電気自動車(EV)の電池で、中国覇権に挑む企業が、ノルウェーの首都、オスロにある。創業から6年の新興電池メーカー、フレイル・バッテリー社だ。経営者も資本も欧米系だが、最中枢の技術部門は全て日本人が占めているという。
最高戦略責任者の川口竜太氏(50)が、ここで製品の開発から量産までを取り仕切っている。日産自動車などでEV電池を手掛けた電池専門の技術者だ。2020年に加わり、もう1人の日本人幹部とともに提携先との交渉などで世界中を飛び回る。いわば電池づくりの「軍師」となっている。日本人技術者が、地球を跨いで活躍しているのだ。
『日本経済新聞 電子版』(10月17日付)は、「脱チャイナ『軍師は日本人』元日産・ソニーが世界でEV指南」統と題する記事を掲載した。
EVの心臓部である電池は、半導体と双璧を成す経済安保の重要物資だ。脱炭素の実現に不可欠な一方、中国勢が市場を支配し、欧米は有力な企業を持たない。中国が供給を絞れば各国ともに経済の屋台骨である自動車産業が立ち行かなくなる。主要国は、巨額の補助金で企業の誘致や育成を競い合う。
(1)「欧米にとってフレイルは、その候補にあたり、川口氏ら日本人に中国対抗の指南役を任せる。川口氏は言う。「コストで勝る中国勢と本気で勝負する」のだ。ノルウェーだけではない。スウェーデン北部、北極圏に近いシェルレフテオ。同国の電池メーカー、ノースボルトでも技術部門の中核を担うのは約30人の日本人だ。かつて在籍したのは、トヨタ自動車やソニーグループなど、日本の電池産業をけん引してきた企業ばかりである。量産に必要なノウハウを工場で指導している。先行投資がかさみ、厳しい財務状況が続くなか、ようやく月40万個を生産できるまでになった」
欧米は、EV電池の製造で日本の技術者に頼るほかない。リチウムイオン電池は、日本が開発した技術である。日本は、EV電池の本家本元にあたるのだ。世界企業が、日本人EV電池技術者に頼るのは当然である。
(2)「脱中国の特需で、日本人技術者の価値は上がる一方だ。ノースボルト幹部は「多くの日本人技術者が世界に散って指導している」と明かす。フレイルのトム・ジェンセン最高経営責任者(CEO)も、「電池は日本が先行した。中国への対抗には日本人の専門知識がどうしても必要だ」と語る」
世界が、経済安保で分断される事態となった。日本技術の価値が、相対的に上がる状況になっている。
(3)「米中対立の激化による世界の分断が、資本主義の姿を変えてきた。企業活動は国の安保と不可分となり、グローバル化の時代に練り上げた経営手法はそのままでは通用しなくなった。企業は中国を「世界の工場」にして競争力を高めてきた。それが今、どう離れるかを問われるようになった。解なき世界で生き抜くすべは何か。企業は揺れる。日本経済新聞が9月に実施した国内主要100社の社長への調査では、米中対立が将来の経営を「難しくする」「やや難しくする」との回答が8割に達した。中国ビジネスのリスクは5割が上昇しているとし、中国に工場を持つ企業の2割が規模を縮小すると答えた」
日本ですら、中国ビジネスのリスクは5割へ上昇している。他の自由主義国家も同じ環境に置かれている。全て、習近平氏の「中華再興」から始まった話だ。中国は、経済的にこれだけの損害を招いている計算ででもある。
(4)「世界新秩序で生き抜く手掛かりは、日本人技術者の動きにある。技術者が持つ電池の技術は、日本企業では大きな価値を生むことができなかった。川口氏の歩みがそれを映す。日産で開発に携わった「リーフ」は競合に先駆けたEVだったものの、米テスラ、次いで中国勢との競争に敗れた。その後に転じた英ダイソンでも、EVの開発計画に当初から加わったが、採算のめどが立たずわずか3年で打ち切られた。しかし、グローバル化の時代に埋もれていた人材や技術は世界の経済安保に欠かせない金の種に変わってきた」
日本の自動車企業はこれまで、EVの持つ技術的「溝」の存在に気付いて、全力投球しなかった。これが、日本技術者の活躍場面を減らしていた。25年以降は状況が一変して、国内でも電池技術者が払底する環境となろう。
(5)「技術者が各国に散るのは、「流出」という後ろ向きな言葉ではない。分断が生む新たな需要に基づいた世界規模の「適材適所」だ。これまでの常識にとらわれず、組織の内外に埋もれた資源を掘り起こす企業だけが生き残れる。フレイルは、まず米国で勝負に出る。数千億円かけて「ギガファクトリー」と呼ばれる巨大工場を設ける。まだ量産の経験はなく、成功の保証はない。川口氏の使命も工場で大量生産する技術をいち早く確立することにある。人材や連携先を世界からかき集めている」
日本技術者が、世界各地に散ってそれぞれの国で立派な花を咲かせることは日本人として誇りになる。ぜひ、成功して欲しいものだ。心からエールを送りたい。