厚生労働省は5日、2023年の人口動態統計を発表した。1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は1.20で過去最低を更新した。出生数や婚姻数も戦後最少だった。経済負担や働き方改革の遅れから結婚や出産をためらう若い世代が増えている。
合計特殊出生率の低下は、今や世界的な傾向である。だが、急激な低下は社会基盤を崩壊させる意味で極めて危険である。合計特殊出生率は、1.8を割込むと回復は困難とされている。かつて、北欧は社会福祉の天国とされ、子育て最適な国と称賛されてきた。現在は、出生率低下に悩んでいる。
『日本経済新聞』(6月6日付)は、「背景に若者の完璧主義 フィンランド人口研究所所長 アンナ・ロトキルヒ氏」と題する記事を掲載した。筆者のAnna Rotkirchは、ヘルシンキ大博士(社会科学)。専門は人口学。フィンランド首相官邸の上級顧問の経験もある。
フィンランドは以前、出生率と女性の労働参加率の高さで有名だった。日本や韓国から視察団がきていた。状況は一変し、2023年の合計特殊出生率は1.26まで下がった。要因の4分の3は子どもを1人も産まないか、初産の遅い女性の増加だ。この現象はほかの国でも起きている。
(1)「人類の歴史のなかで未曽有の奇妙な時代を迎えている。概して言えば、歴史の大半で女性は2〜3人の子どもを産んできた。ところが教育や相続が重要になると、子どもの数を制限するようになる。そしてついに子どもを全く産まない人が増えてきた。最も多くの赤ちゃんが生まれたのは16年ごろだろう。人類は40年以内にも種として縮小し始めるかもしれない。子どもを持たなくなった理由はいくつかある。いまの若者は教育水準が高く、キャリアを優先する。一定の実績を積み上げるには時間がかかる。気づいたときにはもう35歳や40歳。パートナーの不在や生殖能力の低下などにより子どもを持てない現実に直面する」
自分のキャリアを優先することは当然である。これまでの努力が実る大事な過程であるからだ。ただ、そのキャリアの中に結婚や子育てが入っていないというのも現実だ。これをどのように解決するか。ヒントは、ここにありそうだ。先ず、子育てが家計の経済負担になっている現実を解決するべきだろう。
幼稚園から大学まで無償化にすべきという提案がある。これだと、年間3.5兆円が必要という試算まである。特に、大学授業料が高くて二の足を踏む。4年間を奨学金で過ごした場合、社会人になってからの返済がきつくなる。その上、子育ての費用を考えると、子どもを産めないという選択しかないであろう。この難問をどのようにして解決するのか。問題は、国家予算で教育費をどれだけ割くべきか。社会が合意しなければならない。
(2)「あるフランス人のジャーナリストは子どもを「ケーキのうえのサクランボ」と表現した。教育やキャリアを築いた上で、最後にくるのが子どもだ。昔は子どもが先だった。親になるためのハードルを若者が自分で高めている面もある。「親になる準備ができていない」という言葉をよく聞く。例えば、日本でもほとんどの人は住居に独立した子ども部屋があるべきだと思うだろう。世界の多くの地域で住宅事情が厳しいなか、完璧を求めすぎている」
結婚すれば、子どもにも自分の受けた同等かそれ以上の教育を受けさせたい。これは、誰もが持つ人情である。これを実現するには、現在の年功序列型賃金体系を変えることが必要だ。子育てできる経済的ゆとりのできるのが、30代後半では遅すぎるのである。20代で、子育てできる余裕を生む「月収30万円」を実現するにはどうするか。賃金体系を抜本的に変えるしかない。
(3)「こうした価値観や社会構造の変化に伝統的な家族政策では十分に通用しない。フィンランドは育児休業や託児所、住宅などの手厚い子育て支援で成功したと一時は言われた。しかしこうした政策は2人目、3人目の子どもを産む後押しになるものの、1人目を促す効果は弱い。エストニアやドイツも同じような支援策で一時的に効果が上がったが、すでに薄れた。育休をさらに延ばすなど従来の政策を拡充しても大きな効果は期待できない」
日本は30年も「低賃金」に慣らされてしまったが、今その「反乱」が起こっているとみるべきだ。自分の親が苦労して自分を育ててくれたことを思うと、自分が親になってその経験をしたくないと考えても不思議はない。「親のようになりたくない」のだ。学費無償化というアイデアの根本には、この点があるように思える。
(4)「子づくりを含めた人生設計を若者たちに正しく伝えるべきだ。家族を持ちたい場合の計画の立て方を、教育やキャリアプランも含めて教える必要がある。親になることが素晴らしいと若者に思わせる必要もある。若者の多くは親になると人生はつまらなくなり、もうおしまいだと考えている。若者と親世代を招いて一緒に議論したことがある。父親の一人が、息子の生まれたときが人生で一番幸せな瞬間で、親であることがとても楽しいと話した。その場にいた21歳の女性は、親になる喜びを聞いたのは生まれて初めてだと驚いていた。親になることが素晴らしいことで、社会的ステータスだという認識が広がれば、状況は変わるかもしれない。若い女性は社会規範や期待に対してとても敏感だ。若い女性政治家にこうしたメッセージを発信してもらえたらいい」
親になることの楽しさを、ごく自然にどのようにして広めるか。子どもを産むか産まないかは、個人の価値観である。誰もそれを強制できない。ただ、子どものいる家庭が、「不幸」でないことを認識してもらうには、少なくとも経済的に負担を取り除くことが先決であろう。社会が、共同でその負担を分け合えるかがポイントになる。