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ガラス細工のように、力を加えれば壊れる。NATO(北大西洋条約機構)は、このように見られてきた。1991年にソ連が崩壊して、「主敵」を失ったからである。ロシアのプーチン大統領も、NATOがバラバラであると読んでいた。ウクライナへ侵攻しても、NATOは反撃しないと見ていたのである。

 

皮肉にも、プーチン氏がNATOを結束させた。軍事的安定を第一とする欧州で、ロシアが隣国ロシアへ侵攻する事態を迎え、一気に危機感が高まったのである。逆説的には、プーチン氏がNATOを結束させたのである。

 

NATOの中でも、イタリアはドイツと並んでロシアと親しい関係にあった。天然ガスでロシアへ大きく依存していたからだ。そのイタリアが、反ロシアへ舵を切った。ドイツも同様に、「親ロシア」の夢が破れて、反ロシアへと足並みを揃えたのだ。

 


『フィナンシャル・タイムズ』(5月2日付)は、「ロシアのクリミア併合称賛のイタリア たもと分かつ」と題する記事を掲載した。

 

ロシアが2014年にクリミア半島を一方的に併合した翌年、イタリアのベルルスコーニ元首相はこの半島を訪れ、ロシアのプーチン大統領と面談した。ベルルスコーニ氏はイタリアに戻ると、クリミア併合を支持し、ロシア政府に対する欧州連合(EU)の制裁措置を批判して、プーチン大統領の指導力を称賛した。

 

(1)「ベルルスコーニ氏は、当時すでに首相ではなかった。同氏が、クリミアに赴いたことは、イタリアの政治家やビジネスエリートとロシアとの間の強い絆を示すものだった。イタリア政府は伝統的に、EUと緊張関係にあるロシア政府に共感を抱いてきた。しかし、2月24日のウクライナ侵攻以降、イタリアはロシア政府へのこのような気遣いを一切見せなくなった。ドラギ首相のもと、イタリアはロシアに対して強硬な姿勢を示している。イタリア企業も懲罰的な対ロ制裁について沈黙を保っている」

 


イタリアの元首相ベルルスコーニ氏は、筋金入りの親ロシア派である。自らが経営するイタリア最大手の民間放送局51日の晩に、ロシアのラブロフ外相が生出演したほどである。こういう状況下であるが、イタリア政府はロシアに強硬姿勢を見せている。イタリア企業もロシア制裁に沈黙している。

 

(2)「ロシアのウクライナへの侵攻と、ロシア軍による残虐行為に恐怖を覚えた国民の反感が、イタリアにこれまでとは違う厳しい対応を取らせている。これほど大きな外交方針の転換は、ドイツが防衛戦略の見直しを進めていることと並び、欧州の近年の歴史の中でも珍しいことだとアナリストは指摘する。イタリアはロシアと、西欧諸国の中で最も友好的な関係を最も古くから築いてきた。そのため過去には欧州の外交関係者から、ロシア政府の攻撃的姿勢に対してEUが厳しい対応をとることを妨げていると非難されてきた」

 

ロシアのウクライナ侵攻は、親ロシアのイタリアでさえ庇いきれないほど、非人道的行為である。第二次世界大戦後続いてきた欧州の平和が、ロシアによって破られた衝撃は生やさしいものでない。

 


(3)「今、ドラギ首相のもと、イタリアは長年の友好国と袂(たもと)を分かった。欧州中央銀行(ECB)総裁を務めていたドラギ首相は、ロシアのウクライナ侵攻を、第2次世界大戦後の多国間秩序に対する攻撃だと非難した。イタリアの元駐北大西洋条約機構(NATO)大使ステファノ・ステファニーニ氏は、「ロシアに対する融和的な姿勢で欧州の主流から外れ別の道を行くという、かつてのイタリアはもう見られない。イタリア外交におけるロシアへの見方は根本的に修正されつつある。断行したドラギ首相は称賛に値する。ドラギ政権後もこの方針は変わらないだろう」と語った」

 

イタリアは、友好国ロシアと袂を分かった。平和を守るという一念からだ。中国は、逆に声援を送っている。このギャップが、欧州の中国不信となっている。

 


(4)「ドラギ首相は、21年12月の時点では、ウクライナ侵攻の危険性は小さいとしてプーチン大統領と関係を保つことの重要性を強調していた。また、制裁を実施すればイタリアが被る打撃はほかのEU加盟国以上に大きくなると警告した。イタリアは天然ガスの輸入の40%をロシアに頼っている。しかし、2月24日以降、ドラギ首相はウクライナ侵攻を欧州の安全保障に対する深刻な攻撃であると非難している。ウクライナのゼレンスキー大統領の勇気と抵抗を称賛した。さらにドラギ首相は、6430億ドル(約84兆円)にのぼるロシア外貨準備の多くを凍結するというロシア中央銀行に対する厳しい制裁の立案にも協力した」

 

イタリアの当局は、ロシアのオリガルヒ(新興財閥)が保有する大型クルーザーや海岸沿いの別荘など総額10億ユーロ(約1380億円)を超える資産を差し押さえた。当局が差し押さえに動いても、イタリアの有力者たちとのコネで守ってもらえるだろうと思っていた人たちにとって衝撃的な出来事となった。

 


(5)「ドラギ首相は、ウクライナ国民に対してふるわれる暴力に嫌悪感を隠さない。同時に、イタリア国民に対しても犠牲を覚悟するよう促す。4月には「私たちは平和を望むのか、それともエアコンをつけることを望むのか」と問いかけた。イタリア政府は、ほかのEU加盟国が同意するならロシア産エネルギーの禁輸に反対しないと明言している。また、ドラギ首相は最近、プーチン大統領との対話は「無益で時間の無駄だ」という意見に賛成するとイタリア紙に語った」

 

下線部分は、切実な平和への希求である。第二次世界大戦で、イタリアはドイツ・日本と「枢軸国」を形成して米英仏露など連合国と戦って敗れた経緯がある。平和への思いと責任を痛感せざるを得ない立場にあるのだ。

 

(6)「ミラノの国際政治研究所が最近実施した調査によると、イタリア国民の約61%が紛争の責任はプーチン大統領にあると考えている。NATOに責任があるとする人は17%、わからないが17%だった。かねてプーチン大統領を称賛しているイタリアの極右政党「同盟」のサルビーニ党首でさえ、プーチン大統領から距離を置いている。ローマのウクライナ大使館前で献花して、憂慮の念を示した」

 

親ロシア国であったイタリア国民の約61%が、紛争の責任はプーチン大統領にあると考えているという。この過半を占めるロシア責任論は、理由の如何を問わず、戦争をしてはいけないという意思表示である。戦争で奪われた命は、再び戻らないのだ。