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インドは、インド太平洋戦略「クアッド」(日米豪印)のメンバー国である。だが、ウクライナ問題では西側諸国と協調した行動を取らず、「中立」の立場を維持している。最大の理由は、ロシアから武器を輸入していることにある。インドは、ロシアとの関係が悪化すれば、武器弾薬輸入がストップして、対中国戦略で著しく不利を被るという切実な背景があるのだ。

 

西側諸国は、こうしたインド特有の事情を理解するようになってきた。インドにとっての最大の「敵国」は中国である。これは、期せずして西側諸国の利害関係と一致するところ。欧米では、むしろインドの立場を尊重しようという雰囲気が強くなっている。

 


『フィナンシャル・タイムズ』(5月15日付)は、「『
親ロシ』のインドを許す欧米、対中で役割期待」と題する記事を掲載した。

 

4月下旬、ジョンソン氏と欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長の訪印後、モディ氏はフランス、ドイツ、デンマークを歴訪した。モディ首相は一連の外交日程を通じ、欧州首脳から熱い視線を向けられる存在となった。西側首脳はモディ氏と親しく接し、2国間協定に署名してインドを少しでも自陣営に近づけようとした。インドが中国に対抗するうえで不可欠なアジアの大国と見られているためだ。

 

(1)「当初はいくらか批判があったものの、西側首脳はインドの対ロ関係について激しい議論を慎重に避けている。インドが軍の装備をロシア製兵器に頼るなか、英仏両国は装備品調達の多様化に向けた防衛協力を発表。EUと英国は経済関係を深めるため、自由貿易協定(FTA)交渉も一気に加速させようとしている。首都コペンハーゲンでモディ氏と会談したデンマークのフレデリクセン首相など、一部の首脳はインドに対し、ウクライナ紛争に関する中立の立場を生かしてロシアに「影響力を及ぼす」ことができると考えているようだ」

 


インドが、兵器輸入でロシアへ依存している現状について、欧米も理解を深めるようになっている。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、インドは世界屈指の兵器輸入国で、輸入額は2018~21年の期間に124億ドルに上り、うちロシアが55億1000万ドルを占めた。実に、44%がロシア製武器である。インドは、同様の兵器などを使用している東欧諸国から予備の装備提供を受けられるか調査している。このように、インド側でも、ロシア依存度の高さに危機感を持ち、輸入分散化を目指している。

 

(2)「インドは、今や経済関係で米欧の方がはるかに重要になったが、インド軍の兵器は依然、大部分がロシア製のため、保守整備をロシアに頼り続けている。ウクライナ侵攻後もインドはこの長年のパートナーから離れられず、ロシアを非難する国連決議案の採択では棄権した。西側諸国が広範な制裁措置でロシアを経済的に孤立させようとするなか、インドは2国間貿易の拡大にも動き、ロシアから割安な原油の輸入を増やしている。ただ、インドのロシア産燃料の輸入量は多くの欧州諸国に比べればかなり少ない」

 

インドは、ロシア製武器に依存している現状を脱皮することで、米欧との関係強化の意欲が強い。今回のモディ首相の欧州歴訪は、そういう意思を伝えたかったのであろう。

 


(3)「米国にとって、「ロシアの問題は中国問題と切り離せない」と米アジア・ソサエティー政策研究所のC・ラジャ・モハン上級研究員は話す。「中国問題でインドが中心的な位置を占めることは自明だ」。だがKC・シン元インド外務次官は、バイデン米大統領などの指導者がインドは危機発生時には信頼できないと見切るようになれば、インドがロシアのウクライナ侵攻について言葉を濁していることで西側との関係悪化につながる恐れがあると指摘する。「インドは西側に『パートナーとしてどこまで頼りになるとみているのか』とシグナルを送っている」とシン氏は言う。「中国に関し、我々は米国と利益が重なる。ウクライナに関しては、旗幟(きし)鮮明にはしたくはない。こんなインドと選択的パートナーになってくれますか、とね

 

下線部分は、インドの苦しい胸の内を示している。インドにとっての中国問題は、米国と利益が重なるとしている。これが、本心であろう。

 

『日本経済新聞 電子版』(5月10日付)は、「インド、周辺国が外貨不足で混乱 支援通じ中国に対抗」と題する記事を掲載した。

 

インドの周辺国のスリランカ、ネパールが相次ぎ、外貨不足で混乱に陥っている。スリランカでは物価上昇に抗議する市民らのデモが続く。インドは同国を軸とする南アジアの安全保障、経済協力の仕組みを揺るがしかねないと警戒する一方、支援を通じ、関係を強める好機だともとらえる。背景には、この地域で影響力を競う中国への対抗意識がある。

 

(4)「新型コロナウイルス対策による観光産業の低迷などでスリランカの外貨準備は大きく減り、輸入が停滞する。3月末時点で、1年前の5割ほどにすぎない。生活必需品の供給が不足して値段が大きく上がり、市民生活が逼迫している。ロシアのウクライナ侵攻は食料、燃料の国際価格の上昇に直結し、スリランカ国内にも影響が及ぶ。ネパールも同様な事情で自動車、酒類など「贅沢(ぜいたく)品」の輸入を一時停止した。輸入に頼る燃料の消費を抑えるため、毎週の休日を1日から2日に増やした」

 

インドは、周辺国のスリランカとネパールが輸入資金手当で苦悩している現状に、支援する姿勢を見せている。インドが行なわなければ、中国が手を伸してくるからだ。

 


(5)「インドは危機感を強める。スリランカは、インドを軸に近隣諸国が参加する地域安保の枠組み「コロンボ安全保障指導者会合」や域内での貿易や投資の促進を目指す「環インド洋連合(IORA)」のメンバーだ。ネパールも経済や安保でインドとの結びつきが強い。インド外務省は4月、スリランカを支援するため燃料や食料の購入などに使える融資枠を拡大したと発表した。同省高官は同月、ネパールも「外貨を巡る問題が起きている」との認識を示した。そのうえで「ネパール政府から要請があれば援助できる」と述べ、スリランカと同様な金融支援を実施する用意があると指摘した」

 

インドは、スリランカ、ネパールへの支援を通じ、両国との関係を強化できると考えている。インドのモディ首相は近隣外交を優先する。国境を接し、係争地を抱える中国に対抗するためだ。スリランカ、ネパールはいずれも中国主導の広域経済圏構想「一帯一路」に参加し、インフラ整備で融資を受けてきた。それだけに、インドが何もしなければ中国の支援によって、中国圏へ取り込まれる危険性が高まるのだ。