イスラエルは、建国の歴史からみても周辺を「敵」に囲まれている。それだけに、治安対策は国是のはずだった。だが、10月ハマスの急襲を受け、大きな人命の損傷を被った。ネタニヤフ首相は、これまで「ミスター治安対策」として評価され、長期政権を担ってきたが、この看板に大きな傷がついたのだ。長年の支持者が離れ始めている。今、総選挙が行われれば「野党勝利」とみられているほどだ。
『フィナンシャル・タイム』(11月3日付)は、「失望招いた『ミスター治安対策』ネタニヤフ氏支持急落」と題する記事を掲載した。
1948年の建国以来最多の死者を出した襲撃を受け、イスラエル人は国旗の下で団結を強めている。イスラエル当局によると死者は1400人に上り、ガザへの地上侵攻やハマス撲滅というネタニヤフ氏の戦闘目的には支持が広がる。
(1)「愛国心の高まりにもかかわらず、右派支持層でさえ首相に反発している。首相として6期目のネタニヤフ氏は、ライバルらを出し抜いて過去14年間、一時期を除いてイスラエル政治の頂点に君臨してきた。自身を「ミスター・セキュリティー」「ミスター・エコノミー」と位置づけ、国の軍事力を維持しつつアラブ諸国と融和を図る一方、急成長するテクノロジー産業を育成して掌握できる指導者だと訴えて支持を獲得してきた。だが、ハマスによる襲撃と経済に打撃を与えたその後の紛争で、イスラエルが攻撃への準備を著しく欠いていたことが露呈し、こうした首相のイメージは大きく揺らいでいる」
ネタニヤフ首相は、長期政権で緩みが出たのかもしれない。イスラエルの最大課題である「安全保障」で、ハマスの急襲を許したことが、国民の支持を失う要因だ。
(2)「ネタニヤフ首相に対する国民の不満の大半は、イスラエルが10月7日の攻撃を予見・阻止できなかった失態への謝罪を首相がかたくなに拒否していることから生じている。同国紙『マーリブ』が10月末発表した世論調査では、イスラエル国民の80%がネタニヤフ氏は攻撃を招いた情報収集と防衛の失敗の責任を取るべきだと回答した。ネタニヤフ氏は断固として責任を取ろうとせず、紛争終結後に「自分を含む」全ての人に厳しい問いが突きつけられるだろうと述べるにとどまっている」
ネタニヤフ首相は、自らの責任について言及しないことも国民の不満を煽っている。安全保障の最高責任者が、これだけの惨事を招いたことについて一言あるべきだ。
(3)「リクード党(中道右派政党)内は今のところ首相支持で結束しているが、かたくなな首相の態度を受け有権者の支持離れが急速に進む。マーリブが10月14日に実施した調査では、今選挙が実施されれば野党が右派連立政権に大勝するとの結果が出た。ネタニヤフ首相を支持する回答者はわずか29%と攻撃前から激減した一方、48%が中道右派「国家団結党」のベニー・ガンツ党首を支持した。同氏は5人から成る戦時内閣の一員だ。イスラエル民主主義研究所(IDI)のシニアリサーチフェロー、タマル・ヘルマン氏は「ネタニヤフ氏がここまで支持率を下げたのは初めてだ」と指摘する。
10月14日に実施した調査では、今選挙が実施されれば野党が右派連立政権に大勝するとの結果が出た。
(4)「リクード党に対する激しい怒りが湧き起こっている。テルアビブにある同党本部は先月下旬、血しぶきを模した塗料で汚され、ハマスに人質に取られた242人のコラージュ写真が貼られた。血の手形を押したネタニヤフ氏の顔写真もあった。ネタニヤフ氏が10月28日にX(旧ツイッター)への投稿でイスラエル軍と治安機関幹部からハマスの奇襲について何ら警告がなかったと批判したことは、人々の怒りに油を注いだ。投稿は猛反発を引き起こし、ガンツ氏は撤回を求めた。同氏が「戦時にあって指導者は責任を示す必要がある」とXに投稿すると、ネタニヤフ氏は29日朝に投稿を削除して謝罪した」
ネタニヤフ氏出身のリクード党は、国民の怒りの対象になっている。さらに、ネタニヤフ氏が、急襲前に情報が上がってこなかったと発言して、さらにひんしゅくを買った。責任をなすりつける発言であるからだ。最高責任者の取るべき態度でないというのである。
(5)「ネタニヤフ氏がXの投稿を削除した2日後の31日にIDIが発表した世論調査では、同氏に戦争の指導力があるとみるイスラエル人はわずか7%にとどまり、74%が軍幹部と答えた。右派有権者の間でもネタニヤフ氏への支持は僅かに高いだけで10%にとどまった。ヘルマン氏は「Xへの投稿を巡る不始末を見て、人々はネタニヤフ氏が本当に何かおかしいと感じている。この状況で、ネタニヤフ氏は驚くほど予想外な行動を取っている」と指摘する」
10月31日の世論調査では、ネタニヤフ首相を支持する世論は7%に落ちている。74%は軍幹部を支持しているのだ。こうした国民のネタニヤフ支持離れが、ハマスへの戦いを苛烈にさせている面もあろう。また、米国の一時停戦案も聞き入れないほどにさせているとすれば、困った事態になっている。
(6)「リクード支持者の一部は、この不祥事が起きるもっと前からネタニヤフ氏に愛想を尽かしていた。昨年末に同氏が「宗教シオニズム」などの極右政党と連立を組んだことに多くの有権者が反発した。ネタニヤフ氏が裁判所の力を弱める司法制度改革に着手すると、数カ月にわたり大規模な抗議デモが起こり、支持者が抱く心理的な距離感はさらに広がった」
ネタニヤフ首相は、今回の事件によって確実に政治生命を縮める。米国など西側諸国の「停戦案」を聞き入れぬほど硬直化している背景だ。ネタニヤフ氏が、自らの延命を目指せば目指すほど、民間人の犠牲者は増える。