勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    カテゴリ: ドイツ経済ニュース時評

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    11年前のドイツでは、17カ所の原発が国内の電力の約4分の1を供給していた。しかし2011年に福島の原発事故を受けて、アンゲラ・メルケル前首相は原発の段階的廃止を決めた。現在残っている原発は3カ所だが、年内に操業を停止する。経済、気候変動問題、地政学の観点から見て、原発ゼロは極めて難しい状況になった。

     

    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(8月8日付)は、「原発を支持し始めたドイツ人」と題する社説を掲載した。

     

    ドイツのエネルギー政策は欧州経済が直面する最大の脅威の一つだが、希望の兆しがあるとすれば、それはドイツの有権者がそれに気付き始めていることだ。最近の世論調査では、これまで原子力発電に懐疑的だった同国で、原子力を支持するコンセンサスが固まりつつあることが示唆されている。ベルリンの政治家たちも理解が追いついてくれるといいのだが。

     


    (1)「現在の主な論点は、残り3基の原子炉の運転期間を延長するかどうかだ。これらの原子炉は、ドイツ国内の電力需要の約6%をまかなっているが、年末に運転を停止する予定となっている。独誌シュピーゲルが週末に公表した調査によると、回答者の約78%が少なくとも2023年夏までの稼働延長を支持し、67%は5年間の延長を支持している。世論調査会社インフラテスト・ディマップがドイツ公共放送連盟(ARD)の委託で行い、先週発表された世論調査でも、同程度の支持があった。およそ82%の回答者は原子力発電所の稼働延長に賛成し、うち半数は「数カ月間」、残りの半数はより長期間の延長に賛成した。これは同社の6月の調査で原発の稼働延長に賛成した61%を上回った」

     

    ドイツが、「反原発政策」を貫いてきた裏には、ロシア産天然ガスへの依存があった。ドイツは、同盟諸国の反対にもかかわらず、ロシアからのガス輸送パイプライン「ノルドストリーム2」計画を断固として支持してきた。プーチン・ロシア大統領による欧米諸国への対抗姿勢を敢えて無視したのだ。今や、ロシアのウクライナ侵攻で、ドイツのロシア観は根本から修正を迫られ、原発政策へ回帰せざるを得なくさせている。ドイツ国民も、いち早く原発賛成に変わったのだ。

     


    (2)「反原発の緑の党の党員でさえ、態度を変えている。緑の党への支持を自認している有権者のうち68%は最新の調査で原発の稼働延長を支持した。これは6月時点の38%を上回った。ドイツ人の心変わりになぜこれほどの時間がかかったのかと尋ねる人がいるかもしれない。アンゲラ・メルケル前首相は、福島の原発事故を受けて、2011年に原発の段階的廃止に動き出した。ドイツの有権者は選挙で少しも不満の意を示すことなく、これが進むのを容認した。彼らは、再生可能エネルギーでは工業中心の経済に十分な電力を供給できないことや、天然ガスへの依存によってドイツがロシアのウラジーミル・プーチン大統領に対して脆弱(ぜいじゃく)になることを気にかけなかった」

     

    原発に反対するドイツ「緑の党」の党員でさえ、態度を変えて原発を受入れるとしている。韓国の文政権(当時)も、今年2月に「反原発」の旗を引っ込めたほど。EU(欧州連合)では、クリーンエネルギーとして、自然エネルギーと一緒に原発を認めることになった。ウクライナ侵攻を受けて、原発は息を吹き返しているのだ。これは、ロシアにとって市場を失うことを意味するだけに、重大な変化である。

     

    (3)「ドイツ国民が、原子力への支持を新たに強めていることは、政治が主導しない中での傾向だけに一層注目に値する。現首相のオラフ・ショルツ氏は優柔不断な姿勢であり、緑の党から入閣したロベルト・ハーベック経済・気候保護相も、原発の運転期間延長が安全なのか、必要なのかについて、判断をちゅうちょしている。ドイツの有権者らは、プーチン氏が始めたウクライナ侵略戦争がもたらした打撃や、ドイツ政府が20年かけて進めてきたグリーンエネルギーへの移行計画の失敗によるコストが分かるようになり、現実に目覚めつつある。ドイツと欧州の経済の行方は、市民が示したこうした流れを政治指導者らも理解するかどうかにかかっている」

     

    ドイツはこれまで、EUの「環境的に持続可能な経済活動」のリストに原子力を入れないよう圧力を掛けてきた。だが、上述のようにドイツの主張は、EU全体の意思とはならず敗北した。ロシアのウクライナ侵攻が、原発を復活させた主因である。

     

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    メルケル首相時代のドイツは、中国と蜜月関係にあった。貿易を通じて中国改革に寄与するという目的で、ドイツは中国市場で大きな利益を得てきた。そのドイツが、ロシアのウクライナ侵攻で態度を一変させている。中国が、ロシア声援姿勢を強めているからだ。

     

    中国が、ロシアの侵攻に声援を送っていることは、欧州の価値観と全く異なる行動である。中国は、ウクライナ侵攻を将来の台湾侵攻と同一視している。将来、台湾へ軍事行動を起す含みでロシアへ声援を送っているのでないか。ドイツは、中国のロシア声援をこのように解釈している。

     

    ドイツのショルツ首相の日本訪問には、中国への警戒観が隠されているという評論が登場している。習近平氏によるプーチン氏への友情は、ドイツの信頼、ひいては欧州全体の不信感へと繋がっている。

     


    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(5月7日付)は、「プーチン氏との友情で欧州を失う習氏」という評論を掲載した。

     

    ドイツのオラフ・ショルツ首相が、先週の訪日で成し遂げたことは何だったのか。彼の訪日は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領によるウクライナ侵攻の影響に警戒感を抱く中国政府に対し、警鐘を鳴らすものだった。

     

    (1)「経済および戦略面での協力について協議するためのショルツ新首相の訪日は、ドイツ政府内で進行している大きな変化の一つの兆候だった。ショルツ氏が今回訪問しなかった場所が、そのことを示している。北京だ。ショルツ氏の前任者のアンゲラ・メルケル氏は、早期かつ頻繁に北京を訪問した。メルケル氏の最初の北京訪問は首相就任の6カ月後だった。16年間の首相任期中に同氏が中国を訪問した回数は訪日回数の2倍。ショルツ氏が、この傾向に逆らう兆候を示したことは重要だ」

     

    メルケル前首相は、意図的に日本を訪問しなかった。対中ビジネスで,日本をライバル視していたからだ。メルケル氏が、共産圏に関心を深めていたのは、自身が東ドイツ(生まれは西ドイツ)育ちという面もあろう。それゆえ、近代化へ向けて手伝いたいという気持ちが強かったに違いない。

     

    (2)「これもまた、ウクライナ侵略戦争の余波だ。プーチン氏のウクライナ侵攻がドイツにもたらした衝撃は心の底から痛みを伴うものだった。その経済面の影響には二つの要素がある。古くからの格言である「貿易を通じた変革」は、メルケル氏の首相就任当初からのほとんど唯一の外交戦略だったが、その戦略は突然酷評されるようになった。プーチン氏との間での緊密な経済協力関係の構築は、独裁者である彼の帝国主義的行動の抑制につながらなかった」

     

    メルケル氏の目指した「貿易を通じた変革」は、結果的には徒労であった。ロシアや中国は、ひたすら専制主義を肥大化させた。ドイツは、それを手助けしたにすぎなかったのである。ロシアのウクライナ侵攻は、こういうドイツ外交政策に根本的な見直しを求めている。

     

    (3)「こうした状況下では、すぐさまドイツと中国の関係が連想される。中国は、ドイツが貿易を通じて変革をもたらそうとしてきたもう一つの国だ。中国政府の対応は、負の印象を強める一因となってきた。習近平国家主席が2月上旬に、プーチン氏との友情に「限界はない」と断言したことの影響が特に大きい。欧州の人々は、習氏がウクライナ危機で仲介役を務めたがらないこと、務められないことに不満を募らせている」

     

    ドイツ新政権は元々、中国に対して警戒姿勢を強めていた。連立政権を組む「緑の党」は、中国批判で選挙運動を戦った。その党首が、外相に就任している経緯から見て、中国批判の伏線は十分。今回のウクライナ戦争によって、反中国路線がブラッシュアップされたとも言える。

     


    (4)「ウクライナへの横暴な侵攻はまた、台湾への横暴な侵攻に対する懸念をも生じさせた。欧州はこれまで、こうした見方を軽視していた。加えて、経済を破滅させる習氏のゼロコロナ政策は、海外投資家がビジネスに投資する魅力を低減させている。政府のばかげた政策ミスで、今年の中国の経済成長率は、目標を大幅に下回るとみられる。その結果、ドイツでは新たに中国に対する懐疑的な見方が生まれており、それはいま3方向に広がりつつある」

     

    習氏のゼロコロナ政策は、「科学の国」ドイツから見ればとんでもないことを行なっているという違和感を生んで当然だ。中国は、未だにドイツ生まれの「mRNAワクチン」(米国ではモデルナ)を承認しない国である。

     


    (5)「産業界は懸念を強めている。これは正確に言うと、今に始まったことではなく、歴代の最高指導者らが目指した「改革開放」の道を歩み続けない方針を習氏が示したことで、近年明確になってきた。しかし、最近のドイツ企業では中国事業の見直しを求める声がより強くなっている。ミュンヘンのシンクタンク、IFO経済研究所が2月に実施した調査によると、ドイツの製造業者の45%、小売業者の55%は中国からの輸入を減らす計画だと答えた。在中国の欧州連合(EU)商工会議所のイエルク・ブトケ会頭は最近のインタビューで、ウクライナと台湾の潜在的な類似点について産業界が懸念していることに触れ、「外国企業は停止ボタンを押している」と話した。この発言はとりわけ、同氏の母国であるドイツで波紋を呼んだ」

     

    ドイツ産業界は、中国事業の見直しを求める声が強くなっている。ウクライナと台湾の潜在的な類似性に懸念を深めているのだ。台湾には世界一の半導体企業がある。ドイツで合弁による事業を始めるだけに、台湾の持つ重要性を再認識していることは疑いない。

     


    (6)「政治家や政策立案者の間でも、中国との関係の見直しは進んでいる。ドイツ連邦議会は先週、ショルツ氏にウクライナへの重火器の引き渡しを急ぐよう求める決議案を通過させた。驚いたことに、同決議には中国に関する段落が一つ設けられた。議員らはその中で、中国が西側の対ロ制裁を妨害したり、ロシアに武器を供給したりした場合は、中国に制裁を科すことを辞さない姿勢を示すようショルツ氏に求めた。この決議に法的拘束力はないが、ショルツ氏はこれを負託と解釈すると述べている」

     

    ドイツは、100%のウクライナ支援に舵を切った。当初は、他人事のような姿勢で中立姿勢を取り、大きな批判を浴びたからだ。ロシアとの縁に縛られたが、今や吹っ切れている。

     

    (7)「ドイツのアンナレーナ・ベアボック外相は3月、外交政策レビューを発表した。同外相は演説の中で、名指しこそしなかったものの目立つ形で中国に言及した。同外相は、「欧州の高速道路、一般道、送電網、港湾に何十億ユーロもの投資を行っている権威主義的諸国もまた存在し得るという、21世紀の脆弱(ぜいじゃく)性に欧州は気付かなければならない」とし、遠回しとはほとんど言い難い表現で中国を狙い撃ちした。

     

    ベアボック外相は、「反中」である緑の党代表である。言外で、厳しい中国批判を展開しているのは当然であろう。

     

     

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