。これにより、ウクライナ軍は14年にロシアに併合されたクリミアを孤立させ、奪還への道筋を敷くこともできる」

     

    ウクライナ軍の勝利ケースは、ロシアが強制併合した南部・東部の4州を奪還することだ。これによって、クリミア半島を孤立させロシアを和平交渉へ引き出す狙いだ。

     

    (2)「逆に悲観シナリオは、ウクライナがさほど多くの領土を奪還できないか、ロシア軍に現状よりも押し返されてしまう筋書きだ。専門家らの間では、いずれの可能性も排除はできないが、「確率は高くない」(元米軍幹部)との見方が多い。いちばんあり得るとみられているのが、中間的なシナリオだ。ウクライナは南部・東部の占領地の一部から、ロシア軍をさらに追い出す。だが、22年2月23日の状態を回復するまでには至らない展開である。楽観シナリオが望ましいのは言うまでもないが、今の分析をみるかぎり、過剰な期待は禁物といえるだろう。では、中間シナリオの場合、その先の展開はどうなるのか」

     

    悲観的シナリオは、反攻作戦が余り戦果を上げられないケースである。これは、現状から見て可能性は極めて低い。中間的なシナリオは、ウクライナ南部・東部の占領地の一部から、ロシア軍をさらに追い出す、というもの。現実には、上記3ケースのどれに落ち着くか。

     

    (3)「最大の変数になるのが、米国のウクライナ支援の勢いがどこまで続くかだ。米欧諸国の中でも、米国の軍事支援は突出して多い。ドイツのシンクタンク、キール世界経済研究所によると、22年1月24日からの約1年間で、米国の軍事支援は466億ドル(約6兆3000億円)にのぼった。この金額は、米国に次ぐ上位9カ国の支援合計額の3倍以上にあたる。大黒柱である米国のウクライナ支援が息切れしたら、反転攻勢がうまくいったとしても、来年以降、ウクライナ軍は窮地に立たされかねない」

     

    戦況次第で、米国のウクライナ支援姿勢に変化が起こる可能性は否定できなくなっている。下院で多数を占める共和党が、どのような方針を示すかだ。ましてや、次期大統領にトランプ氏の復帰となれば、情勢が読みにくくなる。

     

    (4)「そんな米国の行方を左右するのが、下院で過半数をおさえる野党・共和党の出方だ。共和党指導部はウクライナ支援を続ける姿勢を鮮明にしているが、トランプ前大統領に近い一部議員などに消極論がくすぶる。与党・民主党内にも支援増額に難色を示す議員はいるが、今のところ、ウクライナ支援を強めるバイデン政権の路線に従っている。その意味で今後、いちばん気になるのが、共和党の動きだ」

     

    トランプ氏に近い一部下院議員には、ウクライナ支援消極論がある。これが今後、どういう動きをするかである。

     

    (5)「ウクライナの反転攻勢が不発に終わってしまったら、共和党内の保守的ナショナリストや対外関与抑制派から支援を減らし、停戦をウクライナに促すよう求める声が強まりかねない。逆に攻勢が成功すれば、共和党も含めた米議会内で、支援継続のムードが来年にかけても保たれるだろう。米国は今年11月ごろから大統領選の季節に入る。バイデン政権、議会とも世論の動向に一層、配慮せざるを得なくなる」

     

    米国世論が、ウクライナ支援に対してどのような態度を取るかもポイントになる。あくまでも民主主義を守るという固い信念を持ち続けるのか。これは、中国の台湾侵攻阻止への支持を占う試金石にもなろう。

     

    (6)「米メリーランド大による最新の世論調査では、米国のウクライナ支援が「多すぎる」との回答が33%を占め、「適度な水準」(30%)を超えた。米共和党の国際秩序派の一人は「年末になってもウクライナが苦戦していたら、西側陣営にとっては敗北だ」と語る。米国による支援疲れを防ぎ、西側陣営の結束を保つ上で、反転攻勢の成否が極めて重要な重みを持つ」

     

    米国世論では現在、ウクライナ支援が「適度な水準」(30%)を超え、「多すぎる」(33%)になっている。これに従えば、ウクライナ支援は「微減」もありそうだ。

     

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