トルコが、北欧2ヶ国(フィンランドとスウェーデン)のNATO(北大西洋条約機構)加盟に反対している。一方で、ウクライナ侵攻解決に向けてロシアへ和平交渉を奨めたり、ウクライナ産小麦の輸出でトルコ海軍が護衛を務める案まで公表している。欧米とロシアから得点を稼ぎ出す戦術である。
トルコのエルドアン大統領は、こうした国際危機を利用して自身の政治家としての生残りに成功してきた。だが、国内では猛烈なインフレ問題を抱えている。来年6月の大統領選挙で、国民の厳しい審判が待っているのだ。エルドアン氏は、ロシアと欧米から何らかの譲歩を得て、選挙戦に臨む腹積もりのように見えるのだ。
米紙『ウォールストリートジャーナル』(6月7日付)は、「ウクライナ危機を利用するトルコ大統領」と題する記事を掲載した。
トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領はロシアのウクライナ侵攻をめぐる世界的な危機に乗じ、自身の影響力を利用して西側諸国とロシアから譲歩を引き出し、トルコが長年掲げる目標の一部を達成しようとしている。
(1)「エルドアン大統領は、スウェーデンとフィンランドがトルコと対立するクルド人武装勢力を支援しているとして、両国の北大西洋条約機構(NATO)加盟を阻止する動きに出ている。同時に、ウクライナが海外に供給する食料の多くを輸送する船舶の安全な航行を確保する取り組みに関与し、これらの船舶を黒海でトルコ海軍が支援する可能性を示している。さらに、米国の反対を押し切って、シリアのクルド人武装勢力に対する新たな軍事作戦も辞さない姿勢を見せる」
トルコのエルドアン大統領は、実に上手く立ち回ろうとしていることが分る。北欧2ヶ国のNATO加盟を機に、トルコと対立するクルド人武装勢力の弱体化を狙っている。米国に対しては、シリアのクルド人武装勢力へ軍事作戦を行なうとして、米国の譲歩を目的にしている。「一石二鳥」の外交戦術である。
(2)「アナリストらによると、エルドアン氏は公職に就いてから20年余りの間に繰り返し使ってきた、危機を政治的な機会に変える戦略を踏襲している。その手法の中核は、友と敵の双方から譲歩を引き出す一方で、国際問題での自身の役割を利用して国内でのイメージを築くことだという。元アンカラ大学政治学部長で独立系アナリストのイルハン・ウズゲル氏は「これは典型的なエルドアン氏だ。彼はあらゆる機会を捉えて国内外での自身の人気を支える達人となった」と述べた」
エルドアン氏は、国際的危機を利用して自らの政治的業績にしてきた人物である。今回もこの戦術を利用している。
(3)「トルコは継続的な通貨危機のさなかにあるが、アナリストはその主因がエルドアン氏自身の経済運営にあると指摘している。公式のインフレ率は今や70%近くと、主要20カ国・地域(G20)で最も高いほか、世界でも6番目の高さとなっている。独立系のエコノミストは、実際のインフレ率は100%を優に超えている公算が大きいと述べる。この危機によって何百万人ものトルコ人が貧困に追いやられ、エルドアン氏の支持基盤である保守層の間でも支持率は低下している。このため、2023年6月に予定されている選挙で同氏が敗北するリスクが生じている。選挙は政府の決断によっては予定より早く実施される可能性がある」
エルドアン氏は外交手腕に長けているが、内政では失敗している。消費者物価が世界で6番目の高騰に見舞われているのだ。中央銀行総裁の首を頻繁にすげ替え、自ら金融政策に口出しする「異常」ぶりを見せている。「金融政策の独立性」など、全く眼中にない振る舞いだ。来年6月、大統領選挙を迎える。国民は、外交よりも内政の失敗をどう評価するかだ。
(4)「ロシアによるウクライナ侵攻は、自国の経済問題で広く非難を浴びる政治家ではなく、世界の指導者としての役割を演じる機会をエルドアン氏にもたらした。トルコ製武装ドローン「バイラクタルTB2」は、ロシアの攻撃に対するウクライナの抵抗で中心的役割を果たし、ロシア軍車両の隊列を爆破し、軍艦を撃沈した。ドローン攻撃の成功はトルコの防衛産業の持つ力を見せつけた。同国の防衛産業はエルドアン氏の育成策により自国の必要装備品の70%を生産しており、米国や欧州への依存度を低下させている」
トルコ製武装ドローン「バイラクタルTB2」の活躍は連日、ニュースになっている。武器の生産では、7割が国産で賄っている。欧米への依存度が低いので、外交でそれだけ自由度を得ている面がある。
(5)「ウクライナ戦争におけるエルドアン氏の当初の対応は、西側当局者との接触が増え、ジョー・バイデン米大統領から電話を受けるといった結果につながった。しかし、せっかく生まれた親善ムードも、エルドアン氏が5月にスウェーデンとフィンランドのNATO加盟を認めないと発言したことで消滅した。同氏の姿勢は、欧州の安全保障戦略の歴史的転換を妨げる恐れがある」
エルドアン大統領は、欧米とロシアの間に立って外交的利益の最大化を図っている。だが、これもやり過ぎると、西側諸国からの信頼を失う結果になる。綱渡り外交だ。
(6)「アナリストらによれば、NATOをめぐる膠着状態は結果的にエルドアン氏に政治的利益をもたらす可能性がある。同氏が最終的に、スウェーデンとフィンランドからわずかの譲歩しか引き出せずに両国のNATO加盟を受け入れることになったとしてもだ。同氏は、自身とその政党が支配するトルコのメディアを使うことで、トルコの利益を守る世界的なリーダーとしてのイメージを描くことができる」
北欧2ヶ国のNATO加盟は、トルコの反対でご破算になる問題でない。いずれ、トルコが欧米から何らかの譲歩を引き出せば、それを国内で大々的に宣伝して、来年の大統領選に利用するであろう。