勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    カテゴリ: インド経済ニュース時評

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    世界一の労働力を擁するインドは、サプライチェーンの脱中国という流れに乗って、労働規制改革に乗り出した。労働時間規制を弾力的に行なうことで、生産性が上げられるからだ。アップルの主要サプライヤーの鴻海(ホンハイ)は、インド南部カルナタカ州で労働規制改革により、一日2交代制が可能になった。これで、中国からの生産シフトに拍車がかかるであろう。 

    『フィナンシャル・タイムズ』(3月10日付)は、「APPLE、インドで生産拡大へ 州労働規制改革受け」と題する記事を掲載した。 

    アップルと同社の製品を生産する台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業傘下の富士康科技集団(フォックスコン)などの働きかけで2月実現したインド南部カルナタカ州における画期的な労働規制改革により、中国からの生産シフトに拍車がかかるとみられる。

     

    (1)「事情を知る3人の関係者によると、アップルなどのロビー活動が功を奏して、カルナタカ州議会は先月、工場での勤務時間に関する規制を緩和する法案を可決した。これにより、現在アップルとフォックスコンの主要な生産拠点となっている中国と同じように、2交代制の生産がインドでも可能となった。改革の結果、同州の労働規制の柔軟性はインド国内で最高水準となった。中国に代わる生産拠点になるというインドの政策目標にプラスとなるはずだ」 

    製造業にとっては、機械の操業度をあげることが生産性上昇の決め手である。インドでは、これまで夜間作業が認められていなかったが、カルナタカ州議会は2交代制の労働を承認した。これによって、カルナタカ州へ進出する製造業は、生産性向上が約束される。同州へ進出しているアップルのサプライヤーには朗報だ。これが、中国からの工場移転を促進するテコになろう。

     

    (2)「カルナタカ州の労働改革は、新型コロナウイルスの感染拡大で世界的なサプライチェーンが長期間混乱したことで中国での生産への過度な依存を減らそうとしている企業を誘致するのが目的だ。匿名を条件に取材に応じたインド政府関係者は「インドは次の世界的な生産の中心地になる」という。「他の国と比較すると、インドは労働量拡大の効率を大幅に高める必要がある」。ラジーブ・チャンドラセカール電子情報技術担当相は先週、アップルがカルナタカ州に建設を予定している300エーカーの新しい工場でスマートフォン「iPhone」が生産されると発表した。フォックスコンは、工場計画については明言していない」 

    300エーカーと言えば、121万4100平米である。この広大な土地は、アップルがカルナタカ州に建設を予定している新しい工場面積である。ここで、スマートフォン「iPhone」が生産される。インドの電子情報技術担当相が発表した。インド政府が、いかに力を入れているかを示している。

     

    (3)「ハイテク産業の集積地であるカルナタカ州の議会は、工場労働に関する州法を改正して、1日当たりの就業時間を9時間から12時間に拡大する法案を可決した。改正により、女性従業員の工場での深夜勤務も認められる。中国、台湾、ベトナムなどではエレクトロニクス製品の組み立て工場で働く労働者の大半が女性だが、インドではまだ少ない。新たな規制では、1週間の労働時間が計48時間を超過しないよう求めているが、3カ月間での最大残業時間が、75時間から145時間へと引き上げられた 

    カルナタカ州は、1日当たりの就業時間を9時間から12時間に拡大する法案を可決した。これで、女性の工場での深夜勤務も可能になるという。ただし、1週間の労働時間は48時間を超過しないように要求されている。残業時間も3ヶ月で最大75時間が145時間に引上げられる。

     

    (4)前述の政府関係者によると、今回の法改正は、インドの業界団体に加え、フォックスコンとアップルを含む外国企業の意見を大いに取り入れたものになっているという。フォックスコンの関係者は、この規制改革は「我々と顧客(アップル)がずっと求めてきたものだ」と語る。「この改革は、効率的な生産を大規模に行うためにはどうしても必要だった」。この関係者は、今年、中国を抜いて世界最大の人口を持つ国になるインドは、もはやフォックスコンも無視できない有望市場だが、中国と比べると投資環境に大きな差があるという。「(改正により)12時間の2交代制で24時間生産を行うことができるということで、我々が求める条件に近づいた」と話す」 

    1日当たりの就業時間が12時間になったので、2交代制で24時間操業が可能になる。これは、労働力が豊富な国では製造業のフル操業を可能にさせるもの。インドが、これから絶対的な競争力を持つ大きな背景になろう。

     

    (5)「モディ政権は、「メイク・イン・インディア(インドでものづくりを)」をスローガンに、インドのサービス業に偏重した経済においてはまだ影の薄い製造業を発展させようとしている。インド政府と南部を中心とした州政府は、生産における中国依存を脱却しようとしている外国の製造業を誘致するために、エレクトロニクスやその他の産業への投資に対する優遇策を提供している。現在、南部のタミルナドゥ州でiPhoneを生産しているフォックスコンは、カルナタカ州および隣接するテランガナ州で生産する計画について語っているが、アップル製品の生産拡大についての詳細は明らかにしていない」 

    フォックスコンが、インドでの増産計画について沈黙しているのは、中国を刺激したくない思惑と見られる。黙って既成事実を作ろうという狙いであろう。それだけに、壮大な計画を練っている証拠だ。

     

     

    テイカカズラ
       


    インドは、伝統的に「非同盟主義」を標榜している。だが、中国とは国境線を巡って紛争が続いている。兵器の主要輸入先は、これまでロシアであった。だが、ウクライナ侵攻に伴う西側の経済制裁で、ロシアの兵器生産は頓挫している。ここに着目した米国が、インドへ兵器の共同生産を持ちかけ合意の成立をみた。米国はこれを足がかりに、インドと半導体協力の覚書を交わした。米印関係は、着々と地歩を固めている。 

    『日本経済新聞 電子版』(3月11日付)は、「米印、半導体で協力覚書 供給網や人材・技能開発」と題する記事を掲載した。 

    米商務省は3月10日、米国とインドの両政府が半導体に関する協力覚書を交わしたと発表した。インド訪問中のレモンド商務長官がゴヤル商工相と会談し署名した。サプライチェーン(供給網)や研究開発で協力する。バイデン米政権は先端半導体で中国との分離を進めるなかで、インドとの連携を深める。

     

    (1)「レモンド氏は米国の10社の代表とともにインドを訪ねた。米国は成長するインド市場の開拓を目指す。インドはハイテク分野の人材育成や外国企業の誘致に取り組んでおり、米国の協力を求めていた。レモンド氏は声明で「商業機会の促進や研究開発、人材・技能開発など相互の優先事項を強化する」と強調した。米国とインドの両政府は1月にもワシントンで重要・新興技術分野の連携を強化するための初の高官協議を開催していた。半導体の供給網や防衛産業で協力を進めることで一致した。量子技術や宇宙分野にも力を入れる」 

    インドは、今やアップル製品の主要サプライヤーになろうとしている。だが、半導体企業は育っていないのだ。一部のインド財閥が、日本の半導体企業と接触して協力態勢を築こうとしている程度である。それだけに、米国半導体企業が本腰を入れて協力すれば、将来は各種製品の生産基地に成長できる基盤が整うであろう。

     

    『ウォール・ストリート・ジャーナル』(3月7日付)は、「中立から西側に傾くインド、その背景は」と題する記事を掲載した。 

    中立の立場を公言する裏で、インドは西側諸国寄りへと姿勢を転換し始めている。これは、インドが長年にわたり関係を続けているロシアよりも、インドと西側諸国がともにますます主要な敵対国と見なすようになっている中国と深く関わりのある動きだ。 

    (2)「インドは長い間、主要国・地域の中で最も高い部類の貿易障壁を維持してきた。優遇措置である「最恵国待遇」(MFN)ベースの関税率は2021年に平均18.3%と、主要国・地域の中でほぼ最高水準だった。関税率は実際、2014年と比べて上昇しており、国内および外国企業にインドでの生産拡大を促すモディ氏の方針がここに反映されている。インドはMFNベースの関税率を高水準に据え置く一方で、2021年以降は特定のパートナーとの間で関税や数量割当制度などの貿易障壁を軽減するために一連の交渉に着手してきた」 

    インドは、高い関税率を掛けている。2021年以降は、特定のパートナーとの間で関税や数量割当制度などの貿易障壁を軽減させている。二本建の貿易政策だ。

     

    (3)「インドは中国からの一層の保護を望むが、それ以外の国とはより自由な貿易をしたいと考えている。これは米国とよく似ている。ただし、インドは最初に高い障壁を設け、友好国に対してそれを下げている一方、米国は最初に障壁を低くし、中国に対してはそれを上げているという点が異なる。これは1990年代初めから理想とされてきた普遍的なモデルよりも選択的な自由貿易のモデルだ」 

    インドは、中国が補助金をつけて安価に輸出していることに警戒している。米国も、中国製品へ警戒しているが、その手法は中国と真逆である。高い関税率を掛けていることだ。 

    (4)「インドはまた、中国への依存度を低下させたいと考えている。2019年にインドは、他の15カ国と進めてきた東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉から離脱した。その背景には、中国からの輸入品によってインド国内メーカーが苦況に陥るのではないかとの懸念があった。ゴヤル商工相は「合意が平等な条件にならないことに気付いたため交渉から離脱した」と説明。中国について「不透明な国だ」と語った」

     

    インドは、紛争相手である中国からの輸入依存を下げることに腐心している。RCEPの交渉から離脱したのは、中国の安価な製品を警戒している結果だ。 

    (5)「ニューデリーの国際関係シンクタンク、オブザーバー・リサーチ・ファンデーションのバイスプレジデント、ハーシュ・パント氏によると、インドの指導者たちは長年、米国の覇権を警戒して非同盟の立場を貫いてきた。1970年代以降、パキスタンとの対立においてインドがロシアの支援を受けてきたことへの恩義や、ロシアが中国寄りになることへの恐怖感もあった。パント氏は「モディ首相がそのような考え方を完全に変えた」と指摘する。「モディ氏は非同盟という重荷を背負っていない」。パント氏によれば、ロシアに対するインドの認識は次のようなものだ。「衰えつつある大国であり、(中略)相手を完全に遠ざけようとは思わないが、ロシアには大したものが何もないことも分かっている 

    下線部は、インドのロシアに対する赤裸々な見方だ。ロシアを「衰えつつある大国」として判断して、脱ロシアを目指している。これが、インドの米国接近の理由である。インドは、実利を求めているのだ。同時に、中国も紛争相手国として警戒している。インドが、西側諸国へ接近する背景だ。

     

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    中国はここ3年間、新型コロナウイルスに振り回され続けている。これまで羊のように温和しかった若者が、ついに「牙」を剥いて街頭へ繰り出し不平不満を公然と言い募る事態だ。アップル製品を組立てる主力工場(河南省鄭州市)では、労働者がコロナによる閉じ込めに反発し、工場を脱出して帰郷する騒ぎまで起こっている。こうした一連の騒ぎの中で、アップルは中国依存の生産体制に見切りを付ける段階になった。 

    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(12月5日付け)は、「米アップル、生産拠点を中国外に移す計画加速」と題する記事を掲載した。 

    米アップルは生産拠点の一部を中国外に移す計画を加速している。協議に関わる複数の関係者が明らかにした。中国は同社のサプライチェーンで長らく支配的な地位を占めてきた。関係筋によると、同社はサプライヤーに対し、インドやベトナムなどアジアの他の国でアップル製品を生産することをもっと積極的に計画するよう伝えている。電子機器受託製造大手、鴻海科技集団(フォックスコン・テクノロジー・グループ)を中心とする台湾勢への依存を減らしたい考えだという。

     

    (1)「iPhone(アイフォーン)」シティーと呼ばれる中国・河南省鄭州市の大規模製造拠点での混乱がアップルの生産移転の加速につながった。フォックスコンが運営するこの工場では約30万人が働いており、iPhoneなどのアップル製品を製造している。市場調査会社カウンターポイント・リサーチによると、一時期はこの拠点だけでiPhone Proシリーズの約85%を製造していた。この工場では11月下旬、従業員による抗議活動が起きた。オンラインに投稿された動画では、賃金や新型コロナウイルス関連の制限に憤慨した従業員が物を投げ、「権利のために立ち上がろう」と叫んでいる様子が映っている」 

    鄭州市で、iPhone Proシリーズの約85%を製造していた。こうした一カ所での集中生産リスクが、今回の労働者の「大量帰郷」によって現実化した。このリスクを避けるのは、経営として当然である。

     

    (2)「アップルのサプライチェーンの関係者やアナリストによると、安定した製造拠点としての中国の地位を弱める出来事が1年にわたり相次いだ末に起きた今回の混乱で、アップルは事業の大部分を一つの場所に依存するのは問題だと考え始めた。フォックスコンの元米国幹部は「以前、人々は集中リスクを気にしなかった」と指摘。「自由貿易が標準で、状況は十分に予測可能だった。今は新しい世界に入った」と述べた」 

    中国では、これまでの低賃金と社会安定という二大要因が消えかかっている。厳格な社会統制のもたらした歪みである。アップルは、中国に代わる新たな生産拠点が求められる時代に転換していることを認識した。

     

    (3)「アップルのサプライチェーンに携わる関係者によると、対応策の一つは、中国に拠点を置く企業を含め、より多くの組み立て業者を利用することだ。アップルとの取引拡大を狙う中国企業としては、立訊精密工業(ルクスシェア・プレシジョン・インダストリー)と聞泰科技(ウィングテック)の2社が挙げられるという。ルクスシェアの幹部は今年行われた投資家との電話会議で、消費者向けエレクトロニクス製品企業の一部顧客が、コロナ対策や電力不足などによって引き起こされた中国のサプライチェーンの混乱を懸念していると述べた。企業名は明かさなかったが、これらの顧客はルクスシェアに中国国外の生産を増やす手助けをしてもらいたいと考えているという」 

    アップルは、鴻海(ホンハイ)と深いつながりを持ってきたが、新たに中国の二社とも関係を持ち、中国国外の生産に進出する。

     

    (4)「アップルが生産拠点を中国以外に移す動きは、中国の経済力を脅かす二つの要因によって進行している。中国の若者の中には、裕福な人が使う電子機器の組み立てを低賃金で行うことに抵抗感を抱くようになった者もいる。不満の原因の一つは政府の強引なコロナ対策だが、そのコロナ対策自体もアップルをはじめとする多くの西側企業にとって懸念材料だ。コロナの流行が始まってから3年たつが、他の多くの国々がコロナ禍前の日常に戻ったのに対し、中国はいまだに隔離などの措置で感染を抑え込もうとしている」 

    下線部こそ、中国が異質の社会であることを自ら証明した。「ゼロコロナ」という非科学的な措置を「中国式社会主義」として押し通す感覚は、完全に世界の動きからずれてしまっているのだ。

     

    (5)「中国の各都市で最近行われた抗議デモでは、習近平国家主席の退陣を求める声も上がり、コロナ対策の規制措置に対する批判が政府に対するより大きな運動に発展する可能性がうかがえた。加えて、中国の軍事力の急速な拡大や中国製品に対する米国の関税などを巡り、米トランプ・バイデン両政権下で米中間の軍事・経済的緊張が5年以上続いている」 

    中国は、台湾侵攻という地政学的リスクを抱えている。台湾有事になれば、中国での生産はストップしてアップルは大損害を被る。こういうリスクを計算に入れる段階になっているのだ。

     

    (6)「アップルのサプライチェーンに詳しい天風国際証券のアナリスト郭明錤氏によると、アップルの長期目標は、インドからのiPhone出荷割合を現在の1桁から40〜45%に拡大することだという。アップルのサプライヤーによれば、ベトナムはAirPods(エアポッズ)やスマートウオッチ、ノートパソコンなど他のアップル製品の製造をより多く担うとみられる」 

    インドからのiPhone出荷割合は、現在の1桁から40〜45%に拡大するという。インドが、いずれ中国に代わって主力工場所在地に踊り出ることになろう。ベトンナムは、iPhone以外のアップル製品を生産すると見られる。こうなると、中国は空洞化するはずだ。

     

     

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