ドイツ政界は、メルケル前首相時代にエネルギー政策でロシアへ深く依存したことの失敗で反省を強いられている。ドイツは、ロシアとの延長線で中国とも強いつながりを持っている。だが、中国の台湾侵攻が取り沙汰される現在、ドイツは「中国リスク」を認識せざるを得ない局面に遭遇している。
そこで浮かび上がったのが日本である。メルケル時代は、日本を素通りして中国へ直行してきたことの迂闊さを今、いやと言うほど知らされているのだ。ドイツは、「中国リスク」を熟知している日本から、「対中戦略」の極意を授けてもらいたい、というのが本音といわれる。日本再評価である。
『日本経済新聞 電子版』(6月4日付)は、「ドイツ要人の訪日相次ぐ、保守重鎮『戦略的パートナー』」と題する記事を掲載した。
ドイツ政界の要人の訪日が相次いでいる。今年に入ってショルツ首相やベーアボック外相らが訪れたのに続き、保守系重鎮のヴュスト州首相も4日から東京や大阪などを回る。中国偏重とされた外交・通商政策の是正に動くドイツで、対日政策の重要性が高まっていることを示す。
(1)「ヴュスト氏は、ドイツの最大州ノルトライン・ウェストファーレン(NRW)の州首相で保守系政党・キリスト教民主同盟(CDU)の幹部。政治家の人気ランキングで首位争いを演じており、将来のドイツ首相の有力候補とされる。初の本格的な外遊であえて日本を訪問地に選んだ。理由についてヴュスト氏は、日本経済新聞の取材に「経済的にも価値観的にも日本はアジアで最も重要な戦略的パートナー」と語った。世界秩序が揺れる局面だからこそNRW州との「素晴らしい絆を長期的に強めていくことが、これまで以上に大切」と対日関係の重要性を訴えた」
ヴュスト氏は、ドイツ政治家の人気ランキングで首位にあるという。当然、ドイツ首相ポストを目指しているはずだ。その有力政治家が、初外遊先に日本を選んだことは、今後の政治活動でプラスになるという評価をした結果であろう。
自民党政治家は、かつて訪米して「外交通」を喧伝してきた。ドイツ政界が、日本訪問をそれなりのステータスとしているのは、日本の変わらぬ対中政策にある。欧州は、市場の狭隘化ゆえに中国をターゲットにしてきた。中国の民主化を信じてきた面もあろう。その点で、日本は「中国研究」の膨大な集積がある。
太平洋戦争前の日本は、旧満鉄調査部が中国の社会構造を徹底的に実証分析した。いわゆる社会学の側面から研究したので、「中国社会」を立体的に捉える学問的データの蓄積がある。多くの若い社会学者が中国農村へ派遣され、家族制度などを個別調査したのだ。その集積は、中国研究者も及ばないところとされる。日本政府は、この80年以上も過去の研究成果を引き継いでいるのだ。
日本が、中国主導の「一帯一路」や「AIIB」(アジア・インフラ投資銀行)にも参加しなかったのは、中国社会=中国共産党の内面を深く研究していた結果だ。日本の国公立大学が一校も「孔子学院」を開設していない理由も文科省の示唆があったことにあろう。つまり、中国を要注意先と見てきたのだ。
ドイツは、日本のこういう戦前からの中国との関わりを知れば、日本へ「お知恵拝借」と言ってくることは自然の流れであろう。
(2)「訪日では日本の政界だけでなく、企業や学者らとも幅広く議論する。脱炭素・脱原発・エネルギーの脱ロシアの三兎(と)を追うドイツだけに「再生可能エネルギーでの協力拡大」を期待する。政治家として「孤独と高齢化」という社会問題の解決に取り組んでおり、日本と「戦略や方策といった知見を交換し、交流を深めたい」という」
ヴュスト氏は、政界だけでなく企業や学者らとも幅広く議論するという。その狙いは、日本の中国観を知りたいのであろう。多分、ドイツの中国観とはかけ離れているはずだ。ドイツはソロバンを弾いているが、日本はそれを超えた中国共産党の「真贋」に触れている。かつて、日本へペコペコした中国が、現在は威嚇するように変わってきた。国家として、信頼するに値しない振る舞いが多いのだ。こういう中国をどう扱うかだ。
(3)「中央政界、地方政界を問わず、訪日が外交上の得点につながるというドイツ政治の空気は、アジア政策の転換を象徴する。CDUのライバル政党で中道左派・ドイツ社会民主党(SPD)出身のショルツ首相は今年3月、日本経済新聞の単独インタビューに日独関係は「新たなステージ」になったと強調した。日本にとって対独関係を深めるチャンスである」
下線部は、ドイツ外交が常識路線へ引き戻された証拠だ。ロシア=中国を友好国として遇してきたドイツが、はたと壁にぶつかりもがいている。その点で、悠然と構えている日本へ、その「秘策」の伝授に預かりたいという気持ちであろう。ドイツは、東ドイツの経験もあり、「共産主義」へ一定の親和性があった。日本は、旧ソ連に「不可侵条約」で裏切られた思いがあり、親日の台湾への「贔屓」意識もある。共産主義に対して、身構える習性ができあがっている。なんと言っても、日本は世界最古の「天皇制」が存在する国だ。共産主義とは、相容れないのだろう。