勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    カテゴリ: EU経済ニュース時評

    テイカカズラ
       

    ロシア国営のガスプロムは少なくとも今後10年間、プーチン大統領によるウクライナ侵略を受けて落ち込んだ輸出量を元の水準には戻せない見通しだ。同社幹部に委託された報告書がそう結論づけている。 

    『フィナンシャル・タイムズ』(6月5日付)は、「ロシア国営ガス、輸出回復は10年以上先 報告書が指摘」と題する記事を掲載した。 

    報告書は、同社の欧州向け輸出量が2035年まで年平均500億〜750億立方メートルにとどまると予測している。ウクライナ侵略前のわずか3分の1だ。ガスプロムは、中国にガスを運ぶ新たなパイプラインで欧州向けの輸出の落ち込みを補うことを期待している。だが、その輸送能力は年間500億立方メートルにすぎず、中国向け価格は欧州向けを大幅に下回ると報告書は指摘する。しかもパイプライン敷設をめぐって両国の合意がまだ成立していない。

     

    (1)「報告書には、「ガスプロムとエネルギー業界に対する制裁がもたらしたのは主として輸出量の減少であり、35年までに20年の水準を回復することはないだろう」と記されている。ガスプロムの経営陣が依頼したこの報告書は151ページに及び、23年末に執筆された。ウクライナ侵略を受けて欧米諸国がロシアに科した制裁でガスプロムやロシアのエネルギー業界がどのように打撃を受けたかが率直に記されている。米ワシントンにあるピーターソン国際経済研究所の非常勤シニアフェロー、エリナ・リバコワ氏はこの報告書を読んで「状況は非常に厳しい」と述べた。「ガスプロムは窮地に立たされている。同社もそれを十分把握している」とリバコワ氏は言う」 

    ロシアの国営ガス会社ガスプロムは、ウクライナ侵攻によるEUの制裁で強い影響を受けている。この状態は、2035年まで続くという。侵攻前の3割の水準へ落込む。 

    (2)「報告書によると、パイプライン経由のガス輸出はウクライナ侵略で特に大きな打撃を受けた。影響が、比較的小さい液化天然ガス(LNG)に軸足が移るに伴い、ロシアのエネルギー輸出全体に占めるガスプロムのシェアは縮小するという。また、新しい市場の確保で政府による大きな支援がなければ、成長軌道に戻るのは難しいと指摘している。「ガスプロムはLNGで自社に実績のある大量生産技術がなく、パイプライン経由でガスを輸出している唯一の企業だ。そのため、パイプライン経由の輸出縮小に伴い、ガス業界における同社の役割は小さくなる見通しだ」と報告書は記している」 

    LNG(液化ガス)は、船で輸送するのでロシア政府の「ステルス作戦」で販売に成功している。だが、ガスプロムはパイプラインによる輸送のために「逃げ隠れ」できず、制裁の影響を100%受けている。

     

    (3)「ロシアのエネルギー業界は、制裁によりパイプラインによるガス輸送を支えるタービンなどの重要な技術、さらに部品やそれらの修理に必要な専門知識が入手できなくなったことが報告書で浮き彫りになった。また、イランや北朝鮮、ベネズエラなどの国が欧米諸国の制裁で受けた影響も検証している。米コロンビア大学グローバルエネルギー政策センターのリサーチフェローであるタチアナ・ミトロワ氏は、そこからロシアが「制裁の恒久化に向けて周到に準備しようとしている」ことが読み取れると言う。「執筆者の名誉のために言えば、彼らは臆することなく制裁が生活水準の低下と国際競争力の喪失を常にもたらすと指摘している」とミトロワ氏は語った」 

    下線部は、ロシアが長期にわたってウクライナ侵攻を続ける前提であることを示唆している。制裁の恒久化を覚悟しているからだ。 

    (4)「ガスプロムは輸出を回復させるのに、中国にガスを運ぶパイプライン「シベリアの力2」敷設計画に期待しているが、ロシアと中国の交渉は難航している。「シベリアの力2」が計画通り30年に完成すれば、輸送能力は年間500億立方メートル増える。だが、中国は欧州の価格を大幅に下回る価格をロシアから引き出せるため、ガスプロムの輸出量がウクライナ侵略前の水準に戻ったとしても、収益性は悪化すると報告書は予測している。米ハーバード大学系機関の研究者でバンク・オブ・アメリカ元副会長のクレイグ・ケネディ氏は「ガスプロムが抱える根本的な問題は、収益のほとんどを欧州に頼っていたことだ。それが消失し、欧州に輸送されていたガスは他に良い市場がない」と指摘した」 

    中国にガスを運ぶパイプライン「シベリアの力2」は、中国が極端に安い価格を提示しているのでまとまらず空転している。欧州は、ロシアのガスに依存してきた。ロシアもまた欧州依存であった。この輪が、断ち切られたのだ。影響は、双方に大きく出ている。

     

    (5)「報告書は、欧米諸国が設計したタービンに依存したままの状況が続けば、ガスプロムは輸出能力の拡大で苦戦すると指摘している。タービンはガスの輸送だけでなく、発電や圧縮にも使用されている。ロシアのエネルギー省は、国内企業が来年までに米国製タービンを修理できるようになると見込む。だが、報告書によると、国内メーカーはタービン製造工程の重要部分をまだ再現できていないため、部品の75%を欧米諸国からの輸入に頼っているという。国内で代替品を製造できなければ、ロシア各地の発電所は操業停止や閉鎖を余儀なくされると報告書は警告している」 

    ガス輸送に不可欠なタービンの部品は、75%が欧米からの輸入に頼っている。タービンは、国内の発電にも使われている。それだけに、いずれロシア各地の発電所が操業不可能な事態へ追込まれる。ウクライナと戦争している状況ではなくなるのだ。

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    欧州連合(EU)の行政執行機関、欧州委員会のドムブロフスキス上級副委員長(通商担当)は、EUと中国の貿易関係が「非常に不均衡」だと述べた。『ブルームバーグ』(9月23日付)が報じた。

     

    (1)「ドムブロフスキス氏は23日、中国・上海で開催された外灘金融サミットの講演で、EUは「戦略的製品」に関して自らの脆弱性を軽減しようとしているが、それはEUが主要貿易相手国である中国との関係を絶つことを意味しないと述べた。EUは対中戦略において新たなバランスを取ろうとしており、中国市場へのアクセスを維持しながら同国への依存を減らすことで「リスク回避」を図っている。EUは最近、電気自動車(EV)向けの中国の補助金に関する調査を開始すると発表した」

     

    EUは、対中貿易では万年赤字である。特に、2021年8月から貿易赤字が激増した。21年7月の年率換算赤字は1533億ドルベースであったが、22年8月には同2809億ドルの赤字へと1.83倍にも増えている。その後は少し減少したが、それでも23年5月でも同2665億ドルの赤字である。

     

    これだけの対中貿易赤字を抱えるEUが、中国のEV輸出の的にされたならば悲鳴を上げるどころか、「怒り」になって当然であろう。中国は、余りにも無神経な動きである。

     

    EUは、EV向けの中国の補助金に関する調査を開始する。中国からの報復が懸念されているにもかかわらず、EUが調査に踏み切るのは、欧州の自動車メーカーが中国勢との競争を巡り警戒感を高めていることの表れだ。EUの行政執行機関である欧州委員会のフォンデアライエン委員長は9月13日、「巨額の国家補助金によって価格が人為的に低く抑えられており、われわれの市場をゆがめている」と欧州議会の年次演説で指摘。「EU域内に起因するこうしたゆがみをわれわれが受け入れることはない。域外によるゆがみも同様だ」と続けた。

     

    欧州委員会は9月11日発表した夏の経済見通しで、ユーロ圏20カ国の2023年の実質成長率を0.%と前回5月から0.3ポイント下方修正した。ドイツはマイナス0.%と景気後退に転落する見込みで、欧州経済の失速が鮮明になった。EU経済の盟主であるドイツは、なぜ失速状態に陥ったのか。

     

    『日本経済新聞 電子版』(9月21日付)は、「対中貿易赤字も影響、インフラ投資が急務

    」と題する記事を掲載した。ハンブルク商業銀行チーフエコノミスト サイラス・デラルビア氏へのインタビューである。

     

    (2)「(質問)ドイツ経済の現状をどう分析しますか。(答え)国内総生産(GDP)に占める工業部門の割合が、多くの他の国より高い。このため、ドイツはエネルギー価格の高騰や製造業の世界的な減速に特にさらされている。金利の上昇も同様だ。ドイツ経済が大きな打撃を受けた理由の一つになる。2023年はマイナス0.%になるだろう。24年は0.5〜1%の成長を見込む。ユーロ圏は少し強く、23年は0.%、24年は0.%を見込む。ただ、欧州中央銀行(ECB)が期待するほどインフレ率が下がるとは思えない。ユーロ圏では一種のスタグフレーション(景気後退とインフレの同時進行)が起きる」

     

    ドイツは、製造業のウエイトが高いのでエネルギー価格高騰の影響を大きく受けた。金利上昇も響いている。

     

    (3)「(質問)最大の貿易相手国である中国との貿易赤字の拡大も低成長の要因では。(答え)たしかにその通りだ。ドイツは中国にとって以前ほど重要ではなくなった。中国が自国で市場を持つ大国であることを考えれば、自国向けの生産が増えるのは自然なことだ。ドイツ企業自身の誤りとは言えないが、おそらく予測してこなかったし準備もできていなかったということだろう」

     

    中国との貿易赤字拡大が、低成長の要因になっている。中国の低成長を予測できなかった点は、ドイツ企業の誤りである。

     

    (4)「(質問)ドイツが「欧州の病人」に再び戻るという議論があります。1990年代など当時との問題点の違いは。(答え)1990年代の終わりとは対照的に、現在の労働市場は格段に良い。失業率はたった5.%(国内基準)で、雇用はなお増えている。実際、あらゆる部門で人手不足だ。90年代末は失業率が2桁に達し、2000年代初頭には雇用が減っていた。『欧州の病人』というレッテル貼りは少し誇張されている。ただ、構造問題に対処しなければ、数年後には欧州の病人になるかもしれない」

     

    ドイツが、「欧州の病人」といわれるのは誇張である。だが、構造問題に手をつけなければ数年後には欧州の病人となりかねない。構造問題とは、インフラ投資の脆弱化である。インフラ部門では30年までに3700億ユーロ(約58兆円)が必要という指摘もあるほどだ。

     

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    エコノミストの間では、ドイツ経済に対して抱く心理的なイメージが安心から不安に変わってきた。ドイツは、高齢化からインフラの老朽化まで構造的問題を抱えている。ウクライナ戦争、金利の上昇、国際貿易の停滞も追い打ちを掛けているのだ。 

    IMF(国際通貨基金)とOECD(経済協力開発機構)は、ドイツが23年に先進国の中で経済成長が最も低迷するとの見方で一致している。同国で発行部数が最多のタブロイド紙ビルトは「助けてくれ。ドイツ経済が崩壊しつつある」と訴えるほど。GDPで、日本を追い抜くとさえ見えた時期もあったが今や、「欧州の病人」と揶揄される始末だ。 

    ドイツの連邦統計当局が、8月25日発表した4~6月期のGDP改定値は前期比変わらず。世界的な景気低迷で、ドイツの輸出が落ち込んでいる。製造業が大きく下振れしたほか、消費者には高水準のインフレと欧州中央銀行(ECB)の積極的な利上げの影響が及んでいる。 

    『フィナンシャル・タイムズ』(8月20日付)は、「回復遅れるドイツ経済 構造改革が立て直しのカギ」と題する記事を掲載した。 

    世界第4位の経済規模を誇るドイツは、2四半期連続でGDPがマイナス成長となった後、23年4〜6月は横ばいにとどまった。先進国の中では最も成長が低迷している。

     

    不振の主因は、製造業の世界的な低迷の影響がドイツで特に大きかったことだ。ドイツは日本と同様に製造業の総生産に対する寄与度が5分の1と高く、米国、フランス、英国の倍近くに達する。独ハレ経済研究所でマクロ経済部門を統括するオリバー・ホルテミュラー氏は、ロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギー価格の上昇と貿易摩擦が製造業に深刻な影響を及ぼしたと述べた。資金調達コストの増大と熟練労働者の不足も製造業を「大きく圧迫した」と言う」 

    (1)「ドイツのガス・電力価格は、昨年以降低下しているが、欧州以外の多くの国よりまだ高い水準にある。また、化学、ガラス、製紙などエネルギー集約型産業の鉱工業生産指数は昨年初めから17%低下し、長期的な低迷が続いていることがうかがえる。英コンサルティング会社キャピタル・エコノミクスのシニアエコノミスト、フランツィスカ・パルマス氏は「ドイツ製造業の見通しは暗い」と言う。従来はドイツ企業が強かった自動車業界では、成長著しい電気自動車(EV)分野でドイツ大手が低価格路線の中国企業に市場シェアを奪われるなど、脅威にさらされていることがドイツの苦境に追い打ちをかけている。ゼネラリ・インベストメンツ・ヨーロッパのシニアエコノミスト、マーティン・ウォルブルグ氏は「ドイツの主要な輸出品である自動車は一段と競争が激しくなっている」と述べた」 

    ドイツ製造業は、安価であったロシア天然ガスへ依存し過ぎたことが命取りになった。前首相メルケル氏が、米国の忠告を聞かずロシアへ傾斜した結果だ。中国への過度の依存もメルケル氏が主導した。「反米」メルケル氏は、意識的に中ロへ接近したが、その代償は大きくなっている。中国は、台湾リスクを抱えており「深入り禁物」になった。

     

    (2)「英コンセンサス・エコノミクスが8月に実施したアナリスト調査によると、ドイツのGDPは23年に0.35%縮小すると予想され、3カ月前の小幅増から見通しが悪化した。24年の成長率予想も年初の1.%から0.86%に引き下げられた。他のユーロ圏諸国に比べて、ドイツは08年の金融危機からの立ち直りが早かった。世界貿易が拡大した一方、南欧諸国は銀行・債務危機に陥ったからだ。だが、先頭を走っていたドイツ経済が今や後れを取っている。ドイツのGDPは6月に新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)前の水準をようやく回復したのに対し、ユーロ圏は2.%上回っている」 

    ドイツのGDPは、23年マイナス成長が予想されている。24年はプラス成長へ転じるが、小幅である。ユーロ圏全体の平均成長率に及ばない状態だ。病めるEU盟主である。 

    (3)「独コメルツ銀行のチーフエコノミスト、ヨルグ・クレマー氏は「新型コロナ危機の要因を除くと、ドイツ経済の低迷は17年から始まっている。つまり、構造的問題がしばらく続いているということだ」と指摘した。人件費の上昇、高い税率、抑圧的な官僚主義、公的サービスにおけるデジタル化の遅れによってドイツの競争力はじわじわと低下していると専門家は指摘する。これは、スイスのビジネススクールIMDの世界競争力ランキングで順位が低下していることでも明らかだ。10年前は主要64カ国・地域の中で10位以内に入っていたドイツは、現在22位に低迷している」 

    ドイツ経済の低迷は、17年から始まっているという。人件費の上昇や高い税率が問題という。これが、ドイツの競争力を奪ってきたというのだ。

     

    (4)「暗い影がドイツ経済を覆っているものの、不振は長くは続かないとみるエコノミストもいる。エネルギー価格が落ち着き、対中輸出が回復すれば、ドイツの周期的な停滞が一段落するという。他のエコノミストはもっと悲観的だ。オランダの金融大手INGでマクロ経済分野のグローバル責任者を務めるカールステン・ブルゼスキ氏は、「ドイツには包括的な改革と投資計画が必要だが、実現にはほど遠い」と語った」 

    下線部は、楽観的である。エネルギー価格の落着きは好材料としても、対中輸出回復は余りにも希望的過ぎる。現在の中国経済は、一時的なスランプでなく構造的な問題を抱えている。不動産バブル崩壊なのだ。この中国が、成長軌道へ復帰できると見るのは、世界のバブル崩壊の歴史と比べて余りにもかけ離れている。

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