フィリピンは、南シナ海の自国領の島嶼をめぐって中国の軍事的圧力にさらされている。中比両軍の摩擦も日常化しており、フィリピンの対中感情は悪化したままだ。こうした状況下で、フィリピンは米ミサイルシステム「タイフォン」の配備を認めた。最先端の中距離ミサイルシステムであるタイフォンは、射程が最大2500キロメートルで、中国による台湾侵攻を抑止するうえで極めて重要である。中国は、小さなフィリピンの島嶼を狙って大きな代償を払うことに。賢明な振舞とはほど遠い話だ。
『日本経済新聞』(11月9日付)は、「フィリピン ミサイル配備の価値」と題する記事を掲載した。筆者は、フィリピン大学アジアセンター上級講師リチャード・ヘイダリアン氏である。
フィリピンは、ドゥテルテ前大統領の下で中国、ロシアとの関係強化を試みたが、成果は上がらなかった。新しい政権が誕生すると、米国のインド太平洋戦略の要の一つへと急速に変貌した。2022年に就任したマルコス大統領は外交政策を再構築し、南シナ海を巡る紛争でより妥協しない姿勢をとるようになった。フィリピンが重要なのは独特の地理的条件のためだ。南シナ海にあり、台湾との間に西太平洋につながるバシー海峡を抱える。近隣海域や台湾を支配しようとする中国にとって障害になっている。
(1)「フィリピンへの米ミサイルシステム「タイフォン」の配備を巡るドラマほど、フィリピンの地政学上の重要性を示す例はない。最先端の中距離ミサイルシステムであるタイフォンは射程が最大2500キロメートルに達する。中国による台湾侵攻を抑止するうえで極めて重要だ。中国はフィリピンに対し、キューバ危機のような対立が発生するリスクが高まると繰り返し警告している。だが、南シナ海で中国との度重なる衝突に追われてきたフィリピンは、ミサイル配備を自国の新たな抑止戦略の中心と捉えている。将来的に先端の兵器システム獲得や防衛産業の強化につなげることも目指している」
フィリピンは、米ミサイルシステム「タイフォン」の配備を決めた。射程が、最大2500キロメートルもあるだけに、中国へは大きな軍事的な睨みをきかすことになる。
(2)「フィリピンは、米国との1世紀にわたる同盟関係にもかかわらず、地域で軍の近代化が最も遅れている国のひとつだ。その一因はマルコス元大統領の独裁政権時代にさかのぼる軍の根深い汚職にある。さらに数十年にわたり反政府武装勢力の鎮圧に重点を置いてきたことは、海軍や空軍を犠牲にして陸軍を肥大化させる要因になった。冷戦時代には米国最大の海外基地を擁した。慢心した無能なエリート層は国家安全保障を米国にほぼ丸投げしていた」
これまでのフィリピンは、軍事的に弱体であった。これが、中国の南シナ海進出を許すことになった。フィリピンは今、この反省に立って外交・軍事の戦略を進めている。
(3)「米国防総省が、新たに開発したタイフォンを配備するという決定は、象徴的にも運用面でも大きな意味を持つ。最新の報告では台湾に近い北部イロコスノルテ州に配備されている。台湾有事の際には、中国南部に配備されている「空母キラー」と呼ばれるミサイルシステムを標的にできる可能性がある。米国防総省は最終的に日本の南からグアム、フィリピン北部に連なる「ミサイルのグレートウォール」を構築しようとしている。中国は、フィリピンへのタイフォン配備が状況を一変させる可能性があると考え、外交による警告と軍事力による威嚇の両方を強化した」
フィリピンは、日米と一体化した防衛ラインへ加わって、外交力と軍事力によって中国へ対抗する姿勢を鮮明にした。
(4)「フィリピンは、ミサイルシステムの配備による外交危機を回避しようとはしていない。フィリピンは、数十年ぶりに自国の防衛能力を飛躍的に高めることができる立場にある。米議会は、フィリピンへの数十億ドル規模の防衛支援法案を支持する。ロムアルデス駐米フィリピン大使によると、今後5年間で最大30億ドル(約4600億円)に上る可能性がある。フィリピン自身も軍事力の強化に最大350億ドルを投資することを目指している。米国の先端兵器システムの配備と購入は、中国からの海洋安全保障上の脅威の監視と抑止に重点を置くフィリピンの新しい「包括的群島防衛構想(CADC)」の中核をなす」
フィリピンは、「包括的群島防衛構想」によって南シナ海の自国領を中国から防衛する姿勢を鮮明にしている。
(5)「米国の戦略兵器システムを配備することで、中国による威圧的な行動が増えるのは確実だ。それでも自国の軍の近代化を加速し、インド太平洋地域で台頭できるのであれば、こうした地政学上のリスクを冒す価値はある」
フィリピンは、中国の軍事的威嚇を払いのけて自国軍の近代化を進め、インド太平洋地域で信頼される国家を目指そうとしている。明治時代の日本が、ロシアの圧力をはねのけようとしたことと似通った状況にある。