勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    カテゴリ: インド経済ニュース時評

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    G7の広島サミットが終わった。インドは招待国としてモディ首相が出席。メディアとのインタビューで、「インドは、G7と中ロの橋渡し役になる」と発言した。インドは、人口世界一を背景にして、外交面で世界へ貢献する意欲を見せている。

     

    このインドが、人口世界一を背景に「経済大国」の階段を登れるか。実は、インドの製造業が脆弱であるという難点を抱えている。製造業の付加価値がGDPに占める比率は、13.98%(2021年)で、中国の27.44%(同)のほぼ半分にすぎない。ベトナムの24.62%(同)、バングラデシュ21.24%(同)からも大きく引離されているのだ。

     

    これでは、インド製造業の実力が余りにも低くて、増える人口を吸収できるか、という疑問符がつく。「経済大国」になるには、大きな壁を超えなければならないようだ。

     

    『東洋経済オンライン』(5月21日付)は、「『人口世界一』インドが経済大国になるという幻想」と題する記事を掲載した。筆者は、武居秀典氏である。

     

    インドが、今年半ばにも中国を抜いて、人口世界一になるという予測が国連から発表されました。これを受け、インドの経済成長の加速にも期待が高まっています。しかし、本当に、インドは、中国に続くような経済大国になるのでしょうか。筆者はかなり懐疑的にみています。

     

    (1)「人口は、その国の経済力や成長力を左右する大きな要因です。人口を見る際には、その「規模」に目が行きがちですが、「先行き」や「質」も重要です。人口の「規模」は、国の経済力の大きさにつながります。国民の豊かさを示す一人当たりGDPをみると、インドは世界145位です。人口が多いので、国全体のGDP総額は世界第5位です。経済力が大きければ、国際社会における存在感や発言力も大きくなります」

     

    インドは、人口が世界一であっても雇用吸収力の高い製造業のウエイトが低いという悩みを抱えている。多くが、低生産性のサービス業に吸収されている。その結果、一人当たり名目GDPが世界145位に低迷している。

     

    (2)「ここで考えなければならないのは、人口要因が良好であれば、経済成長が保証されるのかということです。答えは「No」で、いくら追い風(良好な人口要因)が吹いても、その風を捉える「帆」をきちんと張らなければ、船は進みません(経済成長しない)。では、その「帆」とは何でしょうか。「帆」は、良好な人口要因を生かす適切な経済政策であり、最も重要な点は、生産年齢人口の増加分に見合う「雇用」を生み出すことです」

     

    人口は増えても、それに見合う良好な雇用先がなければ、経済成長率が高まらないというリスクを抱える。つまり、失業率の高止まりである。

     

    (3)「インドでは、生産年齢人口(15~64歳)が毎年1000万人規模で増えています。労働参加率等を考慮すると、最低でも毎年500万人以上の雇用が増えなければ、失業者が増え、経済成長どころか、社会不安にもつながりかねません。さらに言えば、その雇用も高い付加価値を生み出す産業で増えることが求められます。サービス業などは、多くの雇用を吸収できますが、国民の所得を十分に増やすだけの「付加価値」を生み出すことが難しい分野です。現在のインドの一人当たりGDPは約2500ドルしかなく、この発展段階の国では、高い付加価値を生み出すことができる「製造業」の発展が成長のカギとなります

     

    インドの一人当たり名目GDPが2500ドルでしかない裏には、廃止されたはずの身分制度が災いしている。これは、インドが工業化社会へ移行する上で大きな障害になる。インドは、労働参加率」が極端に低いという問題を抱える。「労働参加率」とは、生産年齢人口(15歳~64歳の人口)に占める労働力人口(就業者+完全失業者)の割合である。インドは、この労働参加率が40%である。大家族制のために、家にこもっており外で働こうという意欲が低いのだ。単純に言えば、残り60%は「扶養家族」になり、未稼働労力である。 この比率を下げない限り、経済大国は難しいであろう。

     

    (4)「インドには経済・社会構造上の課題も数多くあります。インフラが十分に整備されておらず、また、通関の手続きなどにも時間と手間がかかります。税制が複雑かつ曖昧で、進出した外国企業が何年も経ってから多額の追徴を課せられ、長期間にわたる裁判対応など過剰な労力を強いられることも多々あります。モディ政権誕生からすでに9年が経ちますが、改革はまだ道半ばです。今後、同政権が、製造業強化を含め、人口ボーナス期を最大限生かせる政策や改革を実行できるかが注目されます。残された時間はそれほど長くありません」

     

    インドの官僚制が、しばしば問題になっている。非効率性が非難されているものだ。保護主義で関税を高くして企業の競争力を奪うという批判を呼んでいる。インドは、RCEP(東アジア地域包括的経済連携協定)の交渉中に脱退した。中国製品の流入を忌避したとされるが、インド製造業の育成にマイナスになろう。

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    中国は、3年間の「ゼロコロナ」で国境を閉じていた間に、サプライチェーンの座が大きく揺らいでいる。アップル製品の生産拠点が、中国からインドへ代わろうとしているからだ。アップル製品の販売でも、インドのシェアがたかまっている。こうしてインドが、アップル製品の生産・販売の拠点に昇格するだろう。中国には痛い失点だ。

     

    『ウォール・ストリート・ジャーナル』(4月11日付)は、「アップル、『次の中国』はインド」と題する記事を掲載した。

    米アップルにとって、インドの戦略上の意味合いが変化している。かつてはサプライチェーン(供給網)における中国の影響力を抑える手段として見ていた同国を、新たな需要を掘り起こす成長拠点と捉えるようになっている。この二つの戦略は互いに補完し合っている。

     

    (1)「アップルは先週、今月オープンするインド初の直営店の外観を公開した。アップルにとって同国の重要性が増していることがうかがえる。インドではこれまで、主に再販業者やネット通販サイト、大型小売りチェーン店を通じて「iPhone」などを販売していた。実店舗の開設で販路を一段と拡大する。ティム・クック最高経営責任者(CEO)が2月、インドをアップルの集中拠点と呼び、同市場を重視していると発言したことを踏まえると、こうした動きは予想外ではない。2022年10~12月期は減収となったにもかかわらず、インドでのiPhone売上高は過去最高を記録したという(数字は公表せず)」

     

    アップルは、昨年10~12月期の売上高が減収になった一方、インドのiPhone売上高は過去最高を記録した。インドが、市場として大きな成長性を持っていることを証明した。

     

    (2)「アップルが、インドで製造拠点を拡大してきたのはすでに知られており、同社が「中国プラス1」の構想を掲げていることが背景にある。だがこれまで見落とされがちだった点がある。インドがここ数年着実に購買力を高めていることや、中国のようにうま味のある新たな市場を開拓する機会をアップルに提供している、ということだ。インドでiPhoneを製造して販売すれば、円滑なサプライチェーンを構築できる。これはアップルが過去10年間の中国での成功から学んだことだ。ウェドブッシュ・セキュリティーズのアナリスト、ダニエル・アイブズ氏は、アップルが「身銭を切って」インドで生産を拡大し、販売で成果を上げようとしているとの見方を示す」

     

    アップルは、巨大人口を擁するインドでiPhoneを製造して販売すれば、円滑なサプライチェーンを構築できることを中国で学んでいる。アップルが、製造・販売のインド拠点化を図るのは自然の流れだ。

     

    (3)「調査会社カウンターポイント・リサーチによると、インドのスマホ市場におけるアップルのシェアは19年にわずか1%だったが、今年は5%超えも視野に入る。一方、中国におけるシェアは22年10~12月期に22%だった。iPhoneの価格は、インドではまだ高すぎるのかもしれない。だが、同市場に見込みはある。調査会社カナリスによると、インドのスマホに占める高価格商品(500ドル以上)のシェアは22年に6%と、19年の3.1%からほぼ倍増した。この価格帯に占めるアップルのシェアは22年に60.13%に達した」

     

    インドの所得上昇は、アップルの高価格商品の需要を増やしている。19年は3.1%のシェアが、22年は6%へ上昇した。この流れで行けば、インドが有望株へ成長確実である。

     

    (4)「インドと中国は、人口動態がかなり似ており、少なくとも大都市では購買力も相似しているため、アップルの取り組み次第ではインドが数字を押し上げてくれるかもしれない。パイパー・サンドラーのアナリスト、ハーシュ・クマール氏はこう話す。市場調査会社IDCによると、インドは出荷台数と販売台数ともに世界第2位のスマホ市場で、シェアは約12%に上る。それでもスマホ普及率はまだ50%未満で、アップルの成長にとって他にはない可能性を秘めている

     

    下線部分は、インドがスマホ市場として有力であることを示唆している。スマホ普及率は50%未満とされる。市場の飽和化は約65%である。インドは、これから「スマホ」収穫期を迎えるのだ。

     

    (5)「昨年のインドでのスマホ価格(税抜き)は、平均で206ドルだったのに対し、iPhoneは898ドルだった。だが、アップルの割引対象の最安モデルは、500ドルを割ることもある。部品供給網の拡充をテコにインドでの製造能力が上がれば、価格はさらに下がるかもしれない」

     

    アップルは、インドでiPhone生産を増やせばコストも下がる。それは、販売価格の引き下げにつながるのだ。こういう好循環を確立できれば、インドが「次の中国」になる可能性を高めよう。

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    インドは2年前の6月、中印国境で中国兵の急襲によって20名の兵士が犠牲になった。これ以来、中国への警戒姿勢を一段と強めている。すでに、ファーウェイ製品のインド販売を禁止している。これに加え最近は、対中国企業への新たな抑制方針を取っている。

     

    インドは、クアッド(日米豪印)に加わる一方で、BRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国・中国・南ア)のメンバーである。歴史的経緯から言えば、BRICSの結成が先でクアッドは一昨年だ。インドは、BRICSに所属しながらクアッドへ参加した形になる。

     

    インドは、なぜこのような「二股」をかけたのか。中国との関係悪化への対応策である。クアッドは、暗黙裏に対中国戦略であることから、インドは日米豪の協力を得て中国へ対抗する構えだ。この意味で、冒頭に掲げた中国企業への抑制策は、規定方針に基づくものだろう。

     


    『日本経済新聞 電子版』(7月19日付)は、「インド、中国企業締め出し 資産凍結や買収不許可」と題する記事を掲載した。

     

    インドが自国市場から中国企業を締め出そうとしている。スマートフォン大手の資産凍結や、自動車工場の買収不許可といった動きが相次ぐ。一方、中国の対応は抑制的だ。ロシアとの協調にインドを取り込む狙いがあるとみられるが、中国側が受ける打撃は大きくなっている。インドと中国の関係が一段と悪化しかねない。

     

    (1)「インド当局は7日、中国スマホ大手のvivo(ビボ)に立ち入り捜査を実施し、資産を差し押さえたと明らかにした。ロイター通信によると、マネーロンダリング(資金洗浄)に関する捜査の一環で、vivoのインド事業に関係する119の銀行口座から46億5000万インドルピー(約80億円)を差し押さえた。インド当局は、vivoのインド法人が同国での納税を回避するため、6247億6000万インドルピーを中国などに送金していたと主張している」

     

    インド当局は、マネーロンダリングの疑いでvivoの銀行口座から約80億円を差し押さえた。

     


    (2)「インド当局は、中国スマホ大手の小米(シャオミ)についても4月末、「不正な海外送金」に関連して555億ルピーを超える資産を差し押さえたと明らかにしていた。関係者によると、事業継続に必要な一部の支払いについては差し押さえられた口座での取引が認められているという。自動車産業にも影響は広がる。中国自動車大手の長城汽車は6月末、米ゼネラル・モーターズ(GM)のインド工場の買収を断念した。インド市場撤退を決めたGM201月に買収で合意したと発表していたが、長城汽車のインド事業代理人は「期限内に(当局の)承認がおりなかった」と明かす」

     

    インド当局は、シャオミについても不正な海外送金の疑いで、555億ルピーを超える資産を差し押さえた。中国自動車大手の長城汽車は6月末、米GMのインド工場買収を断念させられた。

     

    (3)「今回は、中国企業の締め出しがスマホなどにも広がった格好だ。背景の一つとして考えられるのは、インドの対中貿易収支の悪化だ。中国税関総署によると、インドの対中貿易赤字は21年に693億ドル(約9兆5000億円)となり、直近の10年では最大に膨らんだ。対中貿易赤字は22年1~5月も384億ドルで、前年同期を6割上回る。スマホ向けなどの電子部品の輸入が急増しているためだ」

     

    インドはなぜ最近、矢継ぎ早に中国企業へ抑制的に動いているのか。中印貿易で、インドが大幅な赤字に陥っている結果、これに敏感に反応して中国へ否定的動きをしているというのだ。この解釈は、強引すぎる。牽強付会という趣だ。

     

    真因は、中印の対立が激化している結果であろう。インドは、ロシアへの武器輸入依存を減らすべく、米英仏イスラエルと共同開発へ動いている。西側諸国は、インドを中ロから引離すべく秘策を練っているのだ。その成果が、次第に軌道に乗ってきたのであろう。今回のインドにおける一連の中国企業抑制は、インドによる中ロ離れの一環と読むべきだろう。

     


    (4)「香港の調査会社カウンターポイントによると、インドのスマホ出荷台数に占める小米やvivoなど中国企業の製品のシェアは6割を超える。パソコンやテレビなどの市場でも中国勢の存在感は大きい。自動車分野でも格安の電気自動車(EV)で知られる上汽通用五菱汽車が23年前半、インドで現地提携先を通じ、新型EVの発売を目指す。これからもインド当局の介入が続けば、各社は戦略の見直しを迫られる」

     

    インドは、中国企業のインドでの活動を規制しようとしている。その分、クアッドへ傾斜し始めていると読めるのだ。

     

    (5)「中国の対応はこれまでのところ抑制的だ。「中国企業への頻繁な調査は経営活動を混乱させ名誉を損なう」。在インド中国大使館は5日、インド当局への不快感をあらわにした。中国外務省も「インドでの投資や経営に対し、公平・公正・無差別な環境の提供を望む」と主張するが、インド企業への目立った報復措置には踏み切っていない。中国はロシアと連携してインドを自陣営に取り込む狙いがあるとみられる。ウクライナを巡り、ロシアと日米欧が対立するなか、ロシアと協調する中国もインドとの正面対立は避けたい思惑を持つようだ」

     

    中国は、中印国境でインドと厳しい対立を繰り返しながら、インドを自陣営へ引き込む戦略である。これは、インドを余りにも甘く見ていると言うほかない。インドが、これに屈するはずがないのだ。最終的に、インドはクアッド一員として中ロと対決する宿命だろう。それには、インドが武器輸入でロシアへ依存しなくて済む体制を確立することである。この体制が整ったとき、インドは名実共にクアッド一員になろう。

     

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