米国、「鮮明化した」台湾防衛意識、国務省の対中政策シビアへ「アジア重視最優先」
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世界最大の半導体の受託生産会社(ファウンドリー)、台湾積体電路製造(TSMC)の「独り勝ち」が鮮明だ。17日発表した2024年7〜9月期決算は売上高・純利益とも過去最高を更新し、業績見通しも上方修正した。人工知能(AI)向けの先端半導体の需要をほぼ総取りし、製造能力の高さで韓国サムスン電子や米インテルを圧倒する勢いだ
『日本経済新聞 電子版』(10月17日付)は、「TSMC、AI半導体総取りで最高益 インテル サムスン圧倒」と題する記事を掲載した。
7〜9月期決算は売上高が前年同期比39.0%増の7596億台湾ドル(約3兆5000億円)、純利益は54.2%増の3252億台湾ドルと市場予想を上回った。いずれも四半期ベースで過去最高を更新した。米AI半導体大手エヌビディアや米アップル向けなどに回路線幅3〜5ナノ(ナノは10億分の1)メートルの先端品の供給が好調だった。
(1)「TSMCが17日に開いたオンライン形式の決算説明会で魏哲家・董事長兼最高経営責任者(CEO)は、投資家の不安を払拭するかのように強気の発言を繰り返した。「AI関連の需要は極めて堅調」、「リアル(実需)だ」と述べ、AI需要が今後何年も続くとの見通しを示した。発言を裏打ちするように業績も上方修正した。10〜12月期の売上高予想は米ドルベースの中央値で前年同期比35%増と過去最高を見込む。24年12月期の売上高予想を「20%台半ばをわずかに上回る増収」から「30%近くの増収」に引き上げた。24年の設備投資計画は従来の300億〜320億米ドル(約4兆5000億〜4兆8000億円)から「300億米ドルをわずかに上回る」とした。市場に期待のあった上方修正は見送った。25年の設備投資は「24年比で増える可能性がとても高い」と説明した」
TSMCは、AIブームの半導体需要を「総取り」している形だ。27年になれば、日本のラピダスが「2ナノ」AI半導体へ参入する。楽しみである。
(2)「25年中に回路線幅2ナノメートルの次世代半導体の量産を予定し、海外での増産も続ける。24年末までに熊本第1工場、25年初めに米アリゾナ州の工場で量産開始を予定する。両工場は台湾並みの品質・信頼性を提供できるという。熊本第2工場は25年1〜3月期に建設を始める。TSMCの好業績を支えるのは、スマホやデータセンターなどに用いる単価の高い先端半導体で、売上高の約7割を占める。サーバー向けAI半導体の売上高は24年に前年比3倍以上に膨らみ、売上高全体の15%前後を占める見通しだ。魏氏の発言はデータセンター向けなどAIを中心とした先端需要の強さを改めて示唆した」
TSMCの業績は、データセンター向けなどAIを中心とした先端需要に支えられている。事実上の独占状態だけに絶好調である。
(3)「世界で先端半導体を製造できる能力のあるメーカーはTSMC、サムスン、インテルの3社に限られる。現状、TSMCがデータセンターで用いるAI半導体の生産をほぼ総取りし、他社との技術・業績格差が一段と鮮明になっている。台湾調査会社トレンドフォースによると、ファウンドリー市場におけるTSMCのシェアは23年の59%から24年に64%、25年は66%に高まる見通しだ。18年の50%から上昇傾向が続き、2位サムスン(25年に9%)と大差がつく。サムスンは赤字が拡大したとみられるファウンドリー事業が苦戦の一因だ。インテルはさらに厳しい。21年にファウンドリー参入を表明したが、先行投資が重く4〜6月期は同事業の営業損益が28億3000万米ドルの赤字だった。9月に外部資本受け入れによる立て直しを視野に同事業の子会社化を発表した」
TSMCは、ファンドリー事業のシェアが24年に64%、25年に66%へ高まる見通しだ。一方、サムスンは今年4~6月期が13%である。サムスンは、25年に9%へ低下する見込みで、「兆円単位」の大赤字である。製品歩留まり率が低位にあるからだ。技術上の問題である。
(4)「先端半導体の生産・開発には年数兆円規模の資金が必要だ。次世代技術をいち早く確立し、顧客の注文を集めて次の投資原資を確保する必要がある。製造装置を精緻に使いこなし、歩留まりを高めなければならない。TSMCは半導体の不況期でも投資を継続し、先端半導体を使うスマホやデータセンターなどのデジタル機器の用途を常に開拓し、市場占有率を高めてきた。調査会社テクノ・システム・リサーチの大森鉄男氏は、先端ファウンドリー市場が「完全にTSMCの独り勝ちとなった」と指摘する」
ファンドリー事業では、TSMCの独占状態になっている。ラピダスが、これに挑戦する形になる。
台湾は、総統選と同時に実施された立法委員選挙で、与党・民主進歩党(民進党)が過半数を割り込む敗北を喫した。その一因は、不動産価格の高騰や格差拡大への若者たちの不満や反発だ。頼総統にとっては、差し迫った課題が経済問題である。解決が長引けば、中国共産党が民意へ「介入」してくるリスクも高まる。
『日本経済新聞』(6月1日付)は、「台湾、経済多角化が優先課題」と題する寄稿を掲載した。筆者は、ジャーナリストのウィリアム・ペセック氏である。米経済誌『バロンズ』や『ブルームバーグ』でコラムニストを務め、日本に関する著書もある。
中台関係の緊張が高まる中、台湾の頼清徳(ライ・チンドォー)新総統は5月20日の就任演説で「(台湾への)威嚇を停止」し、台湾海峡と地域の平和と安定の維持に尽力するよう中国に求めた。中国はすぐ反論し、政府の報道官が頼氏の演説について「危険なシグナル」を送ったと指摘した。
(1)「頼氏は、まもなく主な懸念事項が中国ではないことに気づくかもしれない。差し迫った問題は台湾経済が誤った方向に進んでいることだ。賃金停滞と不動産価格の高騰によって格差が広がり、特に若者が意気消沈している。頼氏は蔡英文(ツァイ・インウェン)前総統の2期目の任期で副総統を務めた。台湾初の女性総統だった蔡氏は、任期の終わりまで高い人気を維持した。2016年に就任すると低迷していた経済を活性化させた。新型コロナウイルス禍を機敏に切り抜けて、台湾を米国の主要な仲間につくり変えて自主性を保った」
頼総統は、国内経済問題の解決に取組まなければならない。賃金停滞と不動産価格高騰の問題だ。これは、所得不平等がもたらした結果である。高所得者は、競って不動産を買い漁るが、若者の失業問題は深刻である。
(2)「蔡氏は、前進し始めた経済サイクルを頼氏に引き渡した。人工知能(AI)技術のブームで輸出が増加し、第1四半期の成長率は約3年ぶりの高い水準を記録した。ただ問題は、AI技術に関連するハードウエアの世界的な需要が、長期的には持続可能な成長の源泉にはならない可能性があることだ。現在、半導体受託生産の台湾積体電路製造(TSMC)のような巨大企業はハイテク業界の頂点にあるようにみえる。しかし将来どうなるかは誰もわからない」
台湾経済にアキレス腱は、最先端半導体を製造できても他の有力な産業が育たないことだ。産業基盤が強固でないのは、所得再分配政策に失敗しているからだろう。台湾のGDPに占める個人消費比率は、45.69%(2022年)である。2018年は52.3%であったから、4年間で急激に下がっている。これが、不公平感を高めている背景であろう。
(3)「現時点で台湾は、世界的なハイテクの好況下にあり、米国と中国の堅調な成長の恩恵を受けている。ただ11月の米大統領選挙を前に米中が対立する中、台湾は不安定な立場に立たされるかもしれない。大統領選では、トランプ前大統領が返り咲く可能性もある。トランプ氏は中国と貿易戦争をやりたくてうずうずしている。計画している中国製品に対する60%の一律関税は地域の成長に大きな打撃を与えかねない。台湾の半導体メーカーにも影響を及ぼす恐れがある」
台湾は、中国との経済関係が深いだけに、トランプ氏の米大統領復帰は大きな変数である。これにどのように対応するのか。国内経済基盤の強化であろう。
(4)「トランプ氏は、台湾に対する軍事支援についてあいまいな発言に終始している。台北を犠牲にして、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席と包括的な取引をするのではないかという懸念もある。こうした不確実性は、台湾の経済構造に影を落としかねない。ひとつは輸出依存度の高さだ。台湾の輸出は3月に急増した。しかし中国経済が減速し、米金利が予想より高い水準にとどまる中で持続できるだろうか」。
台湾半導体を代表するTSMCは、AI(人工知能)半導体で高い利益を上げている。この状態は、これから本格化する。中国経済が減速しても十分カバーするだろう。問題は、この高い利益をいかに国民へ還元するかだ。その知恵が問われている。
(5)「もうひとつの懸念は貧富の格差である。1991年から約4倍に拡大している。21年末時点で台湾の最も裕福な世帯上位20%の資産は、下位20%の資産の70倍近くに上る。所得が伸び悩む一方で、住宅費が上昇していることが最大の原因だ。若者の失業率は11%を超えている」
下線部は、「半導体長者」であろう。この高所得へ課税率を引上げ、再分配する知恵がないのではどうにもならない。まさに、「所得再分配政策」の出動時期である。それが、個人消費の引上げに寄与し、失業率を減らす契機になる。民進党は、庶民の味方になるべきだ。
日本半導体の素材・部品・装置企業では、国内新工場建設および増設が続いている。韓国メディアが9日、日本の半導体関連ニュースを取り上げるほど注目されている。日本政府が、半導体の生産に必要な材料を国内で調達するサプライチェーンづくりを本格化させているからだ。
『日本経済新聞』(4月9日付)は、「信越化学、半導体素材で56年ぶり国内新工場 供給網強化」と題する記事を掲載した。
信越化学が、群馬県に半導体素材の新工場をつくることが8日、わかった。国内での製造拠点新設は56年ぶり。三井化学も山口県の拠点で増産体制を整える。半導体の製造装置や素材は、日本企業のシェアが高い製品が多い。戦略物資として各国が半導体産業の集積を進めており、日本でも素材まで含めたサプライチェーン(供給網)づくりが本格化する。
(1)「信越化学の新工場は2026年に完成し、フォトレジスト(感光材)や原版材料といった半導体ウエハーに回路を描く露光工程で使う材料を生産する。群馬県伊勢崎市に約15万平方メートルの事業用地を取得し、約830億円を投じる。国内での拠点新設は塩化ビニール樹脂などを手がける1970年の鹿島工場以来となる」
TSMCの熊本進出でも、地元での半導体関連投資が盛り上がっている。いよいよ半導体素材の増産投資という、「本丸」へ投資が波及してきた。信越化学の56年ぶりの工場建設が、象徴的な出来事になった。
(2)「フォトレジストは、露光材料の中でも日本企業が強みを持つ素材のひとつ。特に信越化学は世界シェアが約2割で、先端品に限ると4割以上とみられる。現在は、新潟県と台湾で生産しており、台湾は2021年、新潟県は22年に増設している。新拠点は半導体材料の戦略的な拠点として韓国や米国などへの輸出も担うほか、将来的には研究開発も手がける方針」
信越化学は、先端半導体材料では世界シェア4割に達している。国策半導体企業ラピダスは、27年からの本格操業を予定している。需要がますます増える情勢だけに、信越化学は投資に迷いがなかったであろう。
(3)「三井化学は、半導体回路の原版を保護する薄い膜材料「ペリクル」を生産する山口県の工場を増設する。50億〜90億円を投じて、25〜26年に従来品より性能を高めた製品を量産する。ペリクルは露光装置で半導体ウエハーにレーザーを当てて回路を描く際、原版に傷やホコリが付着するのを防ぐ。露光装置を手がけるオランダのASMLは、より微細な回路を描ける次世代装置の投入を予定している。三井化学は、それに合わせて材料にカーボンナノチューブ(CNT)を採用し、従来品よりも強度と光の透過率を高めた次世代品を発売する」
三井化学は、「ペリクル」増産で山口工場を増設する。オランダのASMLが、日本へ研究所を設置するので、連絡を密にして開発を進めるのであろう。
(4)「日本は、経済安保の観点からも半導体の国内生産に取り組んでいる。台湾積体電路製造(TSMC)は、熊本県に日本初の生産拠点を設け、稼働を始めた。ラピダスは北海道に工場を新設し、27年にも生産を始める計画。半導体生産に必要な材料も国内で調達できるようにすることは、供給網の強化につながる。日本酸素ホールディングスは、製造時に使うネオンを26年めどに国産化し、富士フイルムは研磨剤「CMPスラリー」の国内生産を始めた」
TSMCは、熊本工場新設で政府補助金を支給される。その条件として、素材の6割を日本国内で調達する義務が課されている。国内素材メーカには、自然と市場が拡大された形だ。
(5)「半導体材料は、マニュアル化できないノウハウや知見を持つ現場の職人的な技術蓄積がモノをいう分野でもあり、日本が技術優位性を保っている。英調査会社オムディアによると、日本勢の半導体材料主要6品目のシェアは約5割と、台湾の17%、韓国の13%を大きく上回る。ただ、高性能化する半導体の生産に最適な素材や装置を開発するには、顧客との継続的な擦り合わせによる改善が欠かせない。そのため一部の素材や装置で、生産や研究開発の拠点を海外に設ける動きが広がっていた」
下線部は、日本企業の強みである。トヨタ自動車の全固体電池の開発でも、電解質の素材が出光興産による「マニュアル化できないノウハウ」という職人芸へ依存している。半導体も全固体電池も、素材の生産ではこういう微妙な「技」が生きている。
(6)「半導体の供給網強化は、各国が取り組んでいる。韓国は2030年までに、装置や材料の外国企業の誘致を拡大する目標を掲げ、半導体産業の企業を誘致する大規模な工場団地の建設を進めている。台湾は20年に材料の自主生産を目標に掲げ、総額56億台湾ドル(約264億円)の予算を確保した」
韓国や台湾は、国産化比率の引上げに努力している。半導体製造では、装置が長年使用している日本製素材特性にマッチしてしまうという不思議な現象が起こっているという。この結果、韓国や台湾が素材国産化を進めれば当面、製品歩留まり率に影響が出るという。半導体素材が「マニュアル化できないノウハウ」の結果であろう。