ドイツ首相を4期16年務めたメルケル氏は、2021年12月に退任した。この間、プーチン・ロシア大統領との会談は、60回を上回ったという。しかも、プーチン氏とは1対1の会談であった。膝つき合わせた議論を交わした関係である。だが、メルケル氏が首相としてモスクワを最後に訪れたのは2021年8月、プーチン氏の対応は変わっていた。これまでの1対1の会談でなくラヴロフ外相を同席させたというのだ。
メルケル氏は、この最後の会談でプーチン氏の真意を知ったという。もはや権力の座を離れるメルケル氏に深入りしないという信号であったのだ。メルケル氏は、それ以前にプーチン氏が欧州の分断を策していることを知っていたが、「ソフトパワー」でそれを防げると信じていたという。つまり、経済関係が平和を維持すると見ていたのである。ドイツは、ロシアから原油や天然ガスを輸入することで密接な関係を築いてきた。だから、ロシアはドイツを裏切ることはないと信じていたのだ。
プーチン氏は、これを逆手に取って、ウクライナ侵攻によって欧州を分断できると見た。ドイツはロシア側について、ウクライナ侵攻を容認すると踏んでいたのである。ここに、プーチン氏は大きな誤算をしたが、ドイツもまた誤算をしたのだ。経済関係が蜜であれば、平和を維持できるという甘い期待である。侵略者には、こういう「合理的期待」が成立しないことを立証した。
英『BBC』(12月3日付)は、「欧州はアメリカなしでは大変なことに、単独ではロシアに対抗できずーフィンランド首相」と題する記事を掲載した。
オーストラリア訪問中のマリン首相は、「容赦なく正直に申し上げる必要がある。今の欧州は力が足りない」、「アメリカなしでは大変なことになっていた」と発言した。
(1)「シンクタンクのロウイー研究所で講演したマリン首相は、「アメリカはウクライナにたくさんの武器と資金支援と人道支援を提供してきた。欧州にはまだ力が足りない」と述べた。さらに、欧州の防衛力について、確実に能力を増強し「欧州の防衛産業を強化し、さまざまな状況に対応できるようにしなくてはならない」と強調した」
これまでの欧州は、何かにつけて米国と対立してきた。だが、今回のロシアのウクライナ侵攻で、両者は対立から協力へと大きく変わっている。プーチン氏が、最も見誤った点であろう。米国は覇権国家として、世界の秩序維持に責任を負う立場だ。ロシアを信じ切ってきた欧州には、ウクライナ侵攻が晴天の霹靂であった。
(2)「マリン首相は加えて、一部の欧州諸国が近年、ロシアとの関係を強化しようとしてきたと批判。「欧州は長いこと対ロ戦略を築いていた(中略)ロシアからエネルギーを買って、経済関係を緊密にすれば、戦争が防げると思っていた」ものの、この考えは「まったく間違っていたと証明されてしまった」と述べた」
このパラグラフは、ドイツのメルケル前首相を指している。メルケル氏は、筋金入りの「反米主義者」であった。米国が嫌いだったのだ。一方、帝政時代から独ロは密接な関係にあった。米国は、ドイツがエネルギー政策でロシアに大きく依存することの危険性を早くから警告していたが、馬耳東風で聞き流してきた。それが、今回の「エネルギー危機」に繋がった背景だ。ドイツが現在、米国へ最敬礼している理由である。
(3)「マリン首相はこれについて、欧州諸国はポーランドやバルト諸国の警告に耳を傾けるべきだったと指摘。ロシアに近い各国は、ロシアがウクライナ侵攻となると「経済関係など気にしていない、制裁など気にしていない、そういう諸々は一切気にしていない」のだと、かねて警告していたと、マリン氏は強調した。さらに、欧州諸国の軍備がウクライナ支援によって縮小する中、マリン首相は欧州各国が手元の軍備を強化する必要があると強調した」
ポーランドとバルト三国は、ロシアの残忍性を最も知っているだけに、ロシアへの警戒感はもっとも強かった。ポーランドは、ロシアのウクライナ侵攻を最も早くから警告してきた国である。今回のロシア産原油価格の上限制決定で、事実上の主導権を握っていたのはポーランドである。EUが、ポーランドに敬意を表したとも言えるだろう。
(4)「最近では、ロシアと国境を接するエストニアなどから、それをGDP比3%に増やすよう求める声も出ている。ロシアと1300キロ以上にわたって国境を接するフィンランドは今年5月、スウェーデンと共に正式にNATO加盟を申請した。NATO加盟30カ国は7月にフィンランドとスウェーデンの加盟議定書に署名。全部30カ国が国内の批准手続きを終えれば、両国はNATO加盟国になる」。
ロシアはこれまで、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟を絶対許さないという姿勢であった。現在のロシアには、前記二ヶ国へ攻め込む軍事力すらないほど消耗している。ウクライナ侵攻で、ロシアの国力は大きく落込んでおり、回復のメドは立たないほどだ。