シリアの前大統領アサド氏は昨年9月、訪中して「戦略的パートナーシップ協定」を結んだ。それから1年後、ロシアへ亡命する運命となり、戦略的パートナーシップ協定は水の泡になった。中国のメンツは丸つぶれである。シリアの後ろ盾にロシアが控えていることで安心していたのだ。そのロシアは、ウクライナ戦争で国力を使い果たし、北朝鮮の支援を仰ぐ事態になっている。習近平国家主席は暗然とした気持ちであろう。
『日本経済新聞 電子版』(12月11日付)は、「アサド政権崩壊、習氏が思い起こすトランプ別荘の苦汁」と題する記事を掲載した。筆者は、同紙の編集委員である中沢克二氏である。
シリアのアサド長期政権が突如、崩壊した。予想外の事態に慌てたのは中国だ。アサド前シリア大統領は2023年9月、内戦開始後に初めて訪中し、国家主席の習近平と「戦略的パートナーシップ関係」構築で合意。格上げされたアサド政権と中国の経済を中心とした協力が動き出したところだ。誤算の裏にあったのは、ロシア大統領のプーチンが裏でアサド政権を軍事的にがっちり支えている以上、崩壊などありえないという甘い見通しだ。ロシアはシリア内に軍事基地も持っている。
(1)「中国のアサド政権への肩入れは、ロシアがウクライナに全面侵略してから目立つようになる。軍事を含む中ロ蜜月の証明でもある。ところが、アサド政権の崩壊でロシアの実力に疑問符が付いた。中東地域で影響力を拡大し、成果も上げてきた中国の戦略にも狂いが生じる。中国にとって大問題は、アサド政権の崩壊ばかりではない。25年1月にはトランプが米大統領として戻ってくる。シリア、そしてトランプと聞いて、習の脳裏をよぎるのは7年前、トランプ別荘での米中首脳会談で飲まされた苦汁だろう。習の目の前で、トランプがシリア爆撃に踏み切る不意打ち。「この男の行動パターンや戦略は全く読めない」。虚を突かれた習は、そう強く認識したはずだ。苦い経験であり、中国という大国の領袖のメンツを考えれば悪夢とも言える」
習氏にとってシリアは、苦い思い出の一つに数えられる。トランプ氏との初会談中に、米軍がシリアへ爆撃を敢行したからだ。習氏は、その事実を宴席で聞かされたのである。
(2)「17年4月6日、訪米した習は南部フロリダ州の海辺にあるトランプの広大な私邸にわざわざ出向いた。トランプ政権発足後わずか76日。体面を重んじる中国としては異例の早さだ。習の意欲がにじむ訪米の裏には、米中2大国が世界を引っ張るという大望があった。トランプ一家をあげた大歓迎の後、夕食会が始まった。予想外の米軍による激しいシリア爆撃の開始は、まさにその最中だ。59発もの巡航ミサイル「トマホーク」などをシリアの空軍基地を中心に打ち込んだ。しかも、隣に座る習にトランプが爆撃を通告したのはうたげが終わる間際だ」
習氏の横で、何食わぬ顔で座っているトランプ氏が、中国の盟友国シリアを攻撃したのだ。習氏にとってはメンツに関わる問題である。
(3)「米側によれば、習は後方に控える通訳に「もう一度、繰り返してくれ」と英語によるトランプ発言の内容を確認した。10秒ほど沈黙、熟考した後、アサド政権による子供らへの非人道的な行為を念頭に、米軍による爆撃は致し方ないという趣旨の応答をしたという。トランプは、習との初の首脳会談が始まる直前、マール・ア・ラーゴ内の小部屋で自らの幕僚らを交えた少人数の秘密会合を開いていた。そこで、アサド政権の化学兵器使用を理由にシリア爆撃を最終決定したのだ。習らは爆撃作戦の〝司令塔〟の内側にいながら、何も気づかず、トランプファミリーと談笑していた。「謀られたのか……」。危うい情勢を把握した後、心中は複雑だっただろう」
今、振り返ってみれば、トランプ氏のやりそうなことである。握手しながら、相手の足を蹴飛ばすからだ。普通の神経の持ち主では、できない「芸当」である。
(4)「今、新たな状況が生まれつつある。時ならぬアサド政権崩壊はイスラエル、パレスチナ、イランも絡む中東情勢から米ロ関係、さらにウクライナ情勢にまで響く。遠く離れた極東の朝鮮半島情勢も、金正恩がプーチンのロシアに武器を供与し、兵員も投入したことでウクライナでの戦いにつながってしまった。世界の紛争は皆、連動し始めた。再びホワイトハウスに入るトランプを巡っては、プーチンとの個人関係、金正恩との過去3回の首脳会談などに注目が集まる。トランプが公言してきたロシアとウクライナの停戦、韓国大統領の尹錫悦(ユン・ソンニョル)が突然出した非常戒厳問題が尾を引く朝鮮半島情勢がここに関係してくる」
シリアのアサド政権滅亡が、中ロ朝を複雑な関係にした。肝心のロシアが、アサド政権を救えないほど力が衰えているからだ。こうなると、中国はどこまでロシアを信じて良いか分らなくなる。北朝鮮も心配だろう。トランプ氏は、こういう実態を捉えて、どういう外交的な手を打つのか、だ。