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トルコは、NATO(北大西洋条約機構)の加盟国であるが問題児である。先の北欧2ヶ国のフィンランドとスウェーデンの加盟を巡っては、トルコが反対して加盟国をヤキモキさせた。土壇場で賛成したが、今度はクルド人の過激家を引き渡さねば批准しないと爆弾発言して加盟国を驚かせた。

 

こういう「箸にも棒にもかからない」トルコは、いっそのことNATOから追放したらどうか。そんな繰り言も聞えてくるほど。だが、「バカと鋏は」の喩えの通り、トルコを仲間に引入れておくメリットは、NATOにとって対ロ戦略からいっても極めて重要というのだ。その「異見」を聞いてみよう。

 


英紙『フィナンシャル・タイムズ』(7月5日付)は、トルコ、「NATOに不可欠 黒海掌握で価値証明」と題する記事を掲載した。

 

NATO加盟国にとってトルコは同盟国だが、エルドアン大統領が頭に来る存在であることは確かだ。同氏は今回の首脳会議でフィンランドとスウェーデンのNATO加盟反対を取り下げたものの、その直後に新たな疑念を巻き起こしたからだ。会議閉幕の会見で同氏は、トルコ当局がテロ容疑で捜査中の73人の身柄をスウェーデンが引き渡さない限り、トルコ議会は2カ国の加盟を認める合意文書を批准しないだろうと示唆した。

 

(1)「エルドアン氏の行動は、NATOに不都合な問題を突き付けている。NATOは、民主主義と人権擁護を基本方針としているからだ。罪状を捏造し政敵を刑務所に送る暴挙は、ロシアのプーチン大統領がするような所業だ。実際、プーチン氏とエルドアン氏は長年、緊密な関係を維持している。フィンランドとスウェーデンのNATO加盟はプーチン氏には大打撃となるだろう。バルト海沿岸国は、ロシアを除きすべてNATO加盟国となるからだ。だが、トルコがこの2カ国の加盟に反対する戦術に出たことは、トルコが自国の利益を優先し、国家存亡の危機に直面しているバルト海に面するNATOの同盟諸国のことなどいかに軽視しているかを物語っている」

 

トルコは、身勝手な国に映る。フィンランドとスウェーデンは、NATO加盟によってロシアの軍事圧力を逃れようとしている。トルコは、それが分かりながら横車を押す。NATOにとっては、絶対に手放せない相手である。対ロシア戦略で切り札になるのだ。

 

(2)「こう考えると、トルコはNATO加盟国でない方がよいのではないかと思えるが、そんなことは全くない。トルコをNATOから追い出すことがたとえ法的に可能でも、それは戦略的には大失敗となる。黒海は、ウクライナとロシア両国にとって地中海およびその先の世界とつながる重要なルートだ。ウクライナ産穀物をウクライナの港から世界に出荷するには黒海を通らなければならない。そしてその黒海の玄関口を掌握するのはトルコだ」

 

黒海の玄関口に位置するトルコは、国際条約で港湾管理権を委託されている。ロシアとウクライナの双方にとって命綱である。そのトルコが現在、ウクライナに味方しているのだ。

 


(3)「トルコ当局が、7月初めウクライナから盗んだとされる穀物を運搬しているというロシア船籍を拿捕(だほ)したことからも、トルコがいかに重要な役割を担っているかがわかる。もしトルコがNATOから追放されロシアの事実上の同盟国になれば、ウクライナは港を持っていても実質的には内陸国となってしまい、ロシアの地中海への影響力が増すことになる」

 

トルコは最近、「侠気」を出してウクライナから盗んだとされる穀物運搬のロシア船籍を拿捕し、ロシアに一泡吹かせたのだ。このトルコが、NATOから追放されてロシア側へつくと、ウクライナは海を失う事態に陥る。

 

(4)「エルドアン氏が、民主主義国家としてのトルコを台無しにしたのは明らかだ。しかし、ロシアとは異なり、トルコは他のNATO加盟国に安全保障上の脅威は与えていない(ギリシャはトルコがエーゲ海で軍事力を誇示する動きに警戒を強めているが)。つまり、ロシアに対抗していくうえでNATOが圧倒的に重要であることを考えれば、トルコをNATO側につけておくことが今、かつてないほど大事だということだ」

 

NATOは、ロシアへ対抗する上でトルコが地政学的に大きな役割を果たしている。こういう重要な役割を担うトルコを敵にまわすことは危険なのだ。

 


(5)「エルドアン氏は、自分の立場を決して変えないわけではなく、その方が有利になると判断すれば変える。一方、エルドアン氏の姿勢を変えさせる手は残るNATO加盟諸国にもある。トルコ経済の窮状が、他のNATO加盟国がエルドアン氏に強気に出る好機となる。トルコのインフレ率は同氏の経済政策の失敗もあり今や80%近い。通貨リラはこの2年で60%強下落した。大幅な経常赤字に陥っており、国際通貨基金(IMF)による救済が必要になると指摘されて久しい。そんな事態は同氏には屈辱的な上、23年には大統領選が待ち受ける

 

下線部は、トルコの泣き所だ。エルドアン氏は、高インフレに悩んで中央銀行総裁を頻繁に変えて話題になっている。対策がないのだ。いずれ、IMFから救済を受けざるを得ないほど追い込まれるであろう。来年は大統領選挙である。こういう事情から、エルドアン氏が泣き言を言い出すであろう。NATOは、そのチャンスを生かして北欧2ヶ国のNATO加盟批准を迫る、というアイデアである。

 

(6)「トルコが経済危機を回避するには海外の支援が不可欠だろう。ここに他のNATO加盟国の出番が浮上する。経済支援の提供と引き換えにフィンランドとスウェーデンのNATO加盟に前向きな立場を取るよう迫られるかもしれない。それはイスタンブールの観光名所グランドバザールでの価格交渉さながらの取引のようにみえるかもしれないが仕方ない」

 

NATOは、トルコの経済危機を救済することを条件に、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟を批准させる。エルドアン氏は、この「取引」をすでに狙っているのかも知れない。エルドアン氏は、「可愛い」やり手である。