パリでは6月下旬、気温が40度を超え、観測史上最高を記録した。今週には3度目の熱波が到来する見通しで、川沿いに遊泳スポット3カ所が開設され、絶好のタイミングとなった。セーヌ川では7月4日から遊泳が可能になった。遊泳許可は2年連続となり、1世紀にわたる禁止措置を経て、急速にパリの夏の風物詩になりつつある。
『CNN』(7月5日付)は、「水質めぐりパリ五輪で物議を醸したセーヌ川、今や人気の遊泳スポットに」と題する記事を掲載した。
この夏、フランス・パリを訪れるなら、セーヌ川での遊泳を旅程に加えたほうがいいかもしれない。いや、この数週間で同地を襲った猛暑を考えれば、絶対に足したほうがいい。パリでは6月下旬、気温が40度を超え、観測史上最高を記録した。今週には3度目の熱波が到来する見通しで、川沿いに遊泳スポット3カ所が開設されるには、絶好のタイミングとなった。セーヌ川では4日から遊泳が可能になる。遊泳許可は2年連続となり、1世紀にわたる禁止措置を経て、急速にパリの夏の風物詩になりつつある。
(1)「パリにはセーヌ川をめぐる深く複雑な歴史がある。すべては17世紀、川岸からそのまま裸で川に入るという気軽な習慣から始まった。ただし、これは公衆の節度を保つという予想通りの理由で1716年に禁じられた。18世紀になると、水上浴場が登場する。帆布で覆われた平底の船から内部のはしごを下って、川の区切られた安全なエリア内へ直接入って泳ぐ仕組みだった。手早く体を冷やす習慣だった水浴びは19世紀までに重要な社交・スポーツの催しへと発展していった。川岸には富裕層向けにレストランやカフェ、水泳教室が並んだ。その一つ、ピシーヌ・ドリニーはパリで特に流行した施設の一つとなり、やがて1900年のパリ五輪で競泳種目を開催するにいたった」
華のパリ。セーヌ川で水泳。パリ市民ならずもパリに憧れる人達には、もう一つの夢ができた。
(2)「セーヌ川の黄金時代は、20世紀に入るとかげりが見え始める。溺死や水上交通事故が相次ぎ、フランス政府は1923年、遊泳の全面禁止に踏み切った。ドリニーは川の水と分離したろ過式の水上プールとして再建されて禁止措置を切り抜け、パリの名物施設として存続したが、93年に不可解な沈没を遂げた。他の場所では、特に暑い時期に無許可の水浴びが続き、05年から開催されていた長距離水泳レースも、当局に逆らう形で継続された」
初めてセーヌ川を見たときは、「大河」でなく「普通の川」であることにビックリしたが、パリにはあの川幅がちょうど良い。遊覧船もゆっくり通れる川幅である。晩夏に川下りして、その寒さに震えた記憶が生々しい。
(3)「パリの遊泳文化を本当の死に追いやったのは、規則や規制ではない。原因は汚染だった。水質は、20世紀半ばを通じて壊滅的に悪化。1970年代までにセーヌ川には地域の下水の半分以上が未処理のまま直接流れ込み、事実上、都市の流れる汚水槽となっていた。生態系への打撃は致命的に等しく、70年までに川の魚類はわずか3種にまで減少した。パリ市長で再選を目指していたジャック・シラク氏は88年、3年以内に川がきれいになったことを証明するため、証人の面前でセーヌ川を泳ぐと大胆にも公約。90年にもテレビでこの約束を繰り返したが、実現することはなく、お決まりのジョークとなった」
世界の大都市の川で、泳げるとは素晴らしいことだ。川幅の似通った隅田川で泳げる日は来るだろうか。念のために調べたら、欧州の都市河川で泳げる国と河川は次の通りだ。スイス(チューリッヒ・リマト川 / バーゼル・ライン川)、ドイツ(ミュンヘン・イーザル川)、オーストリア(ウィーン・ドナウ川)、北欧(フィンランド・ノルウェー)などである。どなたか、欧州一周旅行して都市河川で泳ぐ人が出れば、日本のTV局は話に乗ってくるであろう。


