勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    カテゴリ: EU経済ニュース時評

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    EU(欧州連合)の執行機関である欧州委員会は12日、中国製EV(電気自動車)の輸入に関し最大38.%の追加関税を課すと発表した。74日から実施する。中国政府から補助金を受けた安価なEVがEU市場に流入し、競争を不当に阻害していると判断したものだ。 

    中国車大手の上海汽車集団のEVには38.%、BYD(比亜迪)には17.%の税率を課す。EUの調査に応じた社の平均税率は21%、応じなかった社は38.%とする。米テスラなど中国でEVを生産する外国メーカーも対象とする。 

    日本経済新聞 電子版』(6月12日付)は、「EU、中国EVに追加関税 実は6割が欧米メーカー製」と題する記事を掲載した。 

    EUの欧州委員会が中国製EVの関税引き上げを決めた。実は、中国から輸入されるEVの6割は米テスラや仏ルノーといった欧米メーカーの製品だ。中国は欧州産品への報復関税を検討している。

     

    (1)「2023年に欧州で販売されたEVのうち、約20%の30万台が中国から輸入した製品だった。中国製の売上高は110億ユーロ(約1兆9000億円)に上る。中国の乗用車の業界団体によると、欧州向けは輸出全体の約4割を占める最大市場だ。欧州のシンクタンクT&Eの調査によると、メーカー別では上海に工場を持つ米テスラが最も多く全体の28%に達する。湖北省に工場を抱える仏ルノーの低価格ブランド「ダチア」、遼寧省に拠点を持つドイツBMWなどと合わせ計6割を占めており、欧米メーカーが中国からEUに輸出する構図だ」 

    EUが輸入する中国製EVは、6割が欧米メーカーである。純然たる中国企業のEVは、全体の28%だ。 

    (2)「中国製EVには現在10%の関税がかけられており、追加関税はこれに上乗せされる。中国政府から多額の補助金を受ける国有の上海汽車集団など中国車3社に対し、欧州委は最大38.%の追加関税を課すと決めた。その他の社は調査に協力したメーカーの場合で平均21%を追加する。欧米メーカーも対象となる。テスラには個別に異なる関税率が適用される。上海汽車よりは低い水準だが、それでも打撃は大きい」 

    中国製EVには、現在10%の関税がかけられており、追加関税はこれに上乗せされる。中国政府から多額の補助金を受ける国有の上海汽車集団など中国車3社に対し、欧州委は最大38.%の追加関税を課すと決めた。EV関税は合計で最大48.1%となる。

     

    (3)「英紙『タイムズ』によると、スウェーデンのボルボ・カーは多目的スポーツ車(SUV)など一部のEV車種の生産を、中国からベルギーに移管し始めた。ボルボは、中国民営車大手の浙江吉利控股集団が親会社で、追加関税の影響が大きくなると判断したようだ。欧州にEVを輸出する中国車大手では、上海汽車傘下の英国車ブランド「MG」が最大だ。浙江吉利がボルボと立ち上げた高級EVブランド「ポールスター」のほか、中国EV最大手の比亜迪(BYD)、長城汽車、新興EVの上海蔚来汽車(NIO)などがEV輸出に力を入れている」 

    上海汽車傘下企業は、英国車ブランド「MG」を合併して、このマークを輸出に利用してきた。事情を知らない欧州消費者は、あたかも英国で生産したMGと錯覚しているという。これにより、EUへの輸出シェアは23年、中国EV全体の25%を占め、BYDの4%を大きく引離している。「錯視効果」である。 

    (4)「すでに、中国EVの伸びは鈍化しつつある。4月の欧州市場での中国EV販売台数は前年同月比10.%増だった。23年4月の12.%増より下がり、EV全体のシェアも9.7%と0.2ポイント下げた。長城汽車は5月末、ドイツ・ミュンヘンの欧州本部を8月末に閉鎖すると明らかにした。21年に設立し販売管理や現地市場向けの研究開発などを手がけてきたが、同本部で働く100人に解雇を通知した。小型EVブランド「欧拉(オラ)」を中心とした欧州での販売は継続する。閉鎖理由について、ドイツで23年12月にEV補助金が打ち切られたことを念頭に、販売環境が厳しくなっている点を挙げた。EUの追加関税の動きも閉鎖の一因となったとみられる」 

    中国EVは、販売のピークを過ぎている。それだけに、7月からの追加関税引き上げは販売へ大きく影響するはずだ。長城汽車は、これを見越して8月で欧州本部を閉鎖する。同社は、中国車ではもっとも早く欧州進出を果したが、ついに「力尽きた」感じである。 

    (5)「追加関税を避けようと、中国車大手にも欧州域内生産に乗り出す動きが出ている。奇瑞汽車は4月、スペイン企業と共同で同国でEVの製造販売に乗り出すと発表した。2社で4億ユーロを投じ、日産自動車の工場跡地を活用する。BYDは23年12月、ハンガリーに欧州初の組み立て工場を建設すると表明した。上海汽車は欧州で自動車の組み立て工場の立地の選定作業を進めており、近く発表するとみられている。ただ奇瑞汽車やBYDの量産開始は27年前後になる。その間は中国からの輸出に頼らざるをえない。追加関税を課されると同型の欧米製に近い水準の販売価格になる見込みだ」 

    今回の追加関税によって、中国EV企業は欧州での生産へ踏み切る。ただ、当面の生産は間に合わず、BYDは27年前後になるという。トヨタの全固体電池EV発売と同じ時期となる。

     

     

     

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    ドイツ憲法裁判所は11月15日、ドイツ政府が新型コロナ対策で未利用になった600億ユーロ(約9.8兆円)を気候変動対策の基金に転用した21年分の補正予算が、基本法(憲法)に違反するとの判断を下した。憲法裁が問題視したのは、緊急だったはずのコロナ対策の資金を数年かけて使える気候変動対策に組み入れた点にある。 

    この気候変動対策には、米国や台湾の半導体企業を誘致する補助金が含まれている。この予算が憲法裁によって違憲とされたので、新たに資金手当をしなければならない。だが、そのメドが立たないことから半導体企業誘致計画に赤信号が灯っている。 

    『フィナンシャル・タイム』(12月5日付)は、「ドイツの予算危機、半導体戦略にも影を落とす」と題する記事を掲載した。 

    欧州最大の経済大国であるドイツでは、国内に投資する国際的な半導体メーカーに対し政府が巨額の補助金の交付を約束してきた。ドイツ東部マグデブルクに300億ユーロ(約4兆8000億円)を投じて新工場を設立する米インテルは99億ユーロの補助金を受け取ることになっていた。海外からドイツへの投資プロジェクトとしては戦後最大の規模となる。だが、ドイツ憲法裁判所が下した衝撃的な判断によって、2024年度の予算編成が大混乱に陥り、半導体メーカーへの補助金も実際に支給されるかが危ぶまれている。

     

    (1)「政治家や業界の専門家、企業幹部らはこの判断が半導体プロジェクトに深刻な影響を与えかねないと憂慮し、その場合にはドイツ全体の評判を大きく損ねかねないと警鐘を鳴らす。インテルが工場設立の計画を進めているザクセン・アンハルト州政府のシュルツェ経済相は「(もし補助金が支給されない事態になれば)投資先としてのドイツのイメージにとってとんでもない悲劇だ。この国はもはや信用できないと世に示すことになる」と嘆く。さらに同氏は、『フィナンシャル・タイムズ』(FT)に対し「戦後ドイツでは前代未聞の、壊滅的な打撃を受けることになるだろう」と述べた」 

    ドイツは、半導体企業誘致計画で補助金支給を前提にして話合いを進めてきた。だが、ドイツ憲法裁による当該予算への流用が憲法違反とされ、大混乱に陥っている。24年に補助金支給予定の予算が「消えた」からだ。 

    (2)「米インテルや台湾積体電路製造(TSMC)など他の半導体メーカーへの補助金も、気候変動対策基金から拠出されるはずだった。憲法裁の判断で危機感を募らせたのは半導体メーカーだけではない。温暖化ガスの排出量実質ゼロ(カーボンニュートラル)の生産体制を目指して巨額の投資をしている鉄鋼メーカーなど、補助金を受け取る予定だった他の大企業にも広がっている。財政をめぐる今回の問題はドイツの最も重要な政策の一つである世界的な半導体生産国になるという構想を直撃した。この構想は、サプライチェーン(供給網)を強化し、経済のレジリエンス(回復力)を高め、台湾の半導体メーカーへの依存度を減らすという欧州連合(EU)のより広範な戦略の一部でもある。とりわけ台湾に半導体製造を依存する体質は中国と台湾の対立の行方によっては深刻な脆弱性をはらむ」 

    ドイツでの半導体供給体制の確立は、EUの広範な戦略の一部であることから、EU自身も困惑している。半導体の自給体制は、EUにとっても不可欠であるからだ。

     

    (3)「ドイツのショルツ首相は11月、国際会議の席で半導体工場の建設を予定通り「進めたいことに間違いはない」と断言した。「欧州で半導体が生産されること、とりわけドイツ、特にドイツ東部で生産されることが未来とすべての人々への重要なシグナルだ」と強調。だが、ハベック副首相兼経済・気候保護相は先週、イベントの席上で補助金の問題が持ち上がった際、「カーボンニュートラルや経済安全保障の極めて厳密な基準を満たしていない一部のプロジェクトは優先順位を下げる」ことも考えられるとし、政府の構想を縮小せざるを得ない可能性を示唆した」 

    ショルツ首相は、強気の姿勢を貫き予定通りに進めるとしている。だが、予算上の制約を無視できない。ドイツの基本法(憲法)は、財政赤字をGDPの0.35%までに抑える「債務ブレーキ」を定めている。予算の流用が不可能になった以上、前記の財政赤字の制限が掛ってくるので、半導体プロジェクトの一部延期も持ち上がっている。

     

    (4)「TSMCと独政府とのやり取りについて知る複数の人物によると、ドイツ側が約束した補助金の額を引き下げればTSMCはドイツの合弁パートナー企業との契約を含むドレスデン新工場建設の契約条件を見直さざるを得なくなる可能性もあるという。そのうちの一人は「今から9ヶ月後になって補助金が一切出ないということになればプロジェクト自体を中止しなければならなくなる。これが最悪のケースだ」と指摘する」 

    台湾のTSMCは、予定通りの補助金支給が不可能になれば、計画見直しを迫られるとしている。TSMCの場合、ドイツ進出に消極的であったいう事情もある。TSMCは、日本進出によって素材や研究面でのメリットを受けられる。ドイツには、それがないのだ。 

     

    (5)「補助金問題に詳しいある企業幹部は、「ドイツでプロジェクトを抱えながら補助金交付の法的拘束力のある契約をまだ締結できていない半導体メーカーの人々は誰もが困り果てている」と言う。半導体メーカーの別の幹部の物言いはさらに率直だ。「ドイツは(東西ドイツ統一後の1990〜2000年代にかけて景気低迷が続いた) 『欧州の病人』に逆戻りしたのみならず、『欧州の愚人』になってしまったことが明らかになった。完全な失敗だ」と指摘する」 

    ドイツは、今回の半導体補助金問題を巡って評価を落としている。だが、ドイツ政府にも気の毒な面があるのだ。

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